Neetel Inside ニートノベル
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 ファーストキスはレモン味。
 カルピスは初恋の味。
 ミルキーはママの味。

 忍の唇は、媚薬の味。
 微かな甘みに、仄かな塩気。
 粘りがある唾液は後頭部の奥を刺激し、アルコールを血管に直に注射された程の酷い酩酊感と熱気を感じる。
 それを追うように口内を浸食する。
 そこで、衝撃。
 舌と舌がほんの少し触れただけで雷が直撃し脳がシェイクされ、刹那の間に意識が吹っ飛ぶ。
 今確信した。
 キスで人は殺せる。
 
 「ぶああああ!」
 素っ頓狂な声を上げて忍が口づけを引き剥がした。
 その目にはまるで宇宙人でも見つけたような、驚きとほんの少しの怯えが滲んでいる。
 「と、としにー、どうしたの!?」
 「え、いや、好きだっておっしゃられたので私共としましては恋人同士の甘い一時、愛のある激しいアナゥセェックスを試みようとしたわけなのですが」
 俺も突然の中断に戸惑い、ネイティブ英語を活用する外資系敏腕サラリーマンになってしまった。
 「あ……あなぅせぇっくす?」
 理解していない様子で鸚鵡返し。
 淫語を口に出す忍の清純さと言ったら! もう! もう! 汚したい!
 「簡単に言うと忍のお尻の穴に俺のこのちんちんを入れてじゅっぽじゅっぽしてせーえき出して気持ちよくなって二人の愛を確かめようっていう」
 説明しながら俺は布団を剥がし、服越しに天を見据える若き豪傑を眼前に晒してやった。
 
 「…………っ」
 絶、句。
 その瞳にあった驚きと怯えの色が、絶望のそれへと変化した。
 
 あれ?

 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 泣き叫び、俺の部屋から逃げ出す忍。
 そして取り残される俺。
 どうしたと言うんだ。確かにさっき忍は『好きだよ』とか『好きにしていいよ』とか『大好きだよ、としにー……』とか『僕を……壊して下さい///』とか言ってたのに。
 俺は狐につつまれてつままれた気分だった。
 狐……狐耳としっぽの生えた忍。想像しただけで涎が溢れ出てきた。
 狐をつまみたい。狐忍の乳首をつまんで絞ってこねくり回して甘噛みして……
 ……いけない、現実逃避してしまった。
 どうにか現状を打破すれば狐コス忍を現実にする事も不可能ではない。考えねば。
 何で彼は逃げたかを。これからどうするかを……


 …………。

 ………………彼…………? 

 
 「ああああああああああやっちまったァーーー!!!」
 俺は頭を両手で抱え、枕に叩きつけるように寝転がる。
 非常に、非常にまずいことに気が付いた。
 そうだよ。忍は男の子なんだよ。
 俺みたいな半ニートのおっさんを性的対象にできるわけないじゃないか。
 『好きだよ』って『セックスしてもいいよ』って意味じゃないのか。家族愛的な意味か。すっかり勘違いしてた。
 よくよく考えれば『好きにしていいよ』とか『大好きだよ、としにー……』とか『僕を……壊して下さい///』とか言ってないような気がする。
 て言うか多分言ってない。言って……言ってねーよ! いつ言ったよ!
 まずい、妄想と現実の境目が曖昧になってたようだ。表現の自由の規制に賛成できなくなってしまう。
 冷静になれば、何故忍が逃げたかはよくわかった。さて、これからどうするか。
 暖かい寝床と美味しい飯を提供してくれる信頼できそうな男に同居初日にしてレイプされかけた忍は精神に多大なショックを受けたに違い無い。
 俺も多分逃げるわ。最悪殺しかねないわ。
 とにかく誤解していたことを正直に打ち明けるか。いやでもそうすると忍は俺に尻を狙われる恐怖に怯えながら過ごすことになる……。
 そもそも忍が話を聞いてくれるか、部屋を開けてくれるかどうか。
 ……最悪の事態だ。どうにか丸く収める方法は無いか……。
 なるべくなら忍が俺の事を性的な目で見たりちんちんしゃぶしゃぶしてくれる方向の解決策が……。

 そこで俺は自分の耳を疑った。
 何故ならば。
 コン、コンと部屋にノックの音が響き。
 「……失礼……します……」
 忍の方からこっちに戻ってきたから、である。

 シャツの裾を破れそうな程に強く握りしめ、腫れぼった目で俺を見据える忍。
 俺は意図がつかめず、忍の泣き顔を呆けた顔で眺めるだけだった。 
 どうしたんだ、忍は。
 まさか突然のことに驚いて逃げたけど本当は好き……だったんだよ……? って事なのか?
 だとしたら俺も全力で受け止めないと―― 

 「……に、逃げてごめんなさい。しろと言うのなら、キスもあなぅせぇっくすも何でもします。だから……」
 
 忍は顔をくしゃくしゃに崩し、深く深く頭を下げる。

 「……だから……僕をここに置いて下さい……僕を捨てないで下さい……お願いします……っ」

 その口は、その目は、その心は。
 感情を、押し殺していた。

 口で大きく空気を吸い込む。
 俺がする事は。できる事はただ一つ。
 



 


 「すいませんでしたァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
 
 
 男の尊厳も意地も見栄も欲望も全て投げ捨てた、全身全霊一世一代の大土下座。
 カーペット越しにフローリングを叩き割るかの勢いで頭を急転落下させた。
 死ぬほど痛い。声が出そうになったが、歯を食いしばって堪えた。

 「悪かった! ごめんなさい! 勘違いしてごめんなさい! 本当に悪かった! 忍は何も悪くないよ! 悪いのは俺だよ! 無理しなくていいんだよ! 殴っていいよ! 蹴っていいよ! 首締めていいよ! 掘っていいよ! 掘って下さい!」
 「と、としにー……? えっと、その、顔を……」
 言われて顔を上げ、忍と向き合う。
 「忍、本当にすまなかった。お前の境遇を考えてやれずに、俺は……許してくれ、忍……」
 見れば忍の顔は、驚愕が残っているだけでもう怯えていなかった。
 
 「……うん。僕は気にしてないよ、としにー」
 ぎこちないながらも俺を気遣って笑う忍は、まさに天使だった。
 その存在を前に、俺は少しだけ涙を流してしまった。

 

 その日は結局忍をベッドに寝かせ、俺はリビングのソファで寝た。
 久しぶりにソファで寝ようとしたらうまく寝付けなかったが、忍が安心して寝ているのを想像して悪くない気分だった。

 次の日は家具を買いに遠出して、ベッドと勉強机を家に届けてもらった。
 忍との関係はお互いに少し緊張したものだったが、その次の日、忍が学校に通い始める頃にはすっかり元通りになっていた。
 忍もこの家と俺に慣れたようで、随分とくつろいでくれている。
 栄養バランスを考えた結果、体調も随分良くなった様子だ。
 これから二人の激甘ラブラブライフがスタートするわけだな。めでたしめでたし。
 


 そうして、二週間が経過した。


 ガチャ、と玄関が開く。
 「あ、お帰り忍」
 「……」
 忍は答えない。無言で自分の部屋に戻り、扉を閉める。
 俺はそれを追って忍の部屋を開けた。
 「おい、忍! 挨拶くらい……」
 「ノックぐらいしてよ!」
 急に怒鳴る忍に俺は驚き、「あ、うん……ごめん」としか返せなかった。
 「閉めて」
 「はい……」
 バタン。


 
 どうしてこうなった。

 
 

       

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