勇気ある第一歩を踏み出し、その凍てついた光景に時間を取り戻したのは白垣だった。
なにが起こったのか、それは情報が出揃えば簡単にわかってしまうことなのだよワトスンくん。金網が破れていたって? それは破ったものがいるからさ。どうやって破ったかって? あの破れ目からしてバイクで突っ込んだと考えるのが自然だろう。誰が破ったかって? もうわかりきってることじゃないか。
いまきみの目の前で頭抱えてしゃがんでいる女の子が犯人だ。
QED。証明終了。
ものすごく不審そうな蛇崎の視線を背負い、白垣は、つんつんと少女の肩をつついた。
びくっとハリネズミのように全身を震わせて、少女がおそるおそる振り向く。
写真で見るよりも、実物は顔色がよかった。
嶋あやめだった。
「いやその」
シマはしどろもどろになって視線をぶんぶん左右に振り回した。
「えっと……白垣……さん? 今日のホストの?」
「うん」
そういえば、白垣はシマを知っているが、シマは白垣を知らないのだった。
思えば今年の春から始まった奇妙な騒動に不思議な感慨を抱きつつ、白垣は笑顔をつくって壁を指差した。
バイクで突っ込んだ箇所に、思い切りへこみができていた。
「弁償」
べんしょう、と声に出さずにシマの口が動き、にへらっと笑った。
笑ってもダメなのだった。
シマがふるふると首を振った。
なにが言いたいのかはわからないがなにを考えているのかはよくわかる。
白垣は設計され尽くした笑顔のまま首を振り返した。
壊れたおもちゃみたいに二人はふるふる首を振った。
蛇崎があくびした。
突如シマはキレた。
「だって! こんなところにこんなものが置いてあるのが悪いと思わない!?」
「思わない」
第一弾あえなく撃沈。しかし艦隊シマはなお攻撃を敢行する。
「バイク乗りなら誰だって『金網ぶち破ってみてーなー』って思いながら走るモンでしょ! それがロマンってやつでしょ! ブレーキなんていらないんだよ! 本郷猛だってきっと、」
「言わない」
連邦の白い悪魔はバケモノか。
自分以外の事故発生原因を指差し続けたシマの指が痙攣しはじめた。「だって……だって……」とうわごとを呟き、
「し、しろが」
「サーをつけろこの蛆虫!」
「ぐっ……さ、さー」
「発音がちがぁぁぁぁぁぁぁぁう!!」
「――――うるさいこのばかもー怒ったこーなったらせんそーだもんもうこーなったらせんそーなんだからね謝ったってもうぜっっっっっっっったいゆるさないから!!」
ワンピースの少女はファイティングポーズをとって軽快なステップを踏み始め、白垣は高々と四股を踏んだ。両者の間に火花が飛び散り空気が振動し風が吹き荒れた。
もう帰ろっかな、と蛇崎は思った。
こんな格闘少女は好みではないのだった。