Neetel Inside ニートノベル
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<リボルヴァ⇔エフェクト>
第十六話 <リボルヴァ・エグザム>

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 まずどこから鍛えねばならないかと言ったら、それは足だろうと思う。

 走ることは全身運動だし、心肺機能もよく刺激される。
 家でぷにゃぷにゃしていた野ブタのケツをひっぱたいて走らせ、自分が走ることのできる動物だったということを思い出させる。
 各部位のトレーニングはそれからだ。
 とはいっても、ランニングが主のいまも、腕立て伏せ二十回、腹筋二十回、背筋二十回、スクワット二十回を3kmランニングのあとに二セットほどやらせている。
 これぐらいなら無筋力状態の軟体動物にもこなせるだろう、と思ったが、一度脱水を起こしかけて死にかけたので、きついときは十五回にしてもよいことにした。
 甘すぎるが、まァ最初から飛ばして簡単に音を上げられてもつまらん。
 じわじわと、「自分はひょっとして変われるのでは」という思いを抱き始めた頃に過負荷をかけて、健康優良児としてこの世に出現しなかったことを後悔させる。
 こうして考えるだけでわくわくしてくる。
 おれは野ブタを生易しくプロデュースなんてしない。
 戦士にしてやる。
 唾を吐きかけられたらゲロにして返し、右の頬を張られたら敵の左奥歯を引き抜く猛者にだ。
 この世には闘争しかない。
 安全や平和に浸っているものは闘争の結果を浴びているのだ。
 それが自分ではなく親や国が代理として勝ち取ったとしたものであってもそうだ。
 いま、おれや一ノ瀬や溝口のような五十円玉一枚に血眼になる庶民が、突然日本中に蔓延した新型ウイルスに罹患して死に、金持ちのひきこもりが高額なワクチンと出不精の性格で助かった場合、勝ったのはひきこもりの方だ。
 やつは自分の代理として戦ってくれる存在を産まれたときから得ていた。産まれたときに勝利したのだ。
 天命の縄を富裕層に引っかけて、おれや一ノ瀬や溝口のような十円までならおごってやってもいいと感じる庶民から奪ったものなのだ。
 略奪こそすべてだ。
 勝たなければ死ぬ。
 クラスでのポジションも、勉強の成績も、財布の中身も、好いた張ったも、結局は他人に譲らないことから生じる略奪の現象だ。
 風止は、それがわかっていない。
 奪われるだけの暮らしが、やつから闘争心を奪った。
 ぷにゃぷにゃの身体はともかく、おれはやつに、その昂揚を取り戻させるべきだと思う。
 幸いそれは、おれの中に、この肌のすぐ下に、年がら年中駆け巡っているものだ。
 ごっそり削ってくれてやっても、たっぷりお釣りが来るほどに。




 おれが秩序の内部構造について考えていると、マナがそっとおれの持っていた風止練習メニューを取って、見づらそうに目を細めた。
「なにこれ。何語?」
「おまえひらがなと漢字もわからないのか。識字率98%の隙間はおまえだったのか。天然記念物として琥珀になるがいい」
「どうしてそう次から次へと減らず口が……あんたの字がきったねェって言ってんの!」
 おまえの口調の方が汚いと言おうと思ったが、あまり難しい言葉を使って混乱させるのも哀れなので、おれは「にこ……」と優しげな笑みをくれてやった。
 おれぐらいは構ってやらねばこの生き物も報われまい。
「まったく、なにやってんだか知らないけどね、もうすぐテストなんだからね。ちゃんとしてよ。わかってる?」
 わかっていなければ教科書とノートを広げて正座なんてしちゃいない。
 おれはじっとしているのと、黒板の音と、静かな空気が大嫌いなのだ。
 それでも、実世界の他の連中よりもラクしてテストを潜り抜けられると思えばこその忍耐なのだった。



 期末テスト九教科。
 実は高校に入ってから初めての期末だ。
 なんだか、あまりにも世にも奇妙な毎日だったので、もう二年のなかばくらいの気持ちだったが、まだ修学旅行も文化祭も一夏のあやまちも犯してないのだった。
 文科省や教育センターがどういう建前を武装してくるのかはしらないが、はっきり言っておれは、いま自分の身に降りかかってる奇天烈現象への対処とストレスでいっぱいいっぱいでXとYを=で繋げて整理整頓する気になんてとてもなれない。
 これは他の五人、あのカツミでさえ意見の一致を認めた。
 なにせ受けられていない授業が多すぎる。
 マナ、カツミ、聡志のがり勉トリオは、おのおののノートをこっちの世界に持ってきて見比べたりしているが、青柳が現国だったり数学だったりするように、教師も内容もバラバラなので、あまり役には立っていない。
 そこでおれは、前提のマイナスを発想のプラスにすることにした。
 六人いるんだから、六人でテストを受ければいいのだ。
 各自で受ける教科を絞り、短期集中で詰め込めばスカスカの脳みそだろうとテスト一発くらい耐えうる知識を蓄えるだろう。
 問題点としては、一人が受けたテストが他の五人のテストでも反映されるか、という問題だったが、いままでの五人の世界のリンク具合から総合的に判断したエンは、「答案はそのまま他世界でもコピー、ないし影響を受けたものになる」と判断。
 <ミッションコード=リボルヴァ・エグザム>は実力行使能力のあるミッションとしての信用を勝ち得ることに成功した。
 あっという間に堅物ぞろいの壁叉評議会を一発通過し、満場一致の拍手と共に迎え入れられた。
 エンからは花束を、リカからはセミのぬけがらをもらった。ぬけがらはその場で踏み砕いた。リカは笑っていた。
 そして、いまにいたる。
 カツミが変態的スタチューラブに目覚めて腰を落ち着けたのも功を奏し、おれたちは近所の一軒屋にお邪魔して勉強会に励んでいる。
 カツミは上座でぴしっと背筋を伸ばして参考書を広げ、選択肢の答えが「3」である確率を計算している。こいつは日を追うごとにバカになる。
 担当教科は、それぞれ、聡志は英語、リカは音楽と美術、マナは家庭科と保健体育、カツミは現国、エンは化学と数学、おれは倫理となっている。
 おれが倫理なのは一番勉強すべき人格であるとマナが進言したからだ。
 あのアマ、まんがタイムきららの最新号と偽ってエロ本見せたのまだ根にもってやがるに違いない。
 ふざけろ、予習させてやったっていうのに。人の倫理的行動を理解しない野蛮人め。
 だがまァ、なにはともあれ、厄介なテストは無事に済みそうだ。
 おれも自分の範囲をとっくのとうに暗記し終えてやることがない。
 いま、<番>はエンだ。
 テーブルの片隅に散らかしっぱなしの勉強道具が散乱している。
 柱時計を見る。
 十二時五分前。

 そろそろ、おれの<出番>だ。

       

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