Neetel Inside ニートノベル
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<リボルヴァ⇔エフェクト>
第六話 月に代わってうらめしや?

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 ギーコギーコギーコギーコ。



 めしいた信号を無視して五台のチャリンコがマーチ。
 荷台にくくられたテレビで、一人称視点の学園ドラマが進行中。
 <番>は聡志。
 クロはハンドルに顎を乗せてぽけーっとテレビのなかのガールズトークを盗み聞き。
 カツミが不愉快そうに蛇行運転してかく乱するがそのたびに光につられた蛾のようにクロはくっついていく。
 どうせ減るもんじゃない。トイレなうってわけでもなし。
 人探しは頻繁に休憩しながら続行中。
 いつどこを訪れても賞味期限ぎりぎりのコンビニで物資調達。
 人がいなくても発電所は動いているのだろうか? 動力炉をサンダーが飛び回ってるのかもしれない。極太のコイルが巻きついた中心軸をプラズマの亀裂を撒き散らしながら優雅に飛ぶ鳥。
 その背中に乗ったらさぞやスカッとするだろう。
 ぺろり。
 唐突に併走していたエンに頬をなめられた。クロは眉をひそめて見返した。
「ものすごい汗かいてたよ?」
 白衣を着たエンは小柄の女医みたい。というよりもマッドサイエンティストか。
 エンは六人のなかで一番変人。
 だからクロは無視してギーコギーコとペダルを踏み続けた。
 いちいち関わっていたらこっちまで気が狂いそうだ。
 どんよりとこねあげられたように固く重い空気は、頭上を覆う雨雲と湿気だけじゃない。
 気にはしないようにしてはいても、マナも聡志もカツミも、精神面にやっかいな蛇が巻きついているのが、クロには見えるようだった。
 そう、発電軸に巻きついたコイルのように。おれたちはその周りを飛び回るサンダーの群れなんだ。
 とげとげでばちばちで、結局のところ、ただの他人。
 もうひとりの自分? 平行世界? パラレルワールド。あのときああじゃなかったら。
 知るかそんなもん。
 おれには、関係ない。
 どうせどこにいようが、同じこと。
 こいつらといるのだって、利害がいまんとこ一致しているし、人手が多い方が便利だし、ある朝始まったこのくそったれな世にも奇妙な物語の成り行きってやつだ。
 この物語が、あっさり終わるバッドエンドになるんだかトゥルーエンドとかいう大仰なだけのバッドエンドになるんだか、どっちだって、おれには同じこと。
 どうでもいい。
 壊れそうになったらちょいと油をさしてやってもいいし、そのまま蹴りつけて壊してやってもいい。
 どっちにしたって……あとは、わかるだろ?
 どいつもこいつも、考えたって仕方のねえことを考えてやがる。
 なっちまったものは仕方ねえじゃねえか? なあ。
 これが自然現象だろうが政府の陰謀だろうが幻覚だろうが夢オチだろーが、とどのつまり開き直るしか手はなかろーが。
 でも、少なくともおれは、めそめそだけはしたくねー。そんだけ。
 テレビの中から聡志が呼んでる。そろそろ交代だとさ。
 画面にゃ聡志の伸ばした腕と握られた木のグリップと炭化したみてーに黒い銃身が映ってる。その先にある鏡に映った聡志のひ弱そうな顔も。
 さて、今日のおやつを食べるとするか。
 おれはべつに向こう側に未練なんか残しちゃいないが、このまま三時間だけの毎日に耐え忍ぶってのも、負けたような気がするしな。
 おれは、勝っても負けても、めそめそだけはしたくねー。
 そんだけ。




 銃声の音がして、おぼれていくような変なトリップをくぐって、おれは、元の世界に召喚された。
 感覚的には、眩暈に似てる。たったいま生まれたばっかみてーなへんな感じ。
 夏の半端ない夕日が眼を射す。いてえ。そしてあちい。なんだこれは。
 南部の方から赤道直下に分布してるゴキブリだのクモだのが北上してるとは聞いてたけど、<隣町>よりあちーじゃねーか。詐欺だぜ。向こうがいいなあ、コンビニ近いし。
 どうやらおれは、授業が終わって帰るとこらしい。
 溝口と一ノ瀬はいない。ほかの連中の世界だと若干違いがあるんだが、おれんとこだと溝口は帰宅部のゲーオタ、一ノ瀬は茶道部のエース。茶道のエースってなんだ? 得点とかあんのかな。反則とか。ファールプレイとか。座布団に座った相手の足を審判から見えない角度で踏んだのがバレたら退場とか。退場するよりもその場で着物の帯ぶんどった方が抑止力にならねえ? おれも楽しいしよ。おやめになって! 絶対やめない。やめるやつは男じゃねー。
 ってなことを一ノ瀬にいったら茶道部の見学を禁止されちまった。
 放課後に茶菓子出してもらうのが楽しみだったのに。
 一ノ瀬の砂交じりは論外だが葉子先輩の茶ァ美味かったのになァ。
 葉子先輩なんであんな胸でけーんだろ。けしからん。まったくもってあの和服姿はけしからん。
 でも巨乳って一部分だけ肥満っていう実はすげーグロイことなんじゃねーか?
 とぼとぼ歩き、視界の端に乳白色の月がちらついて、おれは校庭の犬走りから校舎を見上げた。
 給水タンクにうすくて消えちまいそうな月が乗っかってる。
 乗っかってるのはそれだけじゃなかった。


 月のなかに、生首があった。


 疲れてるんだと思う。最近いろいろあったし。
 パラレルワールドのもうひとりの自分と犬猿の仲だったり、べつのもうひとりの自分から求愛されたりとか。
 だから青白い肌をした生首が月に重なってる幻覚を見たってしょーがないと思う。
 そいつと眼があって、そいつの目がびっくりしたみたいに見開かれるのがばっちり見えたって、それはしょーがないと思う。
 おれのせいじゃない。
 そんとき、なんか、幻覚ごときにびびってるのがムカついた。
 だからおれは、ぎろっとその生首を睨みつけてやった。
 いまどき前髪ぱっつんのおかっぱ頭だ。肩ぐらいまでの髪の長さ。こけしみてーだ。なんだあいつ。くらそー。そんなだから生首なんかになっちゃうんだ。幻覚だけど。
 生首の女子は、じっとおれを見返していた。
 おれ、なんかすげー気分悪くなってきちゃって、くらくらしてきた。
 <交代>するときみたいな感じだった。やっぱ疲れてるんだ。あとでエンにいいクスリあっせんしてもらおう。トランキライザとか。
 幻覚にも飽きて、というかまあちょっと怖くなったってのもあって、おれが目を逸らそうとしたときだった。
 生首の女子にどこからともなく右腕が伸びてきて、人差し指で自分の目の下に触れた。
 遠くからでもその生首に濃いクマがあるのがわかった。おれの視力は2.0。だからはっきり見えた。
 そいつ、おれにあかんべえしやがった。
 このおれにだ。
 そいつの赤い下まぶたの裏も、「いーっ」とむき出しにされた歯茎も、青白い指もぜんぶ見えた。
 おれは校舎に向かって走り出した。野球部やらサッカー部やらが猛然とダッシュし始めたおれに訝しげな視線を注いでくるが構うもんか。
 売られた喧嘩は買う主義。おれにそーゆーなめたことをするとどーゆーお仕置きがあるのかたっぷり教えてやる。
 でも、屋上の給水塔におれが登ったときには、やっぱりそんな生首はどこにもなかった。
 なんだか急に風が強くなってきた気がして、おれはのろのろと梯子を降りた。



 最後に背後を振り返ると、紫色の空が広がっていた。

       

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