Neetel Inside ニートノベル
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 朝、母親に起こされる。という一般的なイベントを、自分は今まで余りにも経験してこなさすぎて、今朝の事は並々ならぬ衝撃を自分に与え、やはり多少暴力的とはいえ、おしっこの味を良く知っている幼馴染に起こしてもらうという事は、無い姉ねだり(姉のいない者が姉のいる者をうらやましがるのに対し、姉のいる者は期待している事なんか無いと反論する一方、下心を抜きにしてもやはり年頃の女子が1つ屋根の下にいる生活の価値は計り知れないという論拠を元にした僻み)にも似た、月並みな表現ですが、失って気づく幸福であるのだろう、と再確認しました。
 かくして自分は目覚め、焼きたてのパンを口にねじ込まれて、紙パック牛乳を持たされて家を出たのですが、翠郷高校への道順は、くりちゃんが知っているからわざわざ調べる必要はないだろうと高を括っていた事が災いし、本来電車と徒歩で30分ほどの道のりを、乗り過ごしたり駅の出口を間違えたりで1時間を軽くオーバーし、完全に遅刻確定でした。
 しかしくりちゃんも酷い人です。母親がいたからといって、幼馴染を平気で見捨てて先に学校に行ってしまうとは、これはまた性的な罰則を与える必要性があるように思われ、新しく同学年となる方々にもくりちゃんの放尿ショーをお見せしてさしあげたいので、ロングランやむなし、と思われました。
 一時は望月先輩に捕らえられ、処女喪失の窮地に陥ったくりちゃんでしたが、そこを助ける形となった自分に対しては、あれ以来これっぽっちの感謝も見せず、また例の被害者面をしながらのうのうと暮らしています。望月先輩のおかげもあって、学校内での一定の地位は取り戻したようですが、この調子だとまた似たような事が起きる事は必定この上なく、また、そのような事態に陥っても今度こそ助け船を出さないぞ、という気構えも、自分は用意しているのです。
 望月先輩は、あれ以降会っていませんが、再び自殺を試みたという話も聞かず、三枝生徒会長が保護したか、あるいはハル先輩と会って、気を持ち直したのか、とにかく無事ではあるようなので、後は時間が彼女の心の傷を癒すか、ハル先輩に代わる新しい恋人を見つける事を心から祈っておきましょう。
 望月先輩の計略に巻き込まれた100人の生徒達も、操られていた時の記憶は無いようで、三枝生徒会長もといHVDOによるもみ消しもあってか、大きな事件には発展していませんし、その日起こった表向きのガス爆発事故との関連性も証明されていないので、HVDOの存在は未だ公にはならず、HVDO能力者同士の戦いも、自分の知らぬどこかでは行われているのではないでしょうか。
 熱々の鉄板の上に置かれた氷細工のような日常は、不思議と溶ける事はなく、今日も目の前に存在しました。自分はそれを、退屈にも思いましたが、しかしこれがあってこそ、「おもらし」という非日常が輝くのだなとも思い、愛しくもあったのです。


 なんだかんだあって(道中、近くの公園のトイレを偵察しておいたり、コンビニにきちんとパンツの替えがあるかを確認したり)1時間半の遅れで到着した学校は、既に授業が始まっているのか、当然今更登校する生徒も自分以外におらず、なんとも静かでした。
 あ、いや、そういえば、かすかに残った記憶によると、仮合併初日である今日は、全校オリエンテーションが体育館で行われるので、くれぐれも遅れたり欠席しないように、と全員出席が義務づけられていたのをたった今思い出しました。手遅れとはまさにこの事です。
 過ぎてしまった事と、満タンまで貯まってしまった膀胱は、もうどうしようもありません。とにかく出来る限り急いで体育館に向かうとしましょう。と、早足で校門に飛び込み、見慣れない校舎を眺めながら5、6メートル歩くと、
「おい、そこのお前!」
 呼び止められました。
「その制服、清陽高校の生徒だな? 初日から遅刻とは良い度胸じゃないか」
 野太い声に、ねちっとした口調。聞き覚えはないですが、言っている内容からして、これはおそらくですが、男性体育教師あたりではないでしょうか。遅刻してきた生徒を見張って叱る為に、校門近くで待機していた、と見るのが妥当でしょう。
 幸いまだ顔は見られてないと思われるので、このままダッシュで逃げるという選択もありですが、しかしこの校舎の構造をよく知らない自分が、しかも推定体育教師から逃げきる事は難しいように思えます。とはいえ朝からいきなり、しかも男の先生に怒られるのは精神衛生上よろしくなく、美人女教師にチェンジで、という注文もおそらく聞いてくれなさそうです。さて、どうしたものか、と迷っている間にも、背後の男教師は続けます。
「おっと、逃げようとしたって無駄だぞ。体育館内で既に出席はとってあるからな、お前が誰だかはすぐに分かる。今日のオリエンテーションは必ず全員出席と通達があったはずだ。覚悟はできてるんだろうな?」
 ああ、もう面倒くせえや、という投げやりな気分になり、自分は思い切って後ろを振り向きました。たかだか内申点の1つや2つ下がった所で、どうってことはありません。どうせ自分はハーレムを築くのです。
 しかし目の前にあったのは、成績がどうとか怒られるのが嫌だとか、そういったレベルを遥かに越えた、超常現象、言い換えれば、HVDO現象でした。
 色黒で、がっしりした体つきの、予想通り想像通りのいかにもな体育教師。人の事をいえた義理ではありませんが、顔面の造形も粗く、神様は適当に鼻くそほじりながらこの人を作ったのだろうな、と思わしき、一言で表せば「雑」な人物。
 そんなどうでもいい男の股間には、いわゆる「いちもつ」がだらりとぶら下がり、そして極自然に、一糸纏わぬ姿で自分の前に立っていました。


 勃ってはいませんでした。が、もちろんそういう問題ではありません。
 一瞬、自分は生命の危機を感じ、その危機感が正確には尻の穴に対する物だと認識し、にわかに戦慄はより酷いものとなりましたが、しかし待てよ、この男教師はもしかすると、HVDO能力者である可能性が高く、ならば朝っぱらから全裸なのは納得がいく。となると、必然的にこれから起こるであろう性癖バトルに備えなければ、と思考は高速回転し、自分は周囲に美少女の姿を求めました。
「何をきょろきょろしてる。お前だお前」
 男は相変わらず、高圧的な口調で自分を見上げています。背丈こそ自分に若干の利がありますが、この筋肉の付き方からして、物理的には勝てそうもありません。いや、そもそもそんな低次元の勝負を仕掛けてくるはずもありませんが。
「HVDO能力者の方と見てもよろしいですか?」
 自分は確認の意で尋ねると、男教師はきょとんとした顔で「あ? 何だそれは?」と聞き返してきました。
 あれ?
 自分は投げかけられた疑問符をそのまま返し、男教師はますます首を傾げ、疑問符ラリーが始まりました。
「えっと、HVDOをご存じないんですか?」
「聞いた事もない。なんだそれは?」
 ははぁ、これはハル先輩のパターンだな、と自分は読み、
「最近何らかの超能力者と接触した覚えはありますか?」
「超能力者だと? そんなものがいるはずないだろうが」
 自分はなんとも言えない、くしゃっとした表情になり、
「では、基礎的な質問で申し訳ないのですが、どうして全裸なんですか?」
「当たり前だろう。全裸はこの学校の『校則』だぞ。お前は馬鹿か?」
 と、もっとも屈辱的な、絶対こっちが正しいのに馬鹿にされるという、綺麗にラッピングされた「負けた気分」を進呈する質問が飛び出してきたので、その股間でぶらぶらしてるフリーターを蹴っとばしたろかい、とよほど思いました。
「……では、最後の質問です。全裸が校則だと言うのならば、どうして自分は服を着ていていいのですか? 先生は遅刻の事に対して怒っているだけで、服を着ている事に対しては怒っていませんよね?」
 それは、今手にいれたばかりのおかしな論理を逆手にとった、言わば理力の一撃でした。男教師は、口をぽかんと開けて、これこそ馬鹿みたいな表情になり、首を俯くように傾げて、「うーむ」と唸り始めました。
 なんだ、この人はただの、純粋な意味での「変態」か。白昼堂々学校内で全裸になって、禁断の興奮を得るタイプの、逮捕直前の犯罪者か。と、自分は大いに納得し、男教師が困っている隙に、そそくさとその場を後にしました。
 そして体育館へと直で移動し、綺麗に並んだ生徒の群れを見て、考えを改めさせられました。
 粗チン男教師の言っていた事はどうやら正しい。全裸は校則、でしたか、この光景は、まさしくそうでなくては実現しえない状況でした。

       

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