Neetel Inside ニートノベル
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「つまり等々力君を捕まえて、その人形の能力者とやらを吐かせ……聞き出せば良い訳ね? そしてもしも木下さんを誘拐した犯人がその能力者ならば、戦って勝利し、木下さんを救い出す」
「飲み込みが早くて助かります」
 自分が説明を終えると、三枝委員長は真っ先に「すべき事」を示し、確認させてくれました。これが人間をまとめる才覚、ある種のカリスマと呼べる物であり、自分とは縁もゆかりも無い物です。
「とりあえず、木下さんの事は伏せて電話をかけてみましょう」
 短いコールの後、話が始まりました。「等々力君、今から会えない?」「ええ」「そうね、学校で良い?」「どうして?」「勃たないのは関係無いでしょう」「コンドームもいらないわ」「いえ、そういう意味ではなくて」「見せるだけ?」「どうしても見たいの?」「Dカップ」
 こちら側が聞ける三枝委員長側の台詞だけでも、大体どのような会話が交わされたかは理解出来るのが恐ろしい所でもあり、等々力氏の一直線な情熱に感服する所でもあります。
「今から30分後、学校に来るそうよ」
 騙まし討ちのようで申し訳ありませんが、ここは多少強引な手を使ってでも、人形の能力者のことを聞きださねば、くりちゃんの追跡は不可能です。
「では、急ぎますか」
「あたしも行くっす!」
 音羽君がそう言って勢い良く立ち上がりましたが、それを三枝委員長が諌めました。
「等々力君と面識の無いあなたが行っても場が混乱するだけだし、それに人形の能力者の居場所を聞き出した後、一番最初に接触するのはあなたよ」
「……どうしてっすか?」
「能力者同士が会えば、すぐに勝負が始まる。なら先に、能力を失っているあなたが敵を調べれば、こちらが有利に戦えるでしょう」
 現代に蘇った孔明かと見まごうばかりの的確な指示。まだ敵を知るきっかけを掴んだばかりの段階で、既に戦って勝利するまでの過程を考えているあたりが流石といえます。
「……あたしは留守番ですか?」
 くやしそうに尋ねる音羽君の視線を受けた三枝委員長は、それをそのまま斜め45度の角度で反射して自分に向けました。それは無言のプレッシャーで「あなたが木下さんを助けると言ったのだから、最終的にはあなたが判断しなさい」と言われているように感じ、自分はこういうチームプレイ、「人を扱う」という事が、ほとほと苦手であった事を思い出したのですが、ただ黙って三枝委員長が助けてくれるのを待つ訳にもいきません。
「音羽君、ここに残ってください。くりちゃんを助ける為に、考えうる最善の手を打ちましょう」
 そう言い渡すと、意外にも音羽君は大人しく引き下がりました。敗北から学ぶ物がある。等々力氏の弁は一理あるようです。


「分かったっす」音羽君は心底残念そうに言って、「でも、能力者同士は戦うのが宿命なら、どうして五十妻先輩と三枝先輩は戦わないんすか?」
 と、ホタテのびらびらくらい余計な事を何の悪気も無しに尋ねてきやがりなさったので、自分は無視して、「急がないと、くりちゃんが人形として出荷されてしまうかもしれません」と立ち上がりましたが、三枝委員長はぬるっと答えました。
「もし戦えば、私が勝つから」
 その言葉に虚勢はなく、自然な矛盾を孕んでいるようでありました。なぜ戦わないのかと問われ、「勝ってしまうから」と答える。予想外の答えに自分は翻弄され、手渡されていたはずの主導権は、いつの間にか霧に消えて雲と散りました。しかしこの答えは、確かに今まで三枝委員長の中にあったもので、自分はそれを視界に捉えながら、無意識に気づかないフリしているようにも思えました。つまる所、『謎』にしておきたかったのです。
「さあ、行きましょう」
 自分の思いを置いてけぼりにして、三枝委員長は前へと進みました。
 音羽君も玄関まではついてきて、「必ず木下先輩を助けましょう!」と意気込んでいました。
 靴を履き、いざ学校へ出発だというその瞬間、音羽邸のチャイムが鳴りました。三枝委員長がドアを開けると、そこには1人の美少年が立っていました。
 落としたら壊れてしまいそうな、繊細なガラス細工のような男子、いえ、170cm前後と思わしき身長と、うちの学校の男子制服を着ていなければ、女子と見間違えても何らおかしくはない顔立ち。微笑とも冷笑とも緩笑ともとれぬ表情の中に、ついさっきこの世の全てを見てきたかのような、達観が見え隠れしていました。
 美少年は、まず最初に目があった自分から三枝委員長に視線を移し、一瞬驚いたような顔になると、「これは驚いた」と率直に感情を言葉にしました。驚いた? 何に。
「こんな所で三枝さんに会えるとはね」
「ええ、奇遇ね」どうやら知り合いのようです。若干ではありますが、三枝委員長も驚いているようでした。「こんな所で会うなんて」
「ああ、ちょっとこの家の人物に用事があってね」
 自分は振り返ると、音羽君は首を傾げていました。
「お兄さんを呼んでくれるかい?」
 美少年はそう言って、人懐っこい笑顔を浮かべました。その仕草になんとなく、普段の時の三枝委員長が被って見えたのは自分だけでしょうか。
「兄貴ー!」音羽君がぶっきらぼうに叫ぶと、どたどたと廊下を歩く音が聞こえました。
「三枝委員長、知り合いですか?」と、自分。
「ええ、私達のクラスメイトよ。名前は、春木虎(はるき とら)君」
 クラスメイトである。という紹介と、彼の名前の紹介が相反しているように思え、自分が首を傾げていると、三枝委員長が補足してくれました。
「もっとも、面識は無いでしょうけどね。彼、ひきこもりだから」
 それを聞いた春木氏は「君は遠慮がないね」と笑っていました。


「五十妻君だろ? 噂は聞いてるよ」
 春木氏の口調には、驚く程に一点の曇りもなく、「人嫌い」「慢性鬱」「オタク」といった「ひきこもり」の世間一般的イメージとは全くそぐわない人物でした。
「どんな噂ですか?」
「え? ふふ、そうだな。『変わり者』ってのが一番聞くね。知らないと思うが、僕と君とは3年間同じクラスだったのさ。入学式の時に1度会っただけだけどね」
 という事はつまり、春木氏は3年間ひきこもり続けたという事になります。中学の3年間を、自らの部屋の中で過ごすとは、ただならぬ執念に他ならず、ある意味、インドの修行僧のようなストイックさを感じました。
「今日はどうしてこんな所に?」
 三枝委員長がそう尋ねると、春木氏は、
「いや何、進学の事で学校に相談へ行っててね。その帰りに、友人の家へやってきただけさ」じっと三枝委員長を見つめて、「それにしても、少し見ない内に君は変わったね」
 言い終わると同時に、音羽君の兄が階段から下りてきました。
「おっ、はる、おっ、はる、こん」
 そういえば確か、音羽君の兄もひきこもりだと、音羽君自身が言っていました。確かに、こちらの方は毛玉だらけの上下スエットと、たるみきった無様な肉体と、エンジンを積んでないヘリの羽より回らない呂律が「私はひきこもりです」と強烈に主張しています。そんな音羽兄に、春木氏は爽やかに告げます。
「やあ、音羽さん。例の物、届けに来ましたよ」
 そこで初めて、春木氏が右手に小包のような物を持っている事に気づきました。持ち物に気がいかない程に、春木氏自身の存在は強いという事です。
「おっ、ありが、おっ、おっ」
 もはや日常会話さえおぼつかないレベルのひきこもりにも、笑顔で接する春木氏からは、風格さえ漂っていました。これで同じくひきこもりと言うのですから、「変わり者」はどっちの方なのか問い詰めたくもなるものです。
「それじゃ、僕はこれで」
 去ろうとする春木氏を、三枝委員長が引き止めました。
「卒業式くらいは来なさいね」生徒の模範たる言葉。
「はは。考えておくよ」手をぶらぶらとさせて、振り向かずにするその仕草の後、「あ、そうだ。三枝さんに1つ聞きたい事があったんだ」と、ややわざとらしく演技がかった台詞。
「何?」
「君はさ、子供の頃に戻りたいと思った事って、ある?」


「無いわ」
 三枝委員長はほんの一瞬の間さえ置かずにそう答えました。
「そう。それは……残念だ」
 春木氏はそう言って、立ち去りました。見えなくなってすぐ、自分は三枝委員長に直球で尋ねます。
「あれ、絶対能力者ですよね?」
「どうして?」
「三枝委員長と同じ匂いがするからです」
「あら、私の匂いを覚えてくれたのね。嬉しいわ」
 そういう所がですよ。と、言いかけましたが、それはやめました。春木氏は確かに、誰もが、この自分もが初対面で納得してしまう程の「変人」ではありますが、「変態」であるという証拠は何一つとしてありません。今は1人でも能力者の情報が欲しいのも確かですが、無闇やたらと能力の事を話すのも躊躇われ、先に等々力氏の方を解決してから、後でゆっくりと春木氏について調べてみようと自分は判断しました。
「学校へ急ぎましょう」
「ええ。お姫様を助けにね」
 そんな皮肉を口ずさみながら、自分と三枝委員長は学校へと向かいました。
 道中、自分の頭の中は、3日間煮込んだクラムチャウダーのようにぐちゃぐちゃで、そこから何か定まった物を取り出すのは、まさに至難の業でありました。
 思えば初めてHVDOに触れた時から、この非日常は連続しており、流れは一度たりとも断たれてはおらず、くりちゃんの誘拐も、自分が乗り越えるべき試練であるようにさえ思われ、三枝委員長が口にした皮肉の通り、自分は勇者のごとく、心に何か熱いものを感じているのも事実なのです。
 学校へ到着し、人気の無い校舎を並んで歩き、教室にやってきました。等々力氏は三枝委員長を見て満面の笑顔になりましたが、その後ろから入ってきた自分の姿を認め、壁を思いっきりぶん殴って「くそっ!」と言いました。
「おっぱい揉ませてくれるって言ったから、わざわざ勉強をほっぽりなげて来たんだぞ!」
 怒り狂う等々力氏に対し、三枝委員長は、「そんな事は言ってないわ。130行ほど前に戻ってちゃんと確認しなさい」と一蹴しました。
「ちくしょう! おっぱい揉みてええええ!!!」
 本能からの煩悩をしとどに溢れさせる等々力氏。
 それを見て、三枝委員長はため息を1つつくと、何の予告も無く、2秒だけ全裸になる能力「影像」を発動させました。
 背後に立っていた自分からは生尻が見え、前に立っていた等々力氏からは全てが見える状態でした。

       

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