今、自分の目の前には、卓を挟んで4人の人間が座っています。
自分も含めると5人全員が背筋をピンと伸ばし、正座をしているという状態にあるのですが、果たしてこれが何を意味しているかを瞬時に察する事の出来る方はそうそういる訳が無いと思うのです。麻雀をするには1人多いですし、面接にしては和室に正座というのが奇妙で、また、友人同士が和やかに語らいあうような雰囲気でもありません。卓の上には良く分かりませんが高級な料理が並んでしますが誰も手をつけず、ただどんよりとした気味の悪い空気の中で、自分は次の言葉を求められています。ある休日の昼間に、今日は家でゴロゴロしながら、お気に入りのおもらし系成年向け漫画でも眺めながら、存分と思索に耽ろうかと思っていたほんの1時間後、こうして赤坂の料亭にいるのですから、いやはや人生とは分からない物です。
人生、と不意に出てきた単語が、肩にずしりとのしかかります。高校生最初の夏休みといえば、おのずおのずと人生における漠然とした時間の重要性に気づき、自己実現への葛藤に芽生え、ドラスティックな変化を肌で感じる頃合ですが、果たして自分もその例外ではなく、女の子の尿が好きなのか、尿をする女の子が好きなのかといった命題に頭を悩ませる日々を過ごしつつ、ここに来て幼馴染との恋愛沙汰という真に平凡でつまらない問題がおもむろにその輪郭を現しているという事実も、薄らぼんやりと傍に置いて、時々触ってみて溜息をつくような日々を過ごしていたのです。
何度も言うように、自分は根っからのクズですので、いたいけな少女が、我慢して我慢して我慢して、それでもやっぱりおしっこを漏らしてしまう様を眺める事が出来ればそれこそが唯一無二の幸福至極なのです。自己実現がどうだとか、惚れた腫れたのから騒ぎなど心底どうでも良い事です。
「言っておくけど、別にそういうんじゃないから。本当にそういうんじゃないから」
あの日、くりちゃんが必死に考えた弁明がこれでした。クイズ形式という思いもよらない形で心の奥底に秘めていた想いを暴露された少女の必死の抵抗は、誤魔化しきるには余りにも無謀すぎ、かといってそれを認めてしまうには余りにも酷に思えました。
何せこのぷちDQNの暴力主義者の孤高を愛するその実ただのぼっち少女は、毎朝毎朝大好きな相手に対してその性癖から来る超能力を発動し、その上で自ら起こしに来ていたという訳ですから発狂モノと言えるでしょう。
眠姦。
字面こそ姦と書きますが、例え加害者が女性であろうとこの行為は成立するはずです。何故なら男には「朝勃ち」という必要性の不明な、珍妙なる常駐アプリケーションがデフォルトで搭載されており、それを活用し、なおかつ意識を覚醒させる事さえしなければ、「眠っている相手を犯したい」という異次元の性的衝動を満足させる事は可能です。つまり女性であっても、男性を眠姦する事は難しくはなく、くりちゃんにはその力があった、という事実がまず存在します。
「1つだけ確認させてください」と、自分は積年のツンデレに尋ねました。
「……な、何だよ?」
「自分の童貞を奪いましたか?」
久方ぶりに見る渾身の右ストレートでしたが、その軌道は大きく逸れ、自分の右頬にわずかばかりの真空からなる切り傷を残すだけとなりました。
「そんな訳あるか!!!」
いやいや、変態とはその内なる衝動をどうしても堪えきれない性質を持つ物ですから、真正面からの否定もそれを信じてもらうにはそれ相応の証拠が必要となってきます。が、まあしかし、あのくりちゃんが自分の寝ている内に性行為をしたとなれば、その翌日の態度から自分は何かを察するくらいは出来たはずなのは確かで、更に言えばくりちゃんが辱められた時等を主に発する処女臭は何にも増して清く正しくおぼこくもあり、それがまた1つの魅力としておもらしという行為に深みとコクを与えているのですから、くりちゃんは未だなお処女、自分はこれまた未だなお童貞と見てまず間違いはないでしょう。
「もう1つだけ良いですか?」
一応確認はしますが、くりちゃんに拒否権は無く、それを彼女自身も良く分かっているので、憮然とした拒否も出来ません。
「くりちゃんは、いつから自分の事が好きなのですか?」
「そもそも好きじゃない。お前の事なんか大嫌いだ!」
という答えを、自分は心のどこかで期待していたのです。しかしながら返ってきた答えはこうでした。
「……そんなの、知らない」
知らない=いつからか分からない=気づいたら好きになっていた。浮かんだ等式は美しく、また同じくらいに絶望的です。
自分と対面して座る4人の人間のうちの1人。木下くりがその人でした。
自分から見てくりちゃんの左隣に座る方は、最も古い付き合いになるお方で、具体的に言えば年齢プラス約10ヶ月もの間を共に過ごしてきた気心も下心もすっかり知れた仲の人です。回りくどい言い方をやめれば、母、お母さん、ママ、母上、おかん……普段はなんと呼んでいたのかを自分が忘れてしまっているのも、中学に入ってからというものろくに会っていなかったからという理由があります。
付き合いこそ長いものの、母は仕事の関係上海外出張が非常に多く、ほとんど自宅にいる事がなく、その上我が家の隣には木下家という母にとっても幼馴染の家族がいたので、何が起ころうが安心とばかりに、自分は物心ついた時から徹底した放置教育を施されてきました。とはいえ別段自分はこれを不幸だと思った事はなく、むしろ神聖なる作業(おもらし系エロ画像の収集等)の最中に邪魔をされる事がないというのはすこぶる快適で、何の不自由も無い暮らしであるように感ぜられていたくらいなので、今更親子らしい事をしたりされたりするのは迷惑を通り越して不愉快と言わざるを得ないくらいなのです。
そんな人が和服に身を包み、くりちゃんの隣に座っているというこの意味。自分には到底測りかねましたし、察してあげる事すらやおら困難に思えました。
それにしても、普段から徹底的にセクハラしている女子と、実の親が隣り合って目の前に座るというのは、当然の事ながらなかなか緊張するもので、もしもくりちゃんがあの事やこの事をチクったりしたら自分の処遇は一体どうなってしまうのかと心配にはなりますが、とはいえ恥ずかしがり屋で見栄っ張りのくりちゃんが、自ら自分の痴態を詳らかに語る事などまず有り得ないであろうという自信はそれなりにありましたし、その点において自分はくりちゃんに奇妙な信頼を置いているのでした。
ましてやくりちゃんが密かに寄せていた恋心など、この先本人の口から語られる事など無いと、この時自分は思っていました。
くりちゃんを挟んで母の反対側に、3人目にして最後の女子が座っていました。
最初、この席に座り、対面が彼女である事に気づいて、自分はぎょっとし、戦闘態勢を取りましたが、どうやら今日の所は彼女に性癖バトルをする気はないらしく、また、まともにやりあったら負けてしまうであろう事は明白でしたので、ひとまず肩の力を抜いて余裕を装いました。
とはいえ彼女は露出狂ですから、その武器は常に磨かれているはずで、薄布1枚下に備えられているのが当たり前で、当然のようにいつ脱ぎだすかは分かりません。みんなの頼れるお金持ち委員長、あるいは闇に身を落とした性欲の権化、三枝瑞樹その人が、美しい正座で自分を待っていました。
見慣れた制服姿のくりちゃんとは違い、三枝委員長は素人目から見ても値の張りそうな着物を着込んでおり、その下に隠した高校1年生とは思えない程に豊満で恵まれた身体を全く持って感じさせないほどの上品さでしたが、その本性を元々知る自分にとってはこの上なく下品に映り、日式エロスの奥深さとそれすらもおそらく三枝委員長の計算なのであろう奥ゆかしさに感銘を受けました。
三枝委員長はしおらしく、視線を伏せながら自分の言葉を待っていました。ですが自分はそれよりも、逆に三枝委員長に聞きたい事が山ほどあるのです。何故HVDOの幹部となったのか、HVDOの首領であるという崇拝者とはもうコトを済ませてしまったのか、ベタですが今日の下着の色は一体何色なのか、着物だからという理由で古式に則りもしかして履いていないのか、履いていないとしたらそれは本当に着物だからなのか。その汚らしい露出性癖からなるただの欲望からノーパンスタイルを所望しているのではないのか。脱線しましたが1番の疑問は、「何故自分に答えを求めるのか」という事でした。
道は違えど、志は同じはずなのです。自分も三枝委員長も厄介な性癖を抱え、それでもそれを肯定し、更に超能力として行使する事を生の一部として認めた同志であったはずなのです。で、あるならば、この席について最初に投げかけられ、あっという間に自分を閉口せしめた「例の」質問は、変態にとってはいわばタブーではないのでしょうかと、質問を返してやりたいくらいなのです。
「いつか貴方の事を『ご主人様』と呼べる日が来るといいのだけれど」
いつの事だったか、いや、もしかするとこれは夢での事だったのか、しかしここまで恥ずかしい夢を見たのならその日の朝を覚えていないはずもありませんから、これは現実に三枝委員長に言われ、あえて自分が記憶の奥底に眠らせておいた言葉であるように思えるのですが、定かではありません。
自分はその甘美なる言葉に、一体何と返したのか。少しでも気の利いた事を言えたのだろうか。全く覚えていませんが、これくらいの事は言ったはずだと思われます。
「犬は喋らず、ただ電柱におしっこをひっかけるのです」
三枝委員長がそれに満足してくれたかは定かではありません。満足していなかったからこそ、自分は今この窮地に立たされているのかもしれません。
そして最後の1人。そう、上記の3人は全員女性ですが、この場には自分以外の男がもう1人いるのです。それはおっぱいをこの上なく愛す男でもなく、幼女と共に生きる男でもなく、これまでに自分が闘ってきた誇りある変態達のいずれでもありません。三枝委員長側に座ったその男は、自分にとって言ってみれば全くの新キャラであり、しかし普通は、わざわざ自己紹介などせずとも知れた仲になるであろう間柄の人物なのです。
自分をここに連れて来たのは、母でした。滅多に乗らないので友人に預けてあるという車を返してもらって、その助手席で聞かされた話を未だに自分は1ミリたりとも理解しておらず、混乱状態のまま時間は過ぎ、道は流れて、この卓についたのです。そしてこの人物を目の前にしてから、ようやく自分は事の重大さと、母の言葉の意味に気づかされたのです。
激情的に殴りかかるべきだったのか、それとも問答無用で性癖バトルを展開すべきだったのか、泣きながらハグすべきだったのか、車の窓ガラスを割って脱出し、即刻家に帰るべきだったのか、自分の取るべき行動はいくつも有り得ますが、しかし実際に自分がしたのは、どうしていいか分からないという理由からなる軽い会釈1つでした。
まあ、そんなもんです。見も知りもしない実の父親との再会などという物は。
「これから会いに行くのはあんたの父親よ」
「えっ」
運転席の母が、前を向いたまま言いました。
「そいつは超ド級の超ド変態で、超能力を持っている」
「えっ、えっ」
「あんたも持ってるでしょう。HVDO能力って奴」
「えっ、いやっ、えっ」
「あいつは処女しか愛せないというゴミみたいな理由で妊娠した私を残して海外に逃亡した」
「ちょっ、えっ、えっ、ちょっ」
「それで生まれたのがあんた。その後、あいつが世界中を股にかけて処女をレイプしまくってるのを知った」
「ちょっ、えっ、あっ、えっ」
「だから私は警察に入って、こうしてICPOに配属されて、あいつを逮捕しようと今でも追いかけている。国際指名手配犯だからね」
「えっ、えっ、あっ、それっ」
「でもあいつは超能力を使って逃げ回っている。だけど、あんたが今日これからする『決断』によっては、今度こそあいつを捕まえられるかもしれない。……いや、捕まえてみせる」
「えっ、えっ、えっ、……えっ?」
怒涛の告白に自分は人生過去最高の15えっを叩き出し、そして一切の質問は締め切られ、ステージはここに移行したのです。
自分の父親がレイプ魔の犯罪者で、処女しか愛せない犯罪者で、母は仕事で父を追っていて、自分の変態性癖とHVDOの事も知っていて、しかも父は今日本に来ていて、自分を呼び出していて、そして自分の「決断」とやらが、決着をつけるらしい。
これを噛まずに飲み込めという言う方が無理難題というものです。
母、くりちゃん、三枝委員長、父。
いや、崇拝者と呼ぶべきか、それとも「ゲス野郎」ぐらいの気軽さでいいのか、少しばかり迷いますが、この並びで、自分は額から滝のような汗を流しながら、生まれる時と同じくらいの必死さで答えを考えていました。
「木下くりさん、三枝瑞樹さん、どちらと結婚するのか、今、決めなさい」
母からの言葉は重く、ずしり、めきり、と自分の肩にのしかかっています。
いやいや、結婚なんてそんな、まだ付き合ってすらいないのに、キスすらまともにしていないのに、いくらなんだって話が早すぎですし、せっかくこうして料亭まで来たのですから、懐石料理でもつまみながらまあゆっくりと、ねえ? なんて懐柔が効くような雰囲気では決してなく、そんな事を言おうものなら日本刀で袈裟斬りされそうです。
それに、身体を2つに割られるよりも恐ろしい事を、この初対面の父は母の言葉尻に付け加えたのです。
「お前の選ばなかった方の処女を、俺が頂く。そしてそれを俺の人生で最後の処女としたい」
父よ、やはり自分の変態は、「血」であったようです。