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HVDO〜変態少女開発機構〜
第五部 第三話「全裸姫」

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 その夜、サエグール王国の衛兵であるイーソは夢を見た。とても現実じみていて、起きてからもそれが夢だったという事に気づくまで数分の時間を要した。しかもその内容は、とても人に言えるような物ではなく、イーソは自分を変態なのではないかと疑い、思わず戒めたくなったので、1人王城のある方角に向き両手をがっちりと組んで祈るように謝罪した。
 だが、その夢が夢ではなかった事を知ったのは、それから3日後の事だった。
 平和なサエグール王国において、城の衛兵という仕事は酷く退屈な物だ。決められた場所にずっと黙ったまま立ち、交代時間が来れば詰め所に戻って休息を取る。兵士として剣術の心得や僅かながらの魔法の知識はあるが、それが特に役に立つ事もない日常。とはいえ、大きな戦争に突入するよりはマシだとイーソはいつも考えていた。
 ある日の見張りは朝から酷く忙しい物になった。城内が騒がしく、何かトラブルが起こっている事は外にいてもすぐに分かったし、昼からは人の出入りが激しく、検問作業に追われた。医者、魔術師、考古学者、占い師、哲学者、その他国内でも有名な識者が入れ替わり立ち代り城を訪れ、しばらくすると顔面蒼白になりながら帰っていくというのを繰り返していた。
 何らかの異常事態が起きているという事は、一介の衛兵であるイーソにも分かったが、城を訪れた者達は一様に口を閉ざしており、情報は得られなかった。
 ようやく仕事がひと段落した頃、カシーハ衛兵隊長が城にいる兵士全てを呼び出して説明をした。
「今朝、城内に何者かが侵入して姫に呪いをかけた」
 ざわめく衛兵達に、カシーハは一喝する。
「侵入者を見つけられなかった事は我々衛兵隊の怠惰に他ならない。この件が片付き次第、俺は辞職する。だが今は国家の一大事。我々が一丸とならなければ、この国は滅ぶ」
「姫にかかった呪いとは、一体どのような物なのですか?」と、衛兵の1人が質問する。
「……詳しい事はまだ分からないが、『フヴドの呪い』という物らしい。上級魔女にしか使えない高等呪術だ。その呪いにかかった者は、その意思に関わらず触れた物を全て溶かしてしまう」
「全て、というと……」
「言葉の通り全てだ。膝から下だけは無事のようだが、今、姫は服も着れず、誰にも触られない状態にある」
 その言葉を聞いて衛兵の一部が鼻血を垂らしたが、それも無理の無い話だった。サエグール王国の姫ミズキは年頃の娘であり、その美しさは国内のみならず国外でも噂になっている。数々の国の王子から求婚されていたが、未だ処女であり、民からの信奉もあった。
「呪いを解く方法はないのですか!?」
 誰からともなく声があがったが、カシーハは首を横に振るだけだった。
「『フヴドの呪い』にはもう1つの特徴がある。それは周囲の人間をゆっくりと蝕むという性質だ。そしてその範囲は徐々に広がり、やがて国1つを飲み込む事になるだろう。事実、既に目付け役の年寄の1人が身体の調子を崩して寝込んでおられる」
 事件の深刻さに全員が気づいた時、その場を沈黙が支配した。


 姫に呪いがかけられてから3日、フヴドの呪いは誰にも解く事が出来ず、噂だけが国に広まっていた。時間を追う毎に体調不良を訴える者が増え、城の中には正体不明の病が蔓延し始めていた。また、衛兵達の昼夜を問わぬ捜索にも関わらず呪いをかけた犯人は見つからず、疲労と焦燥だけが積もり始めている。
「父上、どうか私を国外に追放してください」
 玉座にて、一糸纏わぬ姿の姫が王に向かって懇願していた。周囲にいる近衛兵達は皆目を背けている。
「ならん! 許さんぞ! ……ごほっごほっ」
 国王の顔色は青白く、普段の覇気がまるでない。無論、これこそがフヴドの呪いの影響である。
「このまま私が城にいれば、この国は滅亡してしまいます。解決するには私がこの国を出るしかありません!」
「ごほっ……駄目に決まっておるだろう! 今、お前は服どころか布切れ1枚も着る事が出来ない身体なのだぞ。馬も無ければ武器も持てぬ。お供をつけたとしてもその者が病に倒れてしまう」
「分かっています。ですが、ここにはいられません。どこか人里離れた場所に1人で暮らします」
 苦悶の表情を浮かべる王だったが、背に腹は変えられない現実があった。
 その時、1人の男が玉座に入ってきた。
「我は預言者トドロック。噂を聞き、早馬を飛ばしてやってきた。ここより遥か西の地に伝説の泉がある。そこで身体を清めれば、たちまち姫にかかったフヴドの呪いは解けるだろう」
 一瞬の間の後、最初に近衛兵達が反応した。
「貴様、どこから侵入した!」「ただちに捕らえろ!」「怪しい! 逃がすな!」
「ま、待て、我は預言者……やめろ、服を引っ張るんじゃない。待て、押さえつけるな……ちょ……」
 一時は取り押さえられ、投獄までされた預言者ではあったが、その後の尋問によって本物の賢者である事が証明された。伝説の泉の話も事実だった。深く古い森の中にあるというその泉には女神が住み、かつてはそこを人間達利用していたが、いつからか森は閉ざされてしまったのだという。
 また、預言者はもう1つの事実を示した。
 それは、フヴドの呪いはかけるのに『新鮮な精液』が必要であるという事。そしてその精液の持ち主には、フヴドの呪いの効果が及ばない事。これを聞き、恐れながらと1人の衛兵が前に出た。
 イーソである。
 彼は覚悟したように3日前の夜に見た夢を王の御前、そして姫の前で話した。
「……突如寝床に入ってきた女に、手淫を受けました。その女は顔をフードで隠していましたが、得もいえぬ芳しい香りと、艶やかな唇だけが記憶に残っています。酷く淫らな夢でした」
 その後、周りの者が体調を崩す中、自分だけがいつもと変わらない事を付け加えると、王から姫の髪に触れる許しが出た。
 イーソがミズキの髪に触れる。櫛もティアラも溶かしてしまう呪われた髪が、モトの震える指だけを受け入れた。
「こうなれば選択肢は1つしかありません」
 ミズキの決心は堅く、最早誰にも止める事など出来なった。


 翌日の早朝、城門に全ての者が集まり、2人を見送る事になった。
「くれぐれも変な気は起こすなよ、イーソ」
 衛兵長のカシーハが、両肩を潰れるくらいに掴んで警告する。
「伝説の泉までの道のりは長く険しい。何かあったらすぐに戻ってくるのだぞ」
 王は姫を気遣うも、今は抱きしめる事すら出来ない。
 それはありがちな旅立ちの風景だった。姫が全裸である事を除けば。
 ミズキのした選択。それはイーソと2人で伝説の泉を求めて旅をする事だった。
「では、行って参ります。必ずやこの身に宿した呪いを解き、この国に戻ってくると誓います」
 高らかに宣言するミズキ。両胸と股間を手で隠してはいるが、所々からはみ出る恥部に、皆は目を逸らしつつも見守っていた。
「イーソよ、ミズキの事をくれぐれも頼む。道中の危険からその身を守り、役目を果たせ」
 役目という言葉には太い釘が刺さっていた。
「この身に代えても、姫様を救うと誓います」
 やがて出発の時間がきた。王の配慮で、出来るだけ国の者に見られぬようにと早朝の出発になり、日の出前のまだ薄暗い城下町の中を裸の姫と大荷物の男が共に歩いていく。
 ミズキの3歩先をイーソが先導する形で、なるべく裸が目に入らないようにという気遣いだったが、これから先の長い旅を思えば無駄な努力である。
「普段見慣れている景色も、こうして裸で歩いていると違って見えますわね」
「そ、そうですね」
 ミズキと2人で歩く事すら初めてであるというのに、この異常な状況ではイーソが緊張するのも仕方が無い。
「でも、私は胸を張って歩くわ。だって恥ずかしい事なんて何もないもの」
 それは精一杯の強がりでもあったが、そうして気を保たなければ挫けそうだったからでもある。
「流石は姫様です」
「ねえイーソ、その姫様っていうのやめない? これから長い旅になるのだし、堅苦しいのは御免よ」
「では、何とお呼びすれば?」困惑するイーソ。
「そうね、『ミズキ』で良いわ」
「そ、そんな、姫様の事を呼び捨てなど出来るはずが……!」
 思わず振り返ってしまったイーソの両目に、2つの膨らみが飛び込んでくる。慌てて前を向き直すが、もう遅い。
「こんな姿を見られてしまっているのだから、今更呼び捨てくらいどうって事ないでしょう」
 強引だが正論と言えなくもないその理屈に、イーソはせめてもの抵抗を見せた。
「では、間を取って『ミズキ様』で勘弁していただけないでしょうか……?」
「……まあ、それでもいいけど」
 と、渋々納得するミズキが小さく小さく「せっかく2人きりになれたのに」と呟いたが、それはイーソには聞こえていなかった。

       

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