Neetel Inside ニートノベル
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 コスプレ好きの黒人、略してコス人は、どうやら先攻としての10分間を逃げる事のみに費やしたようです。自分としても、その行為自体は、更なる追撃がもう無いという事を意味し、非常にありがたかったのですが、しかし問題なのは、こちらが攻撃に移れる時間になってもまだ、コス人の姿が見えないという事です。
 そもそも性癖バトルにおいて、「逃げる」という行為自体が敗北にあたり、ひいては大会運営に支障をきたす行為ではないか、という自分の指摘は、三枝委員長の天声たった一言によって却下されました。以下、アナウンスの原文そのまま。
「学校の敷地内から出ない限りは反則ではありません。また、今は性癖『おもらし』のターンですが、対戦相手『コスプレ』は『戦況を把握』しています。よって、戦闘状態は継続しています」
 戦況を把握している……つまりこれは、少なくとも学内のどこかにコス人はまだおり、そして自分とくりちゃんの姿を何らかの方法で認識しているという事を意味します。トムのような遠隔視能力か、あるいは音だけでも聞こえているのか、「戦況を把握」という言い回しは、どうとでも取れる分自分に有利でも不利でもなく、とにかくまずはコス人の姿を見つけなければ、自分は仕掛ける事すら出来ないという事実だけが重く肩にのしかかりました。
 くりちゃんを背後に置き、1階からざっと、授業中の教室や、空き教室をあたっていきましたが、とうとう最上階まできてもコス人の姿は見つかりません。あれだけ目立つ姿ですから、そうそう隠れられる場所など無いと思われるのですが、ただただ無為に時間は経過していったのです。
 やがて自分のターンである10分が経過した瞬間、恐れていた事態が起きました。
 最初にそれに気づいたのは自分でしたが、とはいえこれもほんの一瞬の出来事だったので、何が何だか分からなかったというのが正直な所で、つまり正確に言えば、認識したのは実際に効果が現れてからなのですが、先ほど開幕での一撃を考慮に入れても、それはやはり、「弾丸」だったようです。
「危ない!」
 と、声をあげる暇さえ当然ありません。
 気づいた時には再び撃たれており、そして能力も発動してしまったのです。目の眩むような光。しかし本当に目が眩んだのはその直後です。光に包まれたくりちゃんが元に戻ると、そこには既にミニスカポリスはおらず、代わりにピンクのナースがいました。
「なんじゃこりゃ!」
 撃たれた人の台詞としては100点なのかもしれませんが、ナース服のコスプレをした女子高生としては0点というかむしろ減点の台詞です。しかしその見た目のみについてはこの上なく厄介で、一瞬、対戦中である事を忘れてしまいそうでした。
 膝の見える短いスカートと、生足部分も若干残したストッキング。胸は控えめでありつつもなだらかに曲線を描き、短い袖からは細い腕が。そしてナース服の存在価値その物とも称すべき看護帽。服とお揃いのピンクのナースシューズ。衣服としてのシンプルさは、ナイチンゲールを彷彿とさせる「清廉さ」を前面に表現していますが、それを薄いピンクで色付けする事により、そこはかとなく漂い出すエロス。自分がこれを眩しいと感じるのも無理からぬ話と思われます。
 もちろん、この程度で敗北する自分ではありませんが、ダメージは確実に蓄積され、息子も一瞬だけ反応したかもしれません。いや、まあ、しました。しましたが、とはいえこちらがまだ一切何の反撃も出来ていないにも関わらず、一方的にやられてしまうというのは癪に触りますし、負けたら非常に大きな悔いが残ります。その一念によって性欲をねじ伏せ、自分は毅然とした態度でくりちゃんに尋ねます。
「あの、せめてナースキャップだけ外してもらえませんか?」
 これで少しはダメージも軽減出来るはず。くりちゃんもここは素直に指示に従ってくれました。が、それはただ状況の悪さを再度認識するだけでした。


「……と、取れない」
 まさか。と自分は戦慄します。
「すいません。服を脱いでもらえますか?」
「てめっ……」一瞬鉄拳が飛び出しかかっていましたが、寸での所で意味を汲んでくれたのか拳を収め、襟から首を引っこ抜こうしましたが、やはりこれも駄目でした。
 どうやらこの衣装は、完全にくりちゃんの身体と一体化しているようです。自分も試しにナースキャップを無理やり外そうともしてみましたが、「いででででででで殺すぞ!」と吼えられたので、それ以上はやめておきました。
 流石はコスプレの能力者。せっかく着ている衣装を脱がせる事など言語道断という事でしょうか。ならばこんな所で性癖バトルなどせずに、今すぐコスプレものAVの現場に急行してこの能力を遺憾なく発揮してきて欲しいくらいでしたが、その願いはおそらく届かないでしょう。
 他に考えられる手段として、衣服を脱がせずにハサミで切るというのも思いつきましたが、これはちょっと想像した段階でもうやばいのが分かりました。綺麗に、なおかつ一瞬で切り刻めればまだ良いのですが、その途中過程において「ぼろぼろのナース服を着たくりちゃん」と相対する事になると、自分は興奮せずにいられる自信がありません。それに、衣服の一部が肌と一体化している関係上、もしかするとハサミでくりちゃんの地肌を傷つけてしまう可能性もあり、ただ純粋な意味において危険です。もう1つの手段としては、例えば黒いペンキを大量に上からぶっかけてナース服としての威力を殺すというのも思いつきましたが、校内でそれだけのペンキを見つけるのも困難に思えましたし、それはそれでまたくりちゃんがキレそうですし、仮に一旦回避出来たとしても、また20分経過すれば次の弾丸が飛んできて、新しいコスプレに更新されてしまうのが関の山でしょう。
 よって、自分はくりちゃんに倣って発想の転換を図り、攻撃は最大の防御、の構えを取ることにしました。業界用語で言う所の、「本体を探し出して叩く」という本格的な能力バトルに興じてみようと決意したのです。
 では、その肝心の本体はどこにいるのか? 360度見渡しても当然姿は無く、もっと厄介なのは、先ほどの弾丸の軌道は全く分からなかったという事です。
 というよりも、不可能なのです。くりちゃんが2発目の弾丸によって撃たれた時、自分達は廊下の途中にいました。その軌道上の先は窓すらない壁で塞がれ、なおかつ行き止まりになっており、せいぜいあったのは消火器を入れる格納箱くらいのもので、もちろんこれはマイク・ハガーが入るようなサイズではありません。もしかすると、あのコス人の勃起ペニスですら入らないかもしれません。無論、行き止まりまでにある教室は全て調べましたが、見つける事は出来ませんでした。
 となると、どうやってコス人はくりちゃんを捕捉し、「狙撃」したのか?
 これこそが最大の謎にして、この勝負の鍵を握る重要なポイントです。戦闘経験、性的経験の両方から言わせてもらうと、これさえ分かれば勝利は堅いと言えます。何故なら、コス人が先手を取った時、まだ攻撃をする時間的余裕があったにも関わらず、それをせずに逃亡したという事は、能力を発動するのに何らかの条件があるか、あるいは反撃を喰らった時の脆さを自身がよく認識しているという事です。
 この変態トーナメントにおいて、我々HVDO能力者同士は、勝負の開始時に相手の能力を知っています。これが何を意味するのか。
 そう。コス人は、「コスプレおもらし」の破壊力を認識していたという事です。
 おそらく偶然だとは思われますが、緊縛やコスプレといった、「見た目」それ自体に価値観を見出すタイプの性癖は、そこに「おもらし」という行為が加わる事によって、破壊力が格段に増します。コス人はその辺を理解した上で、このスナイプ作戦をとっていると見るのが妥当です。よって、本体さえ見つければ御しやすいと考えるのは当然の事です。
 とはいえ、ピンチには違いありません。何せ自分は、本体が一体どこにいて、どのような方法で狙撃しているのかさっぱり分からないだけではなく、くりちゃんのナース姿を視姦するのに忙しく、また、やめる事も出来ないのです。


「なあ、勝負が続いているって事は、相手もどこかで見てるんだろ? だったら、今ここでおもらししても良いんじゃないの……?」
 くりちゃんの方からポジティブに漏らすと言い出すのは実に意外でしたが、このままコスプレ姿で校舎内をうろうろするのも嫌だと考えたのでしょう。おもらしをするのは嫌だけど、とっととこの茶番を終わらせたいという意思が、苦虫を噛む苦虫のような表情に良く表れています。
 理解しつつも、自分はくりちゃんの意見に明確な否定を返します。
「戦闘状態が続いているとはいえ、相手がどの程度くりちゃんの姿を認識しているかが分かりません。それに、漏らせば漏らすほど相手にも耐性がついてきてダメージが下がりますし、相手の反応が見えなければ手を変える事も出来ません。つまり、相手を見つけて近距離の一撃で仕留めるしか方法はないのです」
 見事な正論でしたが、むしろくりちゃんは納得していない様子でした。
「だったら何でさっきあたしに能力使ったんだよ……」
 現在、くりちゃんの尿貯蔵量は93%。即ち、1回の発動で決壊まで持っていけるのですが、自分はその危うさをあえてキープしています。理由は明白。今更説明の必要も無いとは思われるのですが、本人だけが分かっていないみたいなので、単刀直入に教えてあげます。
「その表情を引き出す為ですよ」
 前述の通り、この戦いは必ず一撃で決めなければならず、長期戦になればなるほどこちらが不利になります。やれる事はやっておき、我慢出来る事は我慢していただく。これしかないのです。
「……この変態が」
 久々に聞いた吐き捨てるような台詞に、自分は内心でほくそ笑みつつ肯定を返しました。
「さあ、コス人を探しましょう」
 この時点では、まだ自分は幾分気楽に考えていたのです。何せ希望がありました。先ほど見たあの変態は、とてもではありませんが隠れるのに適しているようには見えず、ここが米軍基地ならまだしも、ほとんどが全裸の日本人高校生しかいない学校という場所においては、いかにも目立ちすぎる。むしろ重要なのは、見つけたら逃がさない事。視線が合った瞬間に、躊躇せずに叩き込む事くらいに考えていました。
 そんな自分の楽観は、それから約20分後、校内を駈けずり回っても未だに見つからないコス人の姿と、そして3発目の弾丸によって木っ端微塵に砕かれました。
「それは……チャイナドレス……!」
 真っ赤なテカテカワンピースに、きらきら光るゴールドライン、そして太ももちら見せスリット完備の完全武装。
 コス人がどのような方法で狙撃をしているかは未だもって全く分かりませんが、男心を狙い撃ちする技術において、彼は確かな腕を持ったスナイパーであるようです。

       

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