Neetel Inside ニートノベル
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 はっと目が覚めると、そこはいつもの通学路でした。
 振り向けば、強い日差しに照らされて、我が家とくりちゃんの家が並んであり、帰る所だったのか、それともどこかへ行く途中だったのか、制服を着ているのに、手には鞄さえありません。この暑さ、季節はおそらく夏。記憶が飛んでしまっている。今まで自分が何をしていたか、はっきりと思い出せないのです。
「夢?」
 誰にともなくそう尋ねて、自分は額に手を当てます。もしも自分が、今の今まで見ていたのが夢だとしたら、どこまでが夢だったのか、そしてどこからが現実なのか。ひょっとして、まだ自分は夢の中にいるのではないだろうかと、不安はどこからともなく遠慮もせずに、土足で侵入してきました。
 そもそも、HVDOなんてあったのでしょうか。まずそこを疑問に思います。自分が変態である事に間違いはありませんが、超能力なんて、いかにも馬鹿げている。この数日間で自分を取り巻いていた環境、その全てがただの妄想の産物で、自分は取り返しのつかない頭の病気にかかってしまったのかもしれません。
 とても心細い気分になって、眩暈もしてきました。足元がぐらついて、倒れそうになったので、電柱に手をつけて立とうとすると、驚くべき事に自分の手は電柱を事もなげにすっと通り抜けました。
 あわやバランスを崩して、電柱と接吻をかわす所でした。いや、そうなったとしても、自分の頭は手と同じく、煙に対してするように何事もなくすり抜けただけかもしれません。むしろその可能性が高いと思われます。
 霊体。
 果たして自分は死んでしまったのでしょうか。だとしたら死因は何ですか? 頭の病気ですか? 妄想がひどくなって視床下部か大脳新皮質がやられ、意識不明のまま呼吸困難に陥り呆気なく死んでしまったでしょうか。
 だとしたらそれもいい。HVDO能力の無い人生など、くりちゃんに辱めを与えられない人生など、今の自分には何の価値もありません。生きていてもまるで仕方ない事です。
 そう、くりちゃんに恥をかかせられない人生なんて、必要ない。と、自分は本気で思っています。
 実に奇妙な笑みが自然と零れました。それはとても不可解な、しかし今の状況には何より合理的な表情でした。
「何を黄昏ているんだい?」
 声がしました。自分は驚いて振り返ると、そこに春木氏がいました。
「夢でも見ていたのかな?」
「あ……いや……」
 上手く言葉が出せず、子音と母音を繋いでは砕いて飲み込み、結局自分はただ春木氏の次の言葉に情けなくもすがりました。
「だとしたら、勝負が終わってからにしてくれないか? 君と僕とはまだ、決着がついていない」
 春木氏が浮かべた不敵な笑顔を見た瞬間、自分は全てを思い出しました。
 そう、まだバトルは続いているのです。自分は春木氏の攻撃を受けてここにいる。夢オチでも発狂エンドでもありません。
 ピーフェクトタイム、残り時間1分。
 変態は、実在する。


「ここは……どこですか?」
 なるほど間抜けな質問でした。春木氏は手を太陽にかざして、
「それは君の方が詳しいんじゃないかな?」
 と質問返しをしてきました。確かに、ここは自宅の周辺です。が、今はそんな次元の事を尋ねているのではありません。
「質問の意図を汲んでいただきたい」
「ははっ。悪かったね。じゃあ、説明しようか」
 春木氏は自らの手を近くの塀につけました。すると、自分と同じくそれは壁を通り抜け、戻すと何事も無かったかのように春木氏の手はひらひらと揺れました。
「端的に言えば、ここは君の記憶の世界をビジュアル化した物だ。ここにおいて僕達はただの意識体だから、人や物に触れる事が出来ない。もちろんこれも僕のHVDO能力だ」
 自分は苦虫を噛み潰したくなりながらも「一体いくつまで能力あるんですか?」と冷静に聞き返すと、春木氏は呆気なく「7つ。いや、さっき等々力君を倒したから8つだな。そして君を倒して9つだ」と答えました。
 強敵と直感した自分に間違いはありませんでしたが、的中は喜べません。
「どうして自分の記憶の世界に?」
「おやおや、察しが悪いな。少し自分で推理してみたらどうだい? それでも分からなかったら教えてあげよう」
 にやにやとする春木氏にムカついたのもありますが、それは今はどうにか堪えて、忠告通りに自分で考える事もしてみましょう。
 春木氏の性癖はロリコン。ロリコンとは今更言うまでもなく、まだ年端も行かない子供を性の対象として見るという世にもおぞましい性的倒錯です(つい先ほど、裸ランドセルのロリ巨乳くりちゃんを見てバッキバキに勃起していたのは今は一旦忘れておきます)。自分の能力は、相手に排尿機能がついていなければ成立しないのと同じく、春木氏の能力は、子供がいなければ、ロリコンの良さを相手に伝える事が出来ないと見て間違いないでしょう。つまり、自分の記憶の中に潜ったのなら、そこにはおそらく子供がいるはず。
 自分は恐ろしい事に気づいてしまいました。
「どうやら気づいたようだね。何、君が気を落とす事は無いよ。正直言って僕にとって、この能力は秘中の秘、言わば奥義だった。それを使わせるまで追い詰めた君は、むしろ褒められたものだと思う」
 春木氏の言葉には、驕りや過信といったものが微塵もなく、ただ事実ありのままを述べている事が明確で、それはまさしく畏怖の対象でした。
 戦慄すると共に、ピーフェクトタイム終了。自分のちんこが活動を再開します
「おや、どうやら無敵時間も終わったようだね。それじゃあ、存分に戦ってくれたまえ。……過去の自分とね」


 道の向こう、学校の方向から、ランドセルを背負った1人の女子がやってきました。
 ロリくりちゃん。略称ろりちゃん。紛れもなくそれは、木下くりその人であり、春木氏の能力を受けて小学生化した姿よりも、ほんの少し年上の、小学五年生程度に思えました。いえ、思えたなどという軽い表現ではありません。自分はくりちゃんのこの姿を、見た事があります。
 まるでラッシュ、走るゾンビの如く蘇りだした記憶は言葉になる前に、むしろ映像として現れました。目の前にある姿が、過去に自分が見たくりちゃんと完全に重なり合い、真の恐怖はここから始まったのです。
 未だ理解は推測の領域を出ませんが、この突きつけられた状況、そして春木氏の台詞から導き出される能力の正体はおそらく、「対象が自身の性癖に目覚めた瞬間」の記憶を呼び覚まし、再度それを味わわせる事が出来るという、1人だけプロアクションリプレイでも使ったのかと疑いたくなるようなとんでもない攻撃だと思われます。
 性癖に目覚めるきっかけは人それぞれですが、大抵の人間は小学生のうちにその頭角を現しているもので、前後して「○○フェチ」といったような言葉を知り、概念は固定化され、それから長い時間をかけて練磨されていき、最終的に自分のような変態は完成せられるものです。春木氏のこの能力は、性癖の発芽地点まで問答無用でジャンプさせる。
 敗北。
 その二文字がまず浮かび、自分はそれをかき消すように首を振りました。いよいよ30m先くらいまで近づいてきたくりちゃんを見て、春木氏は感心したように言います。
「君は本当にくりちゃんひとすじなんだね。正直、嫉妬さえするよ」
 くりちゃんは顔を真っ赤にして、泣きそうな表情で地面を向いて早足で歩いてきます。
 自分には分かっていました。くりちゃんが、この物語のプロローグに従い、これから我が家の隣の家で飼っているペスという犬に吼えられ、おもらしをする事が。
「くりちゃんが好きで、おもらしに目覚めたのか。それともおもらしに目覚めて、くりちゃんが好きになったのか。これは命題だよ、五十妻君」
 自分は冷や汗を流しながら、必死になってこの状況を打破する案を考えました。自分には、春木氏のように強力な能力はありませんから、まずこの空間からの脱出は不可能。そしてこの世界に干渉する事も出来ず、しかも自分と春木氏の姿はくりちゃんからは見えていないようなので、これから起きるおもらしを止める事も不可能。
 1つだけ、解決策はあるのです。それは至極単純、目を瞑って、耳を塞いで、くりちゃんの人生初おもらしをやり過ごすという究極の手段があるにはあります。
 あるにはある。言い換えれば、実行する気は無いという事です。


 酷く凄惨な結果を招き、並々ならぬ後悔を伴うという事は、はっきりと分かりきっていました。しかし目を背ける事など出来る訳がないのです。生まれつきの本能か、はたまた変態としての鍛錬の証なのか、自分はばっちりと開いた両目を閉じれず、勃起率も80%を越えました。
 くりちゃんの背後50m程の距離に、当時小学5年生の自分の姿が見えました。これから起きる事など知る由もなく、小学生の癖に人生の全てに飽きたような仏頂面で、前方を行くくりちゃんの姿を漠然と眺めています。
 この期に及んで、自分の中では希々とした思考の流転が発生し始めました。
 よくよく考えてみれば、くりちゃんのおもらしがきっかけで、自分はこの性癖に目覚めたのです。という事は、自分がくりちゃんに対してこれまでしてきた陵辱行為は、言ってみれば自業自得ではありませんか。くりちゃんさえ漏らさなければ、自分は変態としての道を歩まず、ノーマルのままで天寿を全うし、HVDOなどという意味不明の存在とは関わらずに済んだはずなのです。
 今まさにその禁断の行為へと手を、いえ股間を染めようと意気込むくりちゃんを見ていると、段々と腹がたってきました。今すぐにでも現実の世界に戻り、中学生のくりちゃんをこう罵倒したい気分です。「この変態が!」屋外で排尿行為に及ぶなど、家畜以下の存在です。
「そろそろのようだ」
 言われなくても分かっていました。ブラダーサイトが無くとも、くりちゃんの顔に「もう限界」と書かれてあったからです。
 自分は自分の姿が見えないのを良い事に、ペスを飼っている家の前、くりちゃんの決壊予定地点に寝そべって、最適なアングルを確保して待機しました。怒りを露にしながらも、無論、既に一物はビンビンで、いつ爆発してもおかしくない状態でした。
 そしていよいよ、その時はやってきてしまいました。
 ペスが吼え、くりちゃんはびくっとその小さな体を弾けさせて、股間から、ぷしっという勢いのある音が鳴り、瞬く間にパンツは末期色に染まっていきました。VIP席からその様子を観覧していた自分が、興奮しない訳が無く、わざわざ確認しなくても自分の勃起率は既に99%を越えていると確信しました。
 その時、またあの声がしたのです。
『お前は、変態ではなかったのか?』
 今度は何の迷いも無く、はっきりとこう答えました。
「自分は変態です!」
 同時に、例の音が聞こえ、ちんこが爆発しました。突如として股間を走った激痛にのた打ち回りながら、自分は現実世界、音羽邸へと回帰したのです。

       

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Neetsha