Neetel Inside 文芸新都
表紙

マンネリガール
最終話「私があなたに想うこと」

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『どうしたの? まだ終電はあるよね?』
 加悦は早足で帰宅していた。なにかあったのだろうかと、どんどん不安になってくる。本当の妹のように接していただけに、心配で心配でたまらなかった。
 返信を待ちながら帰路を急ぐ。帰らないと、早く帰らないと。そんなとき、手に握る携帯電話が震えた。慌てて見るとメールが1件。
『ちょっとメールの書き方が意地悪でしたね。
 ごめんなさい、嘘をついていました』
 マンションに着き、自分の部屋に向かう途中に読んだメール。まったく、わけがわからない。
 ……嘘? 加悦の疑問は、次の瞬間、解けた。
「……嘘」
 家の前には、たしかに、いた。しかし、由理はいなかった。
「おかえり」
 そこには、昴がいた。仕事の帰りなのか、スーツ姿。休日出勤を心配する前に、まず状況整理。なぜ、昴がいるのか。手の中の携帯電話が震えている。受信したメールはそのとき開かれなかったが、内容はこの通り。
『そろそろ素直になってみてはいかがですか?
 幸い明日は休日。今夜は、ごゆっくりお楽しみください』
 
 昴を家に招いたものの、加悦はずっと動揺していた。ひさしぶりに会ったことによる嬉しさよりも、なにもなかったとはいえ、元カレと会ったこと。そもそも今日の同窓会のことすら言っていないことに対する後ろめたさがあった。
 とりあえず、なぜここにいるのか。まずはここからだった。
「今日はどうしたの?」
「え、ああ。実は、由理に怒られてね」
「……怒られた?」
「仕事が忙しいのはわかるけど、誰か忘れていませんか? だってさ」
 ようやく先ほどのメールと繋がった。想像するに、最近会えなくてご無沙汰な兄の彼女の為に、兄を焚きつけた、そんなところだろう。
 この由理の計らいは、良いか悪いかで考えれば、まだ良い側に傾いていた。加悦は余計なお世話と感じつつも、嬉しくもあった。が、問題は彼氏、昴だった。
 結局、昴は誰かに言われない限り、会いには来なかった、ということ。加悦の中に黒いもやもやが溜まっていく。
「そういえば、今日は同窓会だったんだって?」
「うん、そうだよ。楽しかったよ、ひさしぶりに友達にも会えたよ」
 イライラする。冷静に平静に。落ち着け、心よ、落ち着け。
「元カレにも、会ったんだよ?」
 たしかに落ち着いていた。とても、冷静に、話していた。
「ひさしぶりにおしゃべりしちゃった。すごく、すごくドキドキしちゃった」
 とても嘘をついているようには聞こえない口調。加悦は思考と言葉の不一致にパニックを起こしかかっているのか、視界がグラグラと揺れていた。
 やめないと、ここで、やめないと。
「今度、いっしょにご飯でも食べようって、約束したんだよ?」
 止まらない。
「あとね、いっしょに遊ぼうって」
「加悦」
 止められた。昴が遮った。
 沈黙。
 怖い。
 彼が、怖い。他人のように怖い。
 昴が息を飲み、言った。
「なんで嘘ついてるの?」
 加悦の心情とは裏腹に、穏やかに優しく、昴は言った。
「……え?」
「たぶん、元カレさんがいたにはいたけど、しゃべったわけじゃないでしょ?」
 ……なんで、わかる?
「どうして……わかるの?」
 ようやく声が震える。震えるのが遅すぎる。
「どうして、嘘って、わかったの?」
「そりゃあ、彼氏だから」
 ズキリ。胸に痛みが走る。これは黙って同窓会に行ったこと、嘘をついたことによる罪悪感なのか。
 ……違う。
「そんなの、理由になってないし」
「加悦は、そんなことしないから」
 ズキリ。
「……昴くん」
 痛いんじゃない。これは。
『嬉しい』
 付き合い始めたころに感じていた、喜び、嬉しさ、ときめき。
 確かめるなら、今しかない。
「昴くん。私の、こと、好き、ですか?」
「え? 好きだよ? 大好きだよ」
 ズキリ、ズキリ。鼓動が、高鳴っている。
 当たり前で、ありきたりな『好き』という言葉。ほしかった。ずっとずっと、この言葉がほしかった。
「私も、私も……!」
 声が震えて言葉が続かない。愛しい人の元へよろよろと歩み寄る。涙でにじむ視界で転びそうになったが、昴がそれを抱きとめる。そして、昴の腕の中で、加悦は、泣いた。
 ずいぶん遠回りしてしまったけれど。
 ようやく、気持ちが埋まった。
 
 その後、加悦は昴の中で泣きながら、すべてを話した。マンネリに感じたこと、どうにかしようとしたこと。それが理由でラブホテルに誘ったこと、メイドのコスプレをしたこと、レイププレイのこと、同窓会のこと。そして先ほどの発言が嘘だったこともちゃんと言った。
「なるほど。まったく、バカだなぁ」
 昴は加悦の頭を撫でながら、優しく責めた。加悦は言い返す言葉もなく、うつむいた。
「でも」
 ぐい。うつむいた顔が上げられた。そして、唇に当たる柔らかな感触。
「たしかに、最近はちゃんと言ってなかった。ごめん」
 ぎゅ。抱き締められる。昴の体温がじんわりと浸透していく。これほどの充実感、満足感はいつぶりだろうか。
 ずっとこうしていたい。加悦の想いは、あっさりと散ってしまうことになる。
「……さて」
 押し倒された。フローリングの冷たい感触。いつもの天井、そして昴の顔が見えた。
「え、え?」
「たしかに悪いとは思うけど、元カレさんのことはさすがに嫉妬する。それとこれとは別問題だ」
 強引、すごく強引。でも、今日は心が潤っている。すでに体は火照り、恥ずかしいことにすでに濡れてしまっている。すごくときめいていて、今ならなにをされても受け入れられるかもしれない。
「うん、そうだよね」
 加悦はボタンを外し、胸元を開いた。あえてすべては見せずに、見えるか見えないかのところまではだけさせる。
 綺麗な肌とふっくらとした胸が、あらわになった。
「いいよ、好きにして。こんな私に、罰を与、あたっ」
 べし。額を叩かれた。じんじんと痛みが広がる。
「そんなお芝居はいらない。加悦の気持ちは?」
 ああ、なんでもお見通しなのか。観念して、素直な気持ちを言うことにした。
「……すごく抱かれたい。シャワー、浴びていい?」
「だめ」
 質問に答えた意味もなく、両腕を持ち上げ、拘束する。先日のレイププレイを思い出してしまうが、今は明るくて顔も見える、しかも優しげな雰囲気があるので、恐怖はなかった。
「ちょっとだけ、好きにさせてもらうよ」
 昴は残りのボタンを外し、ブラジャーの留め具を外してたくし上げた。そして露出した胸に顔を埋め、吸いついた。
「や、汗かいてるのに……!」
 吸いつくどころか、べろべろと舐め始めた。付き合ってから今まで、自宅では始める前は必ずシャワーをしていた。それなのに今日はいきなり、しっかりと体臭まで嗅がれている。
「やだ、もうっ……これ以上は怒るよ!」
「ああ、ごめんよ」
 あまり反省しない様子で、昴は加悦のこめかみに軽くキスをした。
「……もう」
 まったく、敵わない。加悦は心地良い敗北感で満たされた。
 
 

     

 
「ん、んんっ」
 2人はシャワーを浴びながらキスをしていた。ラブホテルとは違い、普段から使っているだけに新鮮味はないし、狭いし、足元は滑りやすい。けれど今はそんなことはどうだってよくて、ただ相手だけに集中していた。
 今日は最初から舌を絡ませていた。舌を伝って入り込んでくるシャワーを気にせず、何度も何度も貪る。息苦しさと共に性感が高まっていく。
 お互いの腰にまわしていた手が相手の体を這い回る。加悦は昴の背中、胸板を撫でる。それは感じさせるためではなくて、相手の体に触れることで自身の心を満たすために。昴は加悦の胸とお尻をとにかく揉みしだく。ただ欲求を満たすために。
「んぅ……お尻はダメ」
 と言いつつも、あまり嫌がってはいない。昴も長い付き合いで拒絶されていないことはわかっているので、触り続けている。初めてじっくりと触れる加悦のお尻は思いのほか小ぶりで、しかししっとりと柔らかかった。
 手の平でその感触を楽しみ、ついには、昴の指が、谷間に入り込む。加悦はびくりと大きく震えた。嫌がったらやめよう、昴はそう思いつつ様子をうかがう。
「……今日、だけだからね」
 性感帯としてはまったく発達していないのに、ふつふつと興奮してしまう。自分でも触れたことのないところなのに、嫌な気はしなかった。きっと今日だけ、なら今日は許そう、加悦は思った。
 すりすりと昴の指がそこを擦る。むず痒いような不思議な感覚。ほんの少し、癖になりそうで怖かった。
「あん……硬い」
 加悦は脚を押す、勃起したペニスに優しく触れた。ぴくぴくと小刻みに震え、とても熱い。これがいつも自分の中に入って、喘がして、最高の気分にさせてくれる。そして、今日も。そう考えるだけど、下半身がむずむずしてしまう。
 我慢できない。昴から離れ、膝まずき、ぱくりとペニスを咥えた。
「ん、あむ」
 いつもよりも調子が良いのか、奥まで咥えることができた。しっかりと咥え込み、最初はゆっくりと唇でしごく。次第に早めていき、舌で唾液を絡ませる。
「ちょ、加悦……激しすぎ……!」
「ぷは……ふふ、可愛い」
 亀頭をちろちろと舐めながら、意地悪そうに言った。たしかに今日はいつもよりも激しい。昴の艶めかしい喘ぎ声とへっぴり腰が、どうしようもなく楽しかった。
 再びペニスを咥えた。今度は2本の指で優しく握り、顔の動きに合わせて指でしごいた。昴は甲高い声で、断続的に喘ぐ。
 もっと、もっと彼のそんな声を聞きたい。加悦の動きが早くなっていく。
 加悦が満足するよりも早く、昴の限界が来た。
「……! ん、んぐ!」
 口内で粘っこい液体が吹き出た。考えなくても、これの正体はわかる。
 突然訪れた圧迫感に、加悦は苦しみながらも受け止め、止め切った。口内に溜まった精液を、ゆっくり、ゆっくりと飲み干していく。精飲は初めてのことでなかったが、今日は、やけに量が多かった。
「……飲めた、よ?」
 口を開け、空になったことを見せた。
「もうっ、イくときはちゃんと言ってよね」
「ごめんごめん、気持ち良すぎて、余裕なかったよ」
「……多くなかった?」
「最近忙しくって、一人でする暇もなくて」
 射精したにも関わらず、まだペニスは硬い。
「あと1回ぐらい、大丈夫?」
「たぶん大丈夫だよ」
 加悦は安心し、内心でほくそ笑んだ。
 次は、自分が満足する番だ、と。
 
 少しのぼせ気味だった加悦は先に出て、さっさと体を拭いて裸のままベッドに向かった。パジャマを着る間も惜しかった。秘所はとっくに濡れそぼり、立っていることもつらいぐらい、うずいていた。
 ベッドの中央で、ぺたんと座って昴を待つ。まだシャワーと音が聞こえる。
 ……まだ? まだなの? 早く来てよ。そわそわとしてしまう。もう、我慢できない。
「はぅ……」
 気づけば指が下半身にあった。すぐそこに彼がいるのに、自分を慰めようとしている。いいのか、悪いのか。きっと、悪い。けれど止まらない。
 ぬるっ。指がすんなりと入った。
「ああ、う」
 くにくにと動かす。入り口付近しか刺激できないものの、たしかな快感が伝わってくる。けれど、まるで満足できない。もっと太く硬く熱い、ペニスがほしい。
 足りない要素は動きで補う。指を早く、もっと早く動かし、刺激の波を大きくする。
「う、んんんんっ」
 熱い、すごく熱い。貪欲に快楽を求めていく、そのとき。
「おーい、なにしてるの?」
 顔を上げると、そこには昴がいた。いつの間にかシャワーを終えていたようだった。下半身を見ると、そこはひどく興奮している。びんびんと、ペニスは重力に逆らっている。
「オナニーするんだったら、今日はしないよ?」
「そんな、やだっ」
 慌てて指を引き抜いた。抜いた瞬間、自分でも怖いぐらいの快楽と、物足りなさ。こんな状態でなにもされないなんて、拷問に等しい。
 もちろん昴も意地悪で訊いただけ。ここでやめるのは自分もつらい。ただ加悦の困った様子を見たいがための質問だった。昴は期待通りの様子に笑いながら、洋服ダンスを開ける。そこは避妊具の隠し場所、奥底にあるポーチを探る。
「あれ?」
「……どうしたの?」
「ない」
 昴は小数点以下の数字が書かれた箱を逆さに向ける。なにも出てこない。つまり、避妊具がない。
「そんなぁ……」
 これだけ感じて、どうしようもなくほしいのに。それなのに、大事な道具がないなんて。
 残酷すぎる。
 ふと考える。前の生理はいつだったか。その周期から考えて、今は安全圏かどうか。もちろん信用しているわけではない。そんなものもある、程度にしか心に留めていなかったが、知っているからにはどうしても頭によぎってしまう。
 大丈夫だろうか。逆算する。
 今日はぎりぎり安全圏。
 ……大丈夫、だろう。
「あの、さ」
 加悦よりも早く昴が口を開く。なにか言い出しにくいような、口調。
 今、避妊具なしでの性交をお願いされたら、二つ返事で答えてしまう。下半身がうずく、思考がぶれる、鼓動が高まる。
「なあに?」
 優しく、優しく尋ねる。
 昴の言葉を待つ。
 そして、昴は言った。
「今日は、やめとこうか」
 その言葉で、加悦は冷静になった。
「そう、だね……」
 いったいなにを考えていたのか。彼だって、きっとしたいはず。ぎんぎんに屹立している。でも、ちゃんと気づかって言ってくれた。それなのに自分は、自分を満たすことだけを考えていた。
 恥ずかしい。いや、悔しい。こんな程度の自分にイライラしてしまう。
「まあ、でもほら」
 昴は寝転がり、くいくいと指で加悦を招く。
「いっしょに気持ち良くなる方法なんて、いくらでもあるからさ」
「……ロクキュウ?」
「ほら、おいで」
 やや呆れながらも、どこか嬉しかった。加悦は昴の顔に脚を向け、またがった。
 
 その後、加悦はフェラチオで、今度は顔で精液を受け止めた。それから昴から執拗な愛撫で、何度も何度も絶頂に昇らされ、最後にはギブアップしてしまった。
 営みが終わっても裸のまま。抱き合って、ずっと体温を感じ合っていた。
「明日はちゃんとしようね。朝一で薬局行くからっ」
「うんうん、そうだね」
 昴は加悦の手を握った。その手のぬくもりが、まだまだ火照る加悦の体と心を安らげた。
「そういえば、さ」
「なぁに?」
「加悦の気持ち、聞いてない」
 たしかに、先ほどは泣いてしまって言えなかった。
 にこり。昴に顔を向け、心からの笑顔を見せる。
 
 いつかまた、マンネリと感じてしまうことがあるかもしれない。
 でも、今はちゃんと言える。
 またこんなことにならないように。忘れないように。自分へ、最愛の人へ、言おう。
 
「私も、大好き、だよ」
 
 

       

表紙

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Neetsha