Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 紆余曲折あったものの、かろうじてエルフの隠れ里へ入る事を許可された2人だったが、以前よりも明らかに会話は減っていた。原因は考えるまでもなく明らかで、言い逃れの出来ない本性を晒してしまったミズキと、それに対して恐ろしささえ覚え始めているイーソの広がってしまった距離だ。
 四方を背の高い木に囲まれたその里は、人に知覚出来ない結界によって守られており、ここ100年で全くエルフの目撃情報が無かったのも頷ける程に満たされた場所だった。空のように透き通る水の流れる川と、色とりどりの果物が実る木々。畜産も盛んなようで、確かにここにいればわざわざ人間界に降りてくる必要など無いように思えた。
 ユノーを先頭にし、その後ろをイーソ、ミズキと続いていたが、皆が注目するのはやはり最後尾の全裸姫だった。エルフに勝るとも劣らないミズキの美しさと、丸出しにされた卑猥な部分は、種族の垣根を越えてエルフ達を魅了していた。
 ここまで来ると、イーソはさっさとこの旅を終わらせて故郷に戻り、早く日常を取り戻したい一心だった。すぐに伝説の泉に案内して欲しいとユノーに求めたが、そうはいかない。エルフの隠れ里にはこれまた厄介な決まりがあり、初めて訪れた者は伝説の泉に行く前に長老に会わなければならなかった。
 長老は名をハルルと言い、「長老」という響きとは想像も出来ないような若々しい少女のような見た目をしていた。ユノーによれば、エルフ族はある一定の年齢を超えると実際の老いと見た目が逆行し始め、やがて長老のような少女の姿に固定されるのだという。なんとも不思議な種族ではあるが、そういった価値観の違いが迫害を生んだとも考えられる。
「ハルル長老。例の『全裸姫』を連れてまいりました」
 思わずユノーと同様に跪いて挨拶をしたイーソだったが、その呼び方には機を見て一言申し上げなければと思った。
「そうか、よくやったユノー。これで世界は救われるはずじゃ」
 長老の似合わない言葉遣いに違和感を覚えつつも、イーソの願いは一刻も早くフヴドの呪いを解きたいという事だけだった。
「では、早速案内しよう……と言いたい所じゃが、伝説の泉へは『1人』で行かなければならぬ。森は多勢を嫌うのでな。泉までの地図と、許可の証を与えるから、1人で行ってはくれないだろうか」
「1人で……」
 2人は顔を見合わせた。こればっかりはいつものように、イーソが前に出て「自分が」という訳にも行かず、逆にミズキもイーソを頼る訳にはいかない。
「分かりました。1人で参ります」
「うむ。だが今日はもう遅い。空き部屋があるからここで一晩休み、早朝になったら改めて森に入るのが良かろう」
「お気遣い感謝します」
 こうして、エルフの隠れ里にてイーソとミズキは一宿を共にする事になったが、フヴドの呪いのせいでベッドでは寝られない為、外の馬小屋を借りて、いつものようにイーソの腕枕で寝る事になった。半年間の旅において、ずっと使い慣れてきた枕だったが、その日ばかりは互いに眠れなかった。


「明日、旅が終わるのね」
 目を瞑ったままミズキがそう呟くと、イーソは「喜ばしい限りです」と素直に答える。
「本当に嬉しいの?」
「……はい。城の皆も姫様の帰りを心待ちにしております」
「そうね……」
 ミズキは呟くように答えると身体を起こし、立ち上がったかと思うと、何も言わずに小屋から出て行く。イーソが慌てて後を追いかけると、外では素肌で月明かりを浴びて照らされながら、空を見ているミズキの姿があった。余りにも幻想的なその光景に、一瞬言葉を失いながらもどうにか声をかける。
「ミズキ姫、どうされたのですか? 明日は早いですし、すぐに眠りに就かれた方が……」
 イーソの心配を他所に、ミズキの声色は妙に明るい。
「ねえ、覚えてる? あなたとキトラが私の部屋に忍び込んで来た時の事」
 ぎょっとするイーソ。幼い頃の大冒険、覚えていないはずがなかった。
 10年前、当然イーソが衛兵になる前で、学校に通っていた頃の事。悪友のキトラは頭のキレる男で、大人達から見れば爽やかな少年だったが、仲間達の間では悪戯王のあだ名で呼ばれる程に悪さをする事で有名だった。そんなキトラがある日こう提案したのである。
「なあイーソ。この国の姫は僕たちと同い年だというのに1度も一緒に遊んだ事がない。これはゆゆしき事態だと思わないか?」
 イーソの答えなど待たずとも、結論は既にキトラの中で出ていた。これは後に、サエグール衛兵隊最大の屈辱とされ、その後の警備体制の改善に大いに貢献した王女誘拐事件のきっかけである。
「……その際は大変な失礼をしました」
 片膝をついて謝罪するイーソだったが、ミズキの表情は和やかで、少しも怒っている様子などなかった。
「あの時ね、あなた言ったじゃない。『世界はこの部屋よりも、この国よりも、誰かの夢の中よりもずっと広い。どうして冒険しないんだ?』って。それを聞いた時ね、私はいつかこの人と旅に出る事になるんじゃないかって思ったの」
 イーソにとっては自身すらもはっきりとは覚えていない子供の戯言だったが、ミズキにとってのそれは退屈な日々を誤魔化す為の金科玉条だった。それを知った時、イーソは無性にミズキを後ろから抱きしめたくなったが、子供の頃から経過してしまった年月と、立場と使命感がその衝動を止めた。
 だが、明日になって呪いが解ければ、ミズキは正式な王女としてサエグール王国の最高地位を継ぐ事になる。そうなれば、当然イーソの腕がミズキの枕になる事もなくなり、言葉を交わす事すら出来なくなる。
 旅の終わりは、2人の関係の終わりを意味する。
 振り向いたミズキの瞳は、そこに月の光を蓄えているかのように潤み、深く、そして遠くに見えた。
「呪いが解けなければいいのにね」
「ミズキ姫……」
 名前を呼ぶも、それ以上の言葉が出ない。たった一言、「一緒に逃げよう」と口に出せば済む話が少しも進もうとしない。
「嘘よ。冗談。そんな顔しないで。フヴドの呪いは解かないと、いつか世界が滅んでしまうわ。それに、一生裸でいるのなんて、やっぱり恥ずかしいしね」
 笑顔を見せるミズキに、イーソは安心する。それが男らしくないと分かっていても、思わず胸をなで下ろさずにはいられなかった。
「さあ、もうそろそろ寝ましょう。明日は早いわ」
 そうして、旅の最後の夜は更けていった。


 翌日、イーソは森の中へと出発するミズキを見送った。地図によればそこまで遠くはなく、泉までは往復しても昼前に帰ってこれそうな距離だった。エルフの庇護があれば動物達に襲われる心配もない。最後にしてはあっけない幕切れになるが、イーソとしては気が楽だった。
 見送った後、帰り支度を整えようと小屋に戻ると、そこに明らかにエルフではない何かがいた。フードを深く被った、背の低い女だ。その身に纏う異様な空気に、イーソはすぐに身構える。
「貴様、何者だ!」
 腰に差した剣の握りに手を置き、返答を待つ。
「私の名はクリーヌ。ミズキに呪いをかけた魔女といえば分かるかしら?」


 ここで自分の視界はぐるりと周り、長らく続いたファンタジー世界での生活は終焉を告げました。
 戻ってきたのは例のラブホテル。時間は入った時から3時間が経過しており、どうやら延長料金を支払わなければならないようですが、帰ってきてみたら現実世界においては半年どころか何十年も経過してたというウラシマ的結末よりは比較的マシと言えるのではないでしょうか。
 さて、自分が体験した物がHVDO能力「ヨンゴーダイバー」による三枝委員長の「死後の世界」であったという事は今更言うまでもありませんが、りすちゃんの時と明らかに違っていたのは、三枝委員長の世界観が余りにも圧倒的すぎて、自分自身でさえ飲み込まれてしまったという点でしょう。自分、五十妻元樹はサエグール王国という謎の国の一衛兵として、三枝委員長自身はそこの姫として存在し、最初から何の違和感も覚えませんでした。何せあちらにはあちらの生活があり、与えられた設定がその物人生として深く刷り込まれ、それに疑問を抱く事さえ不可能だったのです。多少話が脱線しますが、もしもこれから技術が発達して物凄くリアルな体感型のRPGが出来たとしたら、果たしてそれをプレイする人は現実での自分を忘れずにいられるのでしょうか? 自分がたった今体験した事は、つまりその答えの1つだったように思われます。
 しばらくして、三枝委員長もあちらの世界から帰ってきました。自分の顔を見た瞬間に、同じく悟ったようでした。現実と空想。現世と来世。現と夢。しかし三枝委員長の裸体だけは、変わらないくらいの美しさで実在し、そしてそれは一層魅力的に自分の目には映るのでした。
「生まれ変わっても、あなたは私とは結ばれないのね」
 残念そうな三枝委員長に、自分は真面目に答えます。
「結末はまだ分かりません」
「ええ、そうね。でもとにかく、楽しいデートになったわ」
「はい。自分もそう思います」
 例えそれが現実でなかったとしても、半年間も昼夜を共にすれば、相手が考えている事は大体分かっています。
 自分は疑いを胸の内に秘めたまま頷きました。
『フヴドの呪いをかけたのは、三枝委員長、いや、ミズキ姫自身であったのではないか?』
 その問題を解決するのは、悩み多き青年イーソに任せておきましょう。

       

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