Neetel Inside ニートノベル
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HVDO〜変態少女開発機構〜
第四部 第二話「この暴力に愛を込めたら」

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 男のぶっとい足から繰り出されるミドルが脇腹に命中し、女は「う゛ぇっ」といううめき声をあげて、少しゲロを吐いた。
 よろめき、左手でキックの命中した部位を庇いながら女はえずいていたが、男は追撃には乗り出さず、少し距離をとり、両手で天を仰いで観客達を煽った。客席から声援があがり、そこへ僅かにブーイングも混ざる。
「勝率だけではなく視聴率もファイトマネーに関わるんですよ。おそらく彼は、今わざわざとどめをさしににいかなくても余裕で倒せる相手だと踏んだんでしょうね。いわゆるアピールという奴です」
 小橋と名乗ったスーツの男が隣でそう語る。お嬢様は訝しげ気にリングを眺め、柚之原は無表情だが機嫌は良くない。1階席はほぼ満員だが、2階席は空いており、一目見て金持ちだと分かるような奴らが酒を片手に試合を見ていた。
 男のアピールが終わり、女がどうにか態勢を立て直すと試合が再開したが、男がひたすら攻め、女が守るという展開は変わらなかった。男は、クリーンヒットした女の脇腹を執拗に狙い、女はそこを堅くガードしていたが、キックをフェイントに使われると厄介なようで、対角線の腕から繰り出される素早いジャブを何度も顔に喰らっていた。女の顔は既に半分腫れ上がり、痣にになっている。
 俺も格闘技はそこまで詳しい訳ではないが、こうなる事は試合が始まる前から予想が出来た。男女混合のミックスファイト。男は背も高く、肩幅もあり、胸板は装甲のように分厚い。対する女は、何か格闘技をやっているらしく、ファイティングポーズは様になっていたが、身長には20cm程度の差があった。階級で言えば10近くは離れているように見えたし、そもそも男女では筋肉の量に圧倒的な差がある。
 見るに耐えられず、俺はリングから目を背け、小橋に尋ねる。
「勝ち目のない女をリングにあげて、男がボコボコにして楽しむ。これがあんた達の趣味なのか?」
 少し困ったような顔をする小橋。
「まあ、そういう性癖の方もいらっしゃるでしょう。我々はあくまでエンターテインメントを提供する立場です。需要があれば答えるだけですよ。それに……」
 リングを見つめ、自らの芸術作品を眺めるような目をして小橋は続ける。
「勝ち目が無い。とも言い切れませんし」
 瞼が腫れあがり、視界の潰れた女の目には、それでも絶望している様子が無く、闘志に溢れている。何故だろうか。戦力の差は明らかで、余りに一方的だというのに、女は何も諦めていない。
 ふと、隣に目を向けると、お嬢様は眉間に皺を寄せて、ますます不快そうな顔をされていた。真性のMを自称していたが、やはりこの光景はいくら何でも痛々しすぎるし、そこに相手をいたわる気持ちが無さすぎる。暴力とセックスは割と近い部分にあるが、これは明らかな暴力だ。
 俺は気を使って尋ねる。
「……お嬢様、ご気分が優れないようでしたら、戻りま……」
『わあ!!!』
 俺の質問の最後は、唐突に巻き起こった雷鳴のような歓声でかき消された。驚き、周囲を見渡す。皆、前のめりになって、食い入るようにリングに目を奪われている。つられて俺も見ると、そこにはありえない光景があった。
 男がうずくまり、首だけを横に向けて、口から泡を吹いている。女は満身創痍の状態でありつつも、自らの2本足できちんとリングに立っている。どうやら決定的な瞬間を見逃してしまったらしい。混乱する俺に、ずっと見ていたお嬢様が逆に気を使って説明してくださった。
「女の吐いた吐しゃ物で男がほんの少し足を滑らせたのよ」
 確かに、男のキックが女の脇腹に入った時、女のぶちまけたゲロは誰も片づける事なくリング上にあった。しかし、たかだか1度足をとられたくらいで、1発KOの一撃を女が放てたとは到底思えない。男女の体力差は歴然。女が全体重を乗せて本気のパンチを繰り出した所で、男の骨すら折れない気がする。
 不思議がる俺に、お嬢様は告げる。
「足を滑らせた瞬間、女が男の股間を思い切り蹴りあげたの。いわゆる金的という奴かしら」
 金的。男の最も弱い部分に、攻撃を喰らわせる技。いや、技と呼べる物ですらないかもしれない。何せほとんどの格闘技では反則とされ、実質的に金的ありの競技でも、ファウルカップ(睾丸を保護する物)の着用は常識だ。何せ睾丸への攻撃は、生殖能力に直接的に関わる。大男が泡を吹いて倒れるのも頷ける。
「当クラブにおけるミックスファイトは、金的あり、睾丸保護は無しというルールでやらせていただいております。男女の体力差を認めた上での戦いであれば、当然男性側の弱点も認めるのが公平という物ですから」
 小橋が当然のようにそう言うので、思わず納得しかけたが、いやいや、それはあまりにも男にとって代償が大きすぎる、と思った俺はまだ甘かった。
 観客たちの歓声を受け、オープンフィンガーグローブを振り回して答える女は、セコンドから何かを受け取った。一瞬でそれが何か俺が分かったのは、ここ数日の変態訓練の成果といえる。
 セコンドから女が受け取った物は、ペニスを模したディルドの固定されたパンツ、いわゆる「ペニパン」という奴だった。無論、お嬢様も所持しているが、今は関係ない。
 女はそのペニパンをおもむろにボクサーパンツの上から着用する。ディルドーを手で確かめ、まだ悶絶している男の背中に近づく。
「ま、まさか……」
 俺の想像はあたった。そしてどうやら、このミックスファイトで男側の背負うリスクは、子種の損失だけではないらしい。
 男の着ていたパンツが脱がされ、尻が丸だしになった。客席からは相変わらず歓声があがっていたが、中にはそれを見てつまらなそうに帰る者も沢山いた。無論、お嬢様と柚之原は食い入るように見ていたが、今は関係ない。関係ないと思わせていただきたい。
「おっと、ここから先は、試合に対してきちんとベットしていた方々だけの特典となりますので、今回ゲストとしていらっしゃられた三枝様達にはあいにく見る権利がございません」
 小橋にそう告げられ、心底残念そうな顔をするお嬢様は、今までで「見てしまったけど見たくなかったものランキング」トップ2に入る。
「それに、支配人達もお呼びですので、こちらへどうぞ」


 第二話「この暴力に愛を込めたら」


 柚之原の土下座、という紛れもないトップ1を目の当たりにした俺は、焼き土下座を強要する事もなく、もちろん即決で許した。アナルセックスに興味がなかった訳ではないが、くだらないサイコロのギャンブルでそこまでしてしまうのは、柚之原が余りにもかわいそうだったというのもある。が、それ以上に、前日まであれだけの事をやっておいて、未だ俺が変態として「目覚めて」いないというプレッシャーが大きかった。確かに、柚之原のアナルをいじっていた時、俺はグラビアイドルの姉を持つ小学生並に興奮しまくった。しまくったが、お嬢様の言っていた「本当の自分」に出会えたような感覚はそこに無かった。
 結局の所、身も蓋もない言い方をすれば、「何でも良かった」という事になる。別の変態プレイ、例えば催眠や遠隔ローターといった目が出ていたとしても、俺は散々興奮するだけして、最終的には超能力に目覚めなかっただろう。俺の変態としての素質の無さについては大変申し訳なく思うし。柚之原には別の意味でも申し訳なく思う。
 7日目に突入しても、未だ先行きも見えず、目処も立たないという事もあってか、お嬢様も柚之原の謝罪を受け入れた。端的に言えば、俺は見限られたのかもしれない。しかし、あの柚之原をここまで追い詰められただけでも成果はあった。
「HVDOの事を全て話すという条件での全面降伏ね。私は構わないけれど、柚之原はそれでいいの? 賭けを放棄するという事は、友貴への復讐のチャンスを失う事にもなるけれど」
 お嬢様の確認に、柚之原は俯いて答える。
「……仕方ありません。彼が何らかのイカサマを使っているのは明らかですが、種が分からない以上、これ以上やっても勝ち目がないので」
 純粋に運が良かっただけなのだが……と、説明した所でおそらく信じてはもらえないだろう。確かに、4連続で2分の1勝負に負けるなんて事、大抵の人は信じられない。
「ふーん……。ま、仕方ないでしょうね」
 ついでにお嬢様も俺の事を信頼してくれていないようだ。……まあ命が助かっただけでも良しとしよう。少なくとも、実際にイカサマを使ってない以上、いくら調べてもその証拠など出てくるはずがない。
「じゃあ、話してちょうだい。まずはHVDOという組織の目的から」
「……かしこまりました」
 こうして、柚之原の口から、人を超越した変態組織「HVDO」の概要が語られる事となった。


 HVDOという組織の目的。それは「変態性を持った処女を育てあげる事」だった。組織のトップであり、変態能力バトルにおける、「勝者には新しい能力、敗者には一定期間の性的不能」を与えている「崇拝者」と呼ばれる人物は、無類の処女マニア。「崇拝者」の正体は、柚之原はおろか幹部でも知らない。本名さえ闇の中にあるのだそうだ。能力も同じく不明だが、変態達を統べるに相応しい強力な物だという噂があるそうだ。そして崇拝者は一定の場所にはおらず、世界中を旅し、「妻」から逃げ回っている。
「妻? 結婚しているのか?」
「聞いた話によれば」
「処女厨なのに妻がいるのか……」
「処女の時に1度セックスして、子供が出来たから入籍して、それから、逃げている」
 その上自分はHVDOなる馬鹿げた組織を作り、変態処女を求めている。
「……屑だな」
 思わず漏れた俺の率直な感想に、お嬢様が反応する。
「まあ、そのくらいの異常者でないと、変態の頂点にはたてないでしょうね」
 ごもっともな意見だが、それで納得してしまうのはなんだか負けた気もする。
 柚之原によれば、トップである崇拝者の他に、組織を管理している幹部は4人いる。
 1人は、ピーピング・トムと呼ばれるHVDO能力者で、千里眼のような能力を持ち、崇拝者の右腕として活躍しているらしい。その能力は実に厄介だが、発動には条件がある。というのは、「8と0と1の付く日にしか発動出来ない」というふざけた物で、ちなみに今日はそのいずれもつかない。
「やまなしおちなしいみなし『やおい』へのこだわりという事かしら」
 腐女子の考えている事はよく分からない。という一言に収束する。
 2人目の幹部は、望月ソフィアなる人物で、清陽高校の権力者らしい。
「権力者? 生徒会長とかそういう事か?」
「茶道部の部長」
「何で茶道部の部長が権力者なんだ」
 俺の当然の疑問には、お嬢様が答えてくれた。
「聞いた事があるわ。あの高校の茶道部には、何故か政界やら経済界に太いパイプがあって、多額の援助が行われているそうよ」
 望月ソフィアは「百合」の能力者だそうで、HVDO内における役割は、ピーピング・トムが連絡係だとするならば、こちらは制圧部隊。崇拝者といえど、HVDO能力の発現はコントロール出来る物ではないようで、危険な性癖、つまり死姦だとか脳姦だとかの能力者が出現した時、いち早く見つけ出し、性癖バトルにて始末する係を請け負っているらしい。
 そして最後の幹部は2人組。担当しているのは、活動資金の調達と、変態処女の確保。活動場所は……。
「これは、灯台下暗しという奴なのかしら」
 お嬢様は「地下変態闘技場」の廊下を小橋という男に案内されながらそう呟いた。俺は周囲を警戒しつつ後ろについていく。あんな試合を見せられたらこうならざるを得ない。しんがりには柚之原がいるが、恐ろしいほど落ち着いている。
「おそらく日本で1番安全ですし、法の目が届かない場所でもありますから、支配人達はこの場所を選んだのでしょうね」
 三枝家の地下25F。
 つまり俺達が普通に生活していた場所の真下で、夜な夜な犯罪的な試合が行われていたという事になる。それも、家主の許可など一切とらず、ここを管理している2人の幹部とやらのHVDO能力で、勝手に異空間へと改造されていたらしい。どうりで三枝家の調査網でもひっかからないはずだ。トップである崇拝者が旅人である以上、この闘技場はいわばHVDOの「本部」とも言える。HVDO本部が、三枝家の中にあった。三枝家はこの事実に対して怒っていい。お嬢様がちょっと嬉しそうなのは見なかった事にしよう。
 やがて案内されて着いた部屋では、2人の支配人、つまりHVDO幹部が待っていた。
 リョナと逆リョナ。
 相反する2つのHVDO能力。

       

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