Neetel Inside ニートノベル
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わが地獄(仮)
三歩

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 近頃、散歩にいく。
 べつに時間や距離などを決めて出歩いているわけじゃない。寝巻き姿で財布と鍵だけポケットに突っ込んで、コンビニにいく途中、逆側に折れると閑静な住宅街が広がっている。学校か二つあって、坂は多いが、その分せめて住宅地にでもしないと土地が遊んでしまうのか、とにかく敷き詰めるように一軒屋が立ち並んでいる。いかにも中流といった風の、小さな庭とガレージがついた、二階建ての家。
 それを見ながら、俺はフラフラとおっさん丸出しで歩いていく。
 確か、去年の九月過ぎあたりから始めた習慣だったと思う。その頃、俺は大学はクソだわバイトはクソだわ応募原稿の締め切りはあったわで心の中が毛だまりの詰まった排水溝のようになっていて、陽光でも頭からぶっかぶって精神を整えないとくたばりそうだったのである。俺にはちょっとした放浪癖があり、夜明け前の町へ繰り出して町を一望できる高台までいき、ガードレールにもたれかかってぶつぶつ意味不明の言葉を吐き散らしたりすることもあるので、それを予防するためにも定期的な散歩は効果的に思われた。ちなみに慌てて逃げたからよかったがヤンキーっぽい連中に見つかって危うくボコられるか通報されるかの瀬戸際だった。田舎に住みたい。
 とはいえ、田舎ではある。バイクで十分も飛ばせば防空壕でもありそうな野山へ出るし、そのあたりは凶悪な蛇やまむしも出没する。だから結局、無い物ねだりなのだろう。
 決して無銭の人間は住めないような、立ち並ぶ白い民家を物色しながら、俺は最近、王様ごっこをしている。遊び方は簡単で、民家の窓がきちんと閉まっていたり、花壇の花が小さく咲いているのを見ては、
「よきかな」
 と、胸のうちで呟く。
「この町は俺のものだ」
 と俺が思ったところで、誰に実害もない。が、人気のない六時頃に通りをフラフラしていると、本当にちょっと自分が偉いような気がしてくるから不思議だ。この程度で精神が浄化されるなら安い狂気である。
 俺は、知らない道を折れるのが好きだ。
 歩いていける距離にある、自分の知らない世界がアップデートされるのは気持ちがいい。なんだか世の中、まだまだ捨てたものじゃないような気さえしてくる。この家にはどんな人が住んでるんだろう……などと民家を見上げながら思い、その生活に思いを馳せていると自分の悩みなどつまらないものだったように思えてくる。
 そんなことばかり繰り返しているから、きっと近所では寝巻き姿の不審人物が多少は噂になっているのかもしれないが、そんなことは俺の知ったことじゃない。
 だいたい、30分も歩いたか歩かないかで、家に戻る。
 すると、おかえり、といってパタパタと足音がして、綾波が出迎えてくれる。
 そう。
 俺は綾波と結婚したのだ。
 綾波はシンプルなエプロンを着て、手を拭いながら俺にトト、と近づいてくる。散歩にいってたの、と聞かなくてもいいことをちゃんと聞いてくれる。田舎の小売の店長のように馬鹿な理屈屋はわかりきっている会話になんの意味があるのかなどと一々言い出すから俺はそいつらをいつもブチ殺してやりたくなるが、会話というのは、耳にもいいし、心にもいいし、喉の運動にもなるし、いいこと尽くめなのだ。ちゃんとしなければいけないことなのだ。だから俺はちゃんと綾波に言うのだ。散歩にいってたよ、と。
 綾波は、そのまま俺を導くようにリビングへいく。俺もついていく。
 すると、テーブルにサンドイッチとホットミルクが出ている。
 サンドイッチは、朝は食欲がない俺のために、食べやすいサイズで、俺の好きなベーコンとレタスが入っている。ほかにも具はいろいろあるが、どれも美味しく、後味がさっぱりしたもの。その横に控えているホットミルクのマグカップからは、優しい湯気が立ち昇っていて、ほんのひとつまみ加えられた砂糖の甘味が、煙からにおってくるようだった。俺は座椅子に座って、それを食べる。綾波は俺の斜め向かいに正座して、小説は書けたの、と聞いてくれる。書けたよ、と言うと綾波はにこっと笑ってくれる。よかったね、と言ってくれる。俺は頷く。
 テレビは、明るいことしか流さないニュースをミュートに近い音量で流している。三面記事のような間の抜けたニュースをAKBみたいな可愛い女の子たちが朗読している。政治や戦争、貧困や法律の話は誰もしない。そんなものは終わったのだ。世の中は平等になり、あらゆる法律が改正され、労働は全自動のロボットがやってくれることになった。俺たちはただ、生きていけばいいだけになったのだ。苦しいことはすべて終わったのだ。哀しいことはもう何も起こらないのだ。満員電車に乗らずともよく、あんなにもつらいエントリーシートを書く必要もない。もうすべて終わったのだ。世界は平和になった。俺には綾波がいる。
 肩が凝ったでしょう、と綾波が言い、すっと自然な動きで俺の背後に回り、思ったよりも強い力でグッグッと俺の凝り固まった肩をほぐしてくれる。俺は深々とため息をつき、綾波に押されるたびにグラグラと揺れた。とてもアスカにこんな真似が出来るとは思えない、そう感嘆してしまうような肩もみだった。あんな小うるさくて、働いて帰ってきても文句ばかり言っていそうな女のどこがいいのか俺には分からない。綾波がすべてだ。すべての女性は綾波になるといい。
 ありがとう、ありがとう。俺は綾波に言い続ける。外を車が一台通り、もう何年も電池を入れ替えていない時計は静かに時を刻み、AKBは誰一人坊主になることなく、誰も餓えたり嫌なことを無理やりやらされたりすることなく、平和な一日が、過ぎていく。なんの音色も奏でないその幸福を全身で聴きながら、俺は綾波に言う。
 これでよかったのだ。
 これでよかったのだ。
 これでよかったのだ…………

       

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Neetsha