Neetel Inside ニートノベル
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 翠郷高校は、有名大学への進学校であると同時に、スポーツにも手を抜かない文武両道を推奨する立派な校風を誇り、体育館は一般的な学校の倍ほどもあり、また、それに伴って設備も充実し、ステージは劇団四季がライオンキングを演じられるほどに広く、全体的に室内でありながらも窮屈さを感じさせないデザインでした。
 そこに並ぶ、翠郷高校と清陽高校を足した、全校生徒約500人強は、皆が、「生まれたのでここまで来ました」のフルモンティスタイルで、各々割と自由な形で座りながら、静粛にステージの上に目を向けていました。ステージには背後に大型モニターが設置されており、音響も整っているので最後尾でも問題なく話を聞けるようです。
 望月先輩とのバトルの際、自分は100人あまりの全裸女子の大群を相手に戦いましたが、これはいわばその5倍の規模であり、誰得とも表現すべき全裸男子も半分混ざっている訳で、その騒然たる光景たるや筆舌に尽くし難く、日常的な静かさがまた異常でした。
 1000個の乳首に500個のアナル。250個の男性器に250個の女性器。こう表現すると、何やら猥褻めいた事が今にもおっぱじまってしまいそうですが、全裸であるという事、それ以外を除いて、この空間はあくまでも「正常」であり、ただ遅刻してきただけの自分のほうが、むしろ異常極まる、常識のない人種のように錯覚されました。
 自分に気づき、担任の男性教師(全裸)が近寄ってきました。人間、見たくないものは見ないように出来ているらしく、反射的に目を背けましたが、その先には教頭(全裸)の姿もあり、せめて女子を視界に収めつつ話がしたい、と次に目についたのは体重100kgは軽くオーバーの通称ピザ子さん(全裸)でした。
 自分はいよいよ諦め、担任に向き直ります。
「五十妻君、遅刻はだめだよ」
 死ぬほど普通の事を言うので、全裸の癖に、とは思いつつも、軽く顎だけで謝罪します。
「とりあえず、最後尾に並んでくださいね。あとこれプリントですどうぞ」
 やはり全裸の事には触れません。このタイミングでちんこタッチしたらどういうリアクションをとるのだろうか、と気になりましたが、不浄のものに触れるのはイスラム教徒でなくとも喜ばしくないので、やめておきました。
 おとなしく最後尾に座り、偶然隣になった女子が思いがけずにかわいかったので、観察もとい視姦オペレーションをすぐさま開始します。
 足を開く体育座りをしているので、前からのアングルで見ると大事な所が思いっきり見えそうで、少し寒いのか、乳首もやや上向きに立っている全裸、とはいえ、靴下と靴、それから制服のリボンはきちんと着用しています。そっちの方がエロい、という意見にはすこぶる同意ですが、その漂うフェチズムは、背景にいる人物の存在を同時に匂わせています。
 自分も馬鹿ではありません。この現象が、「あの人」の手によって引き起こされている事くらい、なんとなく察しがついていますし、全裸といえば、露出といえば、そしてこの高校の支配者といえば、そう、あの人しかあり得ないのです。


 自分は壇上に注目しました。遅刻している間に長い挨拶を終えたのであろう新校長(全裸)や、PTAの会長(全裸)や、なんか偉そうな人(全裸)がパイプ椅子に座って待機し、中心ではマイクを持った中年教師が、合併に関する各種問題について説明していました。彼らは皆全裸でありつつもネクタイを締め、ソックスは忘れない変態紳士達であり、その堂々とした立ち居振る舞いには感服さえ覚えましたが、改めて朝っぱらからくっそ汚い物がずらりと陳列された光景を眺めると、いい加減にしてくれ、としか言えませんでした。
 間もなくして配られたプリントを追いかける説明は最後まで終わり、中年教師(全裸)が司会の教師(全裸)にマイクを渡し、ステージから降りました。
 そして入れ替わりに壇上に上がったのは、やはり、予想通りの人物でした。
 三枝生徒会長。
 実質的に翠郷高校の権力を握り、おそらく校内でなら人を殺しても許されるであろうという噂も聞きましたが、あながちそれも嘘ではないようで、三枝生徒会長の姿が見えた途端、今まで俯きながら座っていた元翠郷高校の生徒たちが、何の号令もなしに一斉に立ち上がりました。それは今にも敬礼しそうな程に一糸乱れぬ動きで、事情を知らない元清陽高校の生徒たちも、思わずつられて立ち上がりました。
 万雷の拍手で迎えられた三枝生徒会長は、ステージの中心までゆっくりと歩き、教壇の前に立ちました。その姿は、驚くべき事に、しっかりと制服を身に纏っていたのです。
 服を着ていた事が驚愕に値するのは、全世界を探してもこの人くらいです。
 恥を承知で言えば、自分はてっきり三枝生徒会長が、自分自身の全裸をこれみよがしに見せつける為に、この学校全体を対象に何らかのHVDO能力を発動し、この馬鹿げた状況を作り上げたのだと思いこんでいました。よって、生徒会長として壇上にあがるとすれば、それはもちろん全裸であり、公開オナニーの1発や2発、お得意のうずらの卵もぽぽぽんとひり出してくれるものかと密かに期待していたのですが、繰り返し言います。三枝生徒会長は服を着ていたのです。
 これまで密かにしていた自分の戦闘の算段は、この時点でご破算となりました。周囲の綺麗どころの全裸が目に入り、勃起しそうになったら男の股間を凝視して萎えを維持、その後、片っ端からおもらしさせて伝説のおしっこTSUNAMIを起こし、一気に攻める。といった孔明も笑顔で親指を立てる良策が、灰燼と帰したのです。
 三枝生徒会長(着衣)の隣には、自分の天敵、柚之原知恵様が相変わらず氷を液体窒素にぶち込んだような表情で同行しており、更にその後ろには、見た事のないイケメンがいました。どちらも服を着ており、そういう意味でも別の生徒とは一線を画していました。
 自分もそれなりの戦闘経験を積み、これまで幾度となくHVDO能力を因果とする不可思議な現象に立ち向かい、攻略してきましたから、三枝生徒会長が服を着ていた事こそ意外過ぎて予想を外しましたが、今度の予想には自信があります。
 全裸に違和感を持たない人間と、全裸に違和感を持ち、服を着ていても許される人間。
 その違いは、ずばりHVDO能力者であるか否かです。三枝生徒会長の第三能力は、「絶頂に達した時、周囲にいるHVDO能力者以外の人物の記憶と記録を吹き飛ばす能力」これはその変化形と見てまず間違いないでしょう。
 この全裸化現象は、HVDO能力者以外を対象に起こっている。


 何故三枝生徒会長は、この能力を使用しているのか?
 これは一見奇妙で無意味な問いかけのようにも見えますが、順を追って整理していけば、この疑問の噴出にも納得してくれるはずです。まず、この状況(登校したら生徒が全員全裸だった)をごくごく普通に解釈すると、三枝生徒会長は、自分を倒し、新しい能力を得る為にこの能力を使い、攻撃を仕掛けてきた、という所ですが、ここに状況の要素が加わってきます。
 三枝生徒会長は、HVDOの「幹部」です。そしてこの幹部という概念には、2通りの立場がある事に気づきます。
 1つは、HVDOに所属しつつも、あくまでも個人で動き、他の一般的なHVDO能力者同様に、世界を自分の性癖の意のままにする「世界改変態」を狙う立場。
 もう1つは、HVDOという機関内で役割を与えられ、また、その役割を全うしなければならない何らかの事情を背負い、「世界改変態」は度外視にして、任務を全うする立場。
 望月先輩は、どちらかというと後者のようでした。彼女は世界全体をアマゾネスにする野望を持っていた訳ではなく、ただ「受け継いだ物を次に伝える為に」HVDO幹部になり、実働部隊として働いていました。最後には崇拝者を裏切る形になりましたが、幹部に任命された当初は、そういった野望はなかったはずです。
 こうなってくると気になるのは、HVDO幹部となる為の「条件」です。等々力氏のような無能がなれないのは当然のことですが、果たしてどのような条件が整えば、幹部という事になるのか。
 様々な可能性が考えられますが、前提条件として、「HVDO」と「幹部」の関係は必ずwin-winでなくてはならないはずです。何らかの秘密を握られて脅されたり、あるいは圧倒的な力によってねじ伏せられて従っている場合も考えられなくはないですが、こと三枝生徒会長においては、例えば恥ずかしい写真や映像を入手し、それを脅迫材料にしようとしても、それをばら撒く事はただただ彼女自身が得をするだけですし、三枝家という世界でも有数の資本を力で圧倒するというのもやはり不自然です。よって、三枝生徒会長はHVDOより何らかの恩恵を受け、その代わりにHVDOから何らかの仕事を受けている。そしてその恩恵は、場合によっては世界改変態に勝るほどのものであり、そしてそれを与えるのに十分なほどの仕事を、三枝生徒会長はこれから、あるいは進行形で行っている。
 三枝生徒会長の第一声を聞いて、これら考察のパズルピースはぱちぱちと音をたてて正しくはまり、脳裏に浮かんだのは三枝生徒会長と崇拝者が相対し、握手をする絶望のワンシーンでした。
 全校生徒、教師達、そしてここにいるHVDO能力者全員に向け、三枝生徒会長はこう宣誓しました。
「これより、我が『変態少女開発高校』は、『変態少女開発機構』通称HVDOの支配下に入り、全校生徒及び各教職員は、HVDO能力者の命令に絶対服従とします」


 DLサイトで売っている同人CG集のような台詞をいとも容易く言ってのけた事はただただ恐ろしくありましたが、それ以上に、HVDOという存在をこうも公に、あけっぴろげに口にした事に自分は冷や汗を流さざるを得ず、言ってみればこれは、ウルトラマンが近所のコンビニに行くのに2、3歩でいけるからという理由でいちいち変身するような物であり、確かに、これだけの規模の生徒達を自由自在に操れるというのは爽快で、支配願望を究極的に満たす効果がありそうでしたが、HVDOと、それに伴うHVDO能力の存在を公開する事のリスクは、計り知れないように思いました。
 自分は焦りつつ周囲を見渡しましたが、しかし誰一人として「HVDO」という単語に違和感や疑問を覚える人間はいないらしく、すんなりと受け入れ、110番通報しようとする者も見あたりません。
「HVDO能力者の命令は、我が校の校則及び一般常識より優先されます。例えば、我が校では生徒及び教員は皆全裸が義務付けられていますが、HVDO能力者が着衣を命令した場合、服を着る事は強制です」
 カードはルールに勝つという奴でしょうか。「排泄をトイレで行わなければならない」という常識はつまり、自分の命令一つで「授業中に教壇で行う」という風に書き換える事も出来る訳です。あら、素晴らしい。
「全裸である事を除き、羞恥心や日本の法律はこの校則外のままです。つい先ほど、突然女子生徒の胸を揉んで指導室に連行となった生徒もいましたので、お分かりかと思いますが」
 誰とは言わなくても分かってしまう所が悲しいですが、おかげで自分も早とちりをせずに済みました。ちょうど喉が渇いていた所だったので。
「ちなみに、この校則及びHVDOに関するすべての情報は、私のHVDO能力『影像』によって『保護』されています。つまり、これは世界改変態ではなく、あくまで能力の一部という事です」
 保護、という言葉が具体的に何を指すのかが分かりませんでしたが、三枝生徒会長の事ですから、万が一にも世界がパニックになって、最終的にHVDO能力者達全員が不利益を被るような事はしないはずで、それはこの異常な状況においてこそ光る信頼でした。そもそも、この説明自体、明らかに自分に向けてなされているのですし、それはつまり、無駄な気を使って余計な事をするな、と釘を刺している事を意味しています。
「最後に、私は今日をもって元翠郷高校、現変体少女開発高校の生徒会長を辞職し、新しい役職につきます」
 さらりと置かれるように発せられた言葉。そこに続いたのは、更なる展開の火種でした。
「では、改めて自己紹介をしましょう。私、「HVDO変態トーナメント実行委員長」、三枝瑞樹です。よろしくお願いします」

       

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Neetsha