Neetel Inside ニートノベル
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 私が自分の性癖に気づいたきっかけは、小学校四年生の時、生まれて初めての家出をした時の事でした。毎日の習い事が嫌になったのと、いい加減、優等生を演じるのにも飽きてきて、何か無性に冒険したくなったので、屋敷の者が皆寝静まった深夜三時ごろ、私は家を脱出しました。
 一握りの資産家だけが住める高級住宅街に、まるで城のようにそびえる我が家は、徹底した警備体制で守られていましたが、長年住んでいる者が中から脱出するのは容易な事でした。深夜の街は耳鳴りがする程静かで、昼間とはまるで別の世界にいるようで、ファンタジーの世界に迷いこんだような錯覚さえ覚えました。
 今、ここなら、何が起きてもおかしくはない。
 そんな事を思いながら角を曲がった時、明らかに「起きたらおかしい事」を私は目撃してしまいました。
 まず目に入ったのは、大きなお尻。真っ白い大福のようなお尻が、月に照らされて浮かんでいました。お尻のちょうど真ん中で性器(その時は、自分のとは違い過ぎて何だか良く分かりませんでした)が私の方に向けて露出されています。そのお尻の持ち主が、全裸で四つんばいになっている女の人だとようやく私が気づいたのは、隣に、犬のリードを持った「ご主人様」らしき人を認識してからの事です。男の人は、もう片方の手に持ったビデオカメラで、女の人の無様な姿を撮影していました。
 私は怖くなって、逃げ出したくなりました。だけど同時に、それまでの人生で経験した事の無いような圧倒的「好奇心」が肝臓のあたりから這い上がってくるような感覚に襲われました。私は勇気を出し、悲鳴をあげそうになる自らの口を両手で押さえて、息を殺して二人に近づいていきました。昔の出来事なのでうろ覚えですが、こんな会話だったと記憶しています。
「こ、こんな所誰かに見られたら……」
「いいじゃないか。見られるのが好きなんだろ? ほら、もうこんなになってる」
「や、やめ……言わない……で」
「じゃあ、置いていこうか」
「駄目、駄目……行かないで」
 これはイジメなのでしょうか。だとしたら、男の人は悪者なのでしょうか。だけど女の人に、助けを求めるそぶりはありません。絶対に嫌なはず、最悪な気分のはずなのに、その声色はせつなげで、愛らしい。なんと言ったら良いのでしょうか、そうまるで「イジメてもらっている」ように感じたのです。私の頭の中を巡る、とりとめもない考えは、気づかぬ内に、女の人の姿と、他の誰でもない私の姿を重ねていました。私がもし、あんな事をやらされたら。そう思うと、背筋がゾクッとして、息が荒くなったのを覚えています。
 背後から観察する私に気づいた男の人が、こんな深夜に子供がいるとは思わなかったのでしょう、一瞬驚いた後、にやにやしながら女の人の肩を叩きました。私は耐え切れなくなって逃げ出しました。その時、ほんの一瞬だけ女の人と目があったのです。
 その時の女の人の、あのとろんとした瞳は、この世界にある最高の幸せを噛み締めているようでした。


 かくして、私の性癖は決定付けられました。それから何ヶ月かは、まだ明確な言葉を伴わない感情が蒸し返し、夜寝る前に、あの時の光景を思い出す、病的とも言える状態に捕らわれました。それが終わると、「あの男子に私の裸を見せたら、どんな反応をするだろう?」というような、具体的な想像をするようになりました。そしてある日、河原に捨てられていたエッチな本を投げあって遊んでいた男子達を注意しました。私はその頃から折り紙つきの優等生だったので、本はその場で没収しましたが、あやしまれはしませんでした。
 その夜、初めて私はオナニーをして、「イク」というのを経験しました。初めてでその段階まで行けたのは、才能の成せる技に他ならないと思います。エッチな本に載っていた写真を真似して、股間をイジりだしたのですが、イク瞬間に私の脳裏に浮かんだのは、あの露出狂の事でした。
 それから何年かが過ぎ、私の部屋の、両親すら知らない隠しクローゼットには、露出モノのビデオ、漫画、雑誌、アニメ、写真集、同人誌、小説がぴっちりと積まれています。コツコツと地道に集めた、私にとっての宝物です。
 だけど最近、想像するだけ、眺めているだけでは、とてもではありませんが満足できなくなってきました。
 昼間は学校で、良識のある、頼りになる、優秀な生徒を演じながら、頭の中ではいつも変態じみた事を考えています。帰ってきたら帰ってきたで、机に向かうフリをしながら、学校では学べない事の学習に余念がありません。
 二面性。誰しもが持っている人間ならではの性質ですが、私の場合は二つの差が激しすぎるように思えます。
「なぜ、私を痴漢しなかったんですか?」
 私にそう問われた痴漢は、しばらく私の質問の意味する所が分からずに、私を観察していました。痺れを切らした私が、
「答えてもらわなくてもいいのですが……」
 と脅しのニュアンスを含めて言うと、痴漢はうろたえ、言葉に詰まりながらもこう言いました。
「いやその……決して君が魅力的で無かったという訳ではないんだが……なんと言ったら良いのか。……隙が無い。そう、隙が無いんだ。もし触ったら、すぐに訴えられそうな気がして……まあ現にこうして、逃げ切ったはずのに追い詰められているのだし」
 私の表情を見て、芳しくないと思ったのでしょう。慌ててフォローを入れる痴漢。
「だからだね、痴漢する相手は大人しい人間の方が良いんだ。抵抗しない、言いなりになる、そういう女の子が良い。つまり君とは正反対の……あっ」
 フォローになっていない事に気づいて、マヌケな声を漏らす痴漢に、私は心底失望しました。
 この痴漢の人を見る目は節穴です。ご主人様に命令されれば、真昼間のアルタ前で全裸逆立ちも牛乳浣腸もクリトリピアスも辞さない構えの私を捕まえて、「大人しくない人間」と言ってくれるとは。呆れる私を他所に男は、「……もう、行ってもいいですか」と卑屈な笑みを浮かべて尋ねてきました。私はそれに許可をします。法律事務所の名前は覚えました。後で裏から手を回して、クビにしてもらう事で痴漢の分の罰としましょう。


 果たして私を調教してくれるご主人様は、今後の人生の中で現れてくれるのでしょうか。私には、それが不安でたまりません。インターネットの素人投稿系アダルトサイトを閲覧しながら、私は憂鬱に浸っていました。
 もちろん、自分から誰かに「調教してください」と言い出すのは簡単な事です。ですがその人が、私を調教するに足る鬼畜さを持っているかどうかは分かりませんし、きちんと最後まで、私の人生を壊してくれるかも分かりません。途中で飽きて、中途半端な所でやめられた日には、私はその後の人生を日々悶々として過ごさなければならないでしょう。ご主人様としての才能。服従する前にそれを見破る事は、果たして可能な事なのでしょうか。私と、私の背景にある物に何の物怖じもせずに、私を愛してくれる人は果たしてこの世にいるのでしょうか。
 長く被りすぎて皮膚と癒着してしまった優等生の仮面を、乱暴に剥がしてくれる人物を、私は心から欲しています。
 そんな悩みを抱えながら、他人の調教記録を眺めていると、ふいにブラウザが真っ白になりました。咄嗟にパソコンの電源を落とそうと指を伸ばした瞬間、画面に表れた文字は、まさに予期せぬ福音でした。
「ド変態の貴方へ、HVDOから大切なお知らせです」


 私がHVDOから与えられた能力。それは、
「2秒間だけ全裸になる能力」
 でした。
 露出狂志願の私にはおあつらえ向きの能力。私は鏡の前に立って確かめます。「裸になりたい」と強く念じると、神隠しのように服と下着が消え、2秒後には何事も無かったかのように元に戻りました。一度能力を発動すると、ひと呼吸置いた後でないともう一度発動できないらしく、ずっと裸で居続けたり、早着替えをする事は出来ませんでしたが、能力が本物である事は間違いないようです。
 恐ろしい、だけど魅力的な考えが浮かびました。
 この能力を使えば、例えば電車の中であろうと、教室であろうと、全校集会の壇上であろうと、一瞬だけ私の全裸を他人に見せる事が出来ます。見せるといってもたったの2秒だけなので、見た人はびっくりしても、気のせいか、見間違えだと思ってくれるはずです。わざわざ私に、「一瞬だけ全裸になりましたか?」と尋ねてくる人はまず居ないでしょう。
 私は私の仮面を被ったまま、少しだけ本性を表に出せる。そう思うと、期待に胸が膨らんで、調子に乗ってそれから5、6回ほどオナニーしました。


 次の日。私は満員電車の中で、いつどのタイミングで私の人生においての初露出を決行するかを熟慮していました。冷静になって良く考えると、私の能力は、服自体が一瞬だけ無くなる訳ですから、体と体が密着する、満員電車のような空間では出来るだけ避けた方が良いと思われました。何かの拍子に乳首が擦れて変な声が出たら、いくら2秒間の幻といえども誤魔化しがきかないからです。もちろん、将来的には能力なしで、全裸で満員電車に乗るくらいの事は日常茶飯事にしていきたいのですが……まだ心の準備というか、覚悟が出来ません。
 加えて、沢山の知人に見られる状況もやはり危険に思われます。授業中、黒板の前に立った瞬間に服が消える。というのは私にとって非常に魅力的なシチュエーションですが、男子だけではなく仲の良い女子にも見られるのはやはりまずい。もちろんこれも最終的には、仲の良い女子の蔑むような視線を痛い程浴びながら公開オナニーをしてみたいのですが、まだ早いです。時期尚早と思われます。
 せっかく値千金の能力を神が与えてくれたのに、私にはそれを使う勇気が無い。そんな現実をつきつけられると、ため息が零れました。やはり、私の人権など度外視して、いくらでも鬼畜な命令をくれるご主人様を探さなければならないのでしょうか。
 学校について、いつも通り取り巻きに囲まれ、上品な笑みを浮かべて談笑をしていると、同じクラスの男子が突然発狂したように笑い出しました。けたたましく響くようなその声は、まるで世界の全てをその手中に収めたかのような、自信に満ちた叫換でした。
 クラスの秩序を守る使命を背負った私としては、止めない訳にはいきません。
「五十妻君、奇行は程々にね?」
 そう声をかけると、五十妻君は、笑みながら私の体に触れようとしてきました。私がそれを止め、「何?」と問うと、急にしおらしくなったのが奇妙で不自然でした。
 謎の行動の理由を理解したのは、四時限目の体育、マラソンの授業の時でした。
 クラスでも特に浮いた存在である木下くりさんが、授業中におもらしをしたのです。しかもあろう事か、ノーパン。その上、私の目の前で、まるでダムが決壊したかのように盛大に噴出させてくれました。
 ああ、こんな風になれたら。
 と、私は興奮を抑えきれず、その姿を眺めていましたが、すぐ様委員長としての役割を思い出し、それを全うする為、木下さんを保護し、保健室に連れて行きました。その道中、包み込むように優しく優しく、おもらしの理由を尋ねました。
「言えないのなら、無理に言わなくても良いけれど……どうしたの? おしっこ、ずっと我慢していたの?」
 木下さんは子供のように泣きじゃくりながら、涙声で答えました。
「えぐっ……分からない。分からないけど、今日の朝も……あいつ、あの変態に触られた途端、わかんないけど……えぐぅ……」
 変態、が五十妻君を指しているのは分かりました。そして私には、木下さんが漏らした理由もおおよその見当がつきました。
 五十妻君は、私と同じ能力者である可能性が高い。そしておそらく、陰部に負傷を負った等々力君も、同じく能力者。私の場合、私自身が露出したいという願望を持っていたから、「カゲゾウ」が与えられた。しかし「誰かに何かをしたい」という願望を持っていたならば、他人に影響する能力が与えられてもおかしくはない。更に、今朝の狂ったような笑いも説明がつく。二人は木下さんを使って何かをしていた。何か、それは今この状況を見れば分かりやす過ぎるくらい。能力を互いに使っての勝負だと見て、間違いない。
 五十妻元樹、自らのクラスメイトを陵辱し、晒し者にするのに何の躊躇いも持たない極悪人。
 そしておそらく、他人の尿意を自在に操るような、そんな能力を持っている人間。
 ……私のご主人様にふさわしいように思われます。

       

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