Neetel Inside ニートノベル
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 衝撃はゆっくりと、指先から皮膚を伝い、骨を辿って心臓へと到達しました。
「くりちゃんが……HVDO能力者?」
 誰に問うでもない言葉は宙を彷徨い、やがてどこにも辿りつかずに消え、自分はその答えを求めるように、くりちゃんに視線を向けます。
 安っぽい飾りつけをされた椅子に両手両足を縛り付けられ、完全に固定されたくりちゃんは、問題が聞こえていたのか聞こえていなかったのか、そもそもそんな力も残っていないのか、何のリアクションも取らずに放心状態を続けており、本当に命に別状が無いのか、後遺症は残らないのかと一瞬心配になりましたが、いやそんな事よりも、と自分はかけてもいないメガネを外して、目を凝らしてくりちゃんの表情を伺い、幼馴染特権でもってその先を見ようとしました。
 くりちゃんがHVDO能力者。
 で、あるならば、
 くりちゃんは変態という事になります。
 あの恥ずかしがり屋の、他人の性癖を罵り、友達も彼氏もいない、どうしようもない処女で、何度も何度も何度も何度も、自分を含むHVDO能力者達に、ただひたすら弄ばれるだけだったあのくりちゃんが、「変態」だった。
 これはいよいよ寝ている場合ではないと、角煮のようにとろとろになった自分の背骨も、まっすぐシャンと起きました。というより、眠気はつい先程よりもかなり薄れました。
「チンギス・ハーン!」
「違います! ちなみにこの問題の答えは、秘密50のヒントになる為、ここでは伏せさせていただきます! さあ、それでは電流GO!」
 くりちゃんは身体をびくんびくんと震わせて、悲鳴も枯れたらしく、小さく小さく声を漏らしていました。
 もう、許して……。
 そう聞こえ、いてもたってもいられずに、自分は立ち上がろうとしましたが、実は先程から自分自身も敵能力の一部によって、椅子に固定されているのです。よって、声だけを出来る限り張り上げました。
「中断してください! やはりこの性癖は危険すぎます!」
 それは他の誰でもない、三枝委員長に向けて放った言葉でした。大会実行委員長である彼女ならば、勝負の仲裁を取る事は可能なはずです。が、もちろん答えは返ってきませんでした。
「おっと挑戦者さん。次の問題に参りますので、落ち着いてもらってよろしいですか? はい、では、次の問題参りましょう。パネルをお選びください!」
 くりちゃんが変態。
 で、あるならば、
 くりちゃんの性癖は何か?
 という疑問が浮かんでくるのは当たり前の事です。


 ファイナルクエスチョン。
「木下くりさんの体力も限界に達しつつあるようですので、次が最後の問題です。挑戦者、どうぞパネルをお選びください」
 先程まで遠くに聞こえていた司会者の声は、今はむしろ近すぎて、頭痛がしてきそうな程に頭の中に響いており、自分はそんな劣悪な環境ながらも、理を求めて考察を始めます。
 天然の能力者とは、HVDOという組織とは関わらず、自らで変態能力に目覚めた者の事を指し、過去には知恵様の妹君であらせられる柚之原命さんが、天然の獣姦好きとして覚醒したと記憶しています。彼女は、ほとんど無意識の内に獣になり、あやうく三枝委員長を犯しかけましたが(犯させようとしていたのが自分であったという事実はこの際無かった事にします)、どうやら今は三枝委員長の支配下に入っているようです。
 天然のHVDO能力者。というその存在自体が、まだ自分にとって謎ではありますが、もしもそれらが指す意味が、自分や等々力氏、音羽君、そして三枝委員長のように、最初から能力をコントロール出来る事ではなく、「無意識」での発動と仮定するならば……。
 より真に近づき、言い換えます。天然のHVDO能力者であるというくりちゃんが、無意識に発動し続けていた能力があるとしたら。
 考えられるのは1つの可能性。
 しかしそれを肯定するや否や、自分は降り注ぐ千の矢に突き刺される事になるといっても過言ではないでしょう。今まで必死で避けてきた、乗り越えてきた危うい局面。例の怪物の存在を認め、どこにも逃げ場の無いリングで戦う悪夢。ラブコメという名の、無間地獄。
 そしてつい先程まで自分を襲っていた強烈な眠気は、自分の脳にうっかり出来上がってしまったこの理屈が、どうしても正しいという事を主張しているのです。
 自分はぐっと息を飲み込み、パネルを宣言します。
「秘密の……50」
 しかしその朱色の覚悟は、いつの間にやらそこにあったのです。自分は先程、くりちゃんの身を案じてゲームの中止を求めました。らしくない行動は即ち、この結論から自然と発生してくる気持ちに他ならなかったのです。
「はい! それでは秘密の50、問題は……」出題に移ろうとする司会者に、
「あの……その前に少しよろしいでしょうか?」と、自分。
「はあ、何でしょう?」
 自分は咳払いをしてから、続けます。
「くりちゃん……自分は、くりちゃんの考えているような人間ではありません。……いえ、くりちゃんはひょっとしたら、『そういう種類』の人間だったのかもしれませんが、しかし自分は、くりちゃんの期待……というと自惚れが過ぎますが、抱いているであろう何らかの希望には、沿えないように思うのです」
 自分の言葉は、どうやらくりちゃんに届いているようでした。届いていてなお、くりちゃんは生気の無い顔をして、俯いていましたので、電流で痺れているだけだと願って、更に自分は宣言します。
「自分はおしっこハーレムを作りたいのです。だから、くりちゃんがその一員となる事は強く希望していますが、自分がその……あの……そういった関係、いわゆる、例の、まあつまり……その……」
 そのまま口ごもる自分に、司会者は冷静に尋ねます。
「挑戦者。もう言う事が無ければ、問題の方いかせていただきますがよろしいですか?」
「いや、もうちょっと……」
 古いチョークで木に書いた、今にも消えそうな言葉は無視されて、
「では秘密の50の問題参りましょう! 木下くりさんには、昔から『好きな異性』がいます! さて、それは一体誰でしょう?」


 くりちゃんは毎朝、目覚めの悪い自分を起こしてくれました。それは自分の母より依頼されたという事と、暴力的ストレス発散を目的とした行動であるという事を考慮に入れたとしても、世間一般的な幼馴染としては破格の日常であり、本来ならば次元を1つ超えなければ手に入れられない宝物でした。
 放っておけば何日も寝っぱなしの奇妙な男の事を無視しておけなかったくりちゃんは、実に優しい心の持ち主であると言えます。変態が講じて超能力を手にいれ、しかもそれを平気で使ってくるような男を見捨てなかったくりちゃんは、菩薩と言っても言い過ぎではありません。
 しかし別の見方もあります。
 そもそもくりちゃんが隣に住んでいなければ、自分の体質は無かったのではないか。
 もう随分と昔の事になってしまいましたが、自分は、朝、自力で起きた事が1度だけあります。
 それは音羽君の兄である、「人形師」に、くりちゃんが人形にされていた時の事です。その日、くりちゃんは家を出た直後に捕獲され、HVDO能力によって人形に変えられていました。自分が気づいたのは、それから少し経っての事でしたが、しかし思い返してみれば、その日の朝は、唯一「くりちゃんが近くにいなかった日」なのです。
 自分が一体何を言いたいか、分かっていただけているでしょうか? いえ、変態でない人ならば、こんな性癖は考えの外にあるはずで、逆に生粋の変態であれば、もしかするとかなり最初から何となく気づいていたかもしれませんので、今のはやや難度の高い愚問であったかもしれません。
 眠姦。
 という言葉をご存知でしょうか。
 読んで字のごとく、眠っている相手を強姦する行為の事を指し、一般的には、何をしても起きない女子の性器をアレしたりコレしたりというシチュエーションによって成立するのですが、その逆も無くはない、と考えられます。寝ている男を……いえ、やめましょう。
 この性癖を持つHVDO能力者の可能性も、自分はわりと早い段階から考えていました。能力を想像するとすれば、相手を眠らせる。あるいは相手を、「起きさせない」。
 自分が起きるには、そこそこの痛みが無くてはなりません。頬を叩かれるくらいでは何ともなく、頭から冷水をぶっかけられるだとか、耳たぶを親指と人差し指で思いっきり押されるだとか、なかなかにきついお仕置きが必要なのです。しかし自分は、果たして「射精」で起きる事があるのかを知りません。
 そして無意識の発動であるならば、能力の対象になるのは、誰でも良いという訳ではなく……。被害が自分だけに留まったという事はつまり……。どんなに先延ばししても、至ってしまう結論は……。
 気づくと、自分はボタンを押していました。対戦相手よりも早く、1番に。
「おっと挑戦者の方がちょっと早かった! さあ、答えをどうぞ!」
 こんなに簡単な問題があるでしょうか。
 こんなに難しい問題があるでしょうか。
 しかし自分は今、ある感情を持っています。
 それは事実です。嘘にする事は出来ません。
 これ以上、くりちゃんを傷つけたくない。
「……自分です。くりちゃんが好きなのは、五十妻元樹です」
 正解を知らせる鐘の音が鳴り、くりちゃんは自分を見ていました。
 その表情は、うっすらと微笑んでいるように、自分には見えました。

       

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