Neetel Inside ニートノベル
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<リボルヴァ⇔エフェクト>
第八話 蒼葉の憂鬱

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 昼休みに<番>があるなんて久しぶりだ。
 スピードキチガイの滝園に三十秒で焼きそばパンとコロッケパンとイチゴ牛乳を買ってこさせて、おれは屋上の扉を押し開けた。
 気圧差でもあるのか、八階建ての屋上には腰の入ったビンタみたいな風が吹き荒れていた。
 とてもランチって感じじゃねえなあ、と思い直してしぶしぶ踵を返すと、突然、風がパタッと唸るのをやめた。
 ツンデレか? まあなんでもいいので屋上に戻る。
 人気のない屋上はとても広く、どこに座るか指針を決めておかないとぼうっとしてしまう。
 おれは自由の上手な使い方を知ってるから、どこにしようか迷って立ちぼうけしたりしない。
 つまり、テキトーでいいのだ。答えなんてないのだ。
 どこにもそんな秘宝は埋まってりゃしないのだ。
 もぐもぐと焼きそばパンを口の中でシュレッダーしていると顎を使うからか頭の回転が速くなる。
 思考サーフィン。
 おれはまず屋上について考えた。人気がない。そりゃ結構。でもなんで?
 人が死んだから。
 風止美衣子は飛び降り自殺だったらしい。
 給水塔から眼を瞑って助走をつけてジャンプ――したかどうかはわからないが、まあなかなか気合の入った死に方だ。
 でもおれはちょっといやだ。落ちている間に後悔しそうだ。
 人に迷惑さえかけないなら、電車の方がパワーがあって一気に意識をあの世まで持っていってくれるんじゃないだろうか。それとも死に損なってとんでもない苦痛に苛まれながら駅員にビニールで回収されるのだろうか。
 どっちにしろ、自殺するよりも先にやるべきことがあると思う。暴れたりとか、壊したりとか。
 それで自殺しなくて済むならもうけものだし。
 自殺より背徳的な器物損壊があるとは、世論ってやつは口が裂けても言えまいよ。
 今日はいい天気だ。
 薄い雲が太陽を覆っていて、不快指数もそれほど高くない。
 足をおっぴろげてパンを貪っていると、ピクニックにでもきた気分になる。
 それにしてもうちの高校は自殺者が出ても屋上を閉鎖しないのか。
 いや閉鎖されたらおれの憩いがなくなるから校長ないしそれに順ずる責任者グッジョブなんだが、それにしたってひでえなあと思わなくもない。
 おばけでも出たらどうするのかね?
 蒼葉になら枕元に立ってもいいけど、関係ないおれんとこには来るなよ。来ても異世界だぞ。やめといた方がいいって。
 なあ?
「なあ、じゃねーよ」
 おれと太陽の間に蒼葉の顔があった。
 栗色に染まったゆるいウェーブの髪が、太陽光できらきら輝いている。
「あ、なんだ、蒼葉いたのかよ。心読むな」
「読んでないっつの。あんたが勝手にぶつくさ独り言してたんじゃん。なに、寂しいわけ?」
「寂しいねえ」
 図星を突かれたときの心得その1、開き直る。
「おまえが癒してくれんのか?」
「ばかなの?」
 質問に質問で返した蒼葉は、おれの横に座っておそらくタキを使って仕入れたであろうカレーパンを揃えたひざの上で食い始めた。
 疎遠になっていたはずだったのだが、わずか数秒で昔と同じように喋れていたので自分でも驚く。
 まあ、おれたちの神経は常人の数倍の強度があるからな。
「今日はお供のキジとイヌとサルはいねえのか」
「あたしは桃太郎か? 飯時まであいつらの顔なんか見たくないっての。教室で麻雀やってるよ」
「へえ、ま、あいつらよりはおれの顔の方がいいおかずになるってことだな」
「普通にならないんでどっかいってくんない? リフレッシュしにきてあんたのツラ拝むとか時間濃くなるんですけど」
「だろうな、なにせおれは一日を三時間まで凝縮した生活を送っているから、そのおれと一緒に過ごしたらタイヘン有意義な時間を過ごせるだろうよ。よかったな」
「――――あ、ごめん聞いてなかった」
「嘘つけ」
 このアマは昔からナマイキでよろしくない。
 おれはフェンスにもたれかかってその糞ナマイキなご尊顔を眺めた。
 敵意の冷気を放つ切れ長の目は、どこか上から見下ろしたような蔑みを感じる。
 そしてそれがサマになっている。
 こいつには蔑まれても言い返せない、そんな気配。
 おれは感じないが聡志はビンビンらしい。Mめ。
「おれも大概だけど、おまえも相当だね」
「は?」蒼葉はちゅうちゅうとコーヒー牛乳を吸っている。「なにが?」
「や、フツーはこねーだろこの時期に屋上」
「ああ……まあそんなに今日は暑くないし」
「寒かったらどうすんだよ。霊気とかで」
「冷気? ちょっともうあんたほんとになに言ってるかわかんないから黙っといて」
「やなこった」
「死ね」
「やなこった」
 おれは人の言うことは聞かないのが信条なのだ。
「おまえさ、どう思った?」
 蒼葉は髪をかき上げてきっとおれを睨む。
「だから、主語がないんだよ、駆郎はさ」
「わりいわりい。頭いいからおれ。だからとにかく、なんだっけ、えーと、かぜ、かぜ……」
「課税? あたしに税を課して欲しいの?」
「ちゃうわボケェハゲェコラァボケェ。そう、風止だよ風止」
 風止の名前を出した途端に蒼葉の顔が曇った。
 もちろん悲しみとか同情とかそういう常識人っぽいもんなんかじゃない。
 嫌悪だ。
「ああ……あいつね」
「いじめてたんだろ? もう桃太郎じゃなくてオニ太郎だな。鬼が島大勝利だな」
「うるさいな。なに、文句あるわけ。弱いものいじめはやめろーって?」
「べつに。おれに迷惑がかからなけりゃそれでいーよ」
「だったら黙っときな」
 そこでおれは本当に黙ってみた。
 普段おしゃべりが黙ると場が持たなくなるので、喋らないやつの本音がぽろっと出てきたりする。世界ふしぎ発見の術。
 案の定、空になったコーヒー牛乳のパックを吸うフリに限界を感じた蒼葉はぽつぽつ喋り始めた。
「あんた、あたしが誰かにヤキ入れてんの見たことある?」
「ある」
「どうだった? あたし、楽しそうだった?」
「変な質問するやつだな。べつに楽しそうにゃ見えなかったけど、つらそうでもなかったんじゃねえの。普通だよ普通」
「普通……」
「ああ。そっちこそなんでだよ、楽しいからやってんじゃねえの? 俺TUEEEEEってよ」
 蒼葉は髪の毛に指を巻いては解いている。言いかけてはやめる蒼葉の態度とその動きはマッチングしているように見えた。やがて言った。
「あたしさ、やめろってもし言われたら、やめることにしてんの」
「は?」
「だから、いじめ」
 たぶんおれは変な顔をしていたんだろう。「……何よ?」と蒼葉がしかめツラになった。
「おかしい? そういうルールにしてんの」
「へえ」
 おれにじっと見つめられて照れたのか気まずいのか、蒼葉はまっすぐ前を向いたまま喋った。
「最初は、鬱憤のはけ口だった。ほかのやつらとおんなじにね。でもすぐに怖くなった」
「怖く?」
「うん。――たぶんこんなこと考えてるのあたしだけだろうけど」
 なんだか話が妙な方向にこじれ始めていると思ったが、おれは口出しせずに先を促した。
「いじめられてるやつらって、いつもにやにやして、びびってんだけど、いつか終わるって知ってるのね。だからそれまで耐えようとして媚びたり大げさに痛がったりするの」
「生々しいね」
「生々しいでしょ。あたしはそれを近くで見てきた……ある日ふと思ったんだ。こいつらは、あたしたちがなにを言ってもへらへらするだけ。あたしたちが何をしても何を言っても、こいつらには届かない。だってあたしたちはいつか引き上げる。いつか飽きる。だから死ぬことまではないはず……間違いがなければ。それって、あたしたちを同じ人間として扱ってるんじゃなくって、『災害』としてみなしてるんだ、って。こいつらにとっては暑いとか寒いとか、そういう気温みたいなものと、あたしたち、おんなじなんだって思ったら、怖くなった……人として見られてないって思ったら、手が震えた」
「いじめる方がびびってちゃ世話ねえな」
「そうだよ。世話ないよ。だから、どんどんあたしはヒートアップした。ヤケで意地になってた。気づいてもらうまで、徹底的にやってやるって思った」
「ふうん。で、結果は?」
 蒼葉は首を振った。
「あいつらはいまでもにやにやしてるだけ。あたしにはわからない……あいつらが。ああなってしまった人間が。わからない……」
「そりゃあ立場が違うしな……でもよ、わかんないぜ。中には災害と闘おうってやつもいるかもな」
「だから、そういうやつがいたら、やめてやってもいい」
「風止だったらできたかもな」
「――風止が? なんで?」
「おれはね、自殺しようって気になる人間は、まだ生きる力があるってことだと思ってんのよ。少なくとも寝起きのおれよか元気だ。寝起きのおれは、死ぬ気力もねーからな」
「なんでそれが風止になるのよ」
 蒼葉はきょとんとしている。
「おまえさすがにちょっとひでーぞ。自分が殺したようなもんなのにさ」
「は? え、風止死んだの?」
「らしいぜ。飛び降りだってさ。さぞやおまえを恨んでることだろーなー」
「あんた夢でも見たんじゃないの?」
「え」
 ひょっとして、蒼葉って頭おかしくなってるんだろうか。
 おれはまじまじとやつと見つめあいながら考えた。
 風止が自殺なんかしちゃったもんで、実は頭の中身ぐっちゃぐちゃになってしまったんじゃなかろうか。
 そうだとしたらこいつはやばい、おれの前にいるのは病んでる人だ。
 逃げるが勝ち。
 おれは脱兎のごとく蒼葉に背を向けて走り出した。呆然として片手を伸ばしたままの蒼葉を残して。
 屋上の扉を潜り抜け三段飛ばしで滝園のごとく駆け下り、踊り場に着地したところで小さな影にぶつかった。
 おれは急ブレーキをかけたが間に合わずその女子を轢いちまった。
 壁に叩きつけられた女子は壁にもたれてくたっとうなだている。ちょっとやばそうだ。もしこいつが死んだら蒼葉とおんなじにおれも頭がおかしくなるんだろうか? ならないと思う。思うけど、やっぱちょっと自信ない。
 おれはその女子を抱え上げた。背が150cmほどしかないし、ハリボテみたいに軽かった。
 うなだれていたそいつの首がだらんと白いのどをさらして反り、額にかかっていた髪が重力にしたがって流れた。
 給水塔の上で見かけた生首と同じ顔をしていた。
 おれはバカじゃないから、すぐにあのおばけもどきがこいつだと悟った。
 どういう理由があってかはしらないが給水塔なんかによじ登って、そこから首だけ出しておれと目が合ったがために先日の最悪の出会いが発生してしまったらしい。
 よし、まだ頭は回ってる。とっとと保健室に運んでさくっと今日を終わらせよう。
 階段の一段目に足を乗せたとき、そいつの上履きが視界を横切った。爪先に、マーカーで名前がそっけなく書かれていた。
 風止。
 おれは硬直した。

       

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