Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 お嬢様が更なる高みへと到達し、木下くりが元の身体に戻り、五十妻が女性恐怖症を克服したその日の夜、柚之原は運命の試合当日を迎えた。
 前日、闘技場側から伝えられた柚之原の対戦相手は、見た目には40越えの、体格も柚之原と同等か、むしろ痩せ気味のおっさんだった。これまでの対戦成績は0勝8敗。「冴えないおっさんが鍛えられた美しい女性に逆レイプされる所が見たい」という特定の需要を満たす為だけに存在するような人間だ、という俺の第一印象はあながち間違っていないはずだ。
 拍子抜け、と俺が口にするのは間違っているが、それに近い感情を柚之原自身が覚えたのはまず間違いない。
 確かに、柚之原は格闘技素人で、現役の高校生で、三枝家に仕えるのと、反撃できない相手に拷問を施す事以外に取り柄のないかよわい女子ではある。このくらいのレベルの相手でないと賭けが成立せず試合が流れてしまう可能性は高い。しかしこの9日間、柚之原は寝る間を惜しんで特訓してきたし、お嬢様も決死の野外露出ストリップショーを行う事により、柚之原に闘志を伝えた。つまり万全の体勢だった訳だ。拍子抜け、と言いたくなる気持ちも分かってもらえるはずだ。
 しかしお嬢様だけは気を抜かなかった。
「これは、何かあるわね」
 そのたった一言で、抜けた拍子が一気に手元に戻ってきた。何かある。別の言い方をすれば、何もない訳がない。
「この人、実はもの凄く強いけれど実力を隠してレイプされる事を楽しんでいるドM男とか」
 HVDO的には実に正しい解釈だ。確かにおっさんにはMが多い。俺の個人的見解だが。
「あるいは試合中にわざと柚之原にこの人を傷つけさせて、ペナルティを科して処刑マッチに持っていくつもりなのかも」
 それも大いにありうる。処刑マッチなら賭けが不成立でも試合は行われるので、次に来るのはおそらく闘技場内でも最強の敵だ。柚之原の負けをより惨めに演出するのにこれ以上の手はない。
「……どんな手を使ってくるのか、今の段階では分からないけれど、やはり警戒するにこした事はないわね」
 柚之原も俺も、大きく頷く。何せ失う物が失う物だ。「油断していた」では済まされない。
 実は強い説も、かませ犬説も、その段階では確かめようがなく、不安を取り除く術はなかった。
 しかし現実はもっと強引で、大胆で、想像していた何倍も卑怯だった。闘技場、そしてHVDOという存在はあくまでイリーガルの中にあり、公平さなど二の次であるという事に改めて気づかされたのは、俺と、一応仮面で顔を隠したお嬢様がセコンドに入り、スクリーンには既に確定されたオッズが表示され、そして柚之原がリングの上に立ってからの事だった。


「場内にお集まりの皆様にご案内があります」
 聞き覚えのある声。睨み合って身動きのとれない支配人2人に代わって、実務をこなす謎の男。わざとらしく丁寧なこの口調は間違いなく小橋だ。
「本日、対戦が予定されていました第一試合におきまして、試合開始直前に男性側選手のトラブルが発生した為、急遽選手の変更がされます」
 ざわつく場内。お嬢様と柚之原が顔を見合わせる。「賭けた金はどうなるんだー!?」と誰かが声をあげ、それに追従してブーイングが広がる。
「ご心配ありません! 今回の試合にベットしていただいたお金は全額払い戻し、なおかつ勝者側に賭けていた方には、現在表示されたオッズ通りの払い戻しをさせていただきます!」
 小橋の宣言の後、ゆっくりと歓声が盛り上がっていった。それもそうだ。勝ち分は保障され、例え負けたとしてもチャラ。実質無料で試合が見れ、女側である柚之原が戦う事自体は変わらない。おっさんのファンがどれくらいいたかは分からないが、柚之原の若さとルックスに、初出場ながら並々ならぬ劣情を抱いていた観客達は多いらしい。
 唖然としたままの柚之原とお嬢様と俺に構わず、天井の360度液晶モニターには、黒いシルエットが映し出された。そして鳴り響く警告音。けたたましいサイレンの音。照明による派手な演出の後、小橋をセコンドにつけて入場してきたのは覆面を被った1人の男だった。
 覆面男がこちらに、柚之原に向かって近づいてくる。もちろん顔は覆面によって見えないが、その体格には見覚えがあった。つい最近見たのだから間違えようがない。
 この闘技場に来て2日目、元特殊部隊の女を破った、例の経歴不明の男だ。あれから男は3日もおかずに試合に出て再び勝利を収め、つい2日前もたて続けに勝利していた。いずれも圧倒的な腕力で女子側を圧倒し、試合後のレイプでは必ず中出し。女子側の選手は全員、最初の選手と負けず劣らず、強力な経歴を持った女だったにも関わらず、この男に傷1つつけられなかった。
 男がリングの上に立ち、歓声を一身に浴びる。覆面の裏に隠した、例の凶悪な顔が俺には見えた。
 何が公平だ。何が制裁だ。
 心の中で毒づくと、再び小橋のアナウンスが響いた。見ればセコンドにいつつもマイクを持っている。
「訳あって彼の正体は明かせませんが、実力の程は女子側選手と拮抗していると当闘技場では判断しております。どうぞ、白熱した戦いをお楽しみください」
 わざとらしい煽り文句に、観客たちは賛同と賞賛の声をあげる。おそらく、ほとんどの常連は覆面男の中身が分かっているはずだ。未だ負け無し、新進気鋭の有望なファイター。ほぼ試合は見えた。後はいかに覆面男が、この若くて華奢で美しい女をいかに残酷に陵辱するか。既に賭けの事や、正々堂々とした勝負などどうでも良く、そこだけに興味がいっている。場内の空気は、嫌な方向に一体となっている。
 反吐が出そうになりつつ、俺は何も言わなかった。
 なぜならお嬢様が何も言わなかったからだ。
 そしてお嬢様が何も言わなかった理由も、俺には分かる。
 柚之原が、まだ勝つ事を諦めていなかったからだ。
 柚之原は何を背負っているのだろうか。俺はここにきて想う。HVDOを裏切り、その報いを受ける事に誰よりもこだわっているのは、よく考えてみれば柚之原自身に他ならない。崇拝者との処女譲渡契約。その詳細は、やはりいつか明らかにしなければならないはずだ。


 三枝家地下25Fの闘技場。そこに全国津々浦々から集まった観客たちの視点は今、リング上に全て集中している。世界のどこかでインターネットを通じてこの試合を見る人物も同じはずで、既に賭けた金の安全が確定されている以上、目的は完全なるエロ。柚之原の肉体へと注がれている。
 俺もリング上に目を向ける。
 上はへそ出しタンクトップと、下はボクサーが履く大きめのトランクスといういでたちの柚之原は、普段見るメイド服姿に比べて、何というか非常に、邪な気持ちで見てしまう事は否定できない。柚之原が肌を多く露出している所自体は、アナルを拡張する時に散々見たが、上半身の意外なボリュームに関しては初見だったし、つき始めた筋肉も程よく身体全体を締まって見せた。脳内において理性と1番遠くの位置にある本能が「いやらしい」という判断を下すと、お嬢様は無言で俺の太腿をつねった。
 まずはレフェリーのボディチェック。その後レフェリーはリングから下りて待機し、3分置きのインターバルの直前に再び上がり、試合を中断させる。ここに関してはいつもと同じルールだが、もちろんこれも公平に行われる保証はどこにもない。
「柚之原」
 お嬢様が、リング上の柚之原にマウスピースを渡し、声をかける。
「勝ちなさい」
 三枝家の使用人にとって、お嬢様の命令は絶対だ。それが柚之原ならなおさら。
 柚之原はマウスピースを噛み、じっとお嬢様の目を見てから、頷く。
 覆面男はマウスピースを拒否したようだった。マウスピースの使用は義務ではないので、ルールの範疇だが、完全に舐められているようでいい気はしない。しかしほんの少しだけ有利になった。噛みつき攻撃は、一応ペナルティの対象なので、余程の事が無ければしてこないだろう。
 両者準備が整い、セコンドが確認のサインをレフェリーに送る。
 柚之原が構える。両拳を前後にずらし、同じように足もずらす。身体全体は横に開きつつ、視線は前。上体はわずかに後ろに逸れ、肩を丸めてボックスを作る。この堂に入った構えを見るだけでも、9日間の特訓の成果はあったと確信する。一方で男は、両手を腰のあたりで軽く保ち、足も通常の立ち方と何も変わらない。ラフな構え、とも見れるが、ただ単に手を抜いているというのがおそらく正解だろう。
 レフェリーが手をあげる。そして試合開始のゴングが鳴り、2人は同時に前に出た。
 軽快なステップで近づく柚之原と、まるで散歩するようにゆったりと歩いて近づく覆面男。そして柚之原の先制攻撃が入る。軽い右ジャブ。距離は完璧だったが、男は左手でそれを軽く弾く。続けて左の前蹴り。覆面男は身体を右に軽く反らし、これも避ける。柚之原の一連の動きは、素人の俺から見れば瞬く間だったが、覆面男からすれば遊びのような物だったらしい。柚之原の足は覆面男にいとも容易く掴まれ、柚之原は、足1本で立つ事になった。
「所詮は女だな」
 確かに、覆面男がそう言ったのが聞こえた。次の瞬間、柚之原の軸足も軽く蹴り、掴んだ方の足も同時に放って転ばせる。当然、柚之原の身体は否応なしに転がる。その余りにも無様な様子に、観客達は嘲笑の声をあげる。
 それでも柚之原は立ち上がる。改めて距離をとり、同じ構えをもう1度する。男は覆面の上からでも分かるくらいににやつきながら、無防備なまま柚之原に再び近づいていく。
 間合いに入った瞬間、柚之原が仕掛けた。身を縮めて懐に入り、男の足を踏む。そして近づいた勢いを利用して、もう片方の足で膝蹴りを繰り出す。
 不意を突けたのか、柚之原の懇親の一撃は覆面男のわき腹に命中した。これでダメージがないはずがない。というのは、俺の希望的観測だった。
 まるで平気。というよりむしろわざと喰らってやったと言わんばかりの覆面男は、再び柚之原の足を掴み、今度は掴んだ足を持ち上げた。柚之原はバランスを崩しながら持ち上げられ、やがてリングの上に叩きつけられた。
 試合開始わずか10秒ほどの間に、2度も撃墜された柚之原に、勝算を見いだす事は難しい。
 柚之原は何とか立ち上がったが、今度は起き上がり様に容赦なく覆面男の蹴りが入り、柚之原の身体は吹っ飛ばされる。
 大人と子供、いや、これではハルクと赤ん坊の戦いだ。男はまるで柚之原の努力をあざ笑うように、わざと決め手にならない追撃を加える。股打ち、頬へのビンタ、腹部への、内臓が破裂しない程度に抑えられたブロー。骨を狙えば折れるし、頭部を狙えば意識を失う。それで試合が決まる事は明らかだったが、男はあえてそうしなかった。
 男は柚之原の肉体を破壊するだけではなく、精神を削りにきていた。どんなに屈辱的な攻撃を受け、痣だらけになっても立ち上がる柚之原が、どこまで耐えられるか試しているようだった。
 気づくと2分間も、その絶望的な状況が続いていた。目の前で起こっている事が、「想定された最悪」と酷似し過ぎていて、どうしていいのか分からなかった。ただただ柚之原が不当な暴力に晒されているのを、放心状態で見るしかなかった。
 柚之原の勢いをなくしたパンチが覆面男に捉えられ、腕に引っ張られて肉体も捕獲された。覆面男は柚之原の背後に周り、首を捉える。チョークスリーパー。柚之原から完全に対抗手段を奪った覆面男は、そのまま柚之原の身体を引っ張り、何故かセコンドである俺とお嬢様の近くまでやってきた。
 とっさに俺は、お嬢様の前に立ち。身代わりになる形をとる。
「お前ら何者だ?」
 と、覆面男の質問。こちらが聞きたいくらいだ。俺もお嬢様も沈黙で答える。
「質問が分かりにくかったか。支配人から、この女の性器には絶対に挿入するなと命令されていてな。お前らがそう頼んだんだろ?」
 どうやら、覆面男は何か勘違いをしているようだ。HVDOの事情は知らないようだし、正体はただの鬼畜レイパーか。現状、崇拝者の為にある柚之原の処女は、例え試合とはいえ散らす訳にはいかないという説明が、覆面男にはなされていないようだった。
「なあ、答えろよ」
 俺はちらりと後ろに視線を送る。お嬢様は毅然とした態度で、堅い沈黙を守っている。その様子に、覆面男は苛ついたらしく吐き捨てるように言う。
「……へっ、まあいい。それなら、中出し出来ない分、試合中に遊ばせてもらうだけだ」
 覆面男はほんの一瞬だけ首の拘束を解き、空いた手で柚之原のタンクトップを剥がした。柚之原の、上半身唯一の着衣は上にめくれ、あっという間に乳房が露出する。
 次の瞬間、巨大な風船が割れるような破裂音が聞こえた。会場中の客が一斉に声をあげたのだと気づくのに少しの時間がかった。俺は思わず耳を抑えたが、視線の方は柚之原の露わになった両胸から離れられなかった。悲鳴こそ何とか堪えたようだったが、柚之原の顔面はあっと言う間に赤く染まった。
 拘束を逃れ、再び覆面男に向き直った柚之原は、すぐにタンクトップを下げて胸を隠そうとした。だが、すぐに両腕とも覆面男に捕まれ、強制的に万歳させられ、2つの大きな脂肪が揺れた。しかし覆面男の両腕も使えないので、その瞬間は紛れもないチャンスだった。柚之原が蹴りを繰り出す。だが覆面男は冷静に片膝でそれを処理する。
 更に覆面男は、柚之原の身体を反対側に回し、わざと観客に見せつける形にした。柚之原の真っ白な膨らみも、桃色の乳首も、呆気なく晒されて今は観客全員の物になっている。その事実が俺は悲しく、しかしもっと悲しかったのは、それでも柚之原が羞恥するその姿を見て、起き上がりつつある愚息の存在だった。
「能力を使いなさい」
 背後から、声がかかった。間違いなく、お嬢様の声だ。俺は知らず知らずの内に流していた涙を拭い、後ろを振り向く。
「あなたのHVDO能力を、今すぐに使って柚之原を助けなさい」
 お嬢様の目は真剣だった。
 しかしお嬢様の口にしている言葉の意味が、俺にはまだ分からなかった。

       

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