Neetel Inside ニートノベル
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 990.サーカスの団員になったくりちゃんが、空中ブランコの1番の見せ場であるキャッチの瞬間におもらしをしてしまい、テントの中に盛大に黄色い雨が降り、それを見た観客は全員がスタンディングオベーションした一撃。
 991.プールで泳いでいたくりちゃんがどうしても我慢出来なくなり、バレないという判断でもらしたおしっこが予想以上に黄色く、たまたま側で見ていた監視員に指摘され、周囲の人間からドン引きされながら連行される一撃。
 992.銀行のATMに並んでいたくりちゃんの膀胱がいよいよ限界に達し、順番を後ろに譲ってトイレに飛び込もうとするも満員。親切な行員に「尿での振り込みも可能ですよ」と案内され仕方なくATMに乗ってしゃがみ、尿入れ口にしてしまう一撃。
 993.謎の宗教団体に1000年に1度誕生される聖女として祭り上げられ良い気になるも、教典に従って聖水を配布してくださいと拝み倒され、全教団員に配り終わるまで返してもらえない地獄の放尿ループに突入してしまう一撃。
 994、くりちゃんがマックでバイトをしていると悪質なクレーマー客に絡まれ、最初は店長が冷静に対応するも途中から両者エキサイトしていき、本部の人間も巻き込んだ混乱の中、最終的に辿りついた答えが注文したドリンクをくりピスのLサイズにするという一撃。
 995、トップアイドルの名を欲しいままにしたくりちゃんが所属するアイドルグループの解散の日、武道館満員の客前にて泣きながら「普通の女の子に戻りたいです」と名言を残すも、直後にやっぱりおもらししてしまったので別の意味に解釈される一撃。
 996、盛り上がりがピークに達した合コンでラブダイスゲームをさせられるくりちゃんが出したのは「MAKE」「PEE」という存在しない目。空気に逆らえず仕方なくしてしまい、1周回ってまたダイスを転がすも結果は同じでそろそろグラ賽を疑い出す一撃。
 997、インターネットにおもらし画像が流出してしまい、世界を滅ぼす決意でテロ組織に入隊したくりちゃんだったものの、日々の厳しい訓練でおもらしを連続し、その姿も全て写真に収められ、アノニマスによって更に流出されていた一撃。
 998、おもらしをしていたくりちゃんがおもらしをしてしまい、おもらしをして誤魔化してみるもののやはりおもらしをおもらしで隠す事は出来ず、結局おもらしをしていた事をおもらされ、おもらしはおもらしとして諦めるしかないかとおもらししている一撃。
 999、おねしょで濡れた布団を乾かしている所を隣の奥さんに目撃され、咄嗟に我が子に罪を着せるもきっちり証拠写真を押さえられており、翌日から5歳児とは思えない喧伝活動によって近所に知れ渡ってしまい、泣きながら罪を償う一撃。
 1000、学校帰りに間に合わず、家の近くでおもらししてしまい、それを同級生に見られる一撃。
「10000まで続けるか?」
 崇拝者の無慈悲な質問に、自分は無言でぶっ倒れました。気づくと現実世界に戻ってきており、くりちゃんや三枝委員長も同じように死んだように突っ伏しています。1000回おもらししたくりちゃん。また、それに付き合った三枝委員長と自分の精神的疲労はやはり半端ではなく、今この部屋で立っているのは崇拝者だけでした。
「おい、まだ寝るなよ。こちらの一撃が残っている」
 自分にとって人生渾身の連打を耐えられ、最早策など残っていませんでした。しかしながら、希望を捨てる訳にはいきません。自分は拳を握り締め、なんとか崇拝者を睨みつけました。


 気づくと、自分は放課後の教室にいました。夕焼けが窓から差し込み、遠くから吹奏楽部の不安定な音色が聞こえています。季節は夏、休みの前でしょうか。半そでから伸びた腕は汗ばみ、黒板には誰かがした流行のバンド名の落書きが置き去りにされていました。
「まだいたの?」
 そう声をかけてきたのは、三枝委員長でした。事務的に黒板の落書きを消して、散らばったチョークをチョーク入れにまとめています。
「なんだか眠いのです」
 そう自分が答えると三枝委員長は、ふふ、と笑って、「帰って寝た方がいいんじゃない?」と提案しました。
「それもそうですね」
 椅子から立ち上がり、鞄を持って教室から出ようとすると、「待って」三枝委員長の声。
「ほら、ネクタイが曲がってる」
 極々自然に触れられ、正される自分のネクタイと、すぐ顔の下まで迫った三枝委員長のこの世の物とは思えぬ美しい顔に見とれる事ほんの数秒、それだけで決着はつきました。
「五十妻君」
「何ですか?」
「好きよ」
 余りにもストレートで、一切の脚色を放棄したその台詞に、自分はただならぬ潮騒を感じました。
 崇拝者の用意したこのステージにおいて、自分は千手の連打を繰り出し、これまで培った全てを尽くしてぶつけたつもりでしたが、たったの一撃。それも3文字の言葉にて自分は崇拝者に致命的な反撃を叩き込まれたという訳です。
 ごくごく普通の、ありふれた青春に対して、自分は免疫が無さ過ぎた。
 あえて敗因を挙げるとすれば、それくらいでしょうか。
「ちょっと待ったぁ!!」
 そんな叫びと共に教室に乱入してきたのはくりちゃんでした。ずかずかと我々に近づき、自分を無視して三枝委員長に突っかかります。
「これ、あたしの男だから!」
 くりちゃんがくりちゃんらしからぬ事を言っている。
「往生際が悪いわね。彼は私を選んだのよ」
 三枝委員長も三枝委員長らしからぬ事を言っている。
 そんな景色を見ながら自分は思いました。
 無念。
 どうやら自分は、ここまでのようです。


 ダブルヒロイン直接対決を眺めつつ、ああ、自分はなんという幸せ者なのかと今更ながらに認識しました。これまで繰り返してきた数多の戦いと恥の探求は今この時の為にあったのではないかと。自分という存在の絶頂点は今ここではないのかと。
 どうやら今回ばかりは実力差という他に無さそうです。自分のおもらしに対する修練はまだ未熟であり、崇拝者の狂気を伴う処女信仰に敵う物ではなく、この戦いは、やはり自分の負けです。負け惜しみ、と取られても仕方ありませんが、どうしたって人間も動物であり、生殖行為に勝つエロはないという今更ながらに当たり前の結論が、自分の前に高く壁として立ちはだかっています。
「くりちゃん」
 2人の口論を遮り、自分は懐から瓶を取り出し、くりちゃんに渡しました。
「プランBに移行します」
 それは事実上、自分の敗北宣言であり、くりちゃんにはあらかじめその概要を伝えてあります。
「……諦めんのか?」
 くりちゃんの問いに、自分は力無く答えました。
「はい」
「らしくないぞ」
 その優しさが今は辛く、決断に変更はありません。
「それでも2人を守りたい」
 意識するよりも先に、自分はそんな台詞を口走っていました。
「三枝委員長。いや、瑞樹さん」
 これが最後になる可能性が頭をよぎると、そう呼ばずにはいられません。
「自分があなたを選んだ事は、決して嘘ではありません。これから起きる事にあなたは不満を持つかもしれませんが、それだけは信じていただけるとありがたいです」
「どういう事かしら?」
 三枝委員長の顔に、明らかに怪訝の色が見て取れました。自分は視線を逸らさずに続けます。
「この罪に関して、自分は一生をかけて償う覚悟があります」
 どうやらそろそろ限界のようです。
 2度目の敗北。かつて春木氏に敗れた時のあの感触が蘇り、冷や汗が背筋を伝いました。
「さようなら。また会う日まで」
 崩れ落ちるバベル。
 股間から聞こえる爆発音に、膝が折れました。

       

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