Neetel Inside ニートノベル
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HVDO〜変態少女開発機構〜
第二部 第一話「重なった虚ろの咆哮」

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 突然ですが、つい先日世界中の幸運をかっさらったのは自分です。悪気はありませんでした。


 暦も終盤に差し掛かり、いよいよ来年の頭頂部が見えてきた師走、外が寒いのは至極当然の事ではありますが、心がこんなにも暖かいのは果たして一体何故なのでしょうか? いやはや、不思議で不思議でたまりません。……などと、ありとあらゆる不幸に苛まれる日々を送る諸先輩方に尋ねるのもなんとも酷な話なので、代わりに自分がお答えしましょう。
「もとくーん、ココア出来たよぉ」
 やや不安になる足取りでとてててと、お盆の上にお揃いの2つのカップを乗せた1人の小学5年生(と書いて天使と読みます)が、居間という下界に降臨なされました。ちょうど受験勉強も煮詰まって、若干疲労の色が見えてきた所でしたので、この差し入れは非常に嬉しい心遣いといえました。
 この世界に生まれたのがまるで奇跡のように思われるこの美少女と自分は、1つ屋根の下、2人っきりで暮らしています。
「えへへ、一緒に飲も」
 自分はコタツの上に広げた教科書を一旦端に寄せ、ココアが置かれるべき空間を確保すると、何も言わずにコタツから少し体を離して、深めにあぐらをかきました。するとその少女は、恋に落ちたキューピッドのごときぽわぽわとした微笑を浮かべながら、自分のふとももへと腰を下ろし、全体重を自分に預けるのです。
 そしてコップに口をつけると、「あちち」と舌を出して笑うので、自分は「ふーふーしないと駄目ですよ」と糞みたいな当たり前のアドバイスを与えてから、自分も舐める程度にココアを口に含み、「おいしく出来たかなぁ?」という幼女的ないじらしい質問に対し、一旦コップを置いて、頭を優しく優しく撫でて答えるのです。
 精神疾患から来る何らかの症状や、こじれにこじれた妄想が、いよいよ幻覚を伴って現れたようだ、と思われる方も若干名おられるかと思われますが、残念。これは紛れも無い現実なのです。ざまあ。
「くりちゃん」
 その卑猥な名前を呼ぶと、つい数日前までならば「その名前で呼ぶんじゃねえ!」と瞬間湯沸かし器のような怒り方をして、自分の肉体にただならぬ苦痛を加えてきていたあのくりちゃんが、今はただの純真無垢な1人の幼女として、「なぁに?」と甘ったるい声で返事をするので、危うく涙が零れそうになります。
 失った物はとてつもなく大きかったですが、得た物は更に大きかったという事です。
 

 
 ここ数日、生活を共にして気づいた事を報告させて下さい。自分は、人の好意については非常に敏感な男でありますから、気づかずにはいられなかったと言うべきかもしれませんが、それでも「ただの勘違いだろう。そのような事があるはずない」とくやし涙を浮かべて叫ぶ声も自分の耳に届きつつありますが、残念。くりちゃんは自分の事が大好きなのです。ざまあ。
 まあ、生卵をぶつけられる前に、証明してさしあげましょう。
「くりちゃん、今好きな人はいますか?」
 唐突にそう尋ねられたくりちゃんは、びくっ、と華奢なのに柔らかい体を震わせて、首を少し引っ込めてから、両手を胸の前で握ってぎゅっとしました。皆さんのお手元にある「恋する乙女の教科書」124ページにある「意中の人に告白するチャンスが突然きた時にすべき乙女的正しい反応の図」を参照していただければご理解いただける通り、これはまさしくそういう状況です。
 答えに困ってもじもじとするくりちゃんの背中を、自分はぽんと押してあげます。
「正直に言ってください」
 くりちゃんは、顔を旧ソ連のように真っ赤にしながら、「い、いるよ?」と言って、誤魔化すようにココアをすするので、自分は熱いココアをさますような冷たい口調で、「へえ、それは誰ですか?」と的確な一矢を放つのです。
「も、もう! 知らない!」
 ぺたぺたと足の裏を鳴らしながら、台所の方へと駆けていくくりちゃん。そのまま追いかけて、追いつめて、自分の名前を言うまでにじにじと苛めてあげるのもそれはそれでオツなのですが、今日はあえて、追いかけてきてくれない不安にかられて、こっそりと扉の隙間からこちらの様子を伺うという小動物的かわいさを堪能しつつ、しかしいよいよ寂しくなって戻ってくるのを待つ時間を有効に使って、「おい、この辺でくりちゃんのかわいさ自慢をやめて、話の本筋を進めろや。あと初見の方々にも分かりやすいようにざっくりと、邪魔にならない程度にここまでのあらすじを一応つけておけや」という方々の声にお答えするとしましょう。


 さて、まずは最重要前提として、自分は変態です。
 第一部をほんの1、2行読んでくださった方ならば、既に重々ご承知の事かと存じますが、「3度の飯よりおしっこを好み、おしっこをかけた3度の飯はもっと好む」でお馴染みの自分、名を五十妻元樹(いそづま もとき)と言い、都内の中学に通う3年生の健康的男子であると同時に、ある日超能力に目覚めた超越者でもあります。
 HVDOと名乗る謎の組織(あるいは個人や概念である可能性も未だ否定はできませんが)から与えられた超能力。それは、念じながら人に触れると、その人物の最大尿貯蔵量、つまり膀胱のマックスの3分の1を瞬時に溜めるという、分かりやすく言えば、「自分に3度触れられた人物は確実におもらしをする」まさしく値千金の代物でした。
 自分はこれを存分に悪用し、我が家の隣に住むツンギレ処女つるぺた偽ヤンキーこと木下くり(あだ名はくりちゃん)を羞恥と快楽の火炎地獄へ幾度となく叩き込むという甘美なる作業に没頭して参りましたが、その過程において、自分以外にも同じくHVDOによって超能力を与えられた超変態と遭遇し、お互いのフェチズムをかけた性癖バトルを経験し、勝利する事により、強力かつ変態的な新たな能力を得て、次の街へというかくかくしかじかの経緯がありましたが、ここはばっさりと割愛させていただき、どうしても知りたいという稀有な方には、第一部から読み直す事をおすすめしておきます。
 そして冬休みに入る直前、自分が性癖バトルにおいて初めての敗北を喫した相手は、プロのロリコン。あるいはロリマスター。あるいはロリジェネラル。あるいはロリゴッドという不名誉甚だしい名を欲しいままにする同級生、春木 虎(はるき とら)氏でした。
 今考えてみれば、あの時の自分ごときが春木氏に挑むのは、ローレシア城を出てすぐひのきの棒片手にロンダルキアの洞窟に挑むような蛮行であったと断じざるを得ません。敗北が自分にもたらした物は、それまでに得た全能力の封印という厳しすぎる罰と、完全なる勃起不全という重すぎる枷と、身も心も聖幼女と化したくりちゃんという甘美の至高たる存在だけでした。春木氏は、くりちゃんの肉体を幼女化するだけに飽き足らず、小学5年生以降の記憶を根こそぎかっさらっていったのです。
 これら諸々の事情を要約し、一言で表すとするならば、つまり今、自分は幸せだという事に他なりません。冒頭の大言も、あながち大げさに思えないくらいに、幸福の絶頂生活を自動的に送ってしまっているのです。何せ、人の事をボーナスステージに置いてある車くらいにしか思っていないらしく、ボコボコにする事に対して何の躊躇いもない凶暴極まるド貧乳S女が、あろう事か自分に対してとことん従順で、なおかつとろけるくらいに甘えてきて、しかもずっぽり惚れて信頼しきっているというこの状況! 自分の心は、ただそれだけで満たされます。
 そんな理由もあって、やや過剰気味にくりちゃんの愛くるしさを紹介してしまった訳です。


 くりちゃんを元に戻すには、春木氏に正々堂々とリベンジを仕掛けて倒すか、能力を解除してくれるように懇願するか、何か策を用意して貶める他にありませんが、あいにくどれもする気はありません。今年、中学3年生である我々の目の前には受験という関門が待ち構えており、このままではくりちゃんは高校浪人という憂き目にあってしまうのは目に見えてはいるのですが、いざくりちゃんを元に戻す為に作戦を練ろうと考え始めると、全く思考が前に進まないのですから仕方がありません。
 何せくりちゃんはかわいいのです。女の子のおもらしを見る事を生きがいにするこの自分が、おもらしを抜きにしてかわいいと断言し、仮にくりちゃんがおもらしを全くしない生物だとしても、そのかわいさは5割程度しか減る事がなく、しかもくりちゃんはいつだっておもらしをしうるのですから、何度だって繰り返して申し上げますが、つまりくりちゃんはかわいいという事で、かわいいという事です。
 ここまで盲目的な愛を語り続け、しかも同居しているとなると「もしや貴様は、くりちゃんに対して何かいやらしい事を既にしてしまったのではないか? おまわりさん、こっちです!」と通報される方も多々おられるかと思いますが、どうかご安心ください。あいにくと、自分の愚息は性癖バトルで敗北した罰によってぴくりとも勃ちませんので、いやらしい事をしようにも出来ないという事です。
 が、強いて言えば、必ずトイレに行く時は一緒についていって、用を足した後、トイレットペーパーで優しく局部を拭いてあげているという事がいやらしい事の部類に入るともしもあなたが思うのであれば、あえて否定はしません。何せくりちゃんは疑う事を知らない少女ですから、自分が「女の子は他の人におしっこをふいてもらうと、どんどん料理が上手になるし、おっぱいも大きくなるし、魅力的な女性に成長出来るんですよ」と嘘八百を言うと、それを信じて疑わないので、これも実に仕方のない事です。
 あとは一緒にお風呂に入ったり、添い寝してあげたり、軽く髪をはんでみたり、ついでに匂いを嗅いでみたり、宿題と偽ってヌードデッサンを強要してみたり、デッサンのくせにデジカメで写真を撮りまくったり、無意味にニーソを履かせてみたり、目隠しをさせてフランクフルトを食べさせたり、偶然を装って乳首を擦ってみたり、ヨーグルトの早食いにチャレンジさせたり、ノーパン健康法の大切さを幾度となく説き、家では常にノーパンでいるように躾けたりと、そのような至って普通の、すこぶる健全な生活を謹んで営んでいるので、まだ自分は決してダークサイドに堕ちてはいないはずです。
 おっと、気を抜くとまたすぐにくりちゃん自慢を始めてしまいます、反省反省。


「も、もとく~ん……」
 背後から聞こえる、弱々しいくりちゃんの声。早くも寂しさが限界に達したようで、大人しく「ちゅき」と言うきになったようです。自分はやれやれとでも言うように、わざとらしく鬱陶しそうに立ち上がって、扉を開けました。が、次の瞬間自分が目にしたのは、異様かつ威容かつ医用な光景でした。
 赤。
 予想だにしていない鮮烈な真っ赤が網膜を直撃し、自分は酷くうろたえマジェンタ。くりちゃんは泣きそうな顔で、自分の事を上目遣いに見上げ、助けを請う仕草をしています。そしてその下方、床にはぽたぽたと、重力に逆らわず紅の液体が滴り落ち、それは疑う余地などなく、くりちゃんの股間、突き詰めて言えばパンツ、ぶっちゃけて言えばパンツの中から発生している物に違いありませんでした。
 女子ならば、避けて通れぬ生理現象があります。
 男子がのんきにうんこちんこで爆笑しながら色鬼やドロケイなどに興じている最中、女子は一足お先に大人になっていて、「ふん、男子は子供ねえ」などという立場的有利を匂わせる発言をする事がありますが、その理由はこの生理現象から来る物ではないのだろうか、という考察も学界にあがっております。
 生理。と、ストレートに言うべきか、月のモノ、あるいは女の子の日などとオブラートに包んで言うか、それが問題です。いやいや、今それは問題ではありません。混乱。動転。錯乱。……ああ、くりちゃんに初潮がきてしまった!
 厳密に言えば、くりちゃんの体は一度既に初潮を迎えたはずで、それを春木氏の能力によって子供にされた後、再び生理が始まった訳ですから、「初」潮と言うべきか非常に微妙な所ですが、今はそんな事を論じている場合でもありません。
 どうしよう。どうしよう。赤飯の炊き方が分かりません。
 こんな時、男という物はなんと頼りにならない物なのでしょうか、残念。必要なのはたった1人の存在なのです。まざぁ。
 何を冗談言いよるか! そう思えば思うほど、阿呆な思考は止まらず、自分はあたふたと、ただただ手足を上下に動かして、「えらいこっちゃ」と口ずさみ、阿波踊りに良く似た踊りを踊るのです。そうしている間にも、くりちゃんは今にも消滅してしまいそうなほど恥ずかしがり、床には見ているこっちが貧血を起こしそうな光景が広がっていきます。
 かといって、くりちゃんの実母を呼ぶわけにはいきません。HVDO能力の事は最重要機密ですので(バレた瞬間に逮捕される確固たる予感があります)、くりちゃんが子供になった事はもちろん秘密です。そもそも、「おたくの娘さんに2度目の初潮がきました!」などと珍奇な事を口にする勇気が自分にはありません。
 ああ、あああ、今もくりちゃんの股間からは、尋常ではない量の血が溢れています。くりちゃんも泣いていますが、むしろこっちが泣きたい気分です。うんこおしっこで笑えた時分が、ただただひたすらに懐かしい。とにかく助けを、助けを呼ばなければ。
 1人だけ、自分の交友関係の中に、この手の、具体的に言えばくりちゃんの下半身関係の問題を共有出来る人物を記憶の中に発見しました。自分は「だ、大丈夫ですから!」と叫びながら転げ落ちるようにくりちゃんから離れて、藁をも掴む思いで受話器を握ると、その人物に電話をかけました。
「三枝委員長! 緊急事態です!」

       

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