Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 先に目を覚ましたのはくりちゃんでした。
「おかえりなさい」
 自分がそう声をかけると、くりちゃんは寝ぼけ眼のままぼんやりと近づいてきて、一発、自分に張り手をかましました。
「痛い?」
 意味が分からないまま涙目で頬を擦りながらこくこくと頷くと、くりちゃんも同じく涙目になって、いきなり抱きついてきました。手を背中に回していいものか悩んでいる間にまたくりちゃんは離れて、今度は自分の顔面にヘッドバッドを繰り出してきました。鼻血が飛び出ます。
 起きてからの怒涛のムチ、アメ、ムチのコンボにたじろぎましたが、それはくりちゃんが崇拝者と壮絶な戦いをしてきた事の証明でもありました。
 本人の口からはいよいよその事についてまともな説明や弁明を受けられませんでしたが、おそらく、くりちゃんは崇拝者とヤッたりヤラれたりの関係を夢の世界でしてきたのでしょう。つまり、1回目のビンタはここが今現実世界である事の確認であり、2回目の抱擁はそれを確信出来た安心感の表れであり、3回目の頭突きはこんな事に巻き込んでおいて最後の最後戦いを任せた自分への怒りから来る物と解釈出来ます。
 自分はティッシュを鼻につめて血を止めながら、こう言いました。
「ごめんなさい。ありがとうございました」
 思えば、自分はずっとくりちゃんに迷惑をかけてきました。
 おもらしを見たいという己の欲望の為に、くりちゃんを何度も辱めに合わせ、そして性の探求を目的に数々の変態達と戦う為の道具としてまるで物のように扱い、最終的には家庭問題に巻き込み、父の暴走を止める役目を丸投げしました。これらの行為を顧みると、謝罪と感謝の言葉しか自分には見つかりませんでした。ごめんなさい。ありがとう。それらは酷く単純でありふれている言葉ですが、今の自分にとっての少ない真実でした。
「……許してやる」
 一瞬、自分の耳を疑いました。くりちゃんはその言葉とは裏腹に怒った表情のまま続けます。
「というか、認めるよ。確かにあたしはむっつりスケベだ。あんたにおもらしさせられてる時も、実はちょっと気持ち良いとか感じてたし、ぶっちゃけた話、その日の夜に思い出してオナニーした事もある。他の変態達のせいで酷い目にあいながら、その裏には快感もあった。でもそれじゃ駄目だと思って、普通の人間になりたくて拒絶していたけど、でも、本当はあんたの事がちょっと好きだ。だからずるずると言いなりになって、気づいたらとんでもない変態になってた。あんたは変態だけどあたしも変態だ。こうなったらもう認めるしかない」
 ああ、と自分は思います。ああ、この人は。くりちゃんという人は、今更そんな事に気づいたのか、と。
 自分はどうしようもなくなって、くりちゃんの両肩を掴みました。逃げないように視線をまっすぐに刺します。まるで魔法を解くかのように、特にこれといった理由もなく口付けを交わそうとしました。
 爆発音が我々の行為を遮りました。もちろん自分のではありません。横になった崇拝者の股間からです。それは最後の邪魔のようでもあり、息子を祝福しているようでもありました。
 同時に、ホテルの窓ガラスが割れて、更にドアからも銃で武装した部隊が突撃してきました。自分とくりちゃんは大声で指示された通りに両手を上げます。部隊の最後に入ってきたのは、母でした。


「ご苦労様。あんた達の全てはカメラで監視させてもらっていた」
 母の発言にくりちゃんは狼狽して顔を真っ赤にしていましたが、自分は最初から気づいていました。もっと言うと崇拝者も三枝委員長も気づいていたので、くりちゃんだけが知らなかったという事になります。
 意識の戻った崇拝者は部隊によってすぐに取り押さえられ、その目は死んでいました。一体どんなおそろしい事が夢の中で起きたのかは気になる所です。きっと、くりちゃんというサキュバスに死ぬまで搾精されるとてつもなく淫らな夢だったのでしょう。
「さあ、ここから逃げる手段はあるか? 五十妻」
 2人同じ苗字なのにこの台詞はなんだかおかしい気もしますが、今はあくまでも刑事と容疑者の関係である事を強調したいのでしょう。そんな母に、父はこう返しました。
「いや、無い。そろそろ君の所に帰ろうと思っていたんだ。鈴音」
 ふ、と母は勝ち誇った表情をして、
「そうかい。だが浮気の罪は重いぞ」
「分かっている。死刑だろ」
 今、父はくりちゃんに負けた事によって崇拝者としての能力を失っていますが、いつかEDが治ったらおそらく能力は戻ってくるでしょう。となれば、今の内に死を与えるしか手はありません。自分もそう思いましたが、母は予想以上に強かった。
「いや、無期懲役だ」
「良いのか? 俺は逃げるぞ」
「お前は逃げられない。何故ならお前は、これから私しか愛せないように調教されるからだ」
 それを聞いて、崇拝者が笑い出しました。
「面白い。やってみろ」
「ああ。覚悟しろよ」
 そうして2人、高らかに笑いながら、部隊の方々と共に撤収していきました。
 どんな夫婦だ。
 そして窓ガラスの割れた部屋で、自分とくりちゃんは顔を合わせました。
「一応ハッピーエンド……なのか?」
 くりちゃんの問いに、自分は「さあ?」と答えます。
 しかし、まだ1つ、大きな大きな問題が残されていました。
「2人とも、おはよう」
 振り向くと、三枝委員長が起きていました。
 目を細め、うっすらと笑ったその表情は、この日最大の恐怖をあっさり自分に与えました。
「五十妻君」
「はい」
 名前を呼ばれた自分は背筋をピンと張ります。処女の事について謝罪しなければ、ともちろん思っているのですが、それすらさせない重圧感が三枝委員長から漂っています。
「改めて、あなたが私達のどちらかを選ぶその前に、木下さん。一つお願いがあります」
 突然に銃口を向けられたくりちゃんは、自分と同じく背筋を伸ばしていました。
「な、何ですか?」
「私と結婚しましょう」
 え?

       

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