Neetel Inside ニートノベル
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<リボルヴァ⇔エフェクト>
第十一話 トワイライト・ラン

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 他人を見たら泥棒と思え、とおれは親父に教えられて育ってきたが、それにしたってなにも逃げ出すこたァないぜ。
 おれだって傷ついたり悲しんだりするんだ。人間なんだからな。
 ちょっと異次元にワープできたりするからってハブにするない。畜生め。
 溝口のストラップなんか虫唾が走るほどどうでもよかったが、このまま逃げ切られるのもシャクに触る。
 逃げられたら追うもんだ、たぶんそういう決まりが遺伝子のなかに組み込まれているのだ。
 おれたちがまだ猿だった頃は、一度逃した夕飯は二度と射程距離に入ってきてはくれなかっただろうからな。
 風止は機織機みたいにパタパタパタと階段を降りていく。
 二段飛ばしでおれは追いかけるがなかなか追いつかない。
 とうとう捕まえられないまま、風止は一階に下りてしまった。
 このまま昇降口から逃げるつもりだ。外履きは放棄するつもりらしい。
 エモノを追いかけるときのコツがあるなら、それは、エモノよりもひとつだけ多くのものを捨てる覚悟を、一瞬でもいいから速くつけちまうことだ。
 おれは上履きを脱いで、それを踊り場から振りかぶってぶん投げた。
 風止めがけて飛んでいく上履きは――やつの耳をかすめて、昇降口のカーペットにぶつかり跳ねた。べつに当たらなくてもいい。
 風止はすっかり怯え慄いて、誰もいやしないのに、おれの上履きが悪臭でも放っているかのように針路を直角に折り曲げた。
 風止が走る廊下の先には多目的教室。しかし普段は施錠されているはずだ。
 おれと教室の間に逃げ道はない。
 おれはゆっくり上履きを拾って履き直しながら、風止に近づいた。風止は、
「う~……」
 力いっぱい引き戸をこじ開けようとしている。施錠をぶち壊して扉を開けるようだったらおれが逃げ出す。
 もちろんそんな奇跡は起こらず、おれは風止の前にオカンのごとく仁王立ちした。
 風止はしりもちをついて、声も出せずに震え上がっていた。
 ううむ。
 なかなかいい眺めだ。ひねり潰してやりたい。
 口を塞げば、こんな時間、誰も通りかからないだろう……。
 風止の夏服の肩から、ブラジャーのひもが透けている……。
 おれは手を風止に伸ばした。やけにリアルさを増したように感じられるのは気のせいだろうか。急に劇画風になったよう。
 おれの手が風止の鼻から上を覆ったとき、おれのポケットで携帯が震えた。
 ぶるる、ぶるる。
「でっ」
 風止の声は裏返っていた。
「出た方がいい……」
 なんでそんなことこいつにわかるんだ、と思いはしたものの、おれは左手をポケットに突っ込んで傷だらけのオンボロガラケーを取り出した。
 視線は銃口のように風止に据え付けたまま、手首のスナップで開いてメールボックスを開けると、

 見つかった(^○^)vピース

 めきっ。
 携帯を潰さんばかりに握り締めたおれは、そのとき相当鬼気迫るオーラを放っていたのだろう。
 風止の身体は着信中のように小刻みに震えていた。
 かざしていた手をどけると、やはりというか、涙目になっている。
 急に茶目っ気がうせた。
 いや、べつに最初からなにをしようと思っていたわけじゃない。
 どうやって脅かしてやろうか、それぐらいの些細な暇つぶしだったんだ。
 風止だって、どうせ、おれの目つきの悪さをインネンつけられたとかそんな風に邪推して逃げ出したに過ぎない。
「……あほらし」
 まったく無駄に駆けずり回って時間を浪費してしまった。一気に身体が乳酸まみれになったような気分になる。
 帰ろう。
「あ、あの」
 振り向くと、風止が生まれたばかりのシマウマのようにようやっと立ち上がったところだった。
 目と目が合う。
 風止の目は、人形みたいな外見には不釣合いな焦げ茶色だと、おれはそのとき初めて知った。
 やつはなにか言おうとしていた。
 が、次の瞬間、おれの視界が36000度回転し、単調な校内が流線へと変貌し、地面が足についているとわかったときにはもう、おれはテレビの前にいた。
 テレビは消えている。慌ててつけると、そこにあったのは、


















 夕闇に沈もうとしている、誰もいない、空き教室の扉だった。



















 おれは、<無線>を口にあてて、言った。
「おい」
 返事はテレビのスピーカーの中から届いた。テレビの画面がぐらぐら揺れる。長い茶髪が画面の端に映りこんでいた。
『あ、ちょっとクロ、あんたもう約束の時間、三分も過ぎてんのよ。なにやってんの? 約束はちゃんと守りなさいよね』
「いま、人と話してたんだ」
『はあ? ――誰もいないじゃん。ハハァ、あんたひょっとしてそれ脳内彼女? うっわサミシー! ばっかみたい!』
「そうだな」
 おれは反論する気力もなくして無線機を放り投げた。
 テレビの角に当たった無線機は力なくブランブランとコードに吊るされて、てるてる坊主のように揺れている。
 そこから、風止の声が、いまにも幽かに聞こえそうな気がした。
 最後に見たやつの顔を思い出す。
 むかつく顔だ。垂れ目で、おかっぱで、人の顔色ばかり見て、結局は自殺したつまんねえ隣のクラスの女子の顔だ。
 そんなやつが、死ぬ前に、いやおれの世界の風止は死んでいないわけだが、死ぬつもりで最後に見たおれのツラに舌を出してみせたやつが、おれにあんなセリフを言うわけがない。
 見間違えであってほしい。聞き違いであってほしい。
 おれは、理由もわからず、あんなことを言われるなんてゴメンだ。
 なにもかも、ブチ壊したくなるほど、嫌な気分になった。






 おれは、ありがとうなんて、言われる筋合い、ない。

       

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