Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

 それから、柚之原の試合が行われるまでの9日間。俺とお嬢様は目の回るような多忙に追われながら日々を過ごした。俺は別の意味でも目が回っていたが、それはこの節の最後に明らかになる。
 どこから語れば良いのか、どこまで語れば良いのか。その辺のさじ加減は非常に難しい所だが、とりあえず一つ一つ順を追っていこう。
 まずは五十妻元樹という男について。
 はっきり言ってこの男はクズだ。クズ中のクズ。キングオブクズのクズ日本代表だ。「おもらし」をこよなく愛する変態という時点で頭がおかしいとしか言いようがないが、HVDO能力を得た途端にそれを遺憾なく発揮しまくり、同級生で幼なじみの木下くりを徹底的に辱めた。何の恨みがあるのかは知らないが、その陵辱っぷりたるや恐ろしい物で、会った事もないが、木下くりには心底同情せざるを得ない。
 しかも現在、その木下くりは、別のHVDO能力者春木虎によって「幼女化」しており、記憶も小学生の時代まで巻き戻っている。それを良い事に、五十妻は幼女になった木下くりと同居しているらしく、そして調査によれば、そんな子供に対していかがわしい事を沢山している。木下くりに初潮が来た時も、自分ではどうする事も出来ずにお嬢様を呼びつけ、世話を全てさせたらしい。本当の本当にどうしようもない奴だ! 面倒が見きれないなら最初からお嬢様に預ければいいものを、自分の性欲を優先させるその根性が腐っている。
 その上、俺が柚之原に監禁されている間に、このクズは屋敷を訪れ、お嬢様とその……行為というか何というか、非常にいやらしい事をしようとしたらしい。その企みは柚之原姉妹の連携プレイにより無事阻止されたようだが、一歩間違えばお嬢様の処女はこの男にいただかれていた事になる。許せん。
 柚之原による拷問が精神にかなりのダメージを与えたらしく、今は幼女になった木下くり以外の女子に全く心を開いていないらしい。いわゆるPTSDという奴か。良い気味だ。
 しかしそんな五十妻を、お嬢様は「救いたい」と仰った。俺は断固として意見を述べる。
「お嬢様! 五十妻はロクな奴じゃありません。どうか、目を覚ましてください!」
 お嬢様は「どの口で……」と言いかけ、やめて、
「私が誰と行為をしようが、友貴が気にする事ではないでしょう?」
 と仰られた。
 確かにそうだ。しかしそれを言うなら、柚之原を助けようとする努力もまた、する道理はない。
 俺はお嬢様に一歩近づき、矛盾点を突いてやろうと覚悟を決めて口を開いたが、挙句に出た言葉は、
「……た、確かにそうですが……」
 俺の意気地がこんなに無かったとは思わなかった。


 お嬢様の狙いは、木下くりを幼女化した春木虎を撃破し、その能力を解除、木下くりを元に戻す事により、まずは女性恐怖症になった五十妻の心のより所を無くす。そしてその隙を突いて五十妻を物にする、という事だ。
 いや、「物にする」という言い方は語弊がある。正確には「物にされる」だ。お嬢様の判断によれば、五十妻はお嬢様を飼う資格のある「ご主人様気質の」人間らしい。五十妻がお嬢様のご主人様になったら俺のご主人様はお嬢様ではなくそのご主人様である五十妻になるのだろうか。なんだか自分で言っていて混乱してきた。
 何としても避けたい。というか、こんな事を言ったら柚之原には悪いが、柚之原の処女が無惨に散らされる事よりも、お嬢様が五十妻(というより誰が相手でも)の所有物となる事の方が遙かに恐怖だ。そんな事がこの世界にあってはならない。
 だが、俺には何の力もない。
 死を覚悟して罪を償う勇気はあっても、お嬢様に嫌われる勇気はない。命令に背き、五十妻の命を違法的手段によって奪えば、お嬢様は容赦なく俺の最も恐れる言葉「嫌い」を使うだろう。無視されるかもしれない。視界に入る事さえ無くなる。俺の精神がそれに耐えられる可能性は限りなく0に近い。
 今更になって、変態に目覚めたいという願いは急激に俺の中で強くなっていった。変態になり、HVDO能力に目覚めれば、性癖バトルの名の下に五十妻を倒す可能性が生まれる。五十妻の変態としての素質の底が知れれば、お嬢様は五十妻を見限るかもしれない。ひょっとしたら、俺に……。
 切り替えよう。
 お嬢様はある人物を呼び出した。柚之原の妹であり、獣姦のHVDO能力を持つ、柚之原命(ゆのはらみこと)さんだ。
 俺はこの時に初めて彼女を見たのだが、噂に聞いている通り、柚之原と瓜二つだった。まあ双子なので当たり前といえば当たり前だが、育ちがまるで違うのに、設計図が一緒というだけでこうなるのか。という軽い驚きがあった。強いて違いを見つけるとすれば、少々消極的な感じがするくらいだろうか。柚之原は人と喋る時まっすぐ相手を見るが、命さんは俯いて視線を逸らす。本当に、ただそれくらいの違いだ。顔立ちも、体格も、色の白さも、瞳の魅力も、2人はまさに生き写しだった。
 柚之原と命さんが2人横に並んだ瞬間、俺はお嬢様が命さんを呼び寄せた理由が分かった。
「命さん、何か格闘技をやっていたりしませんか?」
 という俺の質問に答えたのはお嬢様だった。
「代わりに出てもらえないか、という発想だろうけど、残念ながら答えはNOよ。むしろ柚之原の方が強いでしょうね。『変身能力』を使えば話は別でしょうけれど」
「変身能力?」
「ええ。命さんはゴリラとか犬とかハムスターとか、およそ動物なら何でも変身出来るのよ」
 俺は耳を疑いつつ、命さんを見た。
「本当ですか? それなら、柚之原の代わりに出て、ゴリラでも熊でも何でもいいから変身すれば、楽勝なんじゃ……」
 俺の発言はあっさりと却下される。
「変身みたいに分かりやすいHVDO能力をあれだけ大勢の前で使うのは危険だし、そもそも阿竹と御代は『柚之原知恵』を指定している。変身能力を使えば本人でない事が明らかになる」
「で、でもとりあえず急場は凌げるんじゃ……」
「選手のすり替えはペナルティの対象よ。処刑マッチを強制されればますます柚之原は窮地に追い込まれる。そもそも、逆らったと見なされて問答無用で崇拝者に報告される可能性もあるわね」
 これがいわゆる八方塞がりという奴か。となると、1つの疑問が浮かぶ。
「では、どういう理由で命さんを呼び出したのですか?」
 お嬢様に向けた俺の質問に、今度は柚之原が答える。というより、柚之原は俺ではなく命さんに向けて説明する。
「命。お嬢様と、性癖バトルをして」
「……え?」と、命さんは俯きつつ聞き返す。お嬢様もそこに加わる。
「負けてくれとは言わないわ。ただ、私と勝負をしてくれればいいの。あなたは『天然』の能力者だから、性癖バトルを行うにはHVDOに参加する必要がある」
「……どうやってですか?」と、命さん。
「『自分の性癖の方が勝っている』という事を、私たちHVDO能力者の前で宣言すればそれでいいの。その宣言で天然の能力者も性癖バトルに参加出来て、勝てば新しい能力が得られ、負ければ一定期間の性的不能を背負うという制限下に置かれる事になる」
「……」
 命さんは考えている。それもそうだろう。天然の能力者は、わざわざHVDOに参加せずともその能力を使う事が出来る。わざわざリスクを負ってまでやる意味は薄い。それに、参加した途端にお嬢様とのバトルが待っている。となると、答えは必然的だ。
「あの……」
 しばらくの沈黙の後、命さんが乾いた唇を開いた。お嬢様も柚之原も、じっと次の言葉を待つ。
「瑞樹さんの身体は確かに美しいし、その身体を人前で晒す『露出』という性癖はすばらしいと思います」
 やはり命さんに、戦う意思は……。
「だけど、獣に犯される瑞樹さんはもっと最高です」
 5秒。俺は俺の耳を疑った。そして悟る。
 本物の変態は、格が違う。
 この一見内向的で、主張を良しとしない人間の内に秘められた小宇宙を垣間見て、俺は改めてそう思った。俺は変態になれそうにない。変態になるには、俺はあまりにも「普通」すぎる。
「良いわね。では、勝負しましょう」
 お嬢様の宣言の後、たったの2秒で決着がついた。露出の能力を発動し、お嬢様が全裸を晒し、それとほぼ同時に2人の人間が鼻血を噴いた。1人は命さん。そしてもう1人は俺だ。
 どうして人間の脳にUSB端子が無いのかと、薄れ行く景色の中で俺は嘆いた。
 あまりの衝撃に、気絶してしまっていたらしい。目が覚めると、いろいろな事が終わっていた。
 お嬢様は新しい能力を得て、柚之原命さんの生理が止まり、柚之原はというとトレーニングルームに入っていた。闘技場でその日の試合は既に始まっているらしく、お嬢様は1人で見に行った。
 五十妻を助けるには、という言い方をしたくないので、春木虎を倒すには、と言い換える。それにはまず兎にも角にも能力が必要だという結論に、お嬢様は至ったようだ。闘技場のコインはオッズを見て分かるように割に合わない。そもそも元手がたったの10では、増えるチャンスすらない。
 そこで、柚之原の妹である命さんを呼び出したというのがどうやら正しい順番らしい。
 しかしこれでまた一歩、お嬢様が手の届かない所にいってしまった事になる。だが、初めてお嬢様の裸を見る事が出来たその日が俺にとって人生最良の日である事はどうやら間違いなかった。


 柚之原命さんはお嬢様自身が招いた客だったが、もう1人、招かれざる客も9日間の間に三枝邸を訪れていた。
 自称腐女子のピーピングトム。通称トム。HVDOの幹部の1人で、柚之原が裏切る前は直属の上司だったその人だ。
 俺は直接会った訳ではなく、これはお嬢様から聞いた話で、しかもお嬢様自身も直接会った訳ではなく、いきなり声だけが聞こえて会話をしたそうなので、俺には話の要点しか分からない。しかしその日付は11日。確かに1がつく日だったので、柚之原の証言とは一致する。
 その用件とはずばり、柚之原の裏切りについてだった。
 千里眼という能力の性質上、すぐに分かる事だとは思っていたが、そこは流石に幹部、情報は早かった。考えてみれば、闘技場の支配人2人がわざわざ崇拝者に報告しなくとも、トムの方から崇拝者に報告されたらそれで一巻の終わりだ。
 しかしその心配は杞憂に終わった。トムがお嬢様と接触した時点で、阿竹、御代の方から既に口止めがかかっていたようで、また、柚之原がどこまで善戦出来るかにも、トムは多大なる興味があるらしい。
 会ってもいないし喋ってもいないのにこんな事を判断するのはやや早計かもしれないが、おそらくトムという人物はかなり最悪に近い性格の持ち主だと思われる。その出歯亀根性も去る事ながら、自分が楽しむ為なら組織をないがしろにするいい加減さ。……まあ、組織を優先されたらこっちが困るので、その点に関して今回はトムの性格が悪くて助かった。
 とにかくこれで、柚之原が勝ちさえすれば全く問題はなくなった。……と思いたいのだが、根本的な解決はまだまだ先だ。最終的には崇拝者を倒さなければ、柚之原の処女はいつまでも危ない。しかし今、その事について悩んでいる余裕はない。というか、お嬢様ならば必ずその目的を達するだろうという確固たる自身が俺にはある。
 それと、これはわざわざ思い返す必要もないというか、さして重要な事でもないのだが、この9日間で、俺はお嬢様の全裸の他にも、柚之原の下着を3回と、お嬢様の下着を2回と、学校で同級生の下着を10回ほど目撃しているという事実は、明らかにしておかなくてはならない。その1つ1つは、例えばトレーニングルームに柚之原の様子を見に行ったらちょうど着替え中だったり、お嬢様の護衛中に突然の雨が降り、傘を差し出す時に至近距離で透けブラを目撃してしまったり、学校に至っては曲がり角でぶつかってパンチラを拝んだ上、後ろに倒れた拍子に、女子生徒の胸に触れてしまったりだとか。矢吹健太朗でもここまでしねーぞというレベルの、あえて古い言い方をすれば「むふふ」な体験に俺は烈火のごとく見舞われている。
 と、これが俺の目の回る日々、その主な原因だ。
 どこからか飛んできたトマトでぐちゃぐちゃになりながらも、俺は健気に自己擁護を続けよう。これらは全て、全くの事故なのだ。ハプニング。もののはずみ。決してどれも俺が企んだ訳ではない。サイコロの件からも分かるように、最近の俺は、やけに「ツイて」いるのだ。
 またどこからか飛んできたタマゴにまみれながらも俺にはまだ言わなければならない事がある。
 お嬢様の裸を2度目に目撃したのは、9日目、柚之原がリングにあがる前日の事だった。
 お嬢様は春木虎にいよいよ戦いを挑んだ。用意周到な準備の後、春木虎を騙し、能力を自分対象に発動させ、そこを命さんを倒して得たカウンター能力で迎え撃ち、高レベル能力者が相手でも勝ち得る状態を作り上げた。
 俺はお嬢様の露出特別ステージを泣きながら組み上げつつ、それでも、「戦う」という事の意味を柚之原に伝えたいお嬢様の意思を尊重し、最大限の手伝いをした。警察の押さえ込みと、ネットでの工作。三枝家の権力をフルに活用しつつ、久々に(三枝家の)執事らしい働きをした。
 その中には、アナル拡張の経験を生かし、お嬢様の尻の穴にうずらの卵を1個1個詰めていくという作業も含まれていたと言ったら、今度はいよいよかっちかちの石を投げられるだろうが、それだけは死んでしまうので勘弁してもらいたい。ちなみにお嬢様のアナルは神だった。
 この9日間、いや、もっと前から、全ては俺の幸運を中心に回っていた。ステージ上で、お嬢様が木下幼女くりにじゃんけんで負けたのも、俺がお嬢様の裸を見たかったからのような気がしてならない。挙句の果てにはお嬢様の公開オナニーショーまで見てしまい、人生最良の日はこの日に更新された。
 俺は確信する。
 俺の「幸運」は余りにも不自然過ぎる。

       

表紙
Tweet

Neetsha