Neetel Inside ニートノベル
表紙

<リボルヴァ⇔エフェクト>
第二十七話 言葉じゃ足りない

見開き   最大化      





 今晩は、新月だ。
 べっとりとした暗闇が窓の向こうに貼りついていやがる。星さえも見えない。宇宙なんてものはハナからなくて、一定以上の高空に届いた物質は次の瞬間、無に還っていくような気がする。
 どっちにしろ同じことだ。宇宙空間があろうが、あれが恐ろしいブラックホールの入り口だろうが、そこに辿り着けば生身の人間は間違いなく死ぬ。
 おれはベッドから起き上がってしばらく、そのまま布団に両手を預けていた。
 下腹の上に見慣れた拳銃が転がっている。握ってみると生きているように暖かい。木製のグリップだからだろう。
 おれは手首のスナップをきかせてシリンダーを外した。五色の弾丸が詰まっている。青、赤、緑、黄、灰。おれたちは握り締めたものを持ったまま<変転>するとそれを向こう側へ持って帰れる。リカもそうして、おれの弾丸を持ち帰ったのだろう。
 そして、あの街でおれに渡した。持って来れたなら、持っていくこともできる。
 黒色の弾丸をシリンダーに詰める。ちゃんと当てられるかどうか、いまさら不安になる。
 よくよく考えてみれば、弾丸は一発だけしかないのが普通で、ここに戻ってくるたびに補充されていたのが間違いなのだ。チャンスは一度しかないし人生も一発限りだ。それでいい。それでようやく、なけなしのやる気が湧いてくる。
 制服に着替えていると、喧しいサイレンとパトランプの光を撒き散らしながら、パトカーが家の前を通り過ぎていった。廊下に出てみると、階下で話し声。そして知らない臭い。刑事が来ているらしい。おれがいない間も世界は進む。目撃証言から六時間かそこらで被疑者の自宅へやってくるとは、あのババァ、おれの顔を知っていたらしい。誰かの父兄だろう。母親だったが。
 拳銃を腰に差す。撃つことよりも慣れた動作。最近じゃあ、重みがないとしっくり来ないくらいだ。
 おれは窓を開けて、ひさしに手をかけた。埃っぽくて嫌になるが文句も言ってられない。
 屋根に飛び上がる。浮島のように民家の屋根が遠く続いている。滝園になった気分だ。あいつは自由だった。おれもいま、自由なんだろうか。追われているが。
 おれは猫になりたいと思いながら、できる限りの忍び足で我が家を永遠に立ち去った。
 歩こうと思えばたとえ屋根でも意外といけた。
 溝口や一ノ瀬に話すとき、いったいどう脚色を加えたら面白くなるかどうか三分ほど思案して、もうそんな時が来ないことを思い出した。






 立ち入り禁止のテープを張ってブルーシートを巡らせた殺人現場にポン、と女子高生二人が現れたらどうなるか。
 間違いなく追い出されるだろう。おれは多摩川近くのマンション屋上から、下を見下ろす。いた。私服の刑事らしき男にしっしと追い払われているおかっぱと金髪。おそらく近場の公園に移動するだろう。そこでたぶん、あいつらはおれを待つつもりなのだ。
 あんまりぐずぐずはしていられない。おれはマンションを九十九折に貫く階段を駆け下りた。アパートの延長線上みたいなボロマンションだ。傾いている。もし、どこかでなにかが違っていれば、たとえばひやっとする地震なんかがあと三回ほど多い世界だったら、危険につき退去勧告がなされていたかもしれない。
 律儀に信号を守ってから、横断歩道を渡って公園の生垣を乗り越える。風止はのんきにブランコを漕いでいた。蒼葉は一服しながらうなだれている。
 おれは五メートルほどの距離から暗い雰囲気の二人に声をかけた。よお。蒼葉が気づく。
「駆郎……。戻ってきたんだ」
「戻ってこなくてどうする。この世におれの逃げ場はないんだぜ」
 ちら、と風止がおれのセリフに反応して冷めた目を向けてきた。おれは、どうしてあいつがそんな顔をしているのかわからなかった。おれを責めているわけでもない。悲しげとも違う。諦め?
 蒼葉が珍しく不安そうに、片手でもう片方の手を抱いている。
「どうするんだよ。あの人を殺すなんて……やっぱり自首? あたし、裁判になったらあんたのために証言してもいいよ」
「少年犯罪で裁判なんかやらねえよ。弁護士と検察が話をつけちまうんだ。おまえの言葉なんて誰も聞かないよ。そこでだ、やっぱり、おれはおさらばすることにした」
 そう、なにも犯罪者としてこんなトコロに収まっていてやる必要もない。この世がおれを拒否するなら、おれが出て行けばいいだけの話だ。
 おれの人生は、おおむね、なにが起こってもこうなっていただろう。べつに殺人犯の素質があった、ということじゃない。おれはどの道、老衰にしろ自殺にしろ、この世に見切りをつけて死んでいっただろうということだ。おれは死ぬ前にそれができた。この世には、おれが価値あると思えるものは、ない。それどころかおれを追い出そうとしてきやがる。だから出て行く。おまえらは、置いていく。
 おれはできる限り、自分の気持ちを正直に喋ったつもりだ。だが、それが正確に伝わったかどうかはわからない。
 おれは拳銃を抜いて、両手でしっかりそれを、まず、蒼葉に向けた。蒼葉の目が大きく見開かれた。
「死にたいやつから前に出ろ」
 おれは思う。
 おれは、クチベタだ。





       

表紙
Tweet

Neetsha