Neetel Inside 文芸新都
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坂の短編を入れるお蔵
男子、肉奴隷を所望す

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 あー、肉奴隷欲しいなぁ。
 その日いつもの様に大学の講義室で頬杖をつきながらノートを取っていた僕の耳に、不意にそんな言葉が飛んできた。通常では有り得ない様な発言の内容にギョッとして声がした方を見る。どう見ても僕の友人の宮内君しかいなかった。
 宮内君は寡黙な青年で、僕がいくら話しかけても一言二言しか会話が続かないほど無口だ。彼は優秀で頭も良いが、コミュニケーション能力が決定的に欠如している。人の目を見て話すことが出来ないし、女の子に話しかけられでもしたら爆死するんじゃないかと思うほど体が揺らめく。
 そんな彼が独り言で肉奴隷が欲しい?
 有り得ない。そんな事を言うはずがない。
 いや、しかし人なんて頭の中では何を考えているのか分かったもんじゃない。
 でも彼は以前「僕下ネタとか、下品な会話嫌いだから」と言って僕の「好みの女の子とかいないの?」と言う質問をぶった切ったじゃないか。
 しかしそもそも好みのタイプを聞いて下ネタと結びつける辺り、相当下ネタを意識しているって事じゃないのか? 
 突然の事態に僕は困惑した。
 すると僕に見られている事に気付いたのか、不意にこちらに視線を寄せた宮内君と目が合い、ドキリとする。思わず視線を逸らしそうになったが、ここで視線を逸らすのもなんだか変な気がしたので我慢していると、宮内君が僕に話しかけてきた。こんな事は彼と付き合いのある三年間のうち、初めての事だった。
「田中君さぁ」
「な、なに?」自然と声が震える。
「アニメを見ていて、主人公にベタ惚れする女の子がいるとするだろ」
「う、うん」
「主人公は大抵その子を鬱陶しがるじゃないか」
「うん? ……うん」
「どう思う?」
 どう? 意味が解らず、思わず眉を寄せた。その質問は、彼が先ほど言っていた肉奴隷と結びつく気がしない。
「どうって?」
「だから、その主人公にベタ惚れする女の子を見て、どう思う?」
「いや、別に……。一途でかわいいなぁとか、そんなもんかな」
 ふと僕は昔見た『YAT安心! 宇宙旅行』と言うアニメの事を思い出す。登場する大会社の社長令嬢が主人公にベタ惚れし、ヒロインの恋敵となるのだ。主人公はヒロインに惚れており、令嬢の存在はお邪魔虫でしかないのだが、当時幼かった僕はその令嬢の一途な姿を可愛いと思ったものである。
 すると宮内君は頷いた。
「そう、一途なんだよな。僕も同じ事を思ったよ。どうしてあんなに一途で可愛いのにないがしろに扱うんだろうって」
「まぁ、それは僕も思ったけど……」
 実際アニメだから可愛く見えるのであって、実写化すれば不細工なのかもしれないと言うことはこの際言わないでおく。
「俺だったら大事に扱ってやるのにって、そう思わなかった?」
「いや、さすがにそこまではどうかな……」
 妙に熱っぽい彼の口調に気圧される。しかし彼はそれを気にする様子はない。
「僕は思ったよ。俺だったら、俺だったら彼女を満たしてやれるって。彼女は僕の言うことなら何でもするんだ。僕の為に行動することが彼女にとっての幸せでもあるのさ。だから僕は……」
「肉奴隷が欲しい?」
 僕が後を引き継いで他の誰にも聞こえないように言うと、宮内君はハッとした顔で「少し話しすぎた」と言って黙った。
 その様子を見て僕は引く訳でもなく、嫌悪感を抱くわけでもなく、ただ純粋に「なるほど」と思った。なるほど、肉奴隷を欲するその感情の内に、闇に隠れていた宮内君の人間性を見た気がした。
 つまり彼は自分の欲望を受け止めてくれる人間が欲しいのだ。それも、互いが満足しないと気がすまない。いわゆる強姦ではなく和姦でなくてはいけない。彼はそれ以外を良しとしない。相手が喜んで肉奴隷になって初めて彼は満足するのだ。それほどまでに自分に心酔する相手が欲しいと彼は言っている。
「そんな女の子、いるもんか」気がついたら僕はそう言っていた。
「忘れてくれ」宮内君はバツの悪そうな顔で、恥ずかしそうにうつむく。
 その講義の間、僕らの間に会話はなかった。ベルが鳴って講義が終わっても、僕らは一言も口を聞かなかった。
 次に僕らが会話したのは帰りのバスに乗るため、バス停で並んでいる時だった。
「変だよね、僕」忘れてくれと言ったはずの宮内君が急に話を蒸し返す。
「そんな事ないさ」
「変だよ。昔から僕は奇妙な性癖の持ち主だったんだ。下手に人と会話するとそれが露呈するから漏らさないようにしていたのに」
 宮内君は自分が心底残念な人間であると感じているのがわかった。可哀想だが、否定できない。
 それでも僕は何故か、彼を見捨てることは出来なかった。僕はたぶん感じていたのだ、彼は仲間だと。
「そんな君にうってつけの場所がある。そこはビジネスの関係しか結べないが、僕が知る限り払った金額に応じてそれだけの愛を注ぎ込んでくれる場所だ」
「どこだい? そこは」それは神に祈る哀れな子羊の様だった。そんな子羊の肩を僕はポンと叩くと、あるカードを手渡した。
 それは名刺だった。
「これは……」
 呟く彼に、僕は首を振った。
「値は張るけど、間違いない。楽しんで来いよ。その名刺があれば安くなる。君も今日から戦友だ」
 僕がおススメしたのはアニメのコスチュームでプレイしてくれる風俗、いわゆるイメクラだった。
 帰りしな、彼は期待と不安を胸に抱いて、お店へと向かっていった。彼が腹を割って話せる相手に僕を選んでくれた。それならば僕は、最大限の敬意を持ってそれに応えるだけだ。
 その日の夜、宮内君からメールが来た。
『あの店、僕の悩みを全身で受け止めてくれたよ。ありがとう。お金と言う冷たい関係ではあるけれど、少し悩みが軽減された気がする』
 僕はそのメールが照れくさくて少し冗談めかして、こう返した。
『ようこそ、素人童貞の世界へ!』
 しばらくして、返事が来る。
『ごめん。僕、童貞じゃないんだ』
 以後、彼との交流はない。

       

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