Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

「あのさ、そもそもなんで男の人は処女が良いの? ていうか本当に良いの?」
 しばしの沈黙の後、くりちゃんが口に出した疑問は至極もっともでした。
 この「処女崇拝」については、ちょっとばかりの時間を割いて語る必要があるように思います。今回はくりちゃんにも分かりやすく、「処女にも分かる処女崇拝」と銘打ち、これを一限目の授業としたいと思います。
 人類の歴史は長いですが、男がその支配欲を失った事は1度たりともないと断言出来ます。大陸を支配したアレキサンダー大王は女でしたか? チンギス・ハーンは? 織田信長は? 三峰徹は? 無論、指導者としての女性はいくらでも存在しましたが、世界を支配しようという野望を持った偉人は皆男なのではないでしょうか。
 これを拡大解釈すれば、支配欲を持つ男が、それを満たし続け、なおかつ拡大させ続けたからこそ歴史に残ったとも考えられます。大抵の人間は自分より強い者の存在を認め、人生のどこかのタイミングでそれに屈服せざるを得なかったのでしょうが、たまたまそうでなかった人物が、世界を獲った。つまり支配とは、男の究極なのです。
「でもさ、男の人にもその、え、Mって言うのか? いじめられるのが好きな人もいるだろ」
 くりちゃんの指摘は確かに事実ですが、M男というのも自分の解釈では支配欲の変化形であると捉えています。誰かに蔑まれ、罵られ、理不尽な暴力を振るわれ、不当な扱いを受けたいという欲求。それは、自らの置かれているその境遇に対して、「異常」だと感じる事によって生じます。即ち、「ああ、自分はなんて酷い事をされているんだろうか」という感情をエロスに分類するからこそ、そこに興奮が生まれ、チンコがビンビンになってしまうのです。裏を返せば、「自分は尊重されて当然である」という甚だしい自尊心があるという事に他ならず、それは支配欲と同じ性質の物です。
「……うん、男が支配欲の塊だってのは分かった。ていうか前からなんとなくそんな気はしてた。でもどうしてそれが処女好きと繋がるんだ?」
 男の究極が支配であると、自分は先ほど言いました。では、支配の究極とは何か。相手を降伏させる事? 違います。では相手の命を奪う事? 違います。むしろ相手に好かれる事? 全然、違います。それらの行動には精神的隷従が伴いません。鎖に繋いでそばに置いた奴隷は、いつ寝首をかくとも限らないのです。
 究極の支配、その1つの答えが処女を奪う事なのだと思います。現在の日本の法体制では、処女を奪われたからといってその相手と一生を添い遂げなければならないといった決まりはもちろんありませんし、むしろそっちの方がレアケースになっているとさえ思います。
 ですが、どんなに価値観が変わっても、文化が融合と分解を繰り返しても、変えられない物が1つあります。それは、「初めての相手を後から変える事は出来ない」という事です。
 それが素敵な思い出だろうが、凄惨な事件であろうが、若さゆえの過ちだろうが、後から初体験の相手を変更する事など決して出来ないのです。もちろん偽る事も出来ますし、物理的な意味だけで言えば処女膜再生手術というのも存在します。ですが真実として、1度失った処女は取り返す事が出来ません。人生は1度きりなのです。
「……そんなに重要な問題かな」
 処女を捧げられなかった相手と結婚し、幸せな家庭を築き、一生を幸せに終える人もいるでしょう。でも旦那さんは必ず1度は思うはずです。「妻の初めての相手は誰だったんだろう?」。そして処女を捧げた相手も、奥さんを見る度に思うはずです。「あの女の始めての相手は俺だったんだ」。これが男の支配欲です。女性から見れば下らない、チンケなプライドの為に男はハゲていくのです。


「で、でもさ、処女ってなんていうかその、面倒くさいって言われるだろ。……あたしみたいに」
 消え入りそうな声でそういうくりちゃんに、自分は毅然として答えます。確かに面倒です。
 ヤるまでの道のりは厳しいわりに、最初の行為中は気持ちよさよりも痛みを主張しますし、その上当然ですが大抵の人はセックスに対して協力しようとはしません。回数を経てようやくその点が業務改善されていくとはいえ、やはり自分以外の経験がないので知識も技術も拙く、それならまだマシで、仕込みを終えた瞬間に他の男に持っていかれるパターンになると最早ただの労働です。ポケモン育て屋さんです。
 それらの過程も楽しめなくはないですが、処女側も人間ですので、感情という物があります。「せっかく私の処女を捧げてあげたのだから、もっと丁重に扱われるべきだ」と口には出さなくても態度には少しずつ現れ、いつか支配していたはずの関係は支配されていたりするのです。面倒である事この上ない。
「だろ? ……なんかムカつくけど。でも、それならやっぱり処女なんて嫌われるんじゃ……」
 断固として、それは違います。では、もう少し話のスケールを大きくします。
 そもそも生物の目的とは一体何でしょうか? 答えは至って単純明快。子孫を残す事です。
 自らの遺伝子を持つ子孫を、出来るだけ未来へ残す事。これは本能にインプットされた最優先事項であり、これにより淘汰が起き、進化が発生する。最終到達点が何かというのは余りにも哲学的過ぎるのでここは一旦置きますが、まず普通の人間が優先すべきなのは、子を産み育て社会に参加させるという事であるのは間違いないでしょう。
 複雑な家庭環境を持つ方を否定する訳でもなければ、義理の親子の仲に絆はないなどと暴言を言うつもりはありません。ですが、生物的な見方に限れば、遺伝子を残すには自分自身で相手を孕ませなければならず、そして残念ながら人間には、相手が既に妊娠しているかどうかを即時的に判別する手段が存在しません。人間固有の能力である嘘。医療品による誤魔化し、あるいは証明。知恵を持つが故に発生しうるその様々な騙しに、男は何の武器も持っていないのと同じなのです。
 そうと知らずに他人の子供を育てさせられるほど残酷な事は無いと思うのです。何せ子供に罪はありませんし、分かった時に既に愛情があると尚更です。やり場のない怒りは確実に健康を損ない、精神は疲弊して生物は淘汰されます。
「なんだ、結局怖いんじゃないか」
 と、くりちゃんが鼻で笑いました。
「自分に自信が無いから相手の事を疑うんだ。処女が好きだなんてただの言い訳だ。お互いに信じあっていれば、処女かどうかなんて関係ない」
 貧乳にしては鋭く、筋の通った意見ですし、おそらく大抵の人は納得するはずです。痛い所を突いています。
 ですが、今回はそのような小さいスケールの話をしている訳ではありません。今回のテーマはあくまでも「処女崇拝」DNA鑑定の有効性についてではないのです。


 山。
 古来より、人間は偉大な物に対して畏敬の念を持ち、信仰をしてきました。
 海。
 それはあまりにも小さな1つの生命が未知へと挑戦出来る証明でもあります。
 空。
 未開の場所へと足を踏み入れる瞬間、知性はこれ以上なく輝くのです。
 大地。
 数々の屍の上に築かれた恵みは、人類を更なる地点へと導き、
 宇宙。
 やがてはこの世界を構築する1つの真理へと到達する事になるでしょう。
 そして、処女。
 この崇拝は、何か意味のある物として刻まれるはずです。
「こ……怖っ!」
「処女崇拝とはつまりそういう事です。もちろんこれは自分の解釈ですので、崇拝者自身はより深い哲学を持っていると見て間違いはないでしょう」
「いやいや、おかしいって……絶対おかしい」
 ぶつぶつと言うくりちゃんに、トドメの一撃をお見舞いします。
「何せ変態の話ですから」
 とはいえ事実、ただ射精をしたいだけのお猿さんでなければ、処女の価値という物には一定のウェイトを置いているはずであるというのは確かなのではないでしょうか。歯に衣着せぬ言い方をすれば、他のちんこが入った事のないまんこの方を綺麗に感じてしまうのは自然な事であり、それを表面上は否定しておくのが男の甲斐性という物です。
「……まあいいよ。処女崇拝とやらは大体分かった。それで、そんなキチガイを相手にどうやって性癖バトルで勝つんだ?」
 自分は一転して冷や汗を流しながら、手を組んで俯きながら答えます。
「正直、全然分かりません」
 その瞬間くりちゃんは座っていた体勢からそのまま後ろに倒れこみ、クッションにその身をぼふんと預けました。
「あーあー! もう終わりだ! あたしあんたのお父さんに犯されちゃうんだ! あーあー!」
 今日のくりちゃんはちょっと躁鬱状態のようで、やっぱりなんだかとっても面倒くさいんですが、ここはひとつ寛大な心を持って、まあ大目に見ておきましょう。
「ですが、くりちゃん」
 自分は真剣な表情でくりちゃんをまっすぐに見据えます。
「もしも崇拝者を性癖バトルで倒すとしたら、くりちゃんにはかつてない程の『大恥』をかいてもらう事になりますよ」
 その言葉を聞いて、くりちゃんはゆっくりと起き上がりました。

       

表紙
Tweet

Neetsha