Neetel Inside ニートノベル
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 ダイスはお嬢様の手を放れ、運命を巻き込みながら3度、4度と回転し、20ある内の1面を天に向けて仰いだ。
 出た目は11。
 数字に対応する変態プレイは、「アナル拡張」。そして柚之原が宣言したのは、「偶数」だった。
 何者かの執念が宿ったようなダイスの目をじっと見つめて、俺は硬直する。というより、顔をあげて柚之原を確認する事が出来ず、本能的に顔を伏せる。動けなかったのではなく、サバンナで、近くにサライオンがいるのに気づいていても、ぎりぎりまでガゼルが逃げないのと同じ理屈で動かなかったとも言える。
「柚之原、あなたの負けね」
 柚之原がサバンナライオンだとするならば、お嬢様はファイレクシアンドレッドノートだった。そもそもサイズが違うので勝負にならない。
「……はい。負けました」
「という事は、分かっているわよね?」
「……はい」
 俺はまだダイスの目を見ていた。とりあえず自分をガゼルに例えて行動に正当性を持たせてみたが、その実俺はただ恐ろしすぎて顔を上げる事が出来なかっただけだ。こんな事ならいっそ、俺が拷問を受けた方がましだったかもしれないくらいに思ったが、「命の保証はない」という先ほどの台詞を思い出すと閉口せざるを得なかった。何せ平気で人をあの部屋に1ヶ月放置出来る残酷性を持った奴だ。殺すくらい訳がないだろう。
「今更、嫌だとは言わないわよね?」
 お嬢様の容赦ない責めが聞こえる。
 柚之原は何も言わなかったが、返事はした。これ以上ないほど、実に分かりやすい形で。
 がさごそと布の擦れる音がして、まだ俺は顔をあげられなかったが、ダイスに1枚の布きれがかかって目を隠すと、俺はそこから更に顔を背けずにはいられなかった。柚之原のパンツを見るのは、これが人生で2度目になるが、今回のも前回と負けず劣らず、意外と幼児趣味な黄色いストライプだった。
 俺は柚之原のパンツからも逃げるように顔をあげる。逃げた場所からも逃げ、罪悪感と後悔のトンネルを抜け、辿り着いたその先は小さな小さなトンネルだった。
 柚之原が、足を肩幅程度に広げ、壁に片手をつき、顔を下に向け、長いスカートを捲りあげて、丸出しの尻をこちらに向けている。壁についていない方の手は前から性器を抑え、見せないようにと努力している。
 その姿は何者かに許しを乞うようでもあったし、逆にこちらを挑発しているようでもあった。
 付き合いの長いこの俺でも、柚之原はよく分からない性格をしている。お嬢様への忠誠は本物だと思うが、それが果たして三枝家への恩義から来る物なのか、それともお嬢様自身への好意から来る物なのか、はたまたその両方なのか。2人きりで話した事もなければ、どこかへ一緒に出かけたりする事もなく、ただ仕事を一緒にこなしているだけでは深い所まではどうしても分からない。食べ物の好き嫌いはなく、いつも無口の無表情で、すべての仕事を卒なくこなし、お嬢様には絶対服従。しかし裏の顔は拷問好きの変態で、お嬢様に害する人物に対しては容赦なく制裁を加える。HVDOについてはお嬢様よりよく知っている癖に、未だ多くを語らない。整理すればする程、実に不思議で、なんとも分かりにくい人物だと言える。
「友貴、何をぼーっとしてるの?」
 お嬢様に声をかけられ、俺は改めて現実を認識する。
 俺はこれから、そんな奴の尻の穴に、手を加えなければならないのだ。


 柚之原の尻へと近づく1歩1歩を踏みしめる気分は、死刑台へのそれに近かった。何をこんなに恐怖しているのか。「自分のアナルをいじられる訳ではなく、他人の、それも滅多にいない美少女のアナルをいじれるのだから、喜びこそすれ落ち込む必要はあるまい」という意見ももっともだが、事はそう単純ではない。
 さっきはあれだけダイスを転がすのを嫌がり、俺との変態プレイを拒否していた柚之原が、いざ目が出ると何の抵抗もなく、自ら尻を晒したという奇妙な事実が俺の心には引っかかり続けていた。柚之原は俺の苦肉の提案を受け入れ、賭けに乗った。俺としては、お嬢様と柚之原の仲違いを防ぐ為の緊急措置だったが、おそらく柚之原はそう思ってくれていない。
 俺は柚之原の丸い尻を見ると、どうしても想像してしまうのだ。俺に対する負の感情。いつか復讐してやるという覚悟。「賭けに乗り、負けたのは認めるが、生かしてはおけない」という無言の圧力。柚之原がここまで潔いのはおそらく、「拷問」に対する誇りがあるからだ。
「何をもたもたしているの? まずは軽くマッサージからしてみましょう」
 お嬢様の指示に躊躇はない。そしてマッサージという言葉の意味は、不真面目な方のマッサージで間違いない。
 気づくと俺と柚之原の距離は手が届く範囲まで縮まっていた。表情は見えないが、柚之原の様子に異変はない。肩を震わせている訳でも、汗をかいている訳でもなく、それがまた逆に怖いのだ。
「やり方が分からないの?」
 いつの間にか、お嬢様は俺の真後ろに立っていた。振り向こうとしたが、腕をとられ、身体の向きは柚之原の方へと固定される。そしてお嬢様の支配下に置かれた俺の手はそのまま、柚之原の尻の上にぽんと乗せられた。
 吸いつかれた。と、俺は錯覚した。柚之原の極めて白い肌は見た目以上にきめ細かく、俺の手の平の皮膚を捉えて離さない。見た目も感触も、ありきたりかもしれないが餅に例えるのが1番しっくりと来る。
 動揺しまくりの俺を気にせず、そのままお嬢様は俺の手を取り、尻の割れ目へと移動させた。お嬢様の細い手と、柚之原の尻の弾力に挟まれながら移動する俺の手は、おそらく今世界で1番幸せな手と言えたが、俺自身の感情はまだ複雑だった。
 本当にこれから、俺は柚之原の尻の穴をいじるのか? これは夢か。だとしたら悪夢か、それとも淫夢か。どうしてこんな事になったのか。しかし現実は音もなく進行する。


 目の前で見た柚之原の尻の穴は、花のつぼみのようでもあったし、菊の花その物のようでもあった。古くからの表現は実に的を得ていて、改めて納得させられた。柚之原の皮膚が高級で上質な布だとしたら、尻の穴はそれを張りつめて留める為の箇所であり、肛門など、肉体のあらゆるパーツの中で最も汚い箇所だとついさっきまで考えていたが、この美しくも重要な構造に触れる事は、紛れも無い悪の行為のように俺は思った。
 それがあながち間違っていないという確信を俺は徐々に得る。出た目は「アナル拡張」決していじるだけでは済まないのだ。柚之原の肛門を、俺の手によって広げなければ、お嬢様は満足してくれない。俺はお嬢様への無断キスの他に、もう1つ非常に重い罪を背負わなければならないのだ。目が出た以上、こっちの行為の方がまだ正当性があるように感じるが、取り返しのつかなさは言うまでもない。
「もたもたしないで。これから色々としなければならないのだから時間が惜しいわ」
 柚之原の収束点に、俺の親指が触れる。細かい皺の感触と、そこを辿った先にある確かな凹み。「普段、柚之原はここから……」と、止むを得ず俺は想像してしまう。
「そのまましばらく適当にほぐしていなさい。私は器具を取ってくるから」
 お嬢様の手が俺の手を解放したが、代わりに命じられた任務は俺の手に休む事を許さなかった。お嬢様が部屋から出ていき、2人きりになった後でも俺は、柚之原の肛門の感触を指先で味わいながら、何度も何度も心の中で謝っていた。
 柚之原が顔をあげず、何も言わないのは唯一の救いだった。どんな顔で見ればいいか分からないし、何を言われたとしても何と答えていいか分からない。ただ俺は機械的に柚之原のアナルマッサージをする事によって、かろうじて正気を保っていられた。俺の指先が、柚之原が性器を抑えている中指の指先に触れる度に、申し訳ないという気持ちはどんどん大きくなっていったが、やめる訳にもいかなかった。
 3分程だっただろうか。もっと長く感じたが、おそらくそれくらいの時間で、お嬢様は両手で大きな段ボールの箱を抱えて戻ってきた。手伝おうかとも思ったが、マッサージをやめれば怒られると思い直した。お嬢様が箱を床に置いた時、どん、と重量感のある音がして、中で沢山のプラスチックが音をたてたのを聞いて、もし俺に腕がもう1本あったなら、手伝うべきだったか阻止すべきだったかと少し悩んだ。
「少しはほぐれてきた?」
 俺は指先の感触に集中し、確認する。先ほどよりは、かなり皮膚が緩くなった気もするが、はっきり断言出来る程ではない。
 お嬢様は俺の隣にきて、顔を柚野原の尻に近づけて、まじまじと穴を見た。
「駄目よ柚之原。もっと力を抜きなさい。それじゃいつまで経ってもほぐれないわ」
 言われてようやく俺も気づく、確かにこのサイズで大は出そうにない。
「……はい」
 遠く彼方からか細い返事が聞こえ、一呼吸置いてから、柚之原の尻の穴から力が抜けていった。穴が広がり、あやうく指先が吸い込まれてしまいそうになったので、俺は驚いて手を離した。
「友貴も。きちんとやりなさい。これはあくまでもあなたを変態にする為の訓練なのだから、ダイスの目が出た以上、あなたは『アナル拡張』好きの変態になるのよ? 分かっている?」
 毅然と言い放つお嬢様は、今まで俺が見てきた中でも1番真面目な顔をしていた。俺はそれが妙に悲しく、もう既にお嬢様が別の意味で俺の手の届かない領域にいる事を実感したが、しかし感傷に浸っている暇はなかった。
「次はローションね」
 お嬢様は箱の中から赤くて丸いキャップをしたプラスチックの透明の瓶を取り出した。そして蓋を開け、酒でも注ぐように俺の方に向かって傾けた。俺が反射的に手の平を差し出すと、ローションがとろりと垂れて水たまりを作った。
「この作業をきちんとやっておかないと、柚之原はこれからもっと痛い思いをする羽目になるんだから。しっかりとやるのよ」
 俺はこくりと頷き、ローションを手の平の上で滑らせ、人差し指と中指と薬指の方に移動させる。そしてそのままそれを、柚之原の尻の穴に着地させる。
 一瞬、びくんと柚之原が身体を揺らした。おそらく冷たかったのだろう。手の平にお嬢様がローションを垂らした時、俺も冷たいと感じたが、尻の穴ならばより強く冷たさを感じたはずだ。欲を言えばあらかじめ暖めておいて欲しかったが、一体どこに保管していたかも分からないし、今更だな話だ。
「柚之原、大丈夫か?」俺は思わず声をかけたが、返事はなかった。
「大丈夫。いくらお尻の穴が広がったって、死にはしないわ。気にせず進めなさい」
 完全に仕事モードに入ったお嬢様は、無慈悲にも俺に作業の進行を促す。俺は言われるがまま、ローションでぬるぬるになった柚之原のアナルの周りを、先ほどと同じようにマッサージしていく。しかしローション越しのそれは、先ほどとは明らかに感触が違っていて、危険度も増していた。ギリギリ周辺を攻めているつもりでも、気づくと俺の指は滑って肛門にダイレクトアタックしてしまい、その度に「今のは事故だ」と大声で言いたかったが、それも許されない空気をお嬢様が隣で放出していた。なので俺はただ粛々と、柚之原の尻の穴に親指や人さし指の先端をほんの少しだけ入れたり出したりし続けた。
「大分ほぐれてきたみたいね」
 お嬢様は柚之原の肛門をじっくりと観察してそう言う。お嬢様が言うのだから間違いはないのだろうが、正直俺は極度の緊張でそのように冷静な判断は出来なくなっていた。
「そろそろ親指の付け根くらいまでは入るんじゃないかしら」
 科学博物館にやってきた夏休みの小学生のような無邪気さでお嬢様はそう言うと、今度はローションを尾てい骨の辺りに向けて直接垂らした。ローションは割れ目を伝って俺の指に到達し、俺の指を伝って穴へと侵攻していった。柚之原がもう1度、身体をびくつかせる。こんな事態にも関わらず、声1つあげずに、ただ2度だけしか身体も反応を見せないというのは、柚之原の精神力の強さによると言わざるを得ない。
 俺はいよいよ親指に力を込める。しかしその感覚は、「お嬢様に言われたから」だとか、逆に「柚之原を恐れているから」といった真っ当な気持ちによる物ではなかった。
「あら、反応してる」
 お嬢様の指摘が、柚之原の肉体についてではなく俺の股間にぶら下がっている馬鹿に向けてであると気づいた時、なんともいたたまれない気分になった。俺は確実に興奮している。幼馴染だが恋人ではない女のアナルを弄って、俺の性欲は爆発してしまっているのだ。
 次の瞬間、「絶対に押すな」と大きくかかれた真っ赤なスイッチを押すような気分で、俺はぐっと親指を前に突き出した。

       

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