Neetel Inside ニートノベル
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 柚之原の試合は、10日後に決定された。対戦相手の情報については前日まで教えられないのがルールなのだそうで、その点に関しては両者とも同じ条件らしく、表面上の公平を喫しているかに見えた。
 だが、試合を組むのは誰あろう闘技場の支配人であるこの2人であり、そして2人は柚之原を裏切り者として認識し、もちろん敵対している。それだけでも不利だというのに、そこに更に根本的な問題が加わってくる。
 やはり、いくら「金的あり」というドM男歓喜の極悪ルールとはいえ、男女での真剣勝負は女子側がかなりの不利だ。フィジカル面でのポテンシャルが元々違うというのは言うまでもないし、闘技者人口、つまり選手の絶対数も男の方が遥かに多く、更には精神面においても、やはり戦い向きなのは男だ。ブルマがかめはめ波を撃ったら不自然だし、もしもブウにとどめを刺したのがビーデルさんだったらなんじゃそりゃだ。
 必然、女は金玉を蹴りあげて決着をつけるしかない。しかしそれは相手も理解しているので、当然警戒してくる。股下から蹴りあげる場合は内股になるだけでクリーンヒットはしないし、前蹴りで正面から狙いに行く場合は、腕によるガードがある。先ほどの試合のように、男側に隙が生まれ、その上で有効な作戦、あるいは何かの幸運によって生まれたチャンスが無ければ、はっきり言って金的ありもクソもない。最初から一方的な試合展開の後、柚之原は無惨にレイプされ、晒し者になってしまうだろう。
 お嬢様もそれは十分に分かっていた。交渉材料として、三枝家にはほぼ無尽蔵にある資金をちらつかせもしたが、支配人2人はまるで興味を示さなかった。柚之原がリングに立つ事。それ以外の事ではどうやら「制裁」は完了しないらしい。
 これだけ不利が重なると、最早それは罠と言う。自らかかりにいく必要はない。ただ、柚之原本人の話によれば、崇拝者の能力は「絶対」であり、「処女譲渡契約」を結んでいる場合、それこそ支配人の御代も言っていたように世界中どこに逃げても無駄で、崇拝者の能力が発動した瞬間に、柚之原は処女を失う。
 その「処女譲渡契約」がどのようにしてなされたかについては、柚之原は「私個人の願いを聞いてもらっただけです」とだけ言って、それ以上は語らなかった。また、お嬢様も「願い」とやらについては聞き質す事もなかった。何故か、は微妙な問題だが、どの道もう過ぎてしまった事だ。
 目の前に罠があるとはいえ、腹をすかせた虎から逃げない訳にはいかない。
 柚之原には、俺との丁半博打に負けた時から、もっと遡ればお嬢様に俺の相手を命じられた時から、もっともっと遡れば五十妻という男に負けた時から、選択肢は残されていなかった。


「柚之原、どうしてこの事を黙っていなかったの」
 部屋に戻ってからの第一声。お嬢様の言葉は、理不尽ではあったが静かな魂の叫びだった。
「……それしか、お尻の穴を守る手段が無かったからです」
 柚之原の答えは至極真っ当に見えたが、お嬢様がそれで納得するはずがない。
「後ろの処女くらい友貴にあげてしまえばいいじゃないの。その崇拝者とかいう訳の分からない人間に前の処女を奪われるよりかはよっぽどマシだわ。リングの上でボコボコにされて醜態を晒すよりもね」
 お嬢様の語気はどんどん強まっていく。怒っていた、珍しく。その似合わない感情を隠そうとする余裕さえなかった。
「……勝ちます。勝てば、何の問題もありません」
 確かにその通り、と言いたい所だったが、それが非常に難しい。
 そもそも、先にも述べた通り、男女の戦力差は金的を含めても男側がまだ有利にある。しかしそれではほとんどの試合が賭け不成立になってしまうので、闘技場側は、「鍛えられた女」を用意する。
 闘技場内の廊下には、いわゆる「スター選手」のポスターが張ってあった。例えばウェイトリフティングの日本代表。例えば一般人でも顔くらいは知っている女子プロレスの選手。例えば伝説的な空手家の娘。確かに女は男より肉体的に弱いかもしれないが、「強い女性」は確かに存在する。
 しかし柚之原はあくまで普通の女子だ。拷問好きのHVDO能力者だが、それが無ければ中身はただの高校2年生で、特別に肉体を鍛えている訳でも、格闘技を習ってきた訳でもない。
 果たしてそんな「普通の女」でも勝てるような相手を、敵対する支配人達がわざわざ用意してくれるだろうか。
 黙ったまま俯く柚之原を見て、お嬢様が小さく呟く。
「……私が代わりに出ようかしら」
 柚之原が勢い良く顔をあげ、今にも掴みかかりそうな雰囲気でお嬢様を睨む。
「誰かしらがリングに立てば、あの仲の良い2人も納得してくれるでしょう。それに、私の方がきっと運動神経はあるし」
「……します」
 ぼそっと柚之原が何かを言ったように聞こえた。お嬢様も聞こえなかったらしく、「……何?」と、聞き返す。すると、柚之原ははっきりと言う。
「殺します」
「……誰を?」
「瑞樹様と、この男を」
 怖っ! お嬢様を守りたい一心とはいえ、誰かに犯されるくらいなら殺意さえ抱くというその精神状態が恐ろしすぎる。というか俺を殺す意味はここまできたらもう無くないか!? とも言いたくもなったが、つまりそのくらい拡張の件については屈辱的だったのだろう。


 次の日、現実離れした冬休みも終わり、俺と柚之原、そしてお嬢様の学校が再開した。
 そして午後、お嬢様の帰宅後から、柚之原は特訓を始めた。三枝家の権力をふんだんに使い、外部から一流のコーチを複数人呼び寄せ、「金的ありのミックスファイトで格上の男に勝利するにはどの方法がベストか」を協議した結果、柚之原は総合格闘技をベースにし、そこにプラスでムエタイを習う事に決定した。相手がどんな戦法を使ってくるか分からない以上、全方面において基礎を固めなければならないのと、少ないチャンスを物にするには、キックの速さでは右に出る物のないムエタイが攻撃方法としてベストだという判断だ。その決定後、お嬢様は執事長の八木谷さんに直接柚之原に休暇を出すよう命じ、柚之原はすぐに三枝家内にある、酸素カプセル完備の特別トレーニングルームに入った。という訳で、格闘技に関しては全くの門外漢である俺とお嬢様には暇が出来た。
 変態訓練から格闘訓練へ。急激に真面目になった感がある気もするが、前者もきちんと真面目だった。実際俺は、「友貴がとっとと変態に目覚めていればこんな事にはならずに済んだのに……」と愚痴のような物をお嬢様から頂いた。お嬢様の愚痴など100年に1度聞けるか聞けないか、擂台賽より遥かに珍しいので、落ち込むのと同時に録音しておきけば良かったな、とも思った。
「過ぎてしまった事はしょうがないわ。今はとにかく、私たちも出来る限りの事をして柚之原の処女を守りましょう」
 お嬢様の心強い言葉に、俺は心の底から同意する。柚之原の人生観や恋愛観は、正直俺にはよく分からないが、操という物は世界を股に掛ける処女厨性犯罪者の変態にくれてやるほど無価値な物でもないとは思う。本当に好きな人(出来るかどうかは、これまた分からないが)と出会うまでは、大事にとっておくべきだ。古風過ぎるかもしれないが、これが俺の正直な意見だ。
 考えた結果、俺とお嬢様は再び闘技場を訪れた。まずは敵を知らなくてはならないし、これは外部の人間には委託出来ない。エレベーターで敵の本拠地にすぐに来れるという点はある意味幸運だった。
 闘技場の1Fは既に満員。今夜も2試合が行われているらしく、天井から下がる360度液晶モニターには、試合に出る予定の選手と、現段階でのオッズが表示されていた。
 俺とお嬢様は小橋に案内された2Fの個室から下の観客席を眺めていた。いかにも金持ちが道楽で来ているような豪華で下品な女から、健康に良くない薬物を常用していると思わしきロンパり男、使い込んだ大学ノートを血走った目で見つめてぶつぶつ呟いている男や、かと思えば黒縁メガネの真面目そうなOL風のスーツ女もいた。まさに千差万別だが皆一様に、階段になった座席に座り、それぞれのスタイルで今か今かと選手の入場を待っている。
 ちなみに、この闘技場における「通常の」賭けの最低単価は10万円。その日行われる試合の内、最低でも1試合にその額を賭けなければ、闘技場にすら入れない。そして現在表示されている1試合目のオッズは、青コーナーの男が約1.16倍で、赤コーナーの女が約1.75倍。それを見てお嬢様は呟く。
「控除率は大体30%くらいね」
「……それは高いんですか?」と、俺が尋ねると、お嬢様は少し呆れたように、
「パチンコより悪どいわね。でも、最低単位で賭けた場合、1日で回収されるのが3万円だから、それを鑑賞料として考えるならありなのかも」
 そんな大金を払ってまで見る価値が果たしてあるのか、と庶民の俺は思うが、人によっては十分に「ある」からこそ満席なのだろう。それに、どちらが強いかを予想するという楽しみもあるし、長くいればお気に入りの闘士もいるのかもしれない。
 とはいえ、1試合を見るのにいくらかかろうが、お嬢様にとっては所詮はした金というやつだ。問題は、そのオッズの低さにある。
「この試合に、例えば私のHVDO能力を交換して賭けるとしたら、女の方に賭けたとしても1.075倍。端数の払い戻しはないそうだから、仮に10枚全部を賭けて女が勝った所で、1枚もコインはもらえない。戻ってくるのは最低でも11枚賭けた時だけれど、能力でいえばつまり2つ分。それだけのリスクを払って戻りがたったの1枚というのは、いかにも馬鹿げているわね」
 確かにそうだ。今の条件で言えば、10連勝しなくては新しい能力を得る事は出来ない。理不尽にも程がある。と、内なる怒りに気づき、いやいや、これ以上お嬢様が変態になられるのもそれはそれでどうなのだろうか……と思い直す。


 その日に行われた2つの試合は約2時間ほどで終わり、結果は女側の2連敗だった。
 1試合目、柔道着の男と、その男よりも背の高い女の戦い。序盤は背の高い女がリーチの長さを生かし、打撃によって着実にダメージを積み重ねていたが、ロープまで追い詰められた柔道男がタックルを繰り出して寝技に持ち込むと、それからは一方的だった。男はまず女の肩を両方とも外し、抵抗出来なくした後、服を剥がしていった。女はなんとか男の寝技から脱出しようと足だけで足掻いたが、胸を客席に晒され、性器に触れられるとやがて諦めたようで、泣きながら許しを請うていた。それから先、俺は気分が悪くなり、顔を背けていたので見ていないが、それまでうるさかった客席が急に静かになり、その代わりに喘ぎ声が聞こえてきたので、見ていなくても気分はどんどん悪くなった。
「友貴、無理にとは言わないけれど、見ておいた方が」
 お嬢様のその台詞が、俺の変態化を促進させる為なのか、それとも柚之原がこうなった時の覚悟を決める為なのか、聞きただす勇気を俺は持てなかった。
 2試合目は1試合目とは違い、オッズはかなりの女子側有利に傾いていた。何でもプロフィールによれば、女子は日本人でありながら元々海外の特殊部隊に所属していたらしく、いわゆる軍隊格闘を収めた人間で、これまでの戦績は4勝0敗。以前のレイプシーンが少しだけダイジェストとし映されていたが、流石軍隊出身というか、負けた男に対してまるで容赦がなかった。
 男の方は、その日が初参戦らしく、これまでの戦績も、何の格闘技をやっているかも不明だったが、体躯は一瞬熊かと見紛う程に大きく。また、その戦力も熊並だった。
 傍目から見て、肉体的な戦力の差は明らかに男の有利を主張していた。だが、不当な暴力と戦うのが本来の格闘技だと愚地独歩も言っていたように、女の身のこなしと、素人目にも分かる技術の凄さは、オッズの正しさを証明していた。が、結果は女子側の敗北だった。
 1度、確かに男側に金的が入ったのは確認した。しかし、男がそれに耐えたのだ。確かにダメージはあったが、KOまではいたらなかった。もう1発入っていれば分からなかったという点では惜しかったが、たらればの話は意味がない。やがてスリーパーホールドを完全に決められた女がタップをし、それを認めた男は黙々とレイプを始めた。行為の最中、女は1度も悲鳴をあげず、涙も流さずに黙々と耐えていた。


 試合形式は1R3分、インターバル1分の、どちらかが負けるまで行われる無制限マッチ。ギブアップは相手選手が認めればありだが、それからの追撃及び試合後レイプの権利はそのままなので、実質は無しに等しい。そして何度も言うように金的はあり。流血しようが骨が折れようが試合とレイプが終了するまでは医者は来ない。選手の気絶によって決着がついた場合、手当ての後目が覚め次第レイプに移行し、日付を跨ぐようであれば後日エキシビジョンとして行われる。
 ただし、試合中、試合後に関わらず、相手選手の死亡、もしくは失明、四肢の損失があった場合は、1週間の出場停止の後、「ハンディ戦」が行われる。罪の重さに対応したハンディが科せられた状態で試合を開始し、このハンディ戦にはあらゆるペナルティが適用されず、賭けが不成立になったとしても行われる。例えば故意に相手を死亡させた場合、その選手は、目隠し、手錠、足枷を装着した状態で試合を行う。端的に言ってしまえば、公開処刑という事だ。
 当然、ペナルティの中には、相手の睾丸が潰れる事は最初から入っていないので、その点でも女子側は若干優遇されていると言えば優遇されているのだが、それなら試合後のレイプによる処女喪失と中出しによる妊娠の危険性もペナルティには入っていないので、公平と言えば公平だった。
 ちなみに、試合後のレイプに関しては、勝者側は拒否も出来るし、自分の性器を使わなくても、相手のどの穴に入れても良い。平たく言えば、バイブで犯すのも良し、アナルを犯すのも良しという事で、小橋が言うには、柚之原が負けた場合は、処女は崇拝者の所有物となっているので、アナルを犯される事になっているらしい。結局アナルか!
 柚之原は努力している。だが、その日の2試合を見ていて、俺はどんどん絶望的な気分になった。あれだけ強かった女でも、ここまで無惨にやられてしまうのがこの闘技場だ。ほぼ素人の柚之原では、対戦相手の実力によっては散々に弄ばれて、全身ボコボコにされて、この上ない辱めを受けて、そして大衆の面前で尻の穴を犯されるに決まっている。
 そんな姿は見たくない。つい一昨日まで柚之原のアナルを開発していた俺がこんな事を言い出すのもなんだかアレだが、こんなに残酷な事がこの世にあっていいはずがない。リョナは駄目だ。……何ていうか、駄目だ。としかいいようがない。
 まだ試合も行われてすらいないのに打ちひしがれる俺の隣で、お嬢様がはっきりとした口調で仰る。
「私も、戦わなくてはならないわね……」
 言葉も出ない俺に、お嬢様は付け加える。
「誤解しないで。闘技場の話じゃないわ。そんな事をしたら本当に柚之原に殺されてしまうもの」
「では……『戦う』とはどういう……」
 お嬢様の表情に熱い覚悟が浮かび上がる。
「女には女の、変態には変態の戦いがあるのよ」

       

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