「ん、んんっ」
2人はシャワーを浴びながらキスをしていた。ラブホテルとは違い、普段から使っているだけに新鮮味はないし、狭いし、足元は滑りやすい。けれど今はそんなことはどうだってよくて、ただ相手だけに集中していた。
今日は最初から舌を絡ませていた。舌を伝って入り込んでくるシャワーを気にせず、何度も何度も貪る。息苦しさと共に性感が高まっていく。
お互いの腰にまわしていた手が相手の体を這い回る。加悦は昴の背中、胸板を撫でる。それは感じさせるためではなくて、相手の体に触れることで自身の心を満たすために。昴は加悦の胸とお尻をとにかく揉みしだく。ただ欲求を満たすために。
「んぅ……お尻はダメ」
と言いつつも、あまり嫌がってはいない。昴も長い付き合いで拒絶されていないことはわかっているので、触り続けている。初めてじっくりと触れる加悦のお尻は思いのほか小ぶりで、しかししっとりと柔らかかった。
手の平でその感触を楽しみ、ついには、昴の指が、谷間に入り込む。加悦はびくりと大きく震えた。嫌がったらやめよう、昴はそう思いつつ様子をうかがう。
「……今日、だけだからね」
性感帯としてはまったく発達していないのに、ふつふつと興奮してしまう。自分でも触れたことのないところなのに、嫌な気はしなかった。きっと今日だけ、なら今日は許そう、加悦は思った。
すりすりと昴の指がそこを擦る。むず痒いような不思議な感覚。ほんの少し、癖になりそうで怖かった。
「あん……硬い」
加悦は脚を押す、勃起したペニスに優しく触れた。ぴくぴくと小刻みに震え、とても熱い。これがいつも自分の中に入って、喘がして、最高の気分にさせてくれる。そして、今日も。そう考えるだけど、下半身がむずむずしてしまう。
我慢できない。昴から離れ、膝まずき、ぱくりとペニスを咥えた。
「ん、あむ」
いつもよりも調子が良いのか、奥まで咥えることができた。しっかりと咥え込み、最初はゆっくりと唇でしごく。次第に早めていき、舌で唾液を絡ませる。
「ちょ、加悦……激しすぎ……!」
「ぷは……ふふ、可愛い」
亀頭をちろちろと舐めながら、意地悪そうに言った。たしかに今日はいつもよりも激しい。昴の艶めかしい喘ぎ声とへっぴり腰が、どうしようもなく楽しかった。
再びペニスを咥えた。今度は2本の指で優しく握り、顔の動きに合わせて指でしごいた。昴は甲高い声で、断続的に喘ぐ。
もっと、もっと彼のそんな声を聞きたい。加悦の動きが早くなっていく。
加悦が満足するよりも早く、昴の限界が来た。
「……! ん、んぐ!」
口内で粘っこい液体が吹き出た。考えなくても、これの正体はわかる。
突然訪れた圧迫感に、加悦は苦しみながらも受け止め、止め切った。口内に溜まった精液を、ゆっくり、ゆっくりと飲み干していく。精飲は初めてのことでなかったが、今日は、やけに量が多かった。
「……飲めた、よ?」
口を開け、空になったことを見せた。
「もうっ、イくときはちゃんと言ってよね」
「ごめんごめん、気持ち良すぎて、余裕なかったよ」
「……多くなかった?」
「最近忙しくって、一人でする暇もなくて」
射精したにも関わらず、まだペニスは硬い。
「あと1回ぐらい、大丈夫?」
「たぶん大丈夫だよ」
加悦は安心し、内心でほくそ笑んだ。
次は、自分が満足する番だ、と。
少しのぼせ気味だった加悦は先に出て、さっさと体を拭いて裸のままベッドに向かった。パジャマを着る間も惜しかった。秘所はとっくに濡れそぼり、立っていることもつらいぐらい、うずいていた。
ベッドの中央で、ぺたんと座って昴を待つ。まだシャワーと音が聞こえる。
……まだ? まだなの? 早く来てよ。そわそわとしてしまう。もう、我慢できない。
「はぅ……」
気づけば指が下半身にあった。すぐそこに彼がいるのに、自分を慰めようとしている。いいのか、悪いのか。きっと、悪い。けれど止まらない。
ぬるっ。指がすんなりと入った。
「ああ、う」
くにくにと動かす。入り口付近しか刺激できないものの、たしかな快感が伝わってくる。けれど、まるで満足できない。もっと太く硬く熱い、ペニスがほしい。
足りない要素は動きで補う。指を早く、もっと早く動かし、刺激の波を大きくする。
「う、んんんんっ」
熱い、すごく熱い。貪欲に快楽を求めていく、そのとき。
「おーい、なにしてるの?」
顔を上げると、そこには昴がいた。いつの間にかシャワーを終えていたようだった。下半身を見ると、そこはひどく興奮している。びんびんと、ペニスは重力に逆らっている。
「オナニーするんだったら、今日はしないよ?」
「そんな、やだっ」
慌てて指を引き抜いた。抜いた瞬間、自分でも怖いぐらいの快楽と、物足りなさ。こんな状態でなにもされないなんて、拷問に等しい。
もちろん昴も意地悪で訊いただけ。ここでやめるのは自分もつらい。ただ加悦の困った様子を見たいがための質問だった。昴は期待通りの様子に笑いながら、洋服ダンスを開ける。そこは避妊具の隠し場所、奥底にあるポーチを探る。
「あれ?」
「……どうしたの?」
「ない」
昴は小数点以下の数字が書かれた箱を逆さに向ける。なにも出てこない。つまり、避妊具がない。
「そんなぁ……」
これだけ感じて、どうしようもなくほしいのに。それなのに、大事な道具がないなんて。
残酷すぎる。
ふと考える。前の生理はいつだったか。その周期から考えて、今は安全圏かどうか。もちろん信用しているわけではない。そんなものもある、程度にしか心に留めていなかったが、知っているからにはどうしても頭によぎってしまう。
大丈夫だろうか。逆算する。
今日はぎりぎり安全圏。
……大丈夫、だろう。
「あの、さ」
加悦よりも早く昴が口を開く。なにか言い出しにくいような、口調。
今、避妊具なしでの性交をお願いされたら、二つ返事で答えてしまう。下半身がうずく、思考がぶれる、鼓動が高まる。
「なあに?」
優しく、優しく尋ねる。
昴の言葉を待つ。
そして、昴は言った。
「今日は、やめとこうか」
その言葉で、加悦は冷静になった。
「そう、だね……」
いったいなにを考えていたのか。彼だって、きっとしたいはず。ぎんぎんに屹立している。でも、ちゃんと気づかって言ってくれた。それなのに自分は、自分を満たすことだけを考えていた。
恥ずかしい。いや、悔しい。こんな程度の自分にイライラしてしまう。
「まあ、でもほら」
昴は寝転がり、くいくいと指で加悦を招く。
「いっしょに気持ち良くなる方法なんて、いくらでもあるからさ」
「……ロクキュウ?」
「ほら、おいで」
やや呆れながらも、どこか嬉しかった。加悦は昴の顔に脚を向け、またがった。
その後、加悦はフェラチオで、今度は顔で精液を受け止めた。それから昴から執拗な愛撫で、何度も何度も絶頂に昇らされ、最後にはギブアップしてしまった。
営みが終わっても裸のまま。抱き合って、ずっと体温を感じ合っていた。
「明日はちゃんとしようね。朝一で薬局行くからっ」
「うんうん、そうだね」
昴は加悦の手を握った。その手のぬくもりが、まだまだ火照る加悦の体と心を安らげた。
「そういえば、さ」
「なぁに?」
「加悦の気持ち、聞いてない」
たしかに、先ほどは泣いてしまって言えなかった。
にこり。昴に顔を向け、心からの笑顔を見せる。
いつかまた、マンネリと感じてしまうことがあるかもしれない。
でも、今はちゃんと言える。
またこんなことにならないように。忘れないように。自分へ、最愛の人へ、言おう。
「私も、大好き、だよ」