Neetel Inside ニートノベル
表紙

わが地獄(仮)
邪悪な男

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 そろそろいいかな、というわけで、就労可能性の少ない人間はリサイクルされることになった。
 まあ家畜化されたわけである。臓器移植に全身まるっと提供されるなり、蒸気船のボイラーに放り込まれたり、新開発薬品の被験者となったり、基本的に死ぬ。もっとも、別段死んでも経済的効果のない貧乏人のくずどもだから、みんなあんまり気にしない。たまに身元引受人が多額の税金を納めて誤魔化したりもするが、そんなことはごくごく稀だ。
 おれも中国語をうっかり落としてしまい、再履修を蹴られて留年し奨学金が見事に止まり、大学を追い出された。
 身元を引き受けるほどの資産がうちにはなかったので、さっくりと死ぬことになった。両親には申し訳ないと思うが社会がおれを必要としていないので、仕方ないかなとも思うし、にこやかで冷たい社会を生き延びていける気もしなかったので、おれはわりかし納得している。
 おれが偉い人だったら、おれみたいなやつは死んでもいいと思うだろうからな。




 おれはあんまり最近流行のゲームものが好きじゃない。バトルロワイアルみたいなことをドロップアウトした連中にさせて、それをテレビ中継で上流階級が見て悦に入ってるってやつ。
 そんな暇人がいるわけないじゃん? みんなおれらのことなんかどうでもいいって。血がでようが反吐吐こうが、あいつらこっちを見向きもしないよ。視界に入れなきゃ存在しない。21世紀にもなって、人間ってのはまだよわっちいままだぜ。早く絶滅しちまえばいいのにな。
 しかし、まあ、筋金入りの暇人ってのはちょっとだけいるらしい。
 おれはかすかに揺れる船のホールにいた。
 そんなに豪華ってわけじゃない。まあ、お金持ちがパーティ用に買った客船プラスアルファってとこ。シャンデリアはさすがにない感じ。窓を締め切ったカーテンは結構すべすべしてたけどね。いよいよ死ぬってときにそんなもんが気にかかるのっておれだけ?
 青白い死人みたいな顔をしたくずどもを見ていると、そう思うわけよ。
 まったく、麻雀なんていくら心配したってなんの得にもなりゃしないのに。
 そうだろ?





 麻雀経験のある若者が集められ、ハコテンになったやつからどっかに連れ去られていく。これはそういう見世物だった。
 人が減っていくたびにイスの脚を伝わってくる振動が、船の速度があがっていくことをおれに教えてくれる。
 さっき聞こえてきた悲鳴といい、どうもデッキから敗者を魚類の餌にしているらしい。まあいまは初夏だし、ちょっと痛いけどサウナのなかで死ぬよりはマシかもね。
 さて、麻雀だ。
 おれの成績? 相変わらずだよ。ハコテンしなくてもマイナス150で餌になっちゃうから、いまマイナス120で結構辛い。仕方ないだろ? 親が六千オールをリーチもせずにツモあがったりとかさ、五順でリーチかけたのに十二順目くらいの追っかけに振ったりさ、いろいろ悲しい感じなわけよ。満貫に振らなくたってラスって食うんだぜ? 麻雀って地獄だよほんと。
「リーチ……」
 天然パーマの黒縁メガネがパイをおっかなびっくり曲げた。
 もうちょっとマシな手さばきしてほしいよな。そんなだからこんなとこ落ちてきちゃうんだよ。まあおれもだけどね。
 やだなーこーゆーボンクラっぽいのにおれ振っちゃうんだよね。ロン。あ、ほら振った。裏裏だってさ。よかったね、おめでとう。でも最後の一人、生き残れる唯一の存在におまえはなれるのかな? おれは無理な方にかけるね。
「ぷっ」
 おれの下家のデブが吹きだして、同情と軽蔑の混じった目でおれをみてきた。
 かわいそーって言いたいらしい。
 おれはぎろっと睨んでやった。デブはにやけている。くっそー、やっぱ坊主じゃないとだめか。
 見てろよ。親マン一発に振ったくらいでおれはゴメンナサイなんてしないからな。





 おれのいる卓は対面メガネ、上家ブス女、おれ、下家デブとゆーメンツ。
 まるでこの世の邪悪さを集めてきたみたいなクズ勢ぞろいって感じだ。
 光輝く爽やかな青春やら友情やらの石ころの下に踏みつけられたまま、太陽を浴びることもない害虫ってところか。おれ含めてね。
 おれはべつに自分が死ぬのはふつうだと思う。
 だっておれは人の役にたてなかったから。立ちたいとはあまり思わなかったけど、まったく思わなかったわけじゃない。でも、おれは人のためにと思ったことがいつも裏目にでてしまう。おれはべつになにを求めていたわけじゃない、仲良くなりたかった、ふつうにふざけあったりまじめになったりしてみたかっただけなんだけど、どうも社会や世間はおれみたいな自分の世界が強すぎる人間はハジいちゃうらしい。ばい菌みたいにね。気持ちはわからなくもないけどさ。おれだって、おれみたいなやつはイヤだよ。
 だってさ、善意がひっくり返ってしまうなんて、この世におけるもっともみにくい罪じゃん?
 だからおれは生き残りたくなんてない。このまま鮫の栄養になるのが一番だと思う。
 身内をのぞけば、おれの死で困る人もいないしね。三日も経てば忘れてくれるさ。ある意味、悲しみの総数が限りなく低くなるよう生きてきたのだから、おれって思いやりがある人間かも。なあ?
「リーチ」
 ブスがチートイツでリーチをかけてきた。
 なぜわかるかって? そりゃあ河が数パイでめちゃくちゃだからね。どうせドラか字パイ待ちでしょ。あの河でピンフリーチ打ってくるやつはおれの知り合いにもいるけど、あいつはここには落ちてこなかった。ニートだったくせにふらっとプロ試験受けて今じゃ第一線で活躍してる。おれとあいつは同じ中途退学者なのにずいぶん開きがあるもんだぜ。
 おれはどかどか無筋のパイを切った。
「やめてほしいなあ、いくらバカでも河ぐらい見れるでしょ?」
 うるせーメガネ。おれもだけど。
「ロン」
 振ったのはメガネ。ブスが手をあける。やっぱりドラ単。いや、おれがすごいっていうか、ほんとにチートイツしかない河だったんだって。マジマジ。
 このときドラは9マンだったんだけど、おれ、6マン切って79マンの形残した役なしカン8マンにしてたからね。
 メガネは顔をくしゃくしゃにして、ぼそぼそといいわけを口のなかで呟いてたんだけど、なに言ってんのかわかんなかった。見ていて可哀想になる。
 それからというもの、メガネはツモ間違いとか誤ポンするたびに両手の指先を胸元でひねくり回して、ごめんなさいごめんなさいと縮みあがっていた。
 こういうタイプのやつの行動理念は「ミスの有無」である。
 つまりミスしていない限り彼らは絶対正義でありどんな厚顔無恥な態度もとる。なぜならまちがっていないから。その裏に流れる人間の血や心を親や社会から学び取っていないのだ。あるいは遺伝的にそういう機能が欠如しているか、どっちにしろ救えない。
 こいつらはミスをした瞬間に自己嫌悪に駆られパニックに陥る。自分のことが許せなくなるのである。可哀想である。
 でもおれは容赦しない。おれはプロになったあいつに手加減されたことはない。つぶし、つぶされる、ふつうのことだ。
 それがいやなら卓に座る前に死んだらよろしい。
 その後、おれはメガネの落ち目をつくような形でやつから親の倍満を討ち取り、吹っ飛ばしてやった。
 メガネはぶつぶつ言いながらでていった。カイジの世界みたい。福本先生ってすげえ。





 ほかの卓から新しいクズが補充されてきた。
 まあまあふつうっぽい顔立ちだがなんかのっぺらしてる。なに考えてるのかよくわからない。たぶんわかりにくいという理由だけでこんなところまで流れ着いてしまったのだろう。聖母もナイチンゲールも平成日本にはいやしねー。
 アロハを着ていたそいつはおれの対面に座った。
 するとなんとブスが色っぽい目つきを送っているではないか!
 おいおいこんなところでロマンス発生かよ。
 このブスおれには失笑まじりだったくせに。相変わらずだな、おれの嫌われっぷりも。なんかにおってんのかな?



 暗いアロハを加えて始まったハンチャンは初っぱなからおれが親マンに打ち込み(またとかいうなよ。赤赤とかリア充です)デブが先行してる感じだった。
 ブスとおれが一万点を割り、アロハVSデブとゆー負け組からすると実におもしろくない麻雀である。
 こーゆーときに手を高くしてうまくいくならそのおれはきっとおれじゃないので、おれは小刻みに動いて小さくアガったりブスの親番を流した。
 ここで一発食らうのはごめんだ…と思っていた矢先にブスのリーチチートイにツモ切った北でぶちあたり、裏も乗って一万二千。これじゃなんのために早アガリなんてしたのやら。
 それからブスは勢いづいてデブから満貫を二回じかどり。さすがのデブの頬もこける。
 うーむ、やっぱり女はツくと手に負えんな。なあデブ?
 デブはこっちを見ない。自分の点数表示ばかり見ている。
 そんなことしても助からないぞ? いままでの自分の人生を振り返ってごらんよ。






 そしてオーラスを迎えた。
 対面、53600。上家、32300。下家、11100。
 おれ、0。
 笑えてくるね。リーチもかけられない。こりゃあドベかもな。いまラスを喰うと死んじゃうなあ。
 でも死ぬとわかってても、もうやることないし、死ぬまで麻雀打てたわけだから、おれにしちゃ悪くない最後かも。とゆーよりうってつけ?
 まったく最後までロクな手が来なかった。
 下手に点数計算なんてできるようになったからよくないんだよな。そーゆーこざかしいことするとツキが逃げるんだよ。でも、点数わかんないまま本当に強いやつらと打てるわけないじゃん?
 だから覚えた。そして負けた。
 夢なんて見なけりゃ長生きできたのになあ。
 ふつうに生きて、ふつうに笑えることさえできればなあ。
 それが最後の最後までできなかった。どうしても我慢ならなかった。
 おれはなにもかも憎かったし、あらゆるものが妬ましく疎ましく哀れで空しかった。
 おれは怒ってたんだよ。でも、なにに怒っているのかわからなくって、なにも許せなかったんだ。
 それだけだよ。
 おれは覚悟を決めた。
 デブはまだ決められてなかった。



 デブはまぶたの上に滴ってくる汚らしい汗を何度もぬぐって、自分のテンパイを確認していた。
 ラス親だもんな。その様子だと沈んだ時点で鮫の餌なんだろ? わかるよ。言葉にしなくたってわかる。
 ここにいるやつらはおれと同じだ。どうしようもない連中だ。でも、そのどうしようもなさが、おれにはわかるし、いとおしいんだ。
 デブがおれの対面のツモ山に手をのばす。みんなの視線がデブの芋虫みたいな指先に集まる。おれは覚悟を決めていた。
 おれは右手をのばして、デブの手ハイから一パイぶっこ抜いた。
 いかさま麻雀のオヒキをしたこともあるこのおれだ、抜かりはない。
 視線も首も動かさなかった。ただ瞼をいつもより大きく開けただけだ。それだけでデブの左端(おれのほう)のパイが一枚、おれの右手に握り込まれていた。



「ツモッ! タ、タンヤオドラ7! ばばばばば倍マン! 八千オール!!!!」



 デブはうれしそうに叫んだ。誰も点棒を払わなかった。
「たりなくね?」
 アロハが言う。デブはまさか、と手元に目をおろす。眼球が揺れている。
 12パイしかない。
 チョンボだった。
「ああああああああああああああああああああ!!!!!??????」
 デブが立ち上がってイスがひっくり返り、派手な音が室内に響きわたった。
 ほかの卓の連中が迷惑そうな視線を向けてくる。が、デブに近づいていく黒服を見るとそそくさと自分の麻雀に戻っていった。
 デブは両脇を黒服に固められて引きずられていった。
「ちがう! おれはあがった、あがったんだ!! いかさまだ!! どこかに、どこかに俺のパイがあるんだ、なあ、探してくれよ、あがったんだよ、おれ、おれ、おれ」
 デブと黒服を飲み込んだ扉が閉まると、何事もなかったかのように室内は沈黙と打パイの音しかしなくなった。
 おれは右手を卓の下におろした。
 かちゃん。
 アロハは急に足下に滑り込んできた4ピンを拾い上げた。信じられないものを見るような目つきでおれを見てくる。
 なんだよその目は。
「卑怯者」
 アロハが言った。ブスも頷いている。
 卑怯? おれが?
 じゃあくそまじめにやったら誰かがおれの責任をとってくれるのか。
 誰かがおれを許してくれるのか。
 ハッ。
 誰もそんなことしてくれやしねーんだよ。
 おれは確かにくずだ。もうすぐ死ぬよ。泣きわめいて魚の餌だ、トップになんかなれっこねえ。
 でもな、おまえらみたいにおれの立場でものも考えずに卑怯だの姑息だの言ってくる連中に頭を下げるのだけは我慢がならねえ。
 もしおれがデブだったら、悔しいが、上回られたんだからおとなしく死ぬよ。
 死ぬしかできないもん。負けたんだから。
 それをなんだ?
 てめえはなんだ?
 アロハよ、おまえは愛されたことがあるからわからんだろう。愛ってやつを自分で勝ち取ったことがあるからわからんだろう。
 世の中には、おれみたいな邪悪があるってことを。
 この世の無念そのものみたいな生き恥の塊がいるってことを。
 最後の最後まで勝てずにあがくしかできなかったこのおれがいるってことを。
 いまから思い知らせてやる。
 くそったれ、誰かとっととおれの下家を埋めやがれ。
 次の半荘、おれは負けるだろう。
 だがてめえらだけは許さねえ。
 そんな目をして、他人行儀な面をして、この世の邪悪から目をそむけてるてめえらだけは……絶対に。
 いい加減にわかれよ。
 黙って負けるか、かみついて負けるか。
 それだけなんだってことをよ。
 おれは噛むぜ。歯が折れたってかまわねえ。
 ゴメンナサイするよりは、なんぼかマシだ。
 おれは邪悪に生きてきた。
 だから、死ぬときも邪悪と一緒だ。


 サイコロが回る。
 山があがってくる。
 手パイを見る。
 この局も艱難辛苦で悪戦苦闘のにおい。
 やってられないにおい。
 腐った負けのにおい。






 おれのにおい。




 了

       

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