修学旅行の自由行動中、志村は
「受験勉強で集中するためにファーストフード店で一人で単語帳を読んでいる地元学生」
に擬態していた。
基本的に修学旅行は班行動なのだが、もはやそのあたりはなぁなぁになっている。
集合時間さえ守れば無問題なのだ。
15時ごろ。
集合時間まで後2時間を切った頃、志村はふと、どこかに行ってみたくなった。
別段意味は無かった。
気まぐれだった。
街からは少しはぐれた郊外に、公園があった。
志村はそこのベンチで(別に黄昏時ではないが)たそがれることにした。
静かな公園。
涼しく、風の音が聞こえる。
なかなか近くで見るとグロテスクな顔をしたハトたちが、首を前後にさせながら、落ちている木の実を拾ったり捨てたり、また拾ったりしている。
触っただけで茶色い汚れがつきそうな、錆びた遊具が、たたずんでいる。
小学校の中学年くらいの少年が、今にも死んでやろうかというようなたたずまいでうなだれている。
蛇口を閉めているにもかかわらず、ちょろちょろと水が流れ続けている水道がある。
公衆トイレの落書きは…
…
…あ…。小学校の中学年くらいの少年が、今にも死んでやろうかというようなたたずまいでうなだれてるやん。
志村はそう思った。
そしてなぜか、彼のほうに近づいて行って、隣に座った。
日に二度気まぐれ。
修学旅行、知らない街、変な興奮状態か、パニック状態なのか、そのあたりは分からないがとにかく志村は、後のエンリケ、桂木薫の隣に座った。
「俺のことどう見える…。」
桂木薫は、近寄ってきた不審な女子高校生に、そう尋ねた。
「俺は惨めな奴に見えるか。」
「わりと…」
お互い、何かシンパシーを感じたのだろうか。
初対面の二人は静かに、どちらからともなく喋り始めた。
「わりと惨めな雰囲気に、見えるかも。」
「……そうか」
志村は、桂木薫のこれまでの人生など知るよりも無いし、これからも知る事は無いだろう。
「何というか、自分の事を大事にしてくれる奴だけ大事にしたら?」
分かったような口で、それでいて遠慮がちに、志村は呟いた。
桂木薫の何が分かったわけでもないし、何をアドバイスしようと思ったわけでもないが。志村はそう呟いた。
多分、志村は、自分自身に向かってつぶやいたのかもしれない。
17時、集合時間。志村は、旅館(というか民宿)行きのバスに揺られていた。
桂木薫とは他に何か喋ったかもしれないし、喋ってないかもしれない。
そして、きっと忘れるだろう。
お互い、忘れているだろう。
ただ、確かにその時喋ったのだ。
それから10数年後、世界を滅亡の危機から救うことになる6人の駄目人間。
その中の二人はその時喋ったのだ。
ただ。
ただ、だからと言って、その後の何かにこの出来事が影響してくるかと言われれば。
それは確実に無い。