Neetel Inside ニートノベル
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 幸いにも股間の向く先にあるのは忍の柔肌ではなく固く冷たい椅子であった。セーフ。
 出来ることなら今すぐにでも押しつけたい所であるが、この状況でそんなことをするほど俺は変態ではない。
 変態ではないので、俺は股間の疼きを無視しながら身を寄せる忍を優しく支えた。繰り返すが変態ではないので。
 「先にシャワー……じゃなかった、風呂入ってこいよ、夕食の準備しとくから」
 「あ、僕も何か手伝う?」
 実に献身的でいい子だ。俺は頭を一撫でし、微笑む。
 「いいよ、気にしなくても。ほらさっさと入ってきなさい」
 今ここに断言するがこの笑顔は俺史上でも上位に食い込む格好良さだった。
 これまで人の顔色を伺い続けていた忍にとってどう映ったかは言うまでも無い。好感度アップ間違い無しだ。忍ルート確定しました。
 「あ、うん……」
 遠慮しながらバスルームに向かう忍を見送った後、俺は夕飯作りを開始する。
 一緒に入ろうと提案したら忍はどんな反応を見せただろう。冗談でも聞いておけば良かったかもしれない、と少し後悔しながら。
 
 夕飯は忍の為に寿司でも取ろうかと考えたが、しばらくの間は栄養バランスを第一に考えた方が良さそうだと結論を出した。
 野菜炒めと焼き魚、唐揚げに味噌汁に白米の和食(やや豪華め)を二人前。
 貧しい生活を強いられてきたかわいい子に豪華な食事を与える、と言うのはかなり憧れるシチュエーションであり惜しい所だが、五大栄養素も食物繊維も何もかもが不足しているはずの忍にはこっちの方が有益だと判断したのだ。
 眼を輝かせ満面の笑顔で寿司を食べる忍を想像して、俺はえも言えない感情が爆発して包丁を何度も何度もまな板に叩きつける。
 想像だけで胸が跳ねて顔がにやけて足がひとりでに踊り出す。
 何だろうこれ。恋かな。ああ恋か。恋なら仕方無いな。
 ただ欲情してただけだと思ってたが、どうやら恋愛感情まで芽生えてしまっていたようだ。小学生の、男の子に。 
 初恋だった。

 夕飯があらかた完成した所で忍が風呂から上がった。
 ほかほかと湯気を立ててさっぱりした様子の忍は、遠くからでも良い匂いが漂ってきそうだった。 
 長い髪もしっとりと水分を帯び、肌もいくらか柔らかみを増しているように見える。何というか、ふわっとしてる。
 高校の修学旅行で、そこそこ綺麗と評判だった友達の彼女が、風呂上がりに不細工極まりないすっぴんを晒しているのを見てからと言うものの、化粧にはだまされまいと思っていたが……。
 化粧など縁のない忍はむしろ風呂上がりにこそ魅力を最大限まで発揮できる。
 何という素晴らしい生物なのだろう。ああ、今とても忍の髪に顔を埋めてモフモフクンカクンカしたい。
 「飯できてるぞ」
 「うん。いただきます」
 言うが早いかすぐさま箸を手に取る忍。
 忍の眼には御馳走に映ったのか、心底美味しそうに唐揚げを噛みしめている。
 家を出てからはずっと一人暮らしだったので、人の料理を食べる機会も自分の料理を食べさせる機会も少なかったので、こういうのは新鮮だ。
 「うまいか?」
 わかりきっている事を俺はわざわざ問う。
 聞きたかったからだ。忍の口から――
 「うん、おいしい!」
 ――そう言ってくれるのを。
 屈託のない笑顔を見ながら唐揚げを一つかじってみる。
 塩加減が絶妙で、いつもより明らかに美味かった。忍の指ほどではないが。

 「あ、そう言えば忍の部屋ベッド無かったな。布団あったっけ……」
 今さらになって気付いた。そもそも一人暮らしの家にベッドが二つあるわけがない。
 いや、明日買いに行くつもりだったんだっけか。
 「あ、僕は床でも寝れるよ」
 平然と言うが、忍を床で寝させる事などできるはずがない。
 「子供が遠慮するな。あ、なんなら忍も俺と同じベッドで寝るか」
 さっきは出さないでおいた、冗談。帰ってきた反応は――

 「うん、そうする」
 無垢な瞳を狼に向ける、羊だった。

 「学校は明後日からだったな、明日買いに行こうか」
 俺の声が震えていることに、忍は気付いていない。
 「うん。おやすみなさい、としにー」
 忍の声が10cm先から聞こえる、超至近距離。俺と忍の座標は限りなく同一に近かった。
 今俺のベッドの上に俺と忍が乗っている。この意味を理解して頂けるだろうか。俺はあまりしていない。
 えっと、これは何だろう、明日はゆっくり起きても大丈夫だから今日は忍を寝かさなくていいのかな。情欲をぶちまけていいのかな。
 お口とか、お尻とか、丹田の辺りとか。
 既に我が神槍《ミストルテイン》は天へとそびえ立っている。今は寝転がっているから真横へ、だが。
 だって忍、予想以上に良い匂いがするんだもん。俺と同じシャンプーを使っているはずなのに、男を惑わすフェロモンを発しているかのような甘美な香りが鼻孔をくすぐるんだもん。
 これはもう逆に犯さないと失礼なんじゃないかってくらいにできすぎている。据え膳食わぬは男の恥とはよく言ったものだな。
 「なあ、忍」
 「なに?」
 俺は今までの人生で一番の緊張を噛みしめる。
 告白なんて、したこともされたことも無かったな。
 ゆっくりと深呼吸をした後、出たがらない声を喉で押し流すように振り絞った。
 「俺の事、好きか?」
 頭が熱い。心臓が胸の内側から激しくノックをしてきて、気管は一切の空気を通させないかのように俺の呼吸を阻害する。
 本当に一瞬の空白の後、すぐに返事は帰ってきた。

 「え? ……うん、好きだよ」
 
 なんと言うことでしょう。
 オウ・マイ・ゴッド。なんと俺達は両思いだったわけだ。素晴らしい。信じられない。奇跡っての信じちゃってもいいかもしれない。かつて無いほどの幸福感が脳内を超光速で駆け巡った。
 5000万がポンと入った時なんかとは比べものにならない、金なんかよりもずっとずっと素晴らしいものを手に入れてしまった。
 忍の心。忍の体。今好きにしていいって言ったよね、確か。では早速愛の営みを……。
 「……んな暮らしができるなんて……」
 まだ何か(恐らく俺に惚れた点だろう)を呟いている忍。
 その言葉を紡ぐ上の口を、俺は自分の口で塞いだ。

 

       

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