Neetel Inside ニートノベル
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 観戦ルームにいる自分が完全に状況を把握したのは、正確に言うと、痩男の能力が発動してから約1分後の事でした。自分が見ていた映像は、女子の膨張と共に次々と肉に包まれて暗転し、その度に別のカメラに切り替わりましたが、太る速度の方が遥かに上でした。各カメラの映像が途切れる寸前に見えたのは、津波のようになって押し寄せる肌色の弾力、そしてスピーカーからは3人分の悲鳴。痩男の性癖が「デブ」であるという事前情報が無ければ、おそらく何が起こっているのかさえ把握出来なかったでしょうし、把握した今でもその効果の大きさと派手さとあまりの乱暴さに戸惑っているのです。
 体育館内のカメラは全滅。しばらく映像が途切れましたが、すぐに体育館外へと視点は移動しました。こんな事もあろうかと、という台詞をむしろ誰かに言って欲しい程の準備の良さで、体育館全体を捉える望遠のカメラが、おそらく校舎の屋上あたりから仕掛けられており、更に近いアングルとして、体育館横のプールから見上げるカメラもありました。
 窓から覗くは肉、肉、肉。体育館いっぱいに敷き詰められた物は、既にかわいい女子がどうとか全裸だからどうだとかを遥かに超えて、既に一種のバイオ生物テロと化し、最早完全にエロとは無縁の存在と化しました。
 何せこれは、ただの超常現象です。HVDO能力という物は元よりそうっちゃそうなのですが、これほどまでにぶっ飛んだ、そしてここまで何もそそらない性癖バトルは聞いた事も見た事もなく、観客という立場を抜きにして、実際に自分がその場で戦っていたとしてもただただ唖然とするのみであろうと思いました。
 現状、さしあたっての問題は、2人のバトルの行方、というよりも生死の行方です。脂肪に押しつぶされて逝去するなら、2人とも本望だと思いますし、女子の肉体に包まれて亡くなる訳ですから、広義では男の夢である所の「腹上死」に分類出来なくもありません。等々力氏の一応知人である自分としてもここは笑顔で見送ってやるのが最大の優しさなのではないだろうか、と思った矢先、あの声が聞こえてきました。
「殺す気か!!」
 映像は相変わらず、異様な雰囲気となった体育館の外観を映していますが、音声の方は無事だったらしく、等々力氏の元気な声が伝わってきました。その明瞭さと大きさからして、おそらく性癖バトルが始まる前にピンマイクでもつけられていたのでしょう。これまた用意周到なことです。
「おいおい……どうするんだこれ。脱出すら出来ねえぞ……」
 等々力氏の状況が把握できないので何とも言えませんが、果たして脱出とかそういう問題なのでしょうか。窒息したり圧死したりしないのでしょうか。いや、別に心配という訳ではないのですが、これはちょっと不自然な現象です。
 そう思っていると、無機質な電子音が鳴りました。携帯の着信音。誰の物かと辺りを見渡すと、知恵様が灰色のそっけないガラケーを耳に当てていました。
「……はい。……はい。かしこまりました」
 口調からして、相手が三枝委員長である事は明白でした。それから更に二言三言「はい」と返事をしていましたから、絶対服従の相手しかありえません。
 電話を切り、前に出て、自分を決して視界に入れずに、そう人も多くない教室全体に告げる知恵様。
「両選手の無事が確認されたそうなので、このまま試合は続行されます。音響は無事でしたので、両選手のピンマイクをそのまま体育館内のスピーカーに繋ぎ、その音声をこちらにも回します」
 このまま続けるのか、という驚きで後半の説明にあまり集中出来ませんでしたが、すぐに状況は理解出来ました。
「ちっくしょう、どうなってやがる!」
 と、等々力氏が叫ぶと、その声は体育館内でも聞こえているらしく、
「す、すいません。ここまで肥大化したのは初めてで……わざとではないんです」
 と、痩男の返事は先ほどまでの達観したような落ち着きとは違い、明らかに焦っています。
「僕の第一能力は発動対象2つに両手で触れで『片方の性欲をもう片方の脂肪に変換する』という物なんです。これを使えば、あなたが高めた興奮度を逆に理由して、女子を太らせる事が出来ます。だからバトルが始まる前に後手を希望した訳でして……つまり、その」
 言い淀む痩男。何も遠慮する事などないとアドバイスしたい所です、そうつまり、
「俺の性欲が凄すぎるって事か!?」
 はい、その通りです。
 前から分かっていた事ですが、等々力氏の節操無さは人外の領域で、その異常な性欲を具体的に換算すると、ちょうど体育館一杯分という事実が判明しました。
「で、ですが安心してください。僕の能力で作った脂肪が何かを破壊する事はありませんので、能力の対象になった女子が死ぬ事もありませんし、僕達が窒息する心配もありません。手足を動かしてみてください。脂肪の中を泳げるはずです」
「うわっなんだこりゃ。やわらけえ!」
「でしょう。おっぱいも贅肉も同じですよ」
「それはちげえっつってんだろ」
 問題はない、というよりむしろちょっと楽しそうなくらいです。1人を除いて。
「い゛い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
 それは明らかな地鳴りで、思わず自分は次に来るであろう大きな揺れに備えて身構えたくらいでしたが、その正体は声でした。
「あ、゛あ゛た゛し゛ど゛う゛な゛っ゛て゛る゛の゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛」
 以前の声をきちんと確認した訳ではないので確固たる事は言えないのですが、あのかわいらしいお顔でこんな声だったのだとしたら、誰かしらが泣きながら土下座して喋るのを止めているはずで、声量的にも音圧的にもこれは肥大化、というより巨大化による影響の一部だと簡単に推察されました。
「や゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
 映像と合わせて見ると、体育館全体が喋っているようにも見え、物凄くシュールでした。
 おそらく彼女は、変わりきった自分の肉体に気づいたのでしょう。それはおっぱいが大きくなった時や、ちんこが生えた時のくりちゃんの心境に近いようにも思えますが、それらよりもいくらか絶望的です。なぜなら、おっぱいやちんこは言ってみれば武器のような物であり、くりちゃんの例で言えば、「内心ちょっと喜んでいたんじゃねえの」という疑いを持てる程度の余裕がありますが、ただの脂肪では全く話は別です。怪しいダイエットフードやぺらぺらのダイエット本が飛ぶように売れる昨今、肥満は女性にとっての大敵、死活問題です。
「安心してください。命に別状はありません。僕の能力でどれだけ太っても身体は動かるんです。あ……でも体育館を破壊する事は出来ないので、出られませんけど……いや……それにしても、素晴らしい!!!」
 と、突如歓喜に満ちた声をあげたのは痩男でした。
「これはちょっと規模が大きすぎるかと思いましたが、僕が好きなのは肉感や重量感だけではなく、むしろこういった女性の心理なのですよ! 元々美しかった女性の肉体が、脂肪という名の鎖を持って堕落していく様! これが『デブ』の醍醐味であり、そこには大きな恥がある! おっぱいのような表面的な魅力ではないのです。もっともっと深い、女性の美と人間の欲という反するテーマを持っているのです!」
 痩男の言葉は次第に熱を帯び、先ほどまでの大人しさとは打って変わって、自我の炸裂する強い言葉尻になってきました。
「分かるでしょう!? ジャパニーズエロスベーシックスタイル恥の文化! 醜く、だらしなくなると共に崩壊していく自尊心と、退廃の美! ただ太っているだけの女性が良いのではなく、太りつつもそれを恥じる女性が素晴らしいのです!!!」
 凄まじく熱いご高説でしたが、正直どうなんだろう、という気持ちで自分は聞いていました。いや、一理あるという所もあるにはあるんですが、流石は超能力に目覚める程の変態ともあって、そのフェチズムの複雑さは瞬時には理解し難く、とはいえ他人から見れば、おしっこを漏らしている女子に感じる劣情も同じように理解されないのかもしれない、と少しの不安も思い出しました。
「こ゛の゛人゛頭゛が゛お゛か゛し゛い゛よ゛お゛お゛お゛お゛」
 ごもっとも。
 低く唸るような嗚咽はしばらく続き、それが収まってきた頃、沈黙を守っていた等々力氏が口を開きました。
「……俺は馬鹿だからよ……そこまで深く考えた事はなかったぜ」
 おや、痩男の意見に感銘を受けたのかな、とそんな訳あるはずがなく、
「だからよ、シンプルにやる事にしたぜ」
 意味深な言葉を残し、等々力氏のマイクから音が消えました。おそらく手で覆っているのか、それとも外してポケットにしまったのか、とにかく戦況は変化を見せました。等々力氏がどういった意図でマイクを封印したのかはまだ不明ですが、何かある、と見て間違いはないはずです。
 1分ほど、痩男は一方的に話をしつつ、肉の海を楽しんでいるようでした。今あえて客観的な立場に立って見てみると、裸の女子に包まれつつ、好き勝手に暴れられる訳ですから、これはこれで確かにちょっとうらやましい物があるかもしれ……まあ明言は避けますが、とにかく痩男本人はすこぶる楽しそうでした。体育館の窓からはみ出る肉はぐにょぐにょと動き、女子はようやく泣くのをやめたようです。
「おい」
 突然、等々力氏の声が戻りました。
「認めてやるよ。あんたのデブにかける情熱と、俺の性欲の凄さは認めてやる」
 後者は元々ある程度自覚してない方が。
「だけどよ、結局お前はデブのどこの部位が1番好きなんだ? 俺は現実主義だからな、心理だとか文化だとかは分からねえ。教えてくれよ。どこが1番良いんだ?」
 怪しい、と思ったのですが、昂ぶったせいもあってか痩男は等々力氏の急変した振る舞い疑いを持たず、「なるほど、分かりました。教えてあげます」と承諾して、また泳ぎ始めました。それからしばらくして、
「ここです! ここの肉はが最も素晴らしい! さあ、こっちにきて全身で味わってみてください!」
 嬉しそうな痩男。自分は、この時点で、勝負の決着を見ました。
「ふーん。確かに、ここの肉は良いよなぁ……?」
 等々力氏の邪悪な声。
「ま、まさか……」
 痩男もようやく等々力氏の意図に気づきます。
「ここの肉は……いわゆる『おっぱい』だぜ……?」
 瞬間、「ボン!」という爆発音と共に映像が乱れ、元の体育館が戻ってきました。全裸で倒れる女子と、股間を抱えて蹲る痩男、そして拳を天に高く突き上げ、勝ち誇る等々力氏。
「お前さんの敗因は、女心を理解していなかった事だな。マイクを切っている間、俺は女子にこうアドバイスしたんだ。『身体が動くなら、あいつに向かってパイズリしてやれ。そうしたら、きっとあいつは興奮するだろうぜ』ってな。太っても女子は女子だぜ?」
 うぜえええええ。
「見てたか五十妻ぁ!? これが成長した俺の戦い方だぜ!」
 うっぜえええええええええ。

       

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