Neetel Inside ニートノベル
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 ぱっさぱさのクッキーをもっしゃもしゃと貪りながら、心にもない「おいしいです」を口角から垂れ流しつつ、自分はくりちゃんの視線のレーザービームを一身に受け、どうしたものかと黙考していましたが、いよいよ両肩を脱臼しかねない気まずさの重圧に耐え切れず、まずはジャブからと話を振ってみました。
「雨、止まないみたいですね」
「あんたのせいだ」
 懐に入るなり意味不明なスピードで放たれたアッパーカットに、マウスピースが宙を舞いました。
「で、でもおかげでこうしてゆっくり話が出来るじゃないですか。それともどこか行きたい場所でもありましたか?」
 胎児をあやすがごとく優しく優しく投げかけた自分の質問に、くりちゃんはちょっと考えた後メモを取り出しました。
『午前中、映画を見に行く(出来れば恋愛モノ)。正午、映画館近くのイタリアンでランチ。午後、公園をブラブラと散歩。途中でボートに乗ってそこでちゃんと告白。夕方、自分を選んでくれるかどうかの確認をきちんと取る。夜、家で肉じゃがを振る舞い家庭的アピール。その後セックス。その前にもう1度必ず選ぶという約束をする』
「……何ですか? これ」
「……昨日音羽さんと立てた作戦」
 1から10まで童貞の発想しかないそのプラニングに思わず自分も失笑しましたが、なるべく表情には出さず、「素敵なデートですね」とあまり得意ではない愛想を浮かべました。
「本当はその通りうまくいくはずだった。あんたのせいで駄目になった。あんたが私の事を嫌いだから今日は雨になったんだ」
 滅茶苦茶な理論に混乱しつつも、「申し訳ありません」と答えると、くりちゃんの表情がますます険しい物になりました。
「どうして怒らないんだ」
「え?」
「なんで遠慮してるのかって聞いてるんだ」
「遠慮って……」
「もう委員長に決めたんだろ? 遠慮して気を使ってるんだ。だから私が何を言っても怒らないんだ」
 くりちゃんの自分勝手で独りよがりな理屈に、自分は今日初めて牙を向きます。
「一言、いいですか?」
「……なんだよ」
「今日のくりちゃん、面倒くさいです」
 瞬間、天井から吊っていた糸か何かが切れたように頭を机に打ちつけ、ぷいっと反対方向を向きました。
「……委員長とのデートはどうだったんだよ?」


 嫉妬。
 7つの大罪の1つであるそれは、思えば自然な感情なのかもしれず、今まですっかり麻痺していましたが、くりちゃんも貧乳とはいえ年頃の女子ですから、そういった思いを抱くのはごく当たり前の事であり、むしろ戒められるべきはこうなるまで放っておいた自分の方である事は明らかです。
 しかしながら、開き直らせていただければやはり自分はクズであり、面倒だと思ってしまった事もまた揺るぎのない事実である事は変わらず、ではどうすればいいのかという自問への解答は、飾り立てはせず、誤魔化しもせず、ただただ正直に答える事だけでした。
「楽しかったです」
「結婚したいと思ったか?」
「はい」
「……あたしの事なんて思い出さなかった?」
「はい、少しも」
 この自分でも驚くくらいの即答ぶりに、いよいよ殺されるであろうと確かな予感を得ましたが、いつまで待っても鉄拳は飛んでこず、代わりに聞こえてきたのは息を殺して泣く声でした。
 立ち上がり、反対側に回ってみるとくりちゃんの真っ赤になった目と目が合いました。
 くるっと頭を反転し、逆方向に向けるくりちゃん。
 元いた席に戻ると、再び目が合って向く方向を戻します。
 3回目からは自分が動いている気配を察知して泣き顔を見られまいと首をぐりぐり左右に振っていましたが、それもいよいよ10回目あたりで諦めたようで、今度は逆にじっとこちらを睨みつけてきました。
「遊びはこれくらいにして、聞いて欲しい事があります」
 と、自分は切り出しました。
 昨日、三枝委員長とのデートで得た貴重な情報。
 自分の父である崇拝者について、考えておかなければならない事があるのです。
「自分はどうやら父を倒す必要があるようです」
 くりちゃんは黙って自分の話を聞いていました。
「そもそも話の前提からして、自分は納得がいっていません。誰と恋愛しようが基本的には自由なはずですし、例え肉親といえどそれを制限したり禁止する権限はないはずです。ましてや一昨日初めて会ったような相手に、口出しされる事自体が間違っています。しかも、父は自分が選ばなかった方の処女を頂く。つまりレイプするという犯罪予告までしているのですから、何も遠慮はいりません。やはり倒すのが最善です」
「もうさ、お父さん選んでケツ処女奪ってアイデンティティ崩壊させればいいんじゃない?」
 と、くりちゃんが口を開きました。くりちゃんにしては過激なアイデアですが、段々変態としての自覚が出てきたのでしょうか。散々いじめられて開き直っているとも言えますが。


 ここで崇拝者について、明らかになっている事を整理したいと思います。
 実は、昨日の三枝委員長とのディナーの間、話題はずっとこの事についてでした。『どうすれば崇拝者を倒し、2人の処女を守れるのか』それは目下自分にとっての解決しなければならない最大の問題であり、むしろこれさえどうにかなれば2人の内1人を選ぶという事すら曖昧に出来るチャンスでもあります。つまり、2択は正確には3択であるという事です。くりちゃんを選ぶか、三枝委員長を選ぶか、崇拝者を倒すか。
 ですが、三枝委員長と母から聞いた崇拝者の能力の一端は、そのような野心を打ち砕くのに十分な情報でした。
 5つ、既に明らかになっている能力をノートに書き出し、くりちゃんに説明しました。


 この世に存在する非処女、非童貞の行動や思考を全て把握し、未来を予測する。裏を返せば処女と童貞の行動によっては未来は変化するものであり、確実に決定付けられている訳ではないが、この能力により非処女非童貞は単独で崇拝者を追う事すら困難になる。


 世界中どこでも指定した処女の近くに瞬時に移動する事が出来る。この能力はあらゆる拘束を無視し、また、シチュエーション能力によって異空間に飛ばされている場合でも発動が可能。ただしその人物が処女である事を崇拝者自身が知っており、なおかつ事実でなければ発動しない。


 処女、童貞に限り、対象の性癖に応じた超能力(HVDO能力)に覚醒させる事が出来る。ただしその性癖に対するこだわりは一定の基準を超えていなければならず、いわゆる変態でなければ条件は満たされない。また、能力の発動はあらゆる情報媒体を通して可能であり、本、絵、プログラミングなど、制限はない。

4.
 処女を奪ってから1日の間、不死になる。具体的にはあらゆる物理的攻撃を無効にし、生命活動を維持し、薬物の影響を受けない。この能力は崇拝者自身の意識とは無関係に常に有効であり、自殺も出来ない。また、攻撃を無効化するという事は抵抗を不可能にする事と同義であり、例えば崇拝者に手を拘束されればそれを解く事は出来ない。

5.
 口から破壊光線を発射して処女以外を焼き殺す。もう滅茶苦茶。

 つまり、各国の処女を犯しまくる世界的犯罪者である崇拝者を逮捕出来ないのは、例え居場所を突き止めたとしても「2」の能力で逃げてしまうからであり、そもそも逮捕の計画を練っている段階ですら、「1」の能力で筒抜けになり、仮に偶然寝込みを襲える状況であっても、毎日処女さえ奪っていれば「4」の能力によって殺す事は出来ず、「3」の能力によって一部地域に変態を増やし続け、変態処女を開発するという悪魔の計画を実行している。逆らえば「5」の破壊光線。つまりは無敵という事です。
「唯一、崇拝者に対抗出来るとすれば、それは性癖バトルでしかありえません」
 これは自分と三枝委員長と母の最終的な見解です。
 問題なのは、いかにして変態の総本山たるHVDO首領に対し性癖バトルを挑み、承認させ、勝利を得るかであり、これに対する解答が得られない内は、とにかく崇拝者に従う他、選択肢など無いのです。
 そして春木氏の言っていた、「非処女から処女を奪う」という謎の能力もあります。
『性癖バトルで勝利した相手の1番大切な人の処女を奪う能力』
 もしもこれが事実であれば、性癖バトル自体を行う事は可能なはずです。
 ただし、そのバトルに負けた時、自分はとてつもなく大きな何かを失うはずです。
 くりちゃんか、三枝委員長か。
 選ばなかった方の処女を奪うという宣言は、嘘である可能性が高いのではないでしょうか。いえ、選ばなかった方の処女「も」奪う、というのがこの場合の正確な表現です。
 総取り。
 自分がどうにかして2人を同時に選べないかと考えているという事は、父親もそう考えているはずです。

       

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