Neetel Inside ニートノベル
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場所は六本木のオフィス街。
安物の腕時計は午前八時を指していた。
道行く人々は男も女もスーツをビシッと着込み、せわしなく
歩いていく。
「落ち着かない街だな。」
喫煙者の俺は、路地の隅のオアシスとも呼べる喫煙所で一服していた。
この街は俺にはまったくといってほど無縁に近い。
「たっく、どれが協力者だよ。」
こりゃ悪態を吐きたくはなるだろうよ、もうかれこれ一時間は協力者を待っている。
この街の人間は時間には五月蠅いんじゃないのか?なんというルーズな奴だろうか。
最後の一本に火を付けようとしたとき、隣の人が火を貸してくれた。
「あっすみません。」
唐突なのでよく分らないまま火を貰う。
「どうも藤堂英彦です。」
「はあ・・・。」
まともに状況が読めない。
「えーと、すみません。僕がその協力者です。」
「はぁ・・・、っておいずっといたんかい!」
俺が到着する前から、暇そうにベンチで煙草を吸っていたこの長身眼鏡野郎がどうやら
協力者だったようだ。あまりに突飛すぎてもう怒りなんてどうでもよくなった。
「はははっ、すみません。どこかなぁとずっと目で探してはいたんですがどうもいただいた
写真と差がありすぎて今しがた気づきました。」
この呑気なやつが協力者とはな、楓はどんな写真を渡したんだこいつに…。
「まぁ、そこの喫茶店でお茶でもしながら話しましょう。奢りますから。」
にこやかな表情を崩さない藤堂。奢ってくれるならまあいっかな。
「分った。ゆっくり話をしよう。小腹も空いてたことだしなにか奢ってもらおう。」
「どうぞどうぞ。」
数分ほど歩いたところにこじんまりとした喫茶店ジュテームがあった。
「ここは僕のお気に入りなんですよ。ささっどうぞどうぞ。」
招かれるように俺はその店に入った。まあ、なんというか質素な外装とは打って変わって
メルヘンな世界がそこにはあった。ピンクにピンク、ピンクの世界。
「まあ、趣味はそれぞれって言うしな。」
「うーん、落ち着きますね。家に帰ってきたようですよ。」
これのどこが落ち着くというのか、ピンクのフリルがいっぱい。テーブルカバーにいたっては
もう目が当てられないほどピンクである。
「ねっ、落ち着くでしょ。ささっ奥に席を取っているのでそこで紅茶を飲みましょう。」
「いや俺はコーヒーでいい。」
「コーヒーはありません。」
なんということだ喫茶店にコーヒーが置いてないなどということが現実にあるというのか…。
導かれさらに奥の個室に案内された。既に席には紅茶のセットに洋菓子がセッティングされていた。
「僕は、この世界に毎日癒されます。」
こいつは本当に大丈夫なのだろうか?
「もうわかった。とりあえず紅茶でもなんでもいいから座って話をしよう。」
「はい、まあ騙されたと思ってこれを飲んでくださいお勧めですから。」
渡されたティーカップ。ほのかに甘い香りがする。紅茶というものなんて
あまり飲まないがこれは意外にも美味そうだった。
「ああ、頂くよ。」
口にしてみると癖がなく非常に飲みやすかった。
「アールグレイに少しアップルが入っています。どうですか?初めての方でも飲みやすいと
思いますよ。」
あーるなんちゃらはどうでもいいが、この酸味は林檎だったのか…美味し。
「さてさて、お仕事の話は嫌いなんですが引き受けてしまったのでお話するとしましょう。」
ようやくここにきて藤堂は仕事の話をする気になったみたいだ。長かったような気がする。
「私は社長の派閥にいます。ですが支持しているのは孔子様です。」
「楓の兄か、なるほどなスパイみたいなもんか。」
「そうですね、私もそろそろ社長には退いてもらいたいのは本音です。ですが、現在の孔子様には
その力はありません。なので外の力を借りたい。そこで貴方の出番というわけです。」
俺が仕事に失敗しても、その荷を背負うのは俺一人そういうことだな。
「わかってる。で、何をすればいいんだ?」
「社長は鉄壁です。スキャンダル一つありません。ほとんどの事をお金で解決できますからね。」
それは言われなくてもだいたい想像はつく。
「ですが社長は男色なんですよ。増田さんなんてもうもろにドストライクだと思いますね。」
「は?どういうことだ?」
「社長はバイなんですよ。どっちもいける口なんです。」
俺を社長の性奴隷にでもするというのか?なんてことだこんなこと予想もしてなかったぞ。
「ふふっ、驚きますよね。ですがそれでは失脚は無理です。」
「それはな、金でどうにでもなるだろう。」
「ですが貴方ならその隙に乗じて殺すことも可能なのでしょう?」
こいつは楓と違って最初から殺すつもりでそれを勧めてくるのか、こいつは危険な奴だ。
「楓様のやり方では孔子様を次期社長にすることは無理でしょう。逮捕なんてまず無理な話ですから
もう一思いに殺して下さい。」
先ほどのにこやかな表情から鋭い目つきに変わる藤堂。どうやらこっちがこいつの本性なのだろう。
そして、また笑顔に戻る。
「気楽にいきましょう。気楽に、それでは奥のドレスルームでこれに着替えてきてください。」
渡された黒い紙袋を持って俺は奥に設置されていたドレスルームで着替える。
中に入っていたのは、しっかりとアイロンがけされたスーツと社員証だった。
たしかに今俺が着てるよれよれのスーツでは駄目だよな。
「終わったぞ、藤堂。」
「パーフェクト、まさに社長好みだと思いますよ。あとその不精ひげは剃りましょう。」
今度はどこから出したか分らないがジェルと剃刀を渡された。あいつはマジシャンか。
「藤堂、これでもういいよな。」
「はい、ではそのぼさぼさの髪も近くの美容室で整えちゃいましょう。」
まだあるのかよ。

       

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Neetsha