Neetel Inside ニートノベル
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 何というか、「不思議」だとか「奇妙」だとか、そういう事ではないような気もする。確率としては、最初の4日目も含めて2分の1×2分の1×2分の1で、8分の1。約12%と考えれば、「絶対にありえない」という事もないし、ダイスを転がしたのはお嬢様が1回柚之原が1回俺が1回とバラけていて、いくら調べてもイカサマの証拠もないので、「幸運だった」としか言いようがない。宝くじ3億円当たった人に「なんで当たったの?」と聞いても意味がないのと同じように。何故、と聞かれても俺は答えられないのだが、とにかく柚之原は俺に対して怒濤の3連敗を喫した。
 執念とがダイスの目を変えたと考えるのはいかにもオカルトじみているが、結果的に、俺の命は繋がった事になる。柚之原は、ダイスの目が出る瞬間、1度も表情を変えなかったが、内心ではこの不条理に怒りを爆発させていたのではないかと思う。しかし、
「これもきっと運命よね」
 と、慰めているのか馬鹿にしているのか分からない台詞を呟いたお嬢様は、淡々と俺に「正しいアナル拡張の仕方」を教示し続けた。
 変態訓練5日目。アナル拡張2日目。
 この日、俺が学んだ事は、世の中には様々な道具があるという事と、人間の肛門はここまで広がるのか、という事だった。
 仕事を終わらせてからお嬢様の部屋を訪れると、既に例の変態椅子に鎮座し、ご丁寧にスカートと下着も脱ぎ、準備万端だった柚之原の尻には、何やら「湿布」のような物が張られてあった。最初は、性器に張られてある前張りの延長にも見えたが、どうやら違う。
「あらかじめ筋肉を弛緩させる薬を塗っておいたの。自発的に力を抜くには限界があるし、手っ取り早く拡張の醍醐味を味わうにはこれしかないのよ。それと、柚之原にはきちんとお腹の中にある物を出来るだけ出しておくように言ったから、今日は大丈夫よ」
 聞いた話によると、確かにアナルの拡張工事を本気でしだしたら、その工期は3ヶ月から半年くらいはかかるらしい。人体という物は、そこそこに順応性があるものの、流石に1日2日ではそう大きな変化をする事は出来ない。無論、最初から壊すつもりで挑めばその限りではないだろうが、それは余りにも柚之原が不憫すぎるし、出た目は「アナル破壊」ではなく、あくまでも「アナル拡張」。その主旨を考慮した上でも、肛門括約筋から活躍の機会を奪うというお嬢様の判断は正しいと言えたし、うんこ対策は純粋にありがたい。
「そろそろ大丈夫かしら」
 チキンラーメンでも作っていたのかという軽い口調でお嬢様が言い、「友貴、剥がしてみなさい」と命令されたので、俺は従った。
 ぺりぺり、と爪の先くらい剥がしてみて、「あ、これ意外としっかり張ってあるな」と気づいた俺は、柚之原に尋ねてみる。
「一気にいってもいいか?」
「……知らない」
 第一声で大きく突き放されたので、俺は衝動的に一気にいった。柚之原が小さく、「ひっ」と悲鳴をあげる。
「友貴も随分ご主人様らしくなってきたわね」
 と、お嬢様が言う。
 ご主人様。
 これほど似合わない代名詞も他にないだろう。根っからの執事で、忠誠こそ我が命と思いこんでいた俺としては、リモコンのチャンネルを押し間違えた時、たまたまやってたローカルの番組がちょっと面白かったみたいな意外性を覚えた。
 でも確かに、今この場において、俺は柚之原のアナルコントロールを得ていなければならない立場であるのだから、当然服従の義務は柚之原の方にある。俺はお嬢様の奴隷でありつつ、柚之原のご主人様という中間管理職的立場にある訳だ。
 関係性を確認した俺は、前の日から結構気になっていた部分に、一歩前進してみる。
「この邪魔な前張りも剥がしてみるというのは……」
『「調子に乗らないで」』
 2人の声が重なったので、俺は一気に素に戻って「すいませんでした」と謝った。
「興味があるのは分かるけれど、目的を忘れないでね」
 お嬢様から直々にぶっとい釘を正中線へと刺され、俺は悔い改めて柚之原のアナルを睨んだ。昨日との違いは、見た目には分からないが、いざ触れてみるとその感触は段違いだった。
 トロだ。
 でっかいマグロからも少ししかとれない、極上の大トロが、人間の身体にも備わっていたという事実に俺は驚きを隠せない。そして別の意味でマグロ状態にある柚之原も、自身の肉体の違和感に戸惑っているのか、眉をひそめている。
「あの……これは元に戻るのですか?」
 いよいよ不安がピークに達したと見え、柚之原がお嬢様に尋ねると、
「ええ、動物実験の結果では1日ほどで戻るらしいわ」
 と、霊になった稲川淳二より恐ろしい事を言ったので、元々が白い柚之原もいよいよ顔面蒼白になった。
「冗談よ。私の時は一晩寝れば元に戻ったわ」
 一体何に使ったのだろうか。と俺は疑問に思ったが、お嬢様の口から2回目の「冗談よ」は出なかったのであまり深く考えるのはやめておいた。
「今日は器具も使ってみましょう。まずはどれからいきましょうか」
 段ボール箱から出され、2つの台の上に綺麗に並べられた色とりどりの各種器具を見て、俺は目眩を覚える。
 職業に貴賤はないし、一所懸命働く人を馬鹿にする訳では決してないが、これらの器具を開発した人たちははっきり言って異常者だ。とりあえず、数多の器具の中から、ダ・ヴィンチでも「その発想はなかった」と感心するであろう物を、ちょいちょいとかいつまんで紹介しよう。
 まず、基本的にはアナル用バイブだ。通常の、男性器の形を模した性器用の張型とは違い、長細く、径は小さい。手元に2段階のスイッチがついていて、ONにすると小さくてゆっくりな振動になり、もう1回ONにすると激しく素早い振動になった。ちなみに電池はeneloopらしい。
 電池を使わないタイプもあった。こちらはいわゆるアナルパールという奴で、バイブよりも長く、鞭のようにややしなるので護身用に使えなくもなさそうだが、身を守った方が良いのはむしろアナルパールを護身用に持つ奴と対面してしまった奴の方だ。最大の特徴としては、規則正しく並んだ凸凹の激しさで、これで麺生地を延ばしたらもの凄い縮れ麺が出来るんじゃないかと想像したが、もちろんアナルパールで延ばした本格派九州とんこつラーメンは誰も食べたくない。電源が無い分、手で動かす事を考慮されてか、握り部分のグリップ感は半端ではなく、何らかの液体で濡れてもおそらく問題ないだろうと予測出来た。
 バイブとパールはそれぞれ5種類ずつ用意されており、それぞれ振動のタイプや大きさや色や形や質感が違ったりしたが、1本だけ某ポケモンの某ピカチュウを模した物があり、これは胆力を試されているな、と勝手に思った。
 一応オーソドックスなアダルトグッズであるローターも用意されており、伝統のピンクから、LEDで光る物、これまた某ポケモンの某オタマロにそっくりな物もあったが、これはまあハマり役なので和やかな気持ちで眺められた。
 中でも変わっていたのは、連結式ローターバイブという奴で、これは長さを自在に変えられて、ローターとバイブとパールの特徴を兼ね揃えたある種最強のグッズだった。構造は単純で、小さめのローターをつなげる事が出来、スイッチを入れると一斉に振動する仕掛けだ。巫代凪遠 (お嬢様のお気に入り作家)が発明したのかと疑うレベルの優れ物だった。
 他には、元来医療器具なのにいやらしくない目的で使用されている所を見たことがないクスコだとか、中に入れたあと空気を入れて膨らませる子供の喜ばないタイプの風船だとか、素人目には上下がどちらかさえ分からないアナルプラグだとか、柚之原自身が持っていたのを押収したという苦痛の梨だとか、アナル関係の物なら何でも揃っていると言っても過言ではなかった。
「さ、好きなのを選んで」
 男なら女の子には優しく、という常識は骨の随までたたき込まれている。
 アナルを拡張しなければならないという異常事態においても、その信条は健在で、出来るだけ優しく、傷つかないように接していこうと思っていた。が、俺が無意識に手にとっていたのは、用意された中でも1番いかつい極太バイブだった。
「なかなか鬼畜ね」
 鬼畜の鑑みたいなお嬢様がそう仰るのを聞いて、俺は手に持ったドス紫色をした禍々しい物に気づき愕然とした。なんだこれ、ラスボスの武器じゃないか。

       

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