Neetel Inside 文芸新都
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UNTIL THE DAY I DIE
Intermezzo-due

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 どうやらソファに座ったまま眠ってしまっていたようだ。
 一体今何時だろうと、寝ぼけたままの頭で九十九は壁にかかってある時計を見ようとしたが、その視界はすぐ目の前に立ちふさがった草薙瑠奈によって塞がれてしまった。
「おはよう」
「俺、どれくらい寝てた?」
「一時間くらいかな? 疲れてるんじゃない?」
「いや、大丈夫だよ。ごめんごめん」
「全然。静かなおかげでゆっくり出来たから。ご飯出来てるよ」
「あ、そう」
 彼女の冗談に笑い返すと、ソファから立ち上がる。
 洗面所で顔を洗うと、ようやく意識がはっきりしてきて、恋人の家で寝てしまうなんて申し訳ないな、と思うのだが、そんな風に寝入ってしまうのは珍しくもなく、彼女も特に気にしているようではなかった。
 リビングに戻ると手際よく彼女がテーブルに食事を並べようとしている。
「手伝うよ」
「いいよ、もう終わる。手、洗った?」
「母親みたいな事言うな」
「九十九が子供っぽいからそう思うのよ」
「そうかな。俺そんなに子供っぽいかな」
「そうだよ。だから職場の人とよく揉めるの」
「よく知らないくせに」
 決め付けるような彼女の言い方に少し拗ねたように言い返す。
 そういうところが子供っぽいのに気づいてないのね、と彼女は内心で苦笑をするが「はいはい、そうだね」とつい茶化してしまう。
 九十九は憮然としながら椅子に座る。
 確かに先日も意見の食い違いから職場の人間と衝突してしまった。
 後になってもっと上手いやり方があったかもしれない、と思いもするのだが、いざそういう場面になってしまうとついつい感情が前面に出てしまう。
「いや、でもさ」
「うん?」
「根本的に考え方が違うんだよな。そういう相手に分かってもらうのってどうしたらいいんだろうな」
「そういう時は」
「うん」
「まずは分かってもらおうとする事より、相手の事を分かってあげればいいんじゃないかな。自分の考え方ばかり押し付けようとしないで、相手の気持ちを考えてみようとするの」
「……俺だけ? 相手は?」
「相手が九十九の事を考えてくれないなら、なんで考えてくれないのかを考えればいいのよ」
「面倒くさいな」
「私の事も考えるの面倒?」
「そんな事はないけど」
「じゃあ、他の人にもそうすればいいの」
 お前、それが出来たら苦労しないよ。だってお前は恋人だからお前の事はそりゃ考えるよ。
 そんな風にも思うのだが、そんな台詞は当然言わないでおく。
 そうして黙り込むと、瑠奈が「はい」と箸を置き、九十九も素直にそれを取ると、テーブルの中央に置かれていた皿からサラダを取り分け始めた。
「なぁ、瑠奈」
 多分、それでも考えていたのだろう。
 テレビから流れるニュースの内容を聞きながら。
 日々の仕事の中で受け取る情報の渦に流されながら。
 誰かから誰かへと紡がれていく内に姿を変えて正体不明になっていく言葉に辟易しながら。
「人間ってなんなのかな?」
「それが九十九の悩み?」
「人間じゃない人間なんているのかな」
「いないと思うよ、私は」
 時を奪われた人間は、人間か?
「朝起きて、働いて、恋をして、愛を育んで、夜眠る。誰かと。それで充分じゃない」
「そうしていれば、人間?」
「うん」
 果たしてそうだろうか。
 だけど彼女の言葉に、そうかもしれない、とも思う。
 きっと自分の心のどこかが今弱っている。
 それを癒してくれるのは、人間の、彼女だ。
「俺、時々思うんだよ」
「なにを?」
「俺達、と言うか人間って生きる価値あるのかなって」
 ネガティブ。
 時折訪れるマイナス思考。
 そういうものを、言葉とした時、それは正しいと思い込みそうになる。
「なに、じゃあ、私が死んでもいいの?」
「いや、そういう事じゃないけど」
「じゃあ、そういう事」
 そしてそれを打ち消す誰かのポジティブ。
 九十九はそれを否定しない。
(まぁ、そうだよな)
 生きる価値とは自分以外の誰かを前提としてきっと成り立つのだろう。
 時には合致し、時には正反対の凸凹のような無数の思考達が毛糸のように編み重なっていく。
 その繰り返しを続けていく事そのものが、人間としての証明なのかもしれない。
 そして思う。
 彼女の命には価値があり、無くなってしまう事などきっと永遠に望む事などないだろうという事。
 きっと誰の命にも価値がある事。

       

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