Neetel Inside ニートノベル
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「思えば、長い道のりだった」
 ホテルの部屋に戻ってきた崇拝者が感慨深げに三枝委員長を見ました。ですが、その言葉はこの場にいる全員に向けられているようで、自分も股間を押さえてうずくまりながら、顔は崇拝者の方に向けます。
「この16年。処女だけを追いかけてきた。国籍や宗教を超え、日々を破瓜で彩った」
 変態演説でしょうか。傾聴に値するとは言いがたいですが、今は伏せる他ありません。
「処女と共にある俺は無敵で、警察も、他のあらゆる変態も敵ではなかった。邪魔するものなど何も無かった。相手にしてきた処女達は誰も素晴らしく、俺に等しく快感と生きる力を与えてくれたが、最高傑作は見つからなかった」
 崇拝者の表情が上を向いたまま曇り、遠くを見るような目つきになりました。そして、「元樹」と自分の名を呼び、
「お前の母、つまり俺の妻を超える事はなかった」
 なかなか感動的な雰囲気で言ってくれましたが、正直ただ単にセックスの話なので、親のそういうのは聞きたくねえなあという純粋な感情もあって、複雑な気分になります。
「こんな事があり得るのか、俺自身も不思議だった。何千人という処女とヤッてきて、1番良かったのが最初の1人だったなんて。確率的にあり得ないと思わないか?」
 同意を求められても困りますが、言っている事は分からなくはありません。
「だが、それは当たり前の事だった。処女を求める時、それが最も純粋な感情であるのは、自分も童貞である時なのだ。1分の1だからこそ価値がある。2人目は2分の1。3人目は3分の1と、処女側の純粋さは変わらなくても、俺が変わっていってしまう。それは成長と言い換える事が出来るかもしれないが、処女厨にとってみればこの上なく厄介な現象だ」
 この空間を流れる崇拝者の狂気の理屈に、自分は大きな混乱と僅かな同意を覚えました。確かに、この崇拝者という男が持つ処女に対する想いは、その辺のモテないオタクが持つ屈折した所有欲などとは一線を画す、崇高なる物のような気がしたのです。
「1分の1をもう1度手に入れるにはどうしたら良いか? ……奪うしかない。俺はそう判断した」
 今になって、自分はひしひしと敗因を認識しました。自分は2人の処女を守る為、そしておもらしの魅力を崇拝者に伝える為に戦いました。しかし崇拝者は、純然たる己の欲望の為だけに、つまり勝つ為だけに戦った。その覚悟は人生全てを捧げ、他のあらゆる物を捨てて燃やしてきた命その物です。勝負に対する認識の違いは、歴然とした火力の違いとして現れました。
 1000のおもらしをもって1の処女を制せず、
 1の処女をもって1000のおもらしを制する。
 崇拝者はやはり尊敬に値する変態のようです。
「だがな、元樹。お前のおもらしに対する情熱はしかと受け取ったぞ。木下くりのおしっこの秘密は分かった。おしっこの味が特殊なのではない。木下くりの恥じらいが特殊なのだろう。目の前で自分のおしっこを味わって飲まれているその状況が、彼女の表情や仕草に現われ、視覚から味覚を上書きする。それは彼女が処女であるからこその心理状態であり、彼女が成長すればその味は永遠に失われる。なるほど、盲点だった」
 もう、思い残す事は無いようです。
「木下くりの処女を奪う事はやめておこう。あの味が世界から失われる事は確かに惜しい。だが、」
 崇拝者が再び三枝委員長をまっすぐと見ました。
「三枝瑞樹。君は駄目だ」


 崇拝者が両手を広げて天を仰ぎ、
 三枝委員長は覚悟したような表情で目を瞑り、
 くりちゃんは自分に助けを求めるような表情を向け、
 そして自分は哀れみを込めて崇拝者を見ました。
「変態はここに完成する。『フーリー』五十妻元樹の奪った処女を、我が手に!」
 しかし何も起こらない!
 崇拝者は恍惚とした表情のまま、その時を待ちます。
 だが何も起こらない!
 自分にとっては当たり前の事でしたが、他の3人は異変に気づきました。
 何も起こらない!
「何故何も起こらない……?」
 崇拝者は広げた両手を仕舞って、その手のひらを見つめました。HVDO能力が失われた訳ではありません。
「何故だ……?」
 自分に答えを求めてきました。自分はここでようやく口を開きます。
「条件を満たしてないからでは?」
 素早く近づいてきた崇拝者に首根っこを掴まれ、立たされました。
「俺はお前に性癖バトルで勝った。その時点で条件は満たしたはずだ」
「いえ、その前段階です」
「前段階だと?」
「処女を奪った相手を、性癖バトルで制する事によってその処女を奪い返せる時間まで跳ぶ。そういう能力なのですよね?」
「その通りだ。お前は三枝瑞樹の処女を奪った。だからお前に勝利する事によって……」
「そこが違うんです」
 崇拝者の表情はおそろしく必死でした。事実に気づきつつあるようです。
「自分は三枝委員長の処女を奪ってなどいません」
「……何だと?」
「そろそろ気がつきませんか? 思考が読めない事に」
 自分は今、アカシック中古レコードの対象外です。
「……貴様、何故まだ童貞なんだ!?」
「三枝委員長の処女は誰の物にもならずに消滅しました。同時に、自分の童貞もです」
 崇拝者が自分の股間を凝視しました。
「まさか……」
「昨日、自分でちんこを切り落としました」
 覚悟ならば、自分も負けてはいません。守る事と勝つ事の違いこそあれど、自分は誓ったのです。何を犠牲にしても、どんな手を使っても、と。
「ならば今ついてるそれは何だ!?」
「知り合いにふたなりの能力者がいまして」

       

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