Neetel Inside ニートノベル
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 ここで言う友人というのは、無類のおっぱい好きとして国内外を問わず絶大な支持を受ける等々力氏の事であり、彼は高校入学と同時にその飽くなき好奇心からか、あるいは乳系エロ雑誌の購入資金の為か様々なバイトを始めていたようで、自分もあまりそれに関しては興味は無く、話半分に聞いていたのですが、意外と持っているコミュニケーション能力の所以で、いわゆるバイトのキープという物をいくつか持っているようなのでした。
 その内容はあくまでもうろ覚えですが、高校生としてはベタなコンビニ店員から土木関係の作業員、ファミレスのウェイター、ニッチな所では雑誌編集のアシスタントやら未発売ゲームのデバッガーといった仕事を入学後僅か数ヶ月の間にこなし、そんな彼ならば突然でも2人分、仕事の口を紹介してくれるのではないかという期待を持ち、電話をかけてみました。
「お前なあ、たかがバイトって言ってもそんな気軽なもんじゃないんだぞ。身元の保証もいるし、シフトだってある。当日急に、しかも午前中だけなんて、そんな都合の良いバイトがあると思ってんのか」
 等々力氏に正論を言われると何故か無性に腹が立つのは自分だけなのでしょうか。いえ、隣で電話から漏れる声を聞いている三枝委員長も、若干ですがぴくぴくときているようです。
「そこを何とか、何でもいいのでありませんか」
「しかも2人分だろ? うーん……。っていうか2人ってさ、お前とあと誰だよ」
「三枝委員長です」
「はぁ!? 委員長がなんでバイトなんだよ。会社ごと買えるだろあいつ」
「それはまあそうなんですが、色々と事情があるんですよ。本当に何でもいいので、お願いします」
「そう言われてもなぁ……」
 ここで突然、三枝委員長が自分から受話器を奪いました。そしてたった一言。
「今度1乳首見せてあげるから私にバイトを紹介しなさい」
 突然現れた謎の単位「乳首」に疑問を抱く間もなく、電話の向こうの等々力氏は答えます。
「ちょっと待て! 乳首は2つで1単位だろうが!」
「駄目よ。1乳首だけ」
「もう一声!」
「……仕方ないわね。1.5乳首。これ以上は譲れないわ」
「やったぜ!!」
 果たしてその1乳首という単位の価値がどの程度あるのかは不明でしたが、とにかく変態間での会話が成立し、契約が成り立てばまあ良いとします。
「でも本当に何でもいいんだな? 最低時給だぞ? 地味な仕事だぞ?」
「構わないわ」
 と、断言する三枝委員長。自分もそれに頷きます。
「じゃあ紹介してやる。今から連絡先と場所を言うから、とりあえず向かってくれ。俺から話はしておくよ」
「助かるわ」
「1.5乳首忘れるなよ!」


 人生初のバスに乗った三枝委員長は、興味津々で降車ボタンを押そうとした所を他のお客さんに押されてしょんぼりするという子供のような表情を見せつつも、車輪の上の少し高い席からの景色を楽しんでいるようでした。ただ単に節約の為に乗ったバスでしたが、生まれてこの方高級車にしか乗った事のない彼女にしてみれば、こっちの方がおそらく新鮮なはずで、かえって良かったかもしれないとも思えました。
 自分からすればなんて事のない日常ですが、三枝委員長からしてみればそれは未知なる経験であるという事。これからするバイトもおそらくはそうなるはずで、これも意外と悪くない展開かもしれないと思った矢先、意外な程に弱気な言葉をもらいました。
「こんな事になってしまって、ごめんなさいね」
「気にする事は無いですよ」
「でも安心して。今日は駄目でも、私は必ずお父様を説得してみせる」
 説得……。自分はどうしても気になって、あるいは確かめたくなって、こんな質問をぶつけてみました。
「三枝委員長は、本当に自分と付き合いたいのですか?」
「あら、当たり前でしょう。でなければこんな事はしないわ。こう見えてもね、お父様に逆らったのはこれが初めてよ」
 面食らうほどにあっさりと、「当たり前」を口にしたので、自分はどう答えていいか分からずにたじろぎました。
「好きよ、五十妻君。前に春木君に指摘された時よりも素直に、今はこの事実を受け入れている。不思議ね」
「では、どうして……」
 言いかけた時、三枝委員長が人差し指でそれを止めました。
「どうしてHVDOの幹部、つまりあなたのお父様に仕えているのか、でしょう」
 三枝委員長には何でもお見通しのようです。
「それについては、そうね、後で時間をかけてお話しましょう。ほら、もう着いたわ」
 バスから降り、降り立った停留所はちょっとした工場地帯にありました。街の外れで、ほとんど自分も来た事はありませんでしたが、空気が市街地とは違ってややどんよりとしており、これもスモッグや排気ガスの影響なのかと推察されました。
 なんとなく、三枝委員長、いえ、三枝お嬢様をこんな所に連れてくるのは、煌びやかな宝石をドブに落とすような気がして気が引けましたが、当の本人はというと実にやる気満々で、むしろ自分を引っ張るくらいの勢いで、目的地へと向かっていきました。
 その時、なんとなく自分はもしもこの人と結婚したら、こうして前を歩いてくれて、周りからは尻に引かれていると思われながらも、でもそれはそれで幸せだったりするんだろうな、などとこっ恥ずかしい事を考えて、1人赤面したりしていたのでした。


 そうしてやってきたのは、小さな工場でした。小さいと言っても工場ですから、何も無ければ校庭と同じくらいのスペースがあり、そこにベルトコンベアやらタンクやら、ほとんどは名称も分からない機械が所狭しと並び、轟音をたてて稼動していました。
 等々力氏からの話はきちんと通っていたようで、工場に備え付けの事務所をノックすると、工場の責任者らしき人がすぐに出てきて、大した挨拶をする暇もなく、白衣と白い帽子とマスクを着るように指示し、その後自分達を仕事場に連れて行きました。既にラインは動いているようでしたが、仕事は用意されていました。
「これから君達にはサラダ油の梱包作業と、『撫で』作業を行ってもらう」
 そこがサラダ油の工場だった事すら初耳の自分でしたが、梱包の方はまだしも、「撫で」というのは流石に分からず、質問しました。
「このベルトコンベアをサラダ油の入ったボトル容器が流れてくるから、それをひたすら撫でてくれ」
 ひたすら撫でる?
 製品を世の中に送り出す前に、愛情を込めておいしくする担当がいるというのは初めて知りました。が、どうやらそういう事ではないようです。
「不良品のチェックだよ。容器にひびや割れが無いかをチェックしてもらう。もしもあったらその製品をコンベアからどかして脇に置いてくれればいい。それだけだよ」
 なるほどそういう事か、と納得します。とはいえ世の中にはすごい仕事があった物です。刺身にタンポポを乗せる仕事というのはなんとなく聞いた事がありますが、まさかサラダ油の容器を撫でるだけの仕事とは。
「各作業1人ずつ必要なんだが、どっちがどっちをする? 梱包の方はダンボール上げ下げの力仕事だから、出来れば彼の方にしてもらいたいが」
 もちろん、そのつもりでした。男として、女子に重労働をさせる訳にはいかず、ここに来るまでに余りにも作業がきつそうだったら三枝委員長だけでも辞退させようと思っていた所に、撫でるだけという仕事はありがたく、自分は同意も待たずに梱包作業に立候補しました。
 やがて作業が始まります。自分はひたすら指示に従いながらフォークリフト用のコンテナに油の入ったダンボール箱を積みまくり、三枝委員長は流れてくる容器を撫でまくる。
 ひょっとすると自分は、物凄く罪な事をしているのではないかという疑いが作業中に思い浮かびました。三枝委員長のスペックは既知周知の通り高校生としては飛びぬけた物ですし、家に戻ればきっとこの工場を丸ごと買える程のお小遣いがあるはずです。にも関わらず、そんな人にこうして、誰がやっても同じような作業をさせてしまうというのは、ひょっとして世界にとって大きな利益の損失なのではないでしょうか。三枝委員長の人生という時間は、自分などとは違ってとてつもなく貴重な物なのではないでしょうか。
 今更になってバイトの提案を後悔し始めたのですが、自分は自分で目の前のダンボール箱を捌くのに精一杯で、せいぜい合間合間に撫で作業をする三枝委員長を遠目から見る事しか出来ませんでした。ボトルを撫でる三枝委員長の手つきが妙にいやらしく見えたのは、とりあえず自分の気のせいという事にしておきます。
 やがて作業開始から約3時間が経過し、もうすぐ切り上げかという頃、疲労も相まってか自分はなんとなくネガティブな気分になっていました。いえ、現実に戻されたといった方が正確かもしれません。
 やはり自分は、三枝委員長には似つかわしくない存在なのではないか。
 三枝委員長からの好意は非常に嬉しく、自分の人生にはもったいない程の贈り物だと思うのですが、それを受け入れてしまうという事は、三枝委員長の時間を無駄にする事にも繋がるのではないか。現にこうして今も、自分の提案は三枝委員長には役不足も甚だしい単純作業を強いている。
 そして先ほどのバスでの会話。もしも三枝委員長が、お父さんを説得出来なかったら? 諦めてくれるならまだましですが、もしも駆け落ちなんて事になったら、自分のしでかしてしまった罪は一体……。
 どうやら、明日のくりちゃんとのデートを待つまでもないようです。
 今日のデートの最後、あるいはこのバイトが終わったらすぐにでも、自分は三枝委員長に頭を下げて、常套句過ぎて気持ちが悪いですが、「あなたは自分にはもったいないお方だ」という事を伝えようと思いました。やはり、誰がどう考えてもそれが普通であり、正しい事だと思うのです。

       

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