Neetel Inside ニートノベル
表紙

マーキング!
01_新しい朝

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結局、病室の椅子で一夜を明かすことになってしまった。
吉良楓はすやすやと寝息を立てて寝ている。
こうして見るとやはりかなりの美少女である。
どこか儚げで手にするとどこかに消えてしまいそうな。
「馬鹿馬鹿しい俺は何を考えてるんだ。」
俺は既に彼女に捕らわれているのかもしれない。
あのとき、彼女の眼を見た時から
頭を抱えながら色々考えに耽っていると後ろから声がした。
「あら、結局朝までいたのね。増田さん。」
「ああ、あのあといきなりお前が寝るからな聞きそびれちまったことが
ある。」
「仕事のことね。分ってるわ。私の父は吉良グループの紛れもないトップ
けどね私は父からしたら単なる操り人形。駒にすぎないのよ。」
「どういうことだ?」
「私には兄がいるの。けどね母親は違うの。私は父親が過去に作った愛人の子。」
いきなりこういった重い話か、だがこういう仕事柄でよかったというか。
変な所で慣れというものが役に立つ。だが納得がいった。だから彼女はこういった
扱いなのだ。
「けど兄はそんな私にやさしかった。だから父が失脚すれば必然的に吉良グループは兄の物になるわ。」
なるほどそういうことか、それが彼女の目的はそこだったのか。
「だから仕組んだのかあの強盗を?」
あの不自然すぎる強盗事件が分ってきた。要するに最初から狙いは俺だったのだろう。
大方あの男も金に目が眩んで訳も分からず犯行に及んだそういうところだろう。
「そうよ、もともと貴方に要があったの。こういう仕事ができるのは表向きは刑事の貴方しか
いなかったから。」
「なんでもお見通しだと思ってたらそういうからくりか。俺の裏も知ってるわけだな。」
「ええ、何でも屋といった表現が正しいかしら?」
彼女は俺の裏も知っている。逮捕というより父親を殺してもらいたいのだろう。
「俺にしかできないんだろうな、こればかりは。」
何もない白い病室の天井を見上げそう呟く。
そして彼女に向き直る。
「ここからはマージンの話だ。いくら積んでくれるんだ?」
「一億で足りるかしら?」
「ああ、十分すぎる報酬だ。でももう一つばっかおまけつけてくれないか?」
「ええ、なにかしら?」
「君も付けてくれ。」
ただでさえ静かな病院がさらに静かになった様な気がした。
「えっ?どどどどっどういうことよ!」
あまりにも突拍子もない告白に彼女は動揺を隠しきれなかった。
「吉良楓お前が欲しい、だから成功報酬に加えろ!」
俺も何を言っているのか分らない、ほとんど勢いだ。
ちょうど三十超えて嫁も欲しかったしちょうどいいかな。
なんて考えも過ったが一番は彼女の眼にすでに虜になっていた。
「わっわわわかったわよ、ちゃんと仕事が成功したら貴方の嫁でも
なんでもなってやるわよ!」
その言葉だけで俺は俄然やる気が出た。何でも屋の仕事の始まりだ。


     

場所は六本木のオフィス街。
安物の腕時計は午前八時を指していた。
道行く人々は男も女もスーツをビシッと着込み、せわしなく
歩いていく。
「落ち着かない街だな。」
喫煙者の俺は、路地の隅のオアシスとも呼べる喫煙所で一服していた。
この街は俺にはまったくといってほど無縁に近い。
「たっく、どれが協力者だよ。」
こりゃ悪態を吐きたくはなるだろうよ、もうかれこれ一時間は協力者を待っている。
この街の人間は時間には五月蠅いんじゃないのか?なんというルーズな奴だろうか。
最後の一本に火を付けようとしたとき、隣の人が火を貸してくれた。
「あっすみません。」
唐突なのでよく分らないまま火を貰う。
「どうも藤堂英彦です。」
「はあ・・・。」
まともに状況が読めない。
「えーと、すみません。僕がその協力者です。」
「はぁ・・・、っておいずっといたんかい!」
俺が到着する前から、暇そうにベンチで煙草を吸っていたこの長身眼鏡野郎がどうやら
協力者だったようだ。あまりに突飛すぎてもう怒りなんてどうでもよくなった。
「はははっ、すみません。どこかなぁとずっと目で探してはいたんですがどうもいただいた
写真と差がありすぎて今しがた気づきました。」
この呑気なやつが協力者とはな、楓はどんな写真を渡したんだこいつに…。
「まぁ、そこの喫茶店でお茶でもしながら話しましょう。奢りますから。」
にこやかな表情を崩さない藤堂。奢ってくれるならまあいっかな。
「分った。ゆっくり話をしよう。小腹も空いてたことだしなにか奢ってもらおう。」
「どうぞどうぞ。」
数分ほど歩いたところにこじんまりとした喫茶店ジュテームがあった。
「ここは僕のお気に入りなんですよ。ささっどうぞどうぞ。」
招かれるように俺はその店に入った。まあ、なんというか質素な外装とは打って変わって
メルヘンな世界がそこにはあった。ピンクにピンク、ピンクの世界。
「まあ、趣味はそれぞれって言うしな。」
「うーん、落ち着きますね。家に帰ってきたようですよ。」
これのどこが落ち着くというのか、ピンクのフリルがいっぱい。テーブルカバーにいたっては
もう目が当てられないほどピンクである。
「ねっ、落ち着くでしょ。ささっ奥に席を取っているのでそこで紅茶を飲みましょう。」
「いや俺はコーヒーでいい。」
「コーヒーはありません。」
なんということだ喫茶店にコーヒーが置いてないなどということが現実にあるというのか…。
導かれさらに奥の個室に案内された。既に席には紅茶のセットに洋菓子がセッティングされていた。
「僕は、この世界に毎日癒されます。」
こいつは本当に大丈夫なのだろうか?
「もうわかった。とりあえず紅茶でもなんでもいいから座って話をしよう。」
「はい、まあ騙されたと思ってこれを飲んでくださいお勧めですから。」
渡されたティーカップ。ほのかに甘い香りがする。紅茶というものなんて
あまり飲まないがこれは意外にも美味そうだった。
「ああ、頂くよ。」
口にしてみると癖がなく非常に飲みやすかった。
「アールグレイに少しアップルが入っています。どうですか?初めての方でも飲みやすいと
思いますよ。」
あーるなんちゃらはどうでもいいが、この酸味は林檎だったのか…美味し。
「さてさて、お仕事の話は嫌いなんですが引き受けてしまったのでお話するとしましょう。」
ようやくここにきて藤堂は仕事の話をする気になったみたいだ。長かったような気がする。
「私は社長の派閥にいます。ですが支持しているのは孔子様です。」
「楓の兄か、なるほどなスパイみたいなもんか。」
「そうですね、私もそろそろ社長には退いてもらいたいのは本音です。ですが、現在の孔子様には
その力はありません。なので外の力を借りたい。そこで貴方の出番というわけです。」
俺が仕事に失敗しても、その荷を背負うのは俺一人そういうことだな。
「わかってる。で、何をすればいいんだ?」
「社長は鉄壁です。スキャンダル一つありません。ほとんどの事をお金で解決できますからね。」
それは言われなくてもだいたい想像はつく。
「ですが社長は男色なんですよ。増田さんなんてもうもろにドストライクだと思いますね。」
「は?どういうことだ?」
「社長はバイなんですよ。どっちもいける口なんです。」
俺を社長の性奴隷にでもするというのか?なんてことだこんなこと予想もしてなかったぞ。
「ふふっ、驚きますよね。ですがそれでは失脚は無理です。」
「それはな、金でどうにでもなるだろう。」
「ですが貴方ならその隙に乗じて殺すことも可能なのでしょう?」
こいつは楓と違って最初から殺すつもりでそれを勧めてくるのか、こいつは危険な奴だ。
「楓様のやり方では孔子様を次期社長にすることは無理でしょう。逮捕なんてまず無理な話ですから
もう一思いに殺して下さい。」
先ほどのにこやかな表情から鋭い目つきに変わる藤堂。どうやらこっちがこいつの本性なのだろう。
そして、また笑顔に戻る。
「気楽にいきましょう。気楽に、それでは奥のドレスルームでこれに着替えてきてください。」
渡された黒い紙袋を持って俺は奥に設置されていたドレスルームで着替える。
中に入っていたのは、しっかりとアイロンがけされたスーツと社員証だった。
たしかに今俺が着てるよれよれのスーツでは駄目だよな。
「終わったぞ、藤堂。」
「パーフェクト、まさに社長好みだと思いますよ。あとその不精ひげは剃りましょう。」
今度はどこから出したか分らないがジェルと剃刀を渡された。あいつはマジシャンか。
「藤堂、これでもういいよな。」
「はい、ではそのぼさぼさの髪も近くの美容室で整えちゃいましょう。」
まだあるのかよ。

     

振り回されること二時間。
「うん、パーフェクトですよ増田さん。」
「ああ、なんともまあすうすうするわ。」
俺のぼさぼさだった髪は見事に奇麗さっぱりなくなり変りに頭皮が
お見えになった。なぜスキンヘッドなのだろうか?俺の髪型は海坊主
のようになった。
「そっちのほうが男前ですよ。」
「ああ、そうかいそうかい。もうなんでもこいだよ。」
そして極めつけはこのサングラスだ、マトリックスだよ。
「貴方は臨時のボディーガードとして私が雇った事になっています。」
「お前会社じゃ立場上なのか?」
「ええ、そうですね。少なくとも社長の次ぐらいには偉いかも知れないです。」
人は見かけによらないということか、歳は聞いてないが俺と近いことは間違いない。
こういう飄々としたやつが世の中を上手く渡るんだよな。
「さて付きましたよ。」
これまた度肝抜かれるぐらいでかいから困る。ここら一帯の中では一番
高い高層ビルだった。何人もの警備員があっちこっちにいる。
「ですが表からは入りません。社長室直通のエレベーターがこの先にありますから
そこから向かいます。」
藤堂がかつかつと前を歩く、警備員だけではなく通る社員全員が会釈をしていた。
こいつは、本当にここで偉い立場なんだな。
「ここです。」
数分ほど歩いた先に、黒い扉があった。藤堂はその扉に近づくと扉の真ん中あたりに手を置く。
ガチャリという少し重い音がしたあと扉がスライドした。
「もうこれは直通エレベーターになってますから、さあ行きましょう。」
指紋認証式の扉ということは一部の人間しか開けることができないのだろう。
俺は藤堂に誘われるがまま乗り込んだ。
「びっくりしますよね。僕もこれに慣れるまでは時間が掛かりました。」
「ああ、たしかにな。俺はお前がここではかなり偉い立場ということのほうが
びっくりしたけどな。」
「ははっ、僕も苦労しましたよ。何人の上司を土台にしたことか。」
笑顔は崩さないが、俺はこいつだけは敵に回したくないと思った。
「さてもう着きますよ。なにせ直通ですから。」
扉が開いた瞬間。豪勢な装飾品の品々が目に飛びついた。中世の王宮を
思わせるその内装は社長室ですと言っているような感じだった。
「真っ正面に見えるあの扉の先に社長がいます。」
藤堂はまた俺の前をかつかつと歩き始める。その後ろ姿は堂々としていて
俺とは全然違う世界の住人だった。
「社長、例のボディーガードの件で伺いました。」
藤堂が扉の前でそう言うとガチャリと鍵が開く音がした。
「では行きましょう。」
「ああ…。」
多々ある不安を押し殺して俺は社長室に踏み行った。

     

社長室は外の豪華な装飾品だらけな部屋と違い。思ったよりこじんまりとして
質素な印象を受けた。
「藤堂、これが君の言っていた例のボーディガードかね?」
奥に鎮座している社長がそう言う。後ろに設置されている窓からの光で
顔がよく分らない。
「はい、彼がそうです。どうですか?」
一瞬の間があったあと社長は言った。
「うむ、実にいい。風貌が特に気に入った。明日から私に付けてくれ。」
「わかりました。では、失礼します。」
えっ、それだけで終わりなのか?まだ挨拶もしてないぞ。
俺は、藤堂に引きずられる形で社長室を後にした。
「社長はシャイなんです。今後の説明をするのであの店に戻りましょう。」
またあの店か勘弁してもらいたい。だが俺は頷くことしかできなかった。


「で、顔すら分らないし状況も把握できなくて置いてきぼりなのだが
そこ等辺もちゃんと説明してくれるんだろうな藤堂!」
あのメルヘンの店に着くやいなや俺は怒り心頭だ。
「まあまあ、増田さん落ち着いて下さいな。」
「ふん、これが落ち着いてられるかよ!」
「ごもっともです。」
どうもこいつの調子に乗せられているような気がしてなお腹が立つ。
「社長は、一部の人間にしかその姿を見せません。ですが貴方はどうやら合格みたいで
僕も内心ほっとしましたよ。」
こいつ本当に他人事だよな…。
「んで、どうすればいいんだこれから?」
「うーん、あの警戒心の強い社長が明日から付けてくれと言うとはなあ。」
今度は独り言のように言い始めた。
「とにかく増田さんを社長好みにしたのが吉でしたね。」
まったく腹が立つやつだな。怒りを通り越してもうどうでもよくなってきた。
「はあ、お前には調子を狂わされるわ。」
「増田さん、ポジティブにいきましょう。とにかく明日またこの店で八時に会いましょう。」
お前はそれでいいかもしれないが俺はとにかく置いてきぼりだよ。
「そのときにまた詳しく話をしますから、おっと…僕もこのあと会議なんで失礼します。」
「おっおい。ここの金はどうするんだよ?」
「大丈夫です、ここ僕の店ですから!いくらでも飲んで食べてください!では!」
藤堂は嵐のように店を去った。
「ウェイターさん、とりあえずさっきと同じ紅茶となんか飯下さい。」
もうこうなりゃ自棄だ食い散らかして帰ってやるわ!



     

帰路に着くとき、あいつから連絡が入った。
「もしもし、俺だよ。たけぼうか?」
声の主は、三年前の事件から俺の相棒になった
情報屋のたけぼうだ。
「うん、君から受けた依頼の情報を入手したよ。」
俺が、依頼を楓から受けてからたけぼうに情報を集めてもらっていた。
下手すりゃ藤堂と話すより多くの情報を貰えるだろう。
「吉良グループは、ここ十年で急成長したのはしってるよね。」
「ああ、それは知っている。」
「携帯事業だけではなく、薬品、食品、衣服、家電製品にいたるまで
様々なものに手を付けてどれも成功を収めている。その陰にはやはり
資金提供をしている所があったんだ。」
一代であの吉良グループを作ったんだ、やはり何か絡んではいると思った。
「今回は、僕も調べてびっくりしたんだけど三年前の事件に関係してることが
多々あってね。特にこの鳳凰会が多額の金額を出資してるんだけどここの前会長が
僕たちが殺した鴉馬正志なんだ。」
三年前、俺が担当していた事件がある。それを裏で操っていたのが鴉馬正志なのである。
通称鴉天狗と言われていたあのじじいは、秘密裏に開発していた薬の実験に罪のない人たちを
使って実験していたのだ。
「まさか、あの薬を作っていたのは吉良グループなのか!」
「ビンゴ、その通り。でも、分ったのはまだここまでなんだ。」
たけぼうの落胆した声が電話越しでも十分伝わった。
「まだお前の復讐は続くんだな。」
「勿論だよ、負の連鎖が終わるまでね。」
俺達は、あれから知った。多くの人の犠牲の上に今の俺たちがいることを
だから俺はなんでも屋の仕事を始めた。この世にまだある負を払拭するために…。

       

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Neetsha