Neetel Inside ニートノベル
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 柚之原の尻の穴に指を入れた感触を言葉にして伝える事は、実際の所そこまで難しくはない。過去に俺が触った事のある物を例に出したり、温度がどうとか湿り気がどうとか、とにかく表現を重ねて重ねていけば、かなりの細部までその様子は伝わるはずだ。
 しかしながら、「柚之原のアナルの感触を表現する」という行為その物が、見過ごせない程に下品で下賎で下劣な行為だと俺は思う。これまで体験した事のないであろう屈辱に黙して耐える柚之原の気持ちを無視してまで、そのちっぽけな語彙力を尽くすような行動をとる事は、曲がりなりにも日本男児として育てられてきた俺には、出来なかった。最低限の男気という物だ。
「どんな感じ?」
 お嬢様の質問に、俺は答える。
「暖かいというより熱いくらいです。ローションが馴染んでいるからだと思いますが、湿ってぬるぬるしています。例えるなら、生肉……いや、というより粘土ですかね。保管箱から取り出したばかりの陶芸用の粘土みたいに、少し指を動かすと抵抗がありつつも変化してくれる感じです。あと入り口の方は、柚之原の呼吸に合わせて微妙にひくついています。こちらの指の動きに合わせて、たまに締め付けたりもしてくるんですが、関節を少し曲げたり捻ったりすると、力を抜いてくれるみたいです」
 お嬢様はほんの一瞬、呆けたような表情を見せたが、すぐに手で口を抑えて、声を出さずに笑った。
「やっと成果が出てきたみたいね」
 客観視。というのは何をやるにも最低限は必要なスキルだと思う。料理は作っている本人が一番美味しく感じる物だし、背景を描いてる最中はどこのパースが狂っているかなどなかなか分からない物。
 その辺を踏まえた上で、俺は俺の持つ客観視スキルを極限まで発動してみた。
 お嬢様の隣で、尻を丸出しにした使用人のアナルに親指を突っ込み、ペニスをぎんぎんに勃起させながら、中の感想を饒舌に述べている。
 まさに変態だ。
「気のせいかしら、ちょっと似てきたわね」
 誰にですか? と問うべきタイミングだとは俺も思ったが、確実に変態になりつつある自分を見つけてしまった事の方が俺には驚愕で、思わず一気に指を引っこ抜いた。
「い、いや、その、こ、これはですね……」
 何をどう言い訳したいのか、言い訳した所で何になるのか。俺の舌はもつれにもつれ、その辺の床に転がった。
 情けない俺を他所に、お嬢様は何か不吉な良い事を思いついたようだ。
「ねえ、これは私の全くの個人的趣味で、本来の目的とは何ら関係無いのだけれど」
 と、前置きし、
「その親指、私に舐めさせてもらえない?」


 俺は、さっきまで柚之原の体内にあった自らの親指をたてて、まじまじと見つめた。何がグッジョブなものか、と脳内でひとりごちると、柚之原が叫んだ。
「瑞樹!!」
 俺は柚之原が叫ぶのも初めて聞いたし、顔を真っ赤にしているのも初めて見た。
 しかしお嬢様を呼び捨てで「瑞樹」と呼ぶのを聞いたのだけは初めてではなかった。
 お嬢様はそこそこに驚いたらしく素早く瞬きをした。
「何年ぶりかしらね。あなたが私を名前で呼ぶのは」
 お嬢様の言葉に、郷愁の色が映る。
 柚之原は、俺の1つ年上なので、お嬢様からすれば2つ年上という事になる。年の差という物は、数が大きくなればなるほど気にならなくなってくるが、まだ一桁の頃の2歳差は途方もなく大きい。
 お嬢様がお医者さんごっこをこよなく愛し、今となってはありえないクマちゃんパンツに身を包んでいた頃、柚之原はお嬢様にとって、「お姉ちゃん」のような存在だった。と、俺は記憶している。
 柚之原が無口なのは元々だったが、表情は今より大分柔らかかった。時々は口角をあげて笑い、怪我をすると涙目になるくらいの変化はあった。寮での躾はそれなりに厳しかったが、必死に堪える柚之原の姿は、「妹に格好悪い所を見せられない」お姉ちゃんその物だった。
 柚之原が今のようなロボットメイドを演じるようになったのは、小学校にあがってしばらくしてからだろうか。お嬢様を瑞樹「様」と様付けで呼び始め、淡々と命令をこなす事に徹するようになり、ますます口数は減った。
 まあ、気持ちはわからなくはない。お嬢様と、俺や柚之原では住む世界がそもそも違うのだ。かたや家系図が鯉のぼり3匹分ある家の正当後継者である娘と、親の顔すらまともに知らない人生のアウトサイダーでは、持っている過去も、待っている未来も当然違う。
 柚之原のお嬢様へ対する忠誠が本物であると理解したのは、柚之原の双子の妹と父親が突然現れ、引き取ると言い出した時に、柚之原がそれを真っ向から拒否した時の事だった。先にも述べた通り、三枝家に引き取られた孤児は、いつでも希望すれば独立出来るので、柚之原が家を出ていく事自体は何の問題もない。がしかし、柚之原は三枝家に一生を捧げる事を選んだのだ。
 これはただの勘違いというかある種の願いかもしれないが、俺は思う。柚之原が屋敷に残る事を1番喜んでいたのは、お嬢様ではなかっただろうか。
「とても懐かしいわね」
「瑞樹……様」
 2人の間に、とてもじゃないが俺の立ち入れない空気が流れていた。きっと、お嬢様は一人っ子だから、姉として振る舞う昔の柚之原も好きだったのだ。しかし柚之原はその立場と身分をわきまえ、使用人に徹する事に努めてきた。
「……さっきは、ごめんなさい」
 お嬢様がそうぽつりと呟いた。「命令に従えないのなら出ていけ」というあの言葉の事を詫びているのだろう。柚之原は激しく首を横に振り、笑ってしまうほどにぎこちない、ほんのひとつまみの笑顔を浮かべた。お嬢様は柚之原を、柚之原はお嬢様を見ている。今までもずっと、これからもおそらく、ずっと。
 完全に観客となった俺は、こみ上げるもあって思わず泣きそうになったが、ふと自らの親指の爪が視界に入って我に返った。
 うんこついてる……。
 いや、ほんのちょっとなのだが、普通に生活していたら付着しないであろう茶色いカスが、爪の内側に入ってしまっているのだ。
 そりゃ尻の穴へ割と深めに指をつっこんだのだから、こうなるのはむしろ自然というか、仕方のない事なのだが、いかんせん今の今まで感傷に浸っていただけに、このがっかり感は半端ではない。
 しかもお嬢様が、この指を舐めようとしていた事もついでに思い出してしまった。どんだけ性的好奇心が旺盛なのか。それともあれはお嬢様なりの変態ジョークだったのか。柚之原が止めなかったらマジで舐めていたのか。それはそれで見たかった気もする俺は今どのくらいやばいのか。
 疑問はつきないが。柚之原はその後腹痛を訴え、お嬢様が「とりあえず、出してしまってから続きをしましょうか」と言ったので、俺は手を洗いに行った。


 通常時の2.5倍のミューズを使って手を清めた俺は、お嬢様の部屋に戻った。すると、これまた一体どこから取り出したのか、病院(それも極めて限られた科)にしか置いていないような移動式の特殊な椅子が、お嬢様の部屋のド真ん中に威風堂々と設置されてあった。
 その椅子がどう特殊かというのは、そこに座った柚之原の体勢を見れば一目瞭然。平たく言えば「変態御用達」である。
 両足を90度近く横に広げ、大股開きの状態で、腰は椅子に深く沈んでおり、足を乗せる台は肩よりも高い位置にあるので、必然的に局部は丸出しの状態になる。
 両手は肘掛けにおかれ、背もたれもあるので、下半身以外は非常に座り心地が良さそうなのだが、今度は先ほどの柚之原の体勢と違って、尻と顔が同じフレームに収まってしまう卑猥な状況。更に柚之原の局部には前張りが張られ、総合的ないやらしさは8割増しと来ているからますます手がつけられない。
「これから色々とやるのに、こっちの方が辛くないと思って」
 まるでそれが親切みたいな言い草のお嬢様に呆れつつ、俺は柚之原の表情とご機嫌を伺う。
 仲直りしたとはいえ、お嬢様による俺の変態訓練は未だ続行しており、柚之原の賭けの負け分も支払いを終えていない。つまり状況はちっとも好転していないのだ。びっくりした。
「さ、どれから試してみましょうか」
 椅子の隣の机には例の段ボール箱が乗せられ、今度は中身がちらりと見えたが、混沌すぎて、「おぞましい」の一言でしか表現できない状態だった。
 それを見ても、お嬢様を見ても、尻の穴をガン見する俺を見ても、顔色一つ変えない柚之原はやはり凄い。確か、某有名AV女優の名言に「お前が深淵を覗き込む時、深淵もまたお前を覗き込んでいるのだ」というのがあるが、柚之原は拷問のスペシャリストであるがゆえに、拷問を受ける事に対してもなかなかの覚悟を決め込んでいるようだ。
「指はさっき入れたから、今度は舌を入れてみるというのはどうかしら?」
 さらりと提案したお嬢様。俺は柚之原を再度見たが、変化はない。
「構わないわよね? 柚之原」
 同意を求めるだけまだ優しくなったと言えるのか。むしろ同意を得る事によって辱めているのかの解釈は自由だ。
「はい。構いません」
 え、良いの!? と身を乗り出しかけたが、柚之原は言葉を続ける。
「賭けに負けた以上、私のお尻の穴は好きにして頂いて結構です。その代わり、1つお願いがあります」
 お嬢様が愛しげに柚之原の恥ずかしい姿を眺め、「なぁに?」と甘く尋ねて、髪を触る。
「明日、もう1度先ほどの勝負をしてください」
「勝負というと、偶数か奇数かの賭けの事?」
「はい」
 お嬢様は少し悩んで、答える。
「別に良いけれど、友貴の性癖はアナル拡張に決定された訳だから、もし明日またあなたが負けてしまったら、今日より過激な事をする事になるけれど?」
 俺の自由意思は一体どこに……と思っている間に、柚之原は「構いません」と同意する。
 ああ、完全に殺す気で来ているな。と、俺は確信を得る。
「乙女心というやつね」
 うふふと笑うお嬢様。
 自分の恥ずかしい姿を知っている人間を、この世で2人から1人に減らそうという想いの事を乙女心と呼ぶのなら確かにそれはそうだろう。だが俺から言わせてもらえれば、そんな恐ろしい乙女はいない。目の前の2人を除いて。
「勝負さえ約束していただければ結構です。お好きにどうぞ」
 淡々と、仕事の一部とでも言うように、柚之原は生尻をこちらに向けながら、堂々と、まるで真剣勝負の前の侍のような潔さで俺を睨んだ。
 よし、そこまで言うのなら、やってやろうじゃないか。
 俺もいよいよここにきて、腹を括らざるを得なくなった。
 柚之腹のアナルを開発し、俺は真の変態となり、そして超能力を得てお嬢様に捧げる。そういう仕事だと思って割り切ってしまえばいい。
「では、遠慮なく」
 セカンドキス、という物があるかは分からないが、もしあるのだとしたら俺のそれは柚之原の肛門だった事になる。悲しい事なのか喜ばしい事なのか、今の俺には判断がつかない。
 結局その日は、ローション以外の道具は使用される事はなく、半日ほど柚之原の尻の穴を舐めたり、指を入れたり、光をあてて覗いたり、くんくんと嗅いだりして過ごした。その間、俺はずっと勃起しっぱなしだったが、自分で処理するので1人にしてくださいと言い出す勇気が持てず、夕方になって解放されると、自室に戻り狂ったように自慰行為に興じた。柚之原のアナルは既に俺の脳に同じ形の皺として刻まれていたのでおかずには困らなかったし、別れ際、お嬢様から「オナニーするのは構わないけど、アナル以外のおかずを使っては駄目よ」という許可も頂いていたので、罪悪感はなかった。それとわざわざ我慢していたのが馬鹿らしくも思った。
 とにかく、お嬢様による俺の変態訓練4日目は、柚之原のアナルと触れあっただけで幕を閉じた。次の日再び賽を振らなければならない事も頭の片隅にはあったが、あまり深くは考えないようにした。もしも俺が死ぬとなったら、どうしても伝えなければならない事はたったの2つしかない。。お嬢様が好きだという事と、柚之原のアナルはとても綺麗だったという事。それさえ伝えられさえすれば、他の事はもうどうでもいいのだ。

       

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