Neetel Inside 文芸新都
表紙

マンネリガール
第1話「彼女が彼に想うこと」

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 夕方から降り始めた雨は、今もばしゃばしゃと音を立てている。
 加悦(かや)はシャワーをいつもより熱めにして、頭から浴び始めた。バスルームにシャワーの音が響き、雨の音と混ざって耳に入り込んでくる。
 やや熱めのシャワーを浴びると肌が生き生きとし始めるような気持ちになる。お湯の筋が加悦の頭から首、首から鎖骨、形の良い乳房を伝い、きゅっと引き締まった腰、すらりと伸びる脚を滑り落ちていく。
 少し汗を流すぐらいのつもりだったので、数分浴びたところでシャワーを止めた。腰まで届く黒髪をまとめ、軽く指で抑えて水気を切る。
 お気に入りの水色のショーツ。
 愛する彼からプレゼントされたオレンジ色のパジャマ。
「可愛いね」と褒めてもらえた赤いヘアピン。
 それらを穿いて、着て、付けて、鏡を見る。パチリとウィンクなんかして、何一つ不安も問題もないことを確認する。
 バスルームから出て、愛しい彼がいるリビングへと向かった。先にシャワーを浴びて落ち着いたところなのか、さしておもしろくもないバラエティー番組を見ている、彼。そんな彼の背中を、加悦はおもしろくなさそうに見つめる。
「ねぇ、昴(すばる)くん」
 のしり。愛想のない彼の背中に抱きついた。
「んー、どうしたの?」
 加悦を見ることもなく、テレビに目を向けたまま返事をする。むぅっと、加悦は拗ねた。これでは、わざと胸を押し当てて抱きついている自分が馬鹿みたいだ。
 それだけではない。すぐそこにはベッド、枕元には避妊具、そしてシャワーを浴びた恋人が抱きついている。無視される要素はないはずなのに。
「ねぇ、ねぇ」
 ぐりぐりと背中を擦る。前後左右に体を揺らし、とにかく気を引こうとする。
「ねぇ、相手してよ」
 何度も何度も、大きく大きく揺らした。次第に疲れから視界がクラクラとしてきたが、それでもしつこく続けた。
「あー、はいはい」
 昴は返事だけで、それに応えようとはしなかった。さすがに我慢ができなくなり、行動で訴えることにした。
 まずテレビを消した。昴の非難を聞き流し、前に回り正面から抱きついた。さすがに無視できなくなり、昴は抱き返した。彼の香りに包まれ、加悦の思考がとろりと溶け始める。
「んっ」
 顔を上げ、飛びついた。唇に柔らかな感触が広がっていく。一度すれば二度、二度すれば三度、何度もほしくなる、彼の唇。そんな一時の欲求を我慢し、幸せな時間を創る言葉を囁いた。
「ねぇ、セックス、しよ?」
 
 ベッドに移動して、改めて抱き合った。彼の香りで満ちていて、何度も交わっているベッド。そう意識するだけで、体の奥からふつふつと火照ってくる。
「んぅ」
 加悦は昴に身を預け、キスをした。先ほどとは違い、触れ合う時間の長い、キス。柔らかさを堪能したあとは、少しだけ唇を開いて昴の唇をあむあむと甘噛みした。触れ合うだけの感触だけではなく、より確かに唇を感じられた。
 次第に加悦の思考は狂っていく。目は潤い、頬はほんのりと赤く、息は荒い。理性と本能が反転し始めていた。
 ふっと離れて主導権を交代。次は昴が加悦の唇に味わった。触れるやいなや舌が口内へ入り込む。加悦はそれを迎えるように舌を突き出して絡めあう。
 ざらりとした舌の感触が神経をくすぐる。唾液が鳴らす水音は、耳からではなく口から直接脳へ響くようだった。その淫靡な音が加悦の思考をさらにおかしくしていった。
「んん、ふぅ」
 息苦しくなり、惜しみつつも加悦は離れた。口が半開きのままだったので2人の間に唾液の糸が落ちた。パジャマにできた細い線がキスの激しさを証明するかのようだった。
「横に、なっていい?」
 そう訊いたものの、加悦は返事を待たずに横になった。もう座っている余裕もなかった。水気を含んだ髪がシーツを湿らせていく。
 そんな加悦に昴は上からのしかかる。決して体重はかけないように、片手に力を込めて体を支える。そして空いたもう片方の手が、ぷつりぷつりとパジャマのボタンを外していく。
「このパジャマ、着てくれているんだね」
「うん、一番のお気に入りだよ」
 ボタンがすべて外れると、豊かな膨らみが現れた。昴は優しく手を置き、半円を描くように動かした。手の中でゆらゆらと柔らかさが溢れ出す。
「あいかわらず、いい揉み心地」
「もう、あっ、いっつも、そればっかりぃ」
 昴と肌を重ねるようになってから、執拗に胸を弄られていた。最初はただくすぐったいだけだったのが、次第に快感を生み出し、今では性感帯へと発達していた。
 そんな昴に嬉しい発達だけでなく、バストサイズもたしかに成長していたので、加悦は強く抵抗することができなかった。
 シャワー後のしっとりとした肌から、じわりと汗ばんだ肌へ変わっていく。腰の奥から湧き上がる熱さに、加悦の余裕は少しずつ削られていった。
「ね、もう、脱がして……っ」
「もうちょっとしたらね」
「ひゃ、ああっ」
 昴の顔が胸元に埋まった。乳房を手の中で遊びつつ、舌が乳首を舐め上げた。ぴんと張ったそこへの刺激は強く、加悦はあわてて口を抑えた。もう少し遅ければ、きっと嬌声を響かせていた。
 これだから彼の家、自分の家は困る。とにかく静かにしなければならない。何にも囚われず声を上げてしまえば、とても興奮できるのに。
「んん、あっ」
 左右を不規則に舐め上げ、手でこねられて。声には出せないものの何度も体を震わせる。
「ねぇ、そろそろ……おねがい……」
「ん、わかった」
 パジャマに手がかけられ、するすると脱がされていく。腕を伝うパジャマの感触が、彼の手で脱がされているということをいちいち知らせてくれる。
 上の次は下、脱がせやすいように腰を浮かせると、するりと一気に下ろされた。
 

     

 
 ショーツも一緒に下ろされた。お気に入りの水色のショーツは少しも彼の目に映らなかったけれど、今はそんなことよりも、何よりも本能の渇きを潤したかった。
 昴もパジャマを脱ぎ、最も素直な姿で向かい合った。
「ね、ぎゅー、して」
 両手を伸ばし彼を招く。昴はそれに応えるように加悦と重なった。ぎゅっと力を入れて彼女を味わう。濡れた髪から伝わる水気、小さくて柔らかな体。灼けるように熱い肌、耳元で聞こえる息づかい、甘く妖しく香り。彼女が、そこにいた。
「あっ、もう」
 加悦の脚に昴の屹立したそれが何度も当たる。びくびくと脈打ち、興奮を隠しきれないようだった。
「ふふ、そんなになっちゃって」
「……しょうがないだろ」
 むっとした彼がとても可愛く、わしわしと頭を撫でた。昴は何かと頭を撫でる加悦の癖が嫌だったが、愛情表現の1つということをちゃんと理解できていた。
「ねぇ、指、入れて」
「うん、もちろん」
 昴は自分の指をべろべろと舐め、唾液でベトベトになった指を加悦に置いた。そこはとろとろに濡れて、彼の異物を待ちわびていた。
「あ、あぁ」
 昴の中指が加悦に沈んでいく。奥へ進むたびに、加悦の声のトーンが上がっていく。
「あっ、いい、そこっ」
 こりこりと体内に擦られ、ますます声が高くなっていく。ある程度ほぐれたところで薬指も入り、2本の指が動く。
「んん、んーっ」
 口を結び、さらに上から両手で抑える。それでもくぐもった嬌声が昴の耳に届いていた。
 部屋には加悦の声と加悦から発せられる淫らな音が響いていた。十分に蜜でしたたったそこから指が引き抜かれると、名残惜しそうに、愛しそうに加悦は見つめていた。
「そろそろ、入れて、いい?」
 昴の息が荒い。彼もとっくに準備ができていた。
「うん。今日は、私がつけるね」
 起き上がり避妊具を開封し、四つん這いになって昴の下半身に近寄る。ぴくぴくと震えるカレが目の前にあった。その先端に触れるだけのキス。びくりと大きく震えた。加悦はふっと微笑み、避妊具をくるくるとつける。
 しっかりと装着したことを確認し、加悦は再び横になり、脚を開いた。昴は距離を詰め、加悦に自身を置く。
「あっ」
 ほんの少し、入った。
「んん、あん、んぅ」
 ぬるぬると奥へ進んでいく。よく知る異物が入るにつれ、加悦の快楽が爆発的に増していく。
 最奥へ辿りついた。
「あっ、入っ、たねっ」
「うん、気持ちいいよ、加悦」
 腰まで伸びる髪。白いシーツにゆらりと浮かんでいる。蛍光灯の白い光が跳ね返りねっとりと輝いている。
 恥辱と興奮で染まる顔。普段の凛々しい勝気な表情も、今は男を乞うオンナの顔。
 細い首。綺麗な鎖骨。小さな肩。そこからすらりと2本の腕、ふっくらとして可愛らしい手、指。
 肌を重ねるようになって、1サイズ大きくなった胸。形が良く張りもあって、ずっと触っていたくなる。
 きゅっと引き締まった腰。下品すぎないほどに肉厚なお尻。今は左右に開かれた、ほっそりとした脚。
 そして、2人が繋がる、ところ。
「あんまり見ないで……」
 ふいっと加悦は顔を背ける。とはいえ、照明を落とさないのは加悦からの要望。昴は思わず苦笑いを浮かべる。
「ちゃんと見たいんだよ」
 もっとも近い距離で抱き合い、キスを交わす。上半身はお互いの体温、そして下半身はぬくもりを交換し合っている。
「動くね」
「うん……最初は、ゆっくりね」
 ゆっくり、ゆっくりと前後に動き始める。ぎりぎりまで引かれて、最奥まで入る。それが何度も繰り返される。
「ん、ん」
 ストロークと共に加悦は声を出す。まだ十数度しか動いていないのに、さらなる刺激を求めていた。早く、深く、激しく。体内の大切なところがそう望んでいた。
「はっ、はげしく、してぇ」
「うん、うんっ」
 加悦の両肩をつかみ、昴は激しく前後に動く。たゆたゆと乳房が揺れ、快楽に痛覚が差し込む。が、その痛覚すらも快感へと変換していく。
 握られたシーツはくしゃくしゃになり、2人の汗で濡れていく。互いの呼吸のペースが早くなり、昇り詰める瞬間が迫っていた。
「う、イき、そ」
「うん、いいよ、はげしく、して、イってっ」
 その言葉を待っていたように、昴は今まで以上に動いた。ぐちゅぐちゅと卑猥な音が響く。昴の顔から余裕が消え、まるで獣のように息を荒らげて腰を動かす。
「ん、イく、ううっ」
 腰を引き、数度しごいて避妊具内へ吐き出した。そして力尽きるように、加悦の胸に顔を埋めた。彼の汗と吐息が、加悦の胸にこもる。
「ふふ、おつかれさま」
 あやすように頭を撫でる。こうして自分に身を預け、弱ったところを見せてくれる彼。普段は兄のように頼りがいのある彼が、まるで弟のように感じられる瞬間。
 でも、彼は、大切な、恋人。無理やり顔を向かせ、キスをせがむ。昴はそっと、応えた。
 
 この夜、加悦は眠れなかった。隣にいる昴は寝息を立てている。
(……何か、足りない)
 加悦は悩んでいた。先ほどまでの性交渉、何かが足りていなかった。彼への愛情、彼からの愛情。それらは十分すぎるほど満ちているし、満たされている。では、何が足りないのか。
 わからなかった。けれど、暫定的な結論は導けた。
(ひょっとして、倦怠期?)
 昴と付き合い始め、2年。ついに訪れたのかもしれない。思えば最近は部屋でダラダラと過ごすことが多い。最後にデートをした場所と時期を思い出せなかった。
 漠然とした不安が加悦を襲う。ざわざわと心が騒ぐ。けれど、それ以上に眠気が思考を鈍らせていく。薄れていく意識の中、加悦は昴の手を握った。その手を握り返されることは、なかった。
 
 

       

表紙

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Neetsha