Neetel Inside ニートノベル
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 くりちゃんの後ろにすごすごと付いて行く自分は、湿って弛んだひもか何かのようで、「何を考えているのか分からない」と誰かに指摘される事も良くありますが、全くその通りだな、と他人事のように思います。
 くれぐれも申し上げておきたい事、「何を考えているのか分からない」のは、「何も考えていない」のとは違うのです。 どんなに「ぬぼっ」とした人間でも、頭の中ではディラックのデルタ関数による確率分布上に存在する内在的経済活動というようなソフィスティケイテッドな物事を考えているかもしれませんし、逆に、スーツを着て難しい顔をしながら国会の席に座っている人間の頭の中には、マンモスケイブのような大空洞が広がっているかもしれません。
 自分の場合は、そのように極端な例ではありませんが、端的に言えば、目の前を歩く女子を常に視姦する事に脳容量のほとんどを割いています。とはいえ、何度も繰り返しますが自分は変態の端くれなので、ただ単に挿入したりですとか、乳首の形を想像したりする訳ではありません。その人物が、どのようにして尿を漏らすか。漏らすとしたら、どのようなシチュエーションで漏らすのか。どんなリアクションを取るのか。想像力という人間の持つ最強の武器を存分に使い、目の前の女子のおもらしシーンを脳内で正確に、魅力的に構築します。
 くりちゃんもその標的の例外ではなく、わざわざ歩幅を合わせてくりちゃんの後ろを歩くのは、ふとももから尻、腰にかけてのラインを観察出来るからに他ならないのです。


 先ほど一度だけ、くりちゃんに触れました。例の能力の事です。
 説明では、三度触れれば尿を漏らすと書いてありました。とりあえず今の所、目の前のくりちゃんにはこれといった変化は認められません。能力の真偽は未だ不明ですが、自分は少しずつ信じ始めていました。というよりは、「本当だったらどれだけ素敵だろうか」とポジティブな思考回路が生まれていたのです。
「く……木下さん」
 と、呼び止めました。くりちゃんは、冷ややかな目線を自分によこし、「何?」とぶっきらぼうに、「うざいんだけど」とごく自然に罵倒語を添えて返しました。
「朝、ちゃんとおしっこしました?」
 無視されました。これもいつもの事なので、大して気には止めません。
「しました? おしっこ」
 繰り返し尋ねますが、無視は続きます。
 いよいよ自分は片手を伸ばして、くりちゃんの右肩に触れました。
 その時、「びくっ」とくりちゃんが体を震わせたのです。こと女子の尿関係について人間の限界を超える性能を発揮する自分の動体視力は、くりちゃんの微細な動きを決して見逃しませんでした。高速後ろ回し蹴りが飛んでくるくらいは覚悟して体に触れた自分でしたが、くりちゃんは後ろを振り向いてじろりと睨むだけで、質問に答えもしなければ、暴力を振るう事もしませんでした。
 これは、ひょっとしたらひょっとするのではないでしょうか。
 自分はそう思いました。もしも例の能力の件が真実ならば、自分はこれで二回触れた事になるので、くりちゃんの最大尿貯蔵量の三分の二が貯まっている計算になります。三分の二、が正確にどの程度かは分かりませんが、気温もそこそこ寒いですし、尿意を感じるには十分なように思えます。三回目に触れた時、くりちゃんは果たして決壊するのでしょうか。
 これまでにない胸のときめきを禁じえません。あの、いつもはつんつん尖っていて、他人には決して心の扉を開けないくりちゃんが、大衆の面前で下の扉を開いてしまうという羞恥。これをエロチシズムと呼ばずしてなんと呼ぶのでしょうか。


 脳内でめくるめく繰り広げられるユートピアはさておいて、問題はそれが現実となり心を満たすか、それとも度を越えた変態が見た白昼夢として終わるかどうかです。
 つばを飲み込み、くりちゃんの背中を見つめ、未来へと、ゆっくりと手を伸ばしました。
 が、触れられません。指先が、くりちゃんの肩へとまさに偉大なる第一歩を踏みこもうとしたその瞬間、彼女は急に足早になり、自分の事などそっちのけで先へ先へと進み始めたのです。
 その行動によって、自分の中では、触れられなかった失望よりもむしろ、期待に満ち満ちていく感覚が優先されました。くりちゃんは何かを「我慢」しており、それは自分の希望する物であるという可能性が非常に高いという予感。
 くりちゃんは早足から、明らかなダッシュへと変わりました。自分もそれを追いかけて走り始めましたが、くりちゃんは更に加速しました。
「くりちゃん! どこに行くんですか? そっちは学校じゃないですよ」
「ちょっとコンビニに寄っていくだけだから、ついてくんな!」
 全力疾走状態のまま、通学路から少し外れたコンビニに、自分とくりちゃんは駆け込みました。店員さんが「何事か」と見て驚いていましたが、くりちゃんは吐き捨てるように「トイレ借ります!」と叫んで、まさに必死の表情で、狩りの時のチーターのような瞬発力でトイレを見つけると、周りの視線などまるで気にも止めない様子で、店の奥、酒類コーナーの更に先へと進みました。
 ここでむざむざと見逃す訳がありません。自分は変態です。その名誉を守る為、今、自分が出来る行動はたった一つでした。


 捕まえた左手は、冬の冷たさを握り締め、小さく震える細い指が、自分の手を僅かな力で握り返しました。
 コンビニの天井の、あの過剰なライトアップ、酒類コーナーの未成年飲酒防止を訴える注意書き、突如として怒涛の勢いで突っ込んできた中学生二人に注目する店員さんと、良く磨かれた床、品揃えの悪いパンの棚。そういった周りの景色が、瞬く間に視界から消え去りました。今、自分の目に映るのは、目の前の、まだ処女の癖にやたらと偉そうな女ただ1人。背中は雄弁に事象を語りました。
「ぁ……ぅ……」
 唇からわずかに漏れた声は不可解な程いやらしく、艶かしく、艶やかで、耽美で、蠱惑的で、素晴らしく、マーヴェラスで、濃厚で、とてもエッチでした。
「どうしたんですか?」
 分かりきっている事を、そう尋ねた自分は果たしてSだったのでしょうか。自分では分かりません。
「うぅ……ぅ……」
 自分はゆっくりと目線を下げます。首筋から背中、形の良いお尻、そしてふともも、ふくらはぎ。そこである事に気づきます。
「漏れちゃったの? もしかして、漏れちゃったの?」
 くりちゃんは答えず、こちらに振り向きました。そして黙ったまま、頷きました。その表情はまるで母親の愛を乞う三歳児のようで、地上の事など何も知らない深海魚のようで、一度だけ見た事のある夢のようで、神に身も心も捧げる乙女のようで、そして何に喩えたとしてもしっくり来ない程に、無限のオリジナルでした。
 自分はくりちゃんの、いや、くりタンのこの顔を一生忘れない事でしょう。これから先どんな大事故にあって記憶を失ったとしても、これだけは忘れないという確固たる自信があります。
 床に出来た水溜りに視線をやった後、自分は驚いたふりをしました。そして平静を装っている風に、くりタンに微笑みかけてこう言うのです。
「トイレ行って残りも出しちゃった方がいい。片付けは、しておくから」
 くりちゃんは相変わらず何も言えず、こくこくと首肯してトイレへ向かいました。当然、靴も彼女の尿で汚れていたので、足跡がくっきりと付きました。コンビニの床を舐めたい衝動に駆られたのは、生まれて初めての事でした。
 その後、自分は店員さんに事情を説明して、モップを貸してもらい、くりちゃんの「後片付け」をしました。それは至福の労働でした。こんなバイトがあるのなら、時給八百円こっちが払っても良いと思えたのです。
 レジで女性物のパンツを買い(コンビニは驚く程何でも売っています)、とてつもなく陰鬱な、まるで世界の終わりでも見てきたような表情でトイレから出てきたくりタンにそれを無言で渡すと、彼女はトイレに引き戻って、自分が選んで渡した黒いそれを文句も言わずに履いたようです。自分の学校の女子制服は白スカートなので、黒い下着を履くと若干ですが透けて見えます。そういった計算も入れての采配でしたが、当然の事ながらその下着も、後でじっくりこの能力を使って駄目にするつもりです。

       

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