Neetel Inside ニートノベル
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 出会って早々、クイズ王を自称した男の成績は、既にパネルのおよそ半分が開いたにも関わらず、正解数0、よって得点は0点というまったくもってやる気なしの、もしも司会がひとし君なら後ほど楽屋に呼ばれてふしぎ発見な目に合わされるレベルの酷い物でしたが、早押しの腕は確からしく、自分はただの1回だけ、20点の問題(くりちゃんの「秘密」の20で、初潮はいつか、という問題であり、これはもちろん楽勝でした)を正解したのみで、他の全ての問題は、クイズ王が早押しを制し、適当に歴史上の人物を答えて当然間違え、何故か罰ゲームとしてくりちゃんに電流が走るという超絶理不尽な展開を繰り返していました。
 ゲームが始まる前に受けた説明を簡単にまとめますと、クイズの内容は全て能力の発動対象であるくりちゃんに関する物であり、ジャンルは、「趣味」「歴史」「実験」「データ」「秘密」の5つに分かれており、難易度によって10から50の数字が割り当てられ、正解すればその点数を得られるという非常にシンプルなルールです。解答権は、問題の出題が終わってから手元にあるボタンを早く押したもの勝ちで、不正解だった場合はもう1人に次の出題ジャンルと点数を選ぶ権利が与えられます。くりちゃんの体力が限界に達した段階で(よって、この能力で死亡したり障害が残る事は一切無いそうです)、最終的に得点が多かった方が勝者となり、初代くりちゃん王の栄誉が与えられる(つまり何も与えられない)そうです。
 賞品や対戦相手の態度から見ても分かる通り、クイズ自体にははっきり言って何の意味もありません。要するに、クイズ王はわざと間違えてくりちゃんに電流を流したいだけで、自分の取れる対抗手段としては、相手より早くボタンを押して、正解する事によってくりちゃんの負担を減らしてあげる事くらいなのですが、これが何とも難しいのです。
 この状況自体が対戦相手の能力である以上、問題の難易度であったり、早押しボタンの具合であったりがあらかじめ細工されているのではないか、という心配に関しては杞憂です。事実、自分の方が早くボタンを押せた事も2回だけですがありましたし(内、1回は知識不足により不正解でしたが)、それに、ただ単に電撃を浴びせたいのであれば、もっと一方的な別の手段があるはずです。
 この能力の真髄は、理不尽でありながらも、抵抗する手段を残しておくという事にあります。クイズをこなしていく内にくりちゃんのプライベートが赤裸々に明かされ、その上電気まで浴びさせられるくりちゃんの不憫な姿を見る事それ自体に性的興奮を覚えてしまったら、後はされるがままに、自分も歴史上の人物を挙げていくだけの野々村誠と化すでしょう。その時、真の敗北が決定するのです。
 ですが、どうかご安心ください。自分はまだ、ほんの50%ほどしか勃起しておらず、自分が折れるよりも先に(勃つのに折れるとはこれいかに)くりちゃんの体力が限界点を迎える事はまず確実だと思われます。
 が、しかしながら真の困難は、全く別の形で、現在進行形にて自分を襲っているのです。何故なのかは全く分かりません。どうしたら良いのかも分かりません。そしてこれを言えば、おそらくこれまでに無い非難の的となる事は重々承知の上ですが、しかし生理現象ですし、仕方ないのです。
 眠いのです。
 とてつもなく、眠いのです。


 ゲームが始まるや否や、睡魔は突然にやってきました。昨日は自宅できっちり8時間睡眠をとりましたし、今がうとうとしている場合でも無い事は存分に理解しているのですが、どうしようもなく瞼が重く、とろんとした意識の中で、まったくもって行動が遅いのです。これに関してはおそらく、対戦相手であるクイズ王もびっくりしている事でしょう。こんなにやる気のない奴と戦ったのは初めてでしょうし、あるいは油断させる為の作戦と深読みしているかもしれません。
「それでは次の問題に参りましょう。挑戦者さん、パネルを選んでください! ……挑戦者さん?」
 呼びかけられて、意識が引き戻されました。
「あ、えっと……では『歴史』の40で」
「歴史の40! 木下くりさんがブラジャーを初めて買ったのは何歳の時だったでしょう?」
 ピポンッ! ああ、またも押せませんでした。
「武田信玄」
「残念! 不正解です!」
 またも電流の餌食になるくりちゃん。その口から蟹みたいに泡を噴き出しています。そろそろ体力も限界と見えますが、自分は眠気のおかげで全然その様子に集中出来ず、おかげで興奮もしない事はありがたいのですが、このまま落ちてしまうと戦闘放棄と見なされて三枝委員長に酷い目に遭わされてしまう恐れがあります。
 三枝委員長。
 朦朧とした意識の中で、寝入りの夢のように思い浮かんでくるのは昨日のキスの感触です。
 崇拝者の正体か、それともキスか、というぶっ飛んだ選択肢を目の前に、自分は悩みました。無論、これからの事を考えれば、刹那的に肉欲を満たすよりも、その真偽はともかくとして、何らかの情報が得られる方が得なのは分かっていましたが、三枝委員長の唇という国宝級の代物に触れられる機会はそう滅多にある訳がなく、それに何よりこの提案は三枝委員長自身がしたものであり、その意図を読み取れば、男として後者を選ぶ事は最早義務であるように感じられました。
 が、しかしながら、自分はそこまで接吻という行為に魅力を感じてはいないという事実もまたありました。口と口を合わせて唾液を交換するだけの事がそこまでエロティックな事かというと非常に微妙に感じる自分がおり、仮に舌を絡ませて本格的な物になったとしても、それは牛タンを食べる時に散々している事であって、もちろんその行為の重要性、価値については理解しているのですが、だったらむしろ直で小便を飲ませていただける方がいくらか望ましいという変態としてのどうしようもない性がありました。
 それに、崇拝者を打倒し、三枝委員長を本格的に奴隷として従えれば、この手の事は散々楽しめる訳で、合理的に考えれば優先度はやはり情報という事になります。よって、自分はこう告げました。
「……崇拝者の情報をください」
 そう、自分はキスを選んでいなかったのです。にも関わらず、次の瞬間、鮮やかに自分のファーストキスは奪われてしまいました。それはキスとカウントするのもおこがましいほどの、かわいらしい、ドエロの象徴たる三枝委員長からは全く想像もつかないいわゆるバードキスという種類の、ついばむような簡素な物でした。
 しかし三枝委員長は、何も約束を違えて、小悪魔的所作の一環として身を乗り出したのではなく、きちんと、というと若干の語弊がありますが、崇拝者の正体についての情報も、添えてくれたのでした。
「崇拝者の正体は、私とあなたがこうして恋愛の真似事みたいな事をするのを喜ばしく思う人物よ。もう、分かるでしょう?」
「ふむ……」
 と、自分は頷き、持ち前の論理的思考をフル活用し、結論を導き出しました。
「なるほど、NTR属性の持ち主という事ですね?」


 その時の三枝委員長は、読み取るのが何とも困難な、実に複雑な表情をしていました。甘くておいしいと教えられて飲んでみた精子が苦かった時の顔というか、レイプものなのにフェラの瞬間男優がもたついているせいで自分から口を向かわせないといけない顔といった感じの、図らずも例えがシモに寄ってしまいましたが、三枝委員長自身の人間性も加味した上で、あながち的を外してはいないと思われる表情です。
「……まあ、いいわ。どの道いずれ分かる事でしょう」
 呆れたように三枝委員長はそう言って、人差し指をつんと立てて、軽く唇に当てました。
「明日も対戦はあるから、頑張ってね」
 そんな心にも無い台詞を残し、三枝委員長は去っていきました。
 それにしても、柔らかかった。一瞬でしたが、自分の唇に触れたそれは、無慈悲なまでのふにふに加減で、潤いっぷりも半端ではなく、その爽やかさたるやシーブリーズもたじたじといった感じのかわいらしいキスでした。などとふざけているのも、ともすれば自分も「ガチ」になってしまうからであり、ここは性格上仕方の無い事だと笑って済ませていただけるとありがたい所です。
 とはいえ、現状自分が置かれている状況は、決して笑って済まない事は把握しています。この眠気。この欠伸。この寝ぼけ眼。とてつもなく偉い人がきて、「あーじゃあもう寝ちゃっていいよ。おつかれ」と声をかけられたら、一発で就寝、抱き枕抱きまくりもありうるピンチ。
 くりちゃんの事がどうでも良くなったとか、そういう事ではないのです。何故なのか、というか一体何なのか。こっちが訊きたい位の尋常ではないまどろみに、自分の心は折れかかっていました。
 緊縛男戦では相手の読みを裏切り、圧倒的なおもらしパワーで。
 コス人戦では不気味な敵能力に対してくりちゃんの決死の覚悟で。
 そして自分の半身とも言える彼との戦いでは、能力を捨てて素手での話し合いで。
 どうにか勝利を収めてきた自分ですが、どうやらここで自分の冒険は終わってしまうようです。
 眠り。
 思えば自分はこれに関して、第一部の第一話から、ただならぬ被害を受けてきたように思います。その暴力的なまでの理不尽さ。寝起きの悪さ。自分の身体の奇妙な性質。これは運命であったのかもしれません。自分はこんな風に……ああ……もう限界が……来ているようです。
「それでは次の問題、張り切って参りましょう!」
 と、司会者の声。やけに遠くに聞こえます。
「挑戦者、さて、何番を選びますか?」
 自分は泥のように崩れた身体を無理やり持ち直し、搾り出すように答えます。
「『秘密』の……40……」
「はい! 秘密の40! 木下くりさんは、実は天然のHVDO能力者です! さて、その性癖とは、一体何でしょう?」

       

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