Neetel Inside ニートノベル
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HVDO〜変態少女開発機構〜
第五部 第二話「土曜日」

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 一応、自分も年頃の男子です。
 例えそれがややこしい背景を持っていようと、家庭崩壊の危機を孕んでいようと、相手が世界屈指のお金持ちであろうと、そんな事情とは一切関係なく逢引という物は緊張を強制する事件であり、それ相応の覚悟を持って挑む必要がある訳です。普段めったに見ない鏡を何度も確認し、髪をいじったり、鼻毛のチェックをしたり、眉毛を整えてみたり、ボディスクラブで身体を洗ってみたり。
 もちろん自分は自他共に認める非モテ男子であるが故に、その作法は酷く付け焼刃的であり、堂に入っていない事は重々承知の上ですがそれでも、何かしら努力らしい事をして挑む必然があると思ったからこそ、そうしてみたのです。
 準備が完了したのが7時40分。予定では、三枝委員長が車で8時に迎えに来るという事なので、自分はそわそわと落ち着きませんでしたが、それ以外にする事もないので、とにかく待つ事にしました。デートの心得などを春木氏に尋ねようかとも一瞬思いましたが、まともな返答は帰ってくるはずもないのでやめ、代わりにLOの最新号の話などを少しばかり。
「じゃ、そろそろ僕はお暇するよ。幸運を祈る」
「はい。良い勝負でした」
 颯爽と去っていく春木氏とりすちゃんを見送り、自分は玄関でなんとなく萎縮してしまって、気づくと正座して待っていました。
 8時5分。
 三枝委員長は決して時間にルーズな方ではないので、何らかのトラブル、例えば交通事故で道が渋滞しているなどの理由がまず浮かびました。
 8時10分。
 それにしては何の連絡も無いというのは不自然です。もしかすると、交通事故をしたのは三枝委員長の方だったのでは、という不安が芽生えます。
 8時15分。
 ……いえ、もしかしてもしかすると、三枝委員長は最初から自分とデートするつもりなど無かったのではないか。という最悪のシナリオが脳の端っこから侵食してきました。仮に何らかの事故や事件に遭っていたとしても、三枝委員長が今日デートをする事自体は既に執事やメイド、春木氏でさえも知っているはずなので、15分も遅れれば何らかの連絡が相手である自分に来ても良いはずです。
 となると、最初から三枝委員長は自分の純真を弄ぶ為だけにデートの約束をして、こうしてすっぽかして嘲笑っているという可能性が濃厚になってきます。
 考えてみれば当たり前の事です。美人、資産家令嬢、露出狂の彼女が、引く手数多でない筈がなく、一介の庶民でありおしっこ好きの自分など、本来ならば選択肢にすら入る事が出来ないはずです。
 どんよりと暗い気持ちになってきた所に、電話のベルが鳴りました。自分は慌てて受話器を取ります。
「もしもし、五十妻君?」
「はい。その声は三枝委員長ですね」
 ひとまず安心した自分でしたが、どうも様子が変です。
「えっと、ちょっと面倒くさい事になっていて、悪いのだけれどタクシーか何かでうちまで来てもらえないかしら?」
「面倒くさい事?」
「ええ、説明は来てからするわ」
 そうして切れる通話。自分は一瞬何が何だか分からなくてぼんやりとしましたが、すぐに気を取り直し、とにかく三枝委員長の指示に従う事にしました。大通りまで出てタクシーを捕まえ、前に1度訪れた三枝委員長の邸宅へ。道中、もしかして三枝委員長は新手のHVDO能力者に襲われているのではないかと心配し、ならば助太刀しなければと覚悟を決めましたが、そこで自分を待っていたのは想定していたよりも遥かに強力な相手でした。


「どうしてそうなるのよ!」
 執事の方に通された部屋にいたのは、1人虚空に向かって声を荒げる三枝委員長でした。
「私ももう16なのよ? 1人くらいそういう人がいたっておかしくないし、デートくらいおおめに見てくれたっていいじゃない!」
 部屋に入ってきた自分に気づかず、なおも何も無い空間に向かって話しかける三枝委員長。それにしても奇妙な部屋です。豪邸らしい内装で、良く手入れされているというのに物が何もなく、位置も屋敷の隅の方ですし、何をするのかよく分からない部屋でした。
「あの……」
 そう話しかけ、振り向いた三枝委員長の表情は焦りの色を隠すのも忘れているようでした。今まで見た事のない雰囲気の三枝委員長にたじろいでいる自分を、三枝委員長は引っ張ります。
「お父様、紹介するわ。私のボーイフレンドの五十妻君よ」
 お父様!? そう言われても、目の前には何もありません。高い天井と、高そうなカーペットの間には、自分と三枝委員長以外の人間がいるようには見えないのです。
「ほら、五十妻君、自己紹介して」
 そう言われても……。三枝委員長はもしかして自分とデートをするのが余りにも嫌過ぎて頭がおかしくなってしまったのではないだろうかと心配している矢先、どこからともなくその声は聞こえました。
「私が瑞樹の父だ」
 驚愕して周りを見回しますが、やはり何もありません。しかもその声は、およそ生身の人間の物ではなく、なんというかボイスチェンジャーでも使ったような、というよりむしろ機械で作られたような音声だったのです。
「ど、どうも、五十妻元樹です。よろしくお願いします」
 とりあえず軽く頭を下げてみたものの、一体何が何やら分かりません。
 その様子を察してくれたのか、三枝委員長が改めて説明してくれました。
「父は別室からここの様子を見ているわ。この声は、父が手元にあるキーボードで入力している合成音声。とても多忙な人なのよ。口、左手と右手両方のキーボード、それと足を使って同時に4人の相手と会話しているの」
 流石は三枝委員長のお父様。なかなかにぶっとんでいらっしゃる。感心しつつも、それならばと先ほどの会話が気になりました。
「とにかく、今日は私、五十妻君とデートに行くと決めているの。止めても無駄だから」
 機械音声、もといお父上が答えます。
「私はお前を止めてなどいない。だが、三枝家の意に反するというのならば、三枝家にいる恩恵は受けられないと言っているだけだ」
「だからどうしてそうなるのよ! 私は私の自由意思で五十妻君とデートをすると言っているの!」
「瑞樹、私は権利を主張する前に義務を果たせと言っているのだ。お前には三枝家の当主としてふさわしい結婚相手候補が既に何人か用意されている。それを拒否して五十妻君を選ぶというのならば、お前が三枝家の権力を行使する事も許されないという事を私は言っているのだ」
「だ、だけど……」言い負かされている三枝委員長は世にも奇妙です。
「五十妻君、気を悪くしないでくれ」
 突然に話を振られ、動揺する自分でしたが、機械音声は変わらぬ抑揚で、しかしなんとなく優しげにこう言いました。
「君には申し訳ないが、私は君が瑞樹の相手として相応しい人物であるとは現段階で思っていない。そんな相手に三枝家の金やコネクションを使わせる訳にはいかないのだ。理解してくれ」
「は、はあ……」
「お父様、それは違います。デートプランは私が1人で立てた物ですから、彼は関係ありません」
「そうか。だがそれでも、三枝家の物を勝手に利用する事は許さん。瑞樹、お前なら分かるだろう」
「……」
 長い沈黙の後、三枝委員長が口を開きました。
「……ええ、分かったわ。でもデートには行く。もうあなたからは何も受け取らない」


 まとめると、どうやら三枝家の当主、三枝委員長の父は、自分と三枝委員長とのデートに反対しており、それを阻止したかったようです。まあ、逆の立場から考えてみればそれも至極当然の事であり、どこの馬の骨とも分からない自分を、お嬢様の相手として簡単に認める訳がありません。
 ですが三枝委員長の意思は堅く、何が何でもデートをすると主張。よってここに対立が生まれ、その結果、三枝委員長が立てていたという本日のデートプランはご破算となった訳です。
「恥ずかしい所をお見せしてしまったわね」
 屋敷から外に出て、第一声、三枝委員長がそう言いました。
「普段はあんなに頑固な人ではないのだけれど……」
「いえ、考えてみれば当たり前の事かもしれません」
 沈黙。なんとなく気まずくなって、自分から話しかけます。
「ちなみに、どんなデートプランを考えていたのですか?」
「そうね、まずはチャーターしたジェット機で南の島のプライベートビーチへ向かって、そこで海水浴。昼間は呼び出したイタリアの一流三ツ星シェフの豪華なランチを食べて、午後は島を散策しながら好きな事をして、夜になったら、またジェットで日本に戻ってきて会員制の豪華ホテルで最高の……」
「も、もう結構です」
 なんだか聞いているだけで気が遠のいてしまいそうだったので止めました。
「まあ、全て父にキャンセルされてしまったのだけれど」
 残念そうに、三枝委員長が俯きます。
 怒って声を荒げたり、焦って取り乱したり、しょんぼりとして気落ちしたり。
 これまでに見た事のなかった三枝委員長の表情は実に新鮮で、確かに超豪華デートプランは惜しい所ではありましたが、それでもこの三枝委員長が見られただけでも、同じくらいの価値があるのではないかなんて、自分は思いました。
「これからどうしましょうか」
 三枝委員長の質問に、自分は頭をかきます。
 どこかへ行こうにも、家から放り出された三枝委員長は一銭も持っていませんし、自分も一応なけなしのお小遣い5000円は持ってきましたが、ここまでタクシーで来るのに結構使ってしまって、1000円ほどしか残っていません。高校生の男女がデートするのにこの額はいかにも不安で頼りなく、何をするにも金が必要な今では、何も出来ないと言っても言いすぎではないでしょう。
 悩む自分を見て、申し訳なさそうにする三枝委員長。考えてみれば、自分にだって三枝委員長の財力をあてにしていた部分があるかもしれません。そもそもデートプランを三枝委員長1人に任せきった事も、考えてみれば男として失格です。先ほど三枝委員長は自分を庇ってくれましたが、その辺も含めてお父上は自分の底という物を見透かしていたのではないでしょうか。
 ふと、自分に良い案が浮かびました。
「お金が無いのなら、稼げば良いのではありませんか?」
 自分の発言に、三枝委員長が首を傾げます。
「友人の紹介なら、日雇いで出来るバイトがあるはずです。午前中はそこで2人で働いてみませんか? もちろん、三枝委員長さえ良ければ、の話ですが」
 しばらくの後、三枝委員長はこれまた珍しい笑顔でこう答えてくれました。
「とても良い案ね。私、1度バイトというのをしてみたかったの」

       

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