Neetel Inside ニートノベル
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 緊縛。
 という単語を聞いて、何を思い浮かべるかは人それぞれ自由ですが、くりちゃんがされていたのはTHE緊縛の象徴たる「あの縛り方」で、自分はあまりこっちの方面に詳しい方ではないのですが、人並みの性的好奇心を持っている者ならばおそらく1度や2度は目にした事もあるはずで、今更その見た目について説明する必要性もそこまで強くは感じないのですが、あまり生では見られない物ではありますし、せっかくだから精神で観察してみたいと思います。
 天井から垂れ下がったロープは腰あたりでまとまり、その一点にて全体重を支えているようです。上半身には六つに分かれた六角形と、その間を埋めるように四角形が四つあり、それはこの縛り方の名称の由来ともなったのであろう亀の甲羅をイメージさせる美しい幾何学性を備えています。股を前から通った縄はそのまま後ろに回って結び目を作り、後ろ手を拘束し、縛りの縛りたる所以、自由の剥奪という役割をきっちりと務めています。
「これは……いわゆる『亀甲縛り』というやつですか?」
 自分はくりちゃんの隣でにやにや顔の男に向けてそう尋ねました。男はこてこての関西弁丸出しで、目をぎょろぎょろとさせながら答えます。
「まあ、そうや。本当は菱縄上げ十字縛り言うんやけどな。お前さんみたいなトーシロに言うても意味分からへんやろ」
 果たしてこれは挑発なのか、それともただ単に普段からこういった口調なのかは分かりませんでしたが、別段自分は気にする事なく、むしろ逆に、ただその縛りの完成度と、見た目の美しさについて軽く褒めそやしてみると、男はいくらか上機嫌になったようでした。
「ところで、あなた自身も縛られているのは何故ですか?」
 男は上着の上から縄を纏い、腰のあたりの縄に親指をひっかけていました。
「あん? これはただのファッションや。普段からこの格好やで」
 と、両腕をぐるぐると回し、自由をアピールしたので、なるほどこの人も確かに、超能力に目覚めうるレベルの変態であるなと今更ながら確認しました。そういえば、先に行われた等々力氏の試合の時、この人は観戦ルームにいた事を思い出します。本来であれば、このような見るからに頭のおかしい人を易々と敷地内にいれるほど我が校の防犯は緩くない事を祈るばかりです。
「なるほど。ところで、くりちゃんを素材に指定し、教室というシチュエーションも指定したのであれば、あなたが後攻という事になりますよね? ならば、どうして既にくりちゃんは縛られているのですか?」
 この学校において新たに行われる性癖バトルは全て、三枝委員長が主催の変態トーナメントの管理下に置かれ、大会の実行を阻害する者には実行委員会からの罰が与えられるという説明を自分は聞いていましたし、わざわざ他者の性癖バトルの観戦にまで来るほどの男がそれを知らない訳もないので、自分の疑問はもっともな事であり、説明を受ける権利があるように思われました。
「確かに、わしは後攻やし、先攻のあんたを差し置いてHVDO能力を発動させる権利はあらへんよ。せやけど、能力を使わずに縛り上げたならどや?」
 台詞とも相まって、文字通りのどや顔を浮かべる緊縛男。
「これでもわしはプロの縄師や。不意さえ突ければ、暴れる女子の1人や2人、あっちゅう間に縛り上げる事くらい朝飯前やで」
 日本は広いな、と思いつつ、そういう時の暴れ牛のごときくりちゃんさえ押さえ込むそのスキルには単純に感心しました。が、まだ解決されていない疑問が2つ残っています。
「ところで、そのくりちゃんが自分の専用素材である事は知ってましたか?」
「ああ、知ってたで」悪びれる様子もない緊縛男。
「……それと、何故自分の同意もなく、勝手にあなたが後攻と決まっているのですか?」
 ひひひ、とただでさえ幅広な口を更に広げて笑う緊縛男。その様子は、勝利を確信しつつも敗者に対して憐憫しているようで、いつもの自分なら気に障っていた所だったのですが、今の自分は平気でした。
「そこにある紙を読んでみいや。気の毒すぎて、わしからはちょっとなぁ」
 男が指差したのは机の上に置いてあるB5サイズの紙でした。自分はそれを手にとり、黙読します。
『五十妻君へ 変態トーナメントのマッチング発表の際、校舎内にいず、連絡もとれなかった出場者には、大会実行委員からペナルティーが課せられます。今回は先攻後攻の決定権強制放棄と、対戦相手の希望により、専用素材の使用を認めました。本来であればここまで重い罰は科しませんが、何より、定時登校は生徒の義務です。変態トーナメント実行委員長兼あなたの元委員長 三枝瑞樹より』
 自分はそのメモを丁重に畳み、大切に内ポケットに入れました。そして緊縛男に向き直ると、自分でも気持ちの悪いくらいに爽やかな笑顔を見せて、言いました。
「では、やりましょうか」


 別に狙っていた訳ではないですし、この状況の不利さに気づいていないという訳でもありませんでしたが、自分のそんな余裕綽々の振る舞いは、緊縛男に警戒と同時に焦燥を植えつけてしまったようです。
「ほお、随分と余裕ぶってるやんか。何や勝算でもあるんかなぁ」
「……ちょっと、近くで見ても良いですか?」
 自分は断りをいれて、あらためてくりちゃんの姿を見ました。
 縛られ、つるし上げられたくりちゃんでしたが、まだ服は脱がされておらず、縄は制服の上からくりちゃんの身体を支配していました。「……ええで。まあ、見れば見るほど追い込まれるとは思うけどな」と言う緊縛男は、とりあえず間違ってはいませんでした。
 男女平等が叫ばれて久しい昨今、ここまで明確に上下関係をつけるプレイはなかなかないように思います。足枷が奴隷の象徴であるように、縄は性奴隷の象徴であり、そこには男の征服欲の全てが投影されていると言っても過言ではないでしょう。
 無論、男が縛られるプレイ、いわばM男プレイの愛好家を自分は否定するつもりはありませんが、しかしやはり、太くて荒々しい縄は女子の柔肌に食い込んだ時にこそその美しさを強調させ、拘束による自由の剥奪は、辱められた際の魅力を最大限に引き出します。
 当然ですが浮かない表情のくりちゃんに無言で別し、純粋な気持ちにおいて、ただただ気になったので、自分は緊縛男に尋ねてみました。
「緊縛において最も重要な事は何ですか?」
 緊縛男は一瞬面食らったような表情を見せましたが、また件の下衆笑いに戻り、自信たっぷりに答えます。
「相手を安心させる事やな」
 その拍子抜けな答えに、自分は思わず噴出しそうになりました。流石は関西人、ギャグのセンスも抜群でおまっしゃるなぁ……などとエセ関西弁で感想のひとつでも述べてやろうかと思い立った矢先、緊縛男のやけに真剣な表情に気づきました。
「緊縛っちゅーのは、究極に一方的な性行為や。縛られた相手は何も出来へん。普通の感覚持ってるタレ(女)はな、『縛る』言うたら嫌がるし、抵抗する。せやけど、1度完璧に縛られたら本当の本当に何も出来へんから、相手に全て任せる事になるんや。わし達プロの縄師は、相手を縛って、己が満足して『はい終わり』やないんや。縛られてから、全てを相手に任せて、縛られて良かったという安心感を与えるまでが『仕事』っちゅー訳や。そして縛られる事自体に快感を覚えさせたらこっちのもん。……まあ、あんさんがどう思うかは勝手やけどな」
 そもそも縄師って何やねんという事と、それを仕事にしてるんかいという突っ込みをぐっと押さえつけるように、純然たる感心という境地に自分は立ったのです。
 心からの拍手を送り、「素晴らしいですね」と率直な感想を一言。
 そして、
「しかしあなたは負けるのです」
 と告げると、緊縛男はここまでで1番大きな笑いを浮かべ、「やってみいや」と返しました。


 相手が希望する後手をとられ、くりちゃんは縛られて自由がきかず、こうして会話している間にも、先攻である自分の時間的猶予がなくなり、通常よりかなり不利な状況である事は自分も認識しています。それでもなお、自分は勝利宣言をせずにはいられなかったのです。
「くりちゃん」
 何の前触れもなしに話しかけると、今朝自分と決別し、罵倒を浴びせて逃げていったこの処女は、体を強張らせて更に深く俯きました。それでも、天井から吊るされている位置関係上、その表情は自分からよく見えました。
「何か自分に言いたい事はありますか?」
 さっき会った時よりもいくらかやつれたように見えるくりちゃんから謝罪の言葉は出ず、かといって、首を横に振りもせず、口を一文字に結んで視線は地面に落としていました。
「……自分から、くりちゃんに言いたい事が一つだけあります」
 くりちゃんは更に身体を強張らせていました。それはさながら次に飛んでくる罵倒に対して身構えているようでもあり、厳しい親からの叱責を嫌がる子供のようでもあり、やはりやめておこうか、とも一瞬自分は思いましたが、一応、言う事にしました。
「今朝の事は、言い過ぎました。許してください」
 自分の台詞を瞬時には理解出来なかったのか、ちょっとの間があってから、くりちゃんは顔をあげました。自分は謝罪の言葉を続けます。
「寝込みを襲うという行為は、褒められた物ではありませんが、くりちゃんなりに頑張って考えた結果だという事を自分は失念していました。正直言って馬鹿馬鹿しい方法ですし、前立腺によって相手を勃起させても性癖バトルでは勝利にならないとは思うのですが、それでも『協力しよう』という姿勢をくりちゃんがとってくれただけでも、自分は感謝しなくてはならなかったようです」
 くりちゃんは曖昧で複雑な表情を浮かべて、自分の事を見ていました。
「この通りです。許してください」
 と言って頭を下げましたが、そこには罵声の一言も飛んできませんでした。自分が発言について謝罪をしたという事が意外だったのか、それとも呆気にとられてしまったのか、いずれにせよ、いつものくりちゃんならここで「だから言ったじゃねえか! 死ね! カスが!」位の事は言ってのけるはずで、これはちょっと自分としても意外な反応でした。
「おいおい、お取り込み中の所悪いんやけどな、お前のターンも残り1分やで。親切心から教えてやるけど、わしの能力の一つにな、『性癖バトルに勝利した時、縛っていた女性を無条件にわしに惚れさせる』っちゅーのがあるんや。それに、その縛り方は素人ではちょっとやそっとじゃ解けへん。お前さんら恋人や何や知らんけど、わしにターン回したら終わりやで?」
 緊縛男の口調には、脅しではない真実味がありました。
 それでも自分の心には、絶対とも言える自信の塊が揺らぐ事なくそこにあり、くりちゃんは自分の期待に、きちんと答えてくれたのです。
 黄金は命題に劣る、発動。

 勃起。
 
 爆発。
 
 終了。

 股間を押さえて倒れこみ、何やら関西弁で汚い言葉を吐いてのた打ち回る緊縛男に、自分は声をかけます。
「『緊縛』された『くりちゃん』の『おもらし』を見て勃起しない訳がないでしょう」
 そして仏頂面を少しだけ崩し、個人的にはとびっきりのゲス顔で言ってやるのです。
「教室に入って、状況を把握した時、自分は笑いを堪えるのに必死でしたよ。何でこの人は自分の首を絞めてるのか。まあ……縛るのが好きみたいですし、あなたも本望だったでしょう?」
 圧倒的勝利に酔いしれつつ、自分はくりちゃんの緊縛おもらしの続きを眺めました。

       

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