Neetel Inside ニートノベル
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HVDO〜変態少女開発機構〜
第五話「操られた四肢は誤解する」

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 カーテン越しにも分かる日の光に、瞼はほだされるように開いて、むくりとベッドから身体を起こすと、少しだるいような、まだ現実ではないような、そんな気分にさせられ、窓を開けば、冬の朝の冷たく新鮮な空気が頬に触れ、どこからか鳥の鳴き声もして、見下ろすと、ちょうど収集車がゴミの回収に来ていました。
 それは明らかに、いつもとは違う目覚めでした。
 自分はその違いにいち早く気づき、ぎょっとして後ろを振り返りましたが、そこに求める姿は無く、急いで時計を確かめてみると、朝、いや昼前の10時。日付が2、3日飛んでいるという訳でもなく、平凡な平日。自分は鏡の前に立ち、自分が自分である事と、夢では無い事を確認すると、言葉は自然と零れました。
「治った……?」
 それが適切な表現であったかどうかは分かりませんが、確かに今日、自分は、自力で、誰の力も借りる事なく、ただ自然に、ただ普通に、目覚める事が出来たのです。あの厄介な、誰かに激しくいじめられないと起きられない性質が、今日は発現しなかったのです。
 同時に、別の事にも気がつきました。
 自分が起こされていないという事イコール、あの希代のおもらし女が、今朝は自分を起こしに来なかったという事です。ひょっとすると、自分の体質はとっくの昔に改善されており、くりちゃんによる折檻が無くとも、時間の経過によって起きる事が出来たのかもしれません。だとすると、今まで自分は全くもって無駄な肉体的苦痛を与えられていたという事になり、これは性的な復讐をもってしか償えない、重い重い罪だと思われました。
 今はとにかく、学校へと急ぎましょう。遅刻は大した問題ではありませんが、女子の放尿を見るチャンスが減ってしまうのは非常に残念な事ですから。
 そう、音羽君を撃破した後の事を、少しばかり語らねばなりません。あれから自分は、音羽君が気を失っているのを確認し、部屋まで肩を貸して運ぶと、ちんぽが消滅し、普通の女の子に戻っていたくりちゃんの拘束を解き(自分が音羽君と戦っている間に、くりちゃんは足の拘束だけは自力で解いて、かろうじてパンツを履いていたようです)、そのまま何の後始末もする事なく、音羽邸を後にしました。当然、くりちゃんは激怒していましたが、不思議にも自分が半殺しの目に合わされる事はありませんでした。
 それはそれは酷い過程ではありましたが、結果として、くりちゃんのちんぽ問題を解決した成果を認めてくれたのか、はたまた、もう怒る気力も無くなってしまったのか、礼こそ言わないものの、その次の日の朝も普通に、目覚めの垂直落下式パワーボムによって起こしてもらえたたので、感謝の意は十分に伝わりました。
 それから約1週間の日々は、自分にとって人生最良の時であったように思われます。自分が音羽君を撃破した事によって得た能力は、値千金、神に五十歩も百歩も近づくような代物だったのです。


第五話


 しゃあせぇ~というやる気の無い挨拶をする、眠そうなコンビニの女性店員。21%。
 乳母車に赤ちゃんを乗せて、買い物袋を下げながら公園に入っていく若い主婦。36%。
 店先に水と笑顔を振りまきながら、朝から元気よく働いている美人のお花屋さん。48%。
 晴れ晴れとした表情で並んで歩く女子高生三人組。右から、12%。67%。92%。
 ビンゴ。
 自分は通学路から外れ、その女子高生三人組の後を追います。悟られぬように、意識させぬように、ここ数日で、随分と自分の尾行術は上達しました。
「てかさー、マジありえないんだけどー」と、右。
「ねー、超ウケるー。あ、帰りマック寄ってく?」と、真ん中。
「全然行く行くー」と、左。
 表情や会話からではほとんど分かりませんが、焦点を絞って観察すれば、その若干の内股と、下腹部から股間にかけてを気遣う微妙な動きに気づけるはずです。
 自分は三人組の後を追いかけてファーストフード店に入店しました。左の数値をもう一度確認します。94%。ほら、もう行くしかありませんよ。
「あ、ごめーん。先に頼んどいてー。ちょっとトイレ行ってくる」
 きたきたきたきた。にたりと頬が緩みます。
 そこで自分は第二の能力、W.C.ロックをすかさず発動し、この店のトイレを一時的に封鎖します。
「なんか誰か入ってたわーマジむかつく」
 と言いながら戻ってくる左子(正確な名前が分からないので、とりあえずこう名づけます)。数値は95%。甘美なる予感に胸が高鳴ります。
 三人組の後に並んだ自分は、ハッピーセットを頼んでおもちゃをもらい、二階へと追いかけました。三人組は、外の景色が見られる窓際のカウンター席に並んで座っており、自分はその隣に二席ほど空間を開けて座りました。この位置取りは、「その瞬間」を決して見逃さぬよう、最適なアングルで見られるという瞬時の判断によるものでありまして、自分はあくまでも平然とした面持ちで、数値の上昇を眺めました。97%、98%、99%……。そして一瞬100%になったかと思うと、99%に戻る。これは、「少しずつ漏れてる」という事実を示しています。
 流石にここまでくると、友人達は「大丈夫?」「顔色悪いよ」と心配し始め、左子さんも「う、うん」と生返事するしかない状況にまで堕ちました。
 そわそわと落ち着きなく、周りをキョロキョロと見回し、当然セットのドリンクには一切手をつけず、トイレから早く人が出てこないか凝視する姿を横目で見ながら、少し早い昼食に舌鼓を打ちました。


 そしていよいよ、その時は訪れました。
「も、もう駄目!」突然叫んで立ち上がり、「ごめん! すぐ戻ってくるから!」唖然とする友人達にそう言い残して、左子さんは階段を駆け足で下りていきました。おそらく、いつまで経っても開かないトイレに絶望したのでしょう。友人の前で盛大に漏らすよりはマシであると、他の店に行ってトイレを借りようと、店からの脱出を図った模様です。
 ですが、時既に遅し。101%まで達した数値を頭の上に掲げた左子さんは、あまりに焦りすぎていた為、店の前ですっころびました。
 窓越の席から、自分は平然とその様子を眺めました。友人達も左子さんの異変に気づいたらしく、つばを飲み、ドン引きしながら見ています。店の前で、パンツからじょぼじょぼと液体を垂れ流す女子高生。それは、普通に生活していれば、まず滅多に見られない光景でした。
 黄命、第三の能力、「ブラダーサイト」は、「その人物がどれくらい尿を我慢しているか」が正確に分かる、究極の能力なのです。自分はこの能力と、第二の能力を組み合わせる事によって、街行く美しい女性のおもらしシーンを効率的に見学する事が出来るようになりました。
 その速射性、確実性、単純な威力に関しては、第一の能力に軍配が上がりますが、この能力の実に便利な所は、わざわざ対象に触れずとも、近くにいるだけで攻撃が完了するという点です。しかも、おしっこの我慢が始まってから、決壊するまでの時間を、存分に楽しめるというおまけつき。 自分は改めて、心からHVDOに感謝しました。
 さて、食欲と性欲が十分に満たされた所で、学校へ向かう事にしましょう。この分だと、辿りつくのは四時限の終わりあたりでしょうか。
 そう考えていた時、脳髄の奥底に沈んだまま、ソナーにすら引っかからなかった記憶が、急浮上してきました。
 今日は、中学校生活最後のテストがある日だったのです。
 というかそもそも、自分は今、受験生でした。生活態度が悪すぎて、推薦を貰えなかった自分には、一般入試しか選択肢がなく、既に志望校も決まっており、後は願書を提出し、試験を受けるだけという所まで話は進んでいたのです。このような人生の一大事を、ここ二週間すっかり忘れていた理由は、まず間違いなくHVDOが与えてくれた能力のせいでしょう。先ほど自分がさしあげた感謝の一部を、出来れば少しだけ戻して欲しくもなりました。
 何せ、この能力を得てからというもの、昼夜を問わず目の前に浮かぶのは、めくるめく性の春景色。寒い日が続きますが、いつもぽっかぽか、ときめきに満ちためくるめく日々であったと、自分は納得してしまうのです。
 なんとなく、くりちゃんが自分を起こしにこなかった理由が推察できました。自分の学力とくりちゃんの学力は、なぜかは分かりませんが入学以降限りなく正確な比例関係にあり、このまま高校への進学を選択すると、同じく清陽高校を志望、合格、入学する事が明らかなのです。
 それが現実の事となると、くりちゃんにとっては地獄が更にあと三年間続く事になり、これはなんとしても避けねばならない、と彼女は判断したのでしょう。だからくりちゃんは、性敵をワンランク下がった高校に追いやるか、あるいはいっそ高校浪人させようと企み、大事なテストがある今日、わざと起こしに来なかったという訳です。なるほど、とんでもない悪女です。後でたっぷりとお仕置きが必要なようですね。


 紆余曲折の後、学校に到着すると、そんな自分の予想は見事大きく外れました。
「五十妻! お前!」
 一目自分を見てからすぐに、烈火のごとく怒り出した教師。1日目のテストが終わり、帰りのHRにて、「明日もテストなので、決して気を抜かぬように」と生徒達を諌めていた時に、ハッピーセットのおもちゃを持った生徒が、堂々と教室に入ってきた時の心情は、察するに余りあります。
「お前は本当に何から何まで……」
 くどくどと説教が始まるのを見越して、何人かの生徒が立ち上がり、「先生、僕達明日の勉強したいんでもう帰っていいですか?」と提案し、先生もそれを許可し、教室には自分と、先生と、何人かの生徒が残されました。ですがその中に、くりちゃんの姿は無かったのです。
 気になって、耳栓を外し、自分は教師に尋ねました。
「先生、くりちゃ……木下さんはどうしたのですか?」
「お前耳栓なんかつけてたのか!? 鼻から聞く気ねえじゃねえか!」
 真冬の日本海のように荒れ狂う教師はもう手がつけられず、知りたかった情報を教えてくれたのは、自分の肩を叩いた三枝委員長でした。
「木下さんは休みよ? 一緒に来るのかと思っていたのだけれど」
「休み?」
 おかしな話。憎き敵をはめようとして掘った深い深い落とし穴に、自らが飛び込むような物です。
「ええ、五十妻君と同じく、無断欠席」それから聞こえるか聞こえないかの小さな声で、「2人で何かしているのかと」と付け加えました。
 暗雲。
 ここの所、災難続きのくりちゃんですが、過去最大の不幸が、彼女を今襲っているのではないか、という不定形の、何ら根拠は無い不安が、太陽を覆い隠しました。自分は背筋に冷たいものを感じ、ごく自然と、こんな台詞を口にしました。
「とりあえず、くりちゃんの家に行ってみます」
 それを聞いた三枝委員長は「ふふ」と悪戯っぽい笑顔を浮かべました。それは普段の、他人からは遠くの位置にある、いえ、三枝委員長自身が意識して距離をとったような、あの天使の笑みではなく、小学生が「良い事思いついた」と言う時の笑顔に良く似ていました。
 その後、自分は三枝委員長と一緒に木下邸を訪れましたが、くりちゃんはそこにはいませんでした。
 くりちゃんが、いない。

       

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