Neetel Inside ニートノベル
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「ふおおおおおおおおお!!!」
 何事か、と目を疑いました。等々力氏は足を開いて腰を落とし、両手を拳に握って体の前で交差させ、400戦無敗の格闘家のような険しい表情で叫んでいるのです。なんという事か、同級生から、ついに本物スーパーサイヤ人が出てしまった、と危惧するのも無理はないように思われました。
「……ぉぉぉぉぉぉおおおお!?」
 等々力氏は視線を下に向け、聞いた事のないような奇声を発しました。
「本当に勃たないみたいね」
 着衣姿に戻った三枝委員長は、等々力氏の股間を見て平然とそう言い放ちました。
「い、いや、わずかだが反応があった! このちんぽはまだ小さいが、俺にとっては偉大なるちんぽだ!」
 かの名言を引用してどんだけ下品な事言うんだろうかと思いつつも、等々力氏の気持ちは分からなくもないのです。突然目の前で全裸になった同級生を見ても、わずかしか反応しない愚息、フル勃起まではまだまだ遠く、それは自身が変態である事を抜きにしても、まずありえない事で、いよいよもって敗北に伴うリスクの影が、自分の背後に不気味に忍び寄っていました。
「ていうか五十妻! 委員長が能力者なんて俺は聞いてないぞ!」
 等々力氏の怒りもごもっともですが、自分はすかさず割り込んで、更に深い怒りをぶつけました。三枝委員長に対して。
「三枝委員長! 脱ぐなら先に言ってから脱いでください!」
 冗談抜きに、今のは危なかったのです。あまりにも不意打ちすぎました。三枝委員長と行動を共にしている時点で、自転車の後ろに乗せた時のように、勝手に脱ぎだす事は想定していましたが、等々力氏が目の前にいる状況で何の躊躇も無くいきなり脱ぎだすとは思ってもみなかったのです。
 自分の勃起率は、およそ80%でどうにか耐えました。前に一度三枝委員長のお尻を見ていた経験が無ければ、もしかしたら即死だったかもしれません。こっちを向いて脱がれたら、2度は死んでいた事でしょう。
「変態にも程がある!」
 それは自分の、心からの訴えでした。対する三枝委員長は振り向いて、幽かに震える小さな声で言いました。
「そう言ってくれるのは、あなただけ」
 そして等々力氏の方に向き直り、威風堂々と宣告しました。
「もし等々力君が協力してくれるなら、私のおっぱいを生で揉ませてあげる」
 等々力氏はごくりと生唾を飲み込んで、
「す、吸ってもいいのか?」と尋ね、三枝委員長は「ええ、構わない」と答え、等々力氏は更に、「は、挟んでもいいのか?」と尋ね、三枝委員長は「勃てばね」と冷ややかに答えました。


 ビッチ。
 そう思うのも仕方ない事です。自分の中にあった、あの高潔で純真な三枝委員長のイメージとは、余りにもかけ離れた、実はド変態だと知った今でも、そうあって欲しいと願う姿、言わば1つの女性理想を粉々に壊すその台詞に、幻滅した、と言えば身勝手でしょうが、当てはまる言葉はそれしか見つかりません。
 一方で、歓喜の雄たけびをあげて自らの息子を鼓舞する等々力氏に、自分は居ても立ってもいられなくなり、こう告げます。
「等々力氏、三枝委員長は『協力してくれたら』と言っています。先にそっちを確認した方が良いのでは?」
 三枝委員長は眉をひそめて、自分を見ていました。自分はその視線に気づかないフリをします。
「あ、ああ。そうだな。協力って、何の事だ?」
「『人形の能力者』の話を詳しく聞かせて」
 その言葉が放たれた途端、一転、等々力氏は顔を曇らせました。
「……どうしてだ?」
 この態度から察するに、等々力氏はこうして呼び出された理由も、くりちゃんが誘拐されている事もまだ知らないようです。また同時に、この質問をしたという事は、簡単には教えてくれないという事を意味しています。
「五十妻君?」と、三枝委員長。あくまでも重要な決定権は自分に渡すようです。
 思慮を巡らせ、正直に言う事に決定しました。現時点では、等々力氏は敵とも味方ともつきませんが、まずは真実を教え、可能性を掲示し、本人の判断を問う事が正しいと思ったからです。それに、人形能力者の素性を探るのに、適当な嘘も生憎思い浮かびません。
「くりちゃんが誘拐されたんです」
 と簡潔に言っても、等々力氏には、それを人形能力者と結びつける思考回路が生まれなかった様子です。若干の間を置いて、次の言葉を繋げます。
「それが、この前等々力氏の言っていた人形能力者の仕業ではないか、と推理したのですが」
 途端、「はっ」と等々力氏は笑い飛ばしました。
「おいおい五十妻。この前も言っただろ? あいつの能力は、あくまで材料から人形を作る事なんだよ。そもそもあいつが生身の人間に興味を持つかよ! どうかしてるぜ」
「等々力氏は、その能力を実際に確認したのですか?」
「ん? いや、実際見た訳じゃないが……え? いやいや待て待て。あいつが嘘をついてるって言うのか?」
「等々力氏が嘘をついていないのであれば、自分はそう考えています」
 言葉に詰まり、首を振って、等々力氏は笑いました。
「あいつが誘拐なんて出来るはずがない! ああ、そうだ! これを見てくれ」
 等々力氏が取り出したのは、自らの携帯電話。何やらぽちぽちと操作をしながら、
「あいつはな、能力で新しい人形を作ると、自分のブログに必ずアップしているんだ。一番似合う衣装を着せて、愛娘の自慢とか言ってな。簡単に言えば気持ち悪い奴なんだ。だからもし、木下をあいつが誘拐して人形にしたってんなら、今日の更新分はそのしゃ……」
 絶句した等々力氏の携帯電話を覗き込むと、そこに見慣れた顔がありました。


「確定ね」
 自分と同じく、等々力氏の携帯電話の画面に映った写真を見た三枝委員長が、あらかじめ知っていたかのように言うので、自分も妙に冷静になりました。
 ブログにアップされた画像に映っていたくりちゃんは、確かに人形のように、というよりも、「くりちゃんの型を取った人形がある」と言った方が正しく思えるくらい、生気の無い姿をしていました。普段よりも白くおぼろげな肌に、質量を感じさせない眼差し。他人に舐められない為に染めた苦し紛れの茶髪も、こうなってみると、外国の高級な人形を彷彿とさせます。
 何より、着ている服が凄い。ゴッテゴテの、こってこての、ふりふりのフリルがついた、白と黒だけのゴスロリ衣装。本来のくりちゃんならば、死んでも着ないような衣装で、そのせいもあってか、普段よりも幼い(普段も制服を着ていない時は小学生に間違われるくらいに幼いのですが)印象を与えていました。
 その一方で、見る者にある種の恭悦さえ与えうるくりちゃん人形がいる場所が、なんとも不釣合いな部屋でした。一見しただけでそれがロクでもない男の住処と分かるような、汚いカーテン。溜まったゴミ袋。そして積まれた荷物、ダンボールの山。恋は盲目と言いますが、いくらなんだってもう少し片付けた方が、恋人も喜ぶだろうにとも言いたくなりましたが、良く考えてみれば当然の事、何せこの部屋の持ち主が恋しているのは人間ではなく、あくまで人形なのです。人形は感情を持ちません。持ち主に対してただただ従順に、沈黙を持って仕えるのみです。
 他者との関わりを徹底的に嫌う人間。しかし愛情に飢えている。悲哀に良く似た、しかし明らかに違う感情に自分は躊躇いました。
 いずれにせよ、くりちゃんに限らず1人の女性を自分の持ち物にする事は許されざる事である事には変わりありません。何よりも、くりちゃんは自分の所有物です。人の物を取るのは泥棒です。
「等々力氏、これで分かりましたか? その人形の能力者の居場所を教えてください」
 毅然とした態度で迫ると、等々力氏は目を泳がせて下唇を噛みました。そして捻り出すように、苦汁を絞りながら、強い感情の込めてこう訴えるのです。
「俺のこの気持ちがお前らに分かるのか……? 少し前まであんなに元気に勃っていたちんこが、急に勃たなくなった俺の気持ちが!」
「分かります」「分かるわ」
 と言ってはみたものの、分かるはずがありません。
「分かる訳ねえだろうが!」
 その通り。
 気づくと、等々力氏は両目一杯に涙を溜めていました。


「悪いが五十妻。あいつの事は教えられない。協力は断る」
 やがて何かを覚悟したように、等々力氏がはっきりとした発音でそう言いました。
「お前ら、あいつの場所を教えたら、性癖バトルを仕掛けるつもりだろ」
 今更偽っても仕方がないので、自分は頷きました。それしかくりちゃんを助ける方法は無い上に、仮にその能力者が降参してくりちゃんを解放したとしても、自分は新能力の為に勝負をするつもりですし、それは等々力氏も百も承知のようです。
「実はな、明日テストが終わったら、1回だけ人形のおっぱいを揉ませてもらう約束をしているんだ。だから少なくともそれまでは、あいつに死なれたら困るんだ」
 死、という言葉がすっと出てくるあたりに、等々力氏の苦悩が見えました。
「もちろん、木下は解放するように言うつもりだぜ。あいつの無い乳を揉んだって仕方が無いしな。明日会う時に俺が、責任を持ってあいつを説得する。それで許してもらえないか?」
 等々力氏は深く頭を下げました。
「つまり私のおっぱいよりも、その人形のおっぱいを選ぶのね?」
 三枝委員長の後ろに回した手は、震えていました。
 無理もありません。「生でおっぱいを揉ませてあげる」と言っているのに、無機物の方が良いと、人の形をした物体の方がマシだとはっきり言われた訳ですから、これが普通の女子だとしても、相手をいかにして残虐に殺すか考え始めるはずです。しかもこれが、露出狂の変態、他人に全裸を見られる事を快感とする女子に与えられた処遇と考えると、最早語りつくせない程の憎悪に満ちている事は分かりきっていました。それでも出来るだけ表面に出さない所を、むしろ流石と褒めるべき所です。
「……すまん。まだ勃つ自信が無いんだ。委員長とは、勃ってから勝負がしたい。正直に言うと、パイズリされたいんだ!」
 変態! と今更罵るのも阿呆らしいですが、そうとしか言えません。熱く語る等々力氏の表情に、この国の本質が宿っていました。
 そして等々力氏は教室から飛び出します。追いかけようとする自分の腕を掴んで止めたのは、三枝委員長。
「どうして止めるんですか? 今等々力氏を逃がしたら、くりちゃんの場所が……」
「分かってるわ」
「なら……!」
「分かったのよ。木下さんのいる場所がね」
 自分は問います。
「本当ですか? それは、どこですか?」
「それを教えるには、条件がある」
 三枝委員長の鋭い睨みに、自分は不覚にも威圧され、底知れぬ恐怖を感じます。
「勝負しましょう、五十妻君」

       

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