Neetel Inside ニートノベル
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 明かりが戻り、余震も収まり、ようやく皆が試合の行方に注目した時、既に決着はついていた。リング上にはただ1人、柚之原だけが残されて、覆面男の姿はどこにもない。ざわつく会場。どうやら覆面男が消えた所をしっかりと目撃した者はほとんどいないか、あるいはいても信じられなかったのか。「逃げたのか?」「モニターの下敷きになっているんじゃ……?」観客達は口々に見当はずれの予想を述べるだけで、幸い柚之原に疑いの目が向けられる事はなかった。常識的に考えれば、あの巨体を一瞬で消す方法などあるはずがないし、仮にあったとしてもまともに立つ事すら出来ない今の柚之原が実行出来るはずがない。
「えー……異常事態ですが、これより10カウント以内にリングに戻ってこれない場合、試合中の逃亡とみなし、ペナルティを課し、この試合も男性側選手の敗北とさせていただきます」
 小橋がそう案内し、ゆっくりとゴングが響く。客席からはブーイングが鳴り止まなかったが、ゴングが止まる事もなかった。……8、9、10カウント。あっさりと柚之原の勝利が確定する。
「本日の第一試合は、女性側の勝利です。また、本日予定されておりました他の試合については、リングと備品の欠損により中止とさせていだきます」
 小橋の宣言と共に、医療班が駆けつけ、柚之原がリングを降りる。お嬢様は担架で運ばれる柚之原に何かを耳打ちし、その後頭を優しく撫でた。覆面男の容赦ない攻撃でも決して流さなかった涙を柚之原が流し、長い一日が終わった。


 翌日より、平穏な日々が戻ってきた。柚之原の怪我は打撲や捻挫など全治1週間ほどで、後遺症も残らないという。それを聞いた俺は心底ほっとしたが、柚之原としてはやはりあれだけ大勢の前で恥をかかされた事はどうにも許せない事らしく、覆面男はまだしばらくの間日の光を拝めそうにない。俺自身があの部屋の恐ろしさを経験しているだけに、同情の気持ちも無い訳ではないが、やはりお嬢様を傷つけようとした罪は非常に重い。
 柚之原は試合の翌日、お嬢様に3つの事を告白した。
 もうずっと前から、お嬢様が露出狂の変態である事には気づいており、行為のエスカレートにより、やがてくるであろう破滅を危惧していた事。
 崇拝者への処女譲渡契約は、元々持っていた拷問好きの性癖を成長させ、「お嬢様を守るHVDO能力」を手に入れる為にしたという事。
 そして、お嬢様の事を主従関係以上の対象として見ている事。柚之原自身の言葉を借りて言えば、「愛しています」という事。
「その言葉は、2人きりの時に聞きたかったわね」
 と、お嬢様が呟いたので、同席していた俺はこの上なく空気の読めない男だったと反省した。しかしHVDOに関する話に関しては、能力者なりたて(正確には気づきたて)の俺としても聞いておかなければならない話が多かった。
 まず、俺の能力は「ラッキースケベ」で間違いない。それも真正の変態だけがなれるという「天然の能力者」であり、その存在は希有だという。
 そして重要なのは、HVDO、というか崇拝者によって目覚めさせられた、逆の言い方をすれば「非天然」の能力者は、能力に目覚めた瞬間から「性癖バトル」への参加が強制されているが、天然の場合はHVDOの認識と、宣言が必要となる。命さんのしたアレだ。
 悩んだ結果、俺は宣言しなかった。
 心的姿勢として、誉められた物じゃないというのは分かっているし、腰抜け野郎と言われても返す言葉が見つからないが、申し訳ない事に、俺は未だに自分が変態であるという事を信じられていないのだ。
 ラッキースケベは好きだ。というか、単純に嬉しい。そもそもラッキースケベが嬉しくない奴などチベットの修行僧以外にはいない。それは分かる。
 しかし、例えばお嬢様の露出だとか、柚之原の拷問だとか、命さんの獣姦だとかとは、比べ物にならないというか、同じ土俵に立つ事すら許されないような階級の違いをどうしても感じてしまう。実際、俺はこのラッキースケベを具体的にどうやって運用していいか分からない。放っておいても勝手に嬉しい目に合うが、能動的に使おうとするならば、柚之原を助ける為にした時のように、お嬢様が条件をつけてくれなければ、発動すらしない。
 だから俺は、いっその事お嬢様の道具になる事に決めた。いやらしい意味ではなく、お嬢様にとって何か不都合な事が起きた時、俺に対価を支払い、事態を好転させる装置。その対価というのが結局いやらしい意味を帯びてくるのは不可抗力という奴だ。
 お嬢様も柚之原も、その方針には同意してくれた。俺が参戦を宣言し、お嬢様に能力を1つだけ譲るよりも、俺の能力を使って、闘技場で、例の賭けをした方が結果として得られる物は大きい。
 そして、お嬢様がした例の命令を俺は実行する事になった。10分間のおっぱいタイム。「衝動的に刺し殺してしまいそうなので」と柚之原は席を外し、深夜、お嬢様の部屋にて2人きりになった俺は、10分間おっぱいを揉み続けた。
 断っておくが、俺は1度断った。「目的は既に達せられたのですし、お嬢様がお嫌ならば、命令は実行しなくとも構わないのではないですか?」と。既に幸運は得ているのだから、無理してまでその代金を払わなくても、という考え方はやはり間違っていた。お嬢様は答える。「1度でも約束を破れば、あなたは私を心のどこかで信じなくなる」俺は慌てて否定しようとしたが、お嬢様は続ける。「それと同じで、私の命令が実行されなければ、私はあなたを信じなくなる」と、天まで上る心地の良い脅し文句を頂いた。
 ならば揉もう。世界が終わるその前に、俺はお嬢様の生おっぱいを揉んで死ねるのだ。
 勇壮なる決意と共に挑んだ行為は、俺に経験した事のない痛すぎる勃起と、宗教的とも言える救済の快感と、奇妙な感触の虚無感を残した。行為の最中、お嬢様はずっと目を瞑っていた。最初は、気を許している証拠だと自惚れていたが、5分ほど経過して鈍い俺でも気づいた。お嬢様は、頭の中で俺ではない誰かの事を考えていたのだ。
 察しはつく。お嬢様が「ご主人様」と呼ぶあの憎い男だと見て間違いない。俺の手の感触を感じながら、他の男の事を考えられる。
 こんなに虚しい事はない。
 残りの5分、俺は開き直って、自らの欲望に忠実になる事にした。遠慮がちに攻めていた乳首も、親の仇かという勢いでこねくり回し、寄せたり離したり、手の上に乗せて転がしたり、まさに命令通り、「俺の好きなように」弄んだ。
 ますます痛く、ますます嬉しく、ますます虚しくなるだけだった。


 闘技場は、1週間の休止の後、何事も無かったかのように再開された。阿竹と御代、2人の支配人に再び会いに行き、お嬢様は現在持っている3能力すべてをコインに変えた。そしてオッズの高い方に全額を賭け、「予定通りに」俺の能力を駆使し、勝ちまくった。柚之原の時ほど派手な事が起きなくても、本来の試合はそこそこに実力が拮抗した者同士の闘いの為、運の要素はさりげなく出現していた。
 怪しまれないように少し間をあけつつ大きく張り、時々少なく賭けた所で負けたりだとかの小細工も忘れず行い、極悪オッズにも関わらず、約1ヶ月間でお嬢様は当初の2倍のコイン。つまり6つ目の能力まで得る事となった。
 その課程で俺が得た物は、お嬢様の使用済みパンツ約80枚。ブラジャー約50枚。いつでも使える添い寝券10枚。ヌード写真500枚。性器鑑賞券合計1時間分。あとは小学生の時に使っていたリコーダーやら、飲みかけのペットボトルやら小物が大量といった所。ウルルンで全問正解してももらえない素晴らしい賞品の数々に、俺の所持している実質の資産価値はおそらくビルゲイツとタメを張るくらいにまで膨れ上がったが、お嬢様にとっては露出に関する新たな能力の方が重要らしかった。
 いくら慎重に、秘密裏にやっていたとはいえ、流石にここまでやれば「何かは分からないが何かをしている」という事がバレたようで、闘技場で初となるらしい「出入り禁止」を喰らった。
 そしていよいよ、奴が現れたのだ。


 ある日の事。
 三枝家に女の訪問者がやってきた。それ自体は何ら珍しい事ではないが、その女が会いに来たのは三枝家の人間ではなく、2人の使用人、つまり柚之原と俺だった。
 主ではなく使用人を訪ねてくる客自体がまず珍しいが、この組み合わせに会いたい人間というのは更に限られてくる。お嬢様もそれに気づかないはずがなく、性的臨戦態勢を整え、その女を出迎えた。
 門をくぐり、本宅までやってきた女は、20代後半くらいの巨乳眼鏡で、異様に表情の陰った根暗系だった。喋り出すとその印象はますます確定した。
「あ、あ、あの……突然ですいません……」
 心優しいメドゥーサかと思うほどに決して目を合わさず、床に向かって喋る様は、少しだけ命さんと被ったが、この女の場合は大人しいというよりただただ暗い。
 放っておくと話が進まないと判断したお嬢様はこう促す。
「HVDO関係の事だとは察しています。性癖バトルですか?」
「え、HVDO関係なのは間違いないんですけれども……バトルをしにきた訳ではないです……」
 と、女。
「そうですか」と、お嬢様は少し気の抜けた様子で、「ところで自己紹介は苦手ですか?」とちくっと質問をした。
 女は動揺し、慌てた様子で喋る。
「すすすすみません! わ、私はトムです。あの……ピーピング……」
 時間が止まる。おそらく3人の中で1番驚いたのは柚之原だったはずだ。
「……確かに、声は似ています」
 柚之原がお嬢様に報告し、お嬢様は少し考える。
「ピーピング・トムというと、千里眼のような能力の?」
「……はい」
「腐女子の?」
「……はい」
「HVDOの幹部の?」
「……はい」
「姿を見せない時はべらべらと好き勝手な事を喋って、ふざけまくるあのトム?」
「……はい」
 年齢差としてはむしろ逆だが、その姿は放課後呼び出されて怒られる生徒のようだった。
「あの……わ、私、極度の人見知りで、顔さえ見られていなければ大丈夫なんですけど……こうして面と向かって喋ると、ちょっと……」
 面と向かってないじゃないか、と言いたくなったが、黙っておいた。
「信じられないわね。証拠は見せられる?」
「……はい。その為に来ました」
 自称トムが1歩近づく。となると、俺も黙ってはいられない。油断させておいて、性癖バトルを仕掛けてくる作戦かもしれない。止めに入ろうとする俺を、お嬢様が制する。
「心配いらないわ。私は今、誰が相手でも負ける気がしない」
 お嬢様は、表面上いつも謙虚ではあるが、内心は相当の自信家だ。この言葉は歴代の発言の中でも最も自信に満ち溢れていた。これを疑う事は出来ない。それに、この女がトムであるという事も、油断させて不意打ちに来たという事も、余りにも「予想の範疇」過ぎる。それと3対1だ。
「……少し時間をいただいていいですか?」
 ええ、とお嬢様の承諾を得た自称トムは、椅子に座るお嬢様の背後に回り、手を肩に乗せる。
「……目を瞑ってください」
 お嬢様は指示されるがまま目を瞑る。
 その姿勢のまま、1時間ほどの時間が経過した。
 柚之原曰く、これはトムの能力の一部で、触れている相手に自分と同じ物を見せる能力らしい。トムはこれを使い、五十妻をからかったりしていたらしいが、お嬢様に何を見せているかは分からないらしい。
 やがて戻ってきたお嬢様は、不安げな俺と柚之原に向けて、こう仰った。
「崇拝者に会ってきたわ」
 トムのHVDO能力は、どこかを覗き見るのにも使えるが、相手が覗かれる事を知っていれば、つまり通信機のようにも使える訳だ。などと納得もしてみたが、肝心なのはその会っている相手だ。
「変な事はされませんでしたか!?」
 俺は堪えきれず聞いたが、少なくともお嬢様の肉体はずっと目の前にあった。愚問というやつだ。しかし処女譲渡契約の件もある。
「されてないけれど、変な事にはなってきたかもしれないわね」
 お嬢様はそう言って、楽しげに笑った。


 更にその数日後、トム以上の珍客が三枝邸を訪れ、俺は驚愕の事実を知る事になったのだが、この件に関しては然るべき時、然る人の口から直接本人に伝えてもらおうと思う。
 最後に、たった1つだけ言える事は、俺がいる限りお嬢様に敵はいないという事だ。

       

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Neetsha